極悪令嬢~令嬢に転生した最強老兵はスキル「魔弾」で無双する~

ルクル

第一章 『悪夢覚醒』

001 追放された老兵


 冒険の途中、火を焚べながらグリウスは口を開いた。


「キランさん、あんたには、パーティを脱退してもらいたいんだ」


「……クビ、ということか? 何故だ?」


 キランと呼ばれた老兵は、光を失った瞳を向ける。


「あんたがこれまでパーティに貢献してきたことは知っている。昔はすごかったのも知っている。だけど、あんたはもう、戦えない。だって、あんたは……」


 老兵に三行半を突き付けているのは、パーティのリーダーであるグリウス。将来有望な勇者候補生だ。


「――視力を失ったら、冒険者はおしまいだろ。だから、町で養生してくれや。俺ら、あんたのことが好きだから……もう、一緒には行けねえんだよ……」


「……そうか」


 彼の言葉は、事実だった。数年前、とある魔物に呪いをかけられ、その代償として両眼の視力を奪われてしまった。これまでなんとかだましだましやってきたが、最近になって、完全に見えなくなってしまった。


「だが、見えないなりに貢献してきたつもりだ。クビを言い渡されるほど、足を引っ張ったつもりもねぇが?」


「もちろんです! 斥候兵として、先生は非常に優れていらっしゃいます。視力を失って尚、冒険を続けられる優秀さも。……しかし!」


 グリウスの意見を後押しするのは、このパーティの治癒魔術を得意とするミーシャ。キランの視力を取り戻そうと尽力していたが、呪いの強さには抗えなかった。


「……ここからは、瘴気渦巻く最果ての地。いくらキラン先生とはいえ、視力を失ったまま、戦える相手ではありません。はっきり言いましょう――貴方は、足手まといなのです」


 棘のある言葉を向けたのは、魔術師タルタン。先の二人は躊躇いがちな物言いだったが、タルタンは嫌味を隠そうとはしない。


「いつまで戦場にしがみついているおつもりですか? 冒険とは、若者の特権です。老いぼれ爺さんは、町で庭の手入れでもしていて下さい」


「おい、タルタン! 言い過ぎだ!」


「そうでもしなければ、先生は理解しないでしょうが!!」


「……まぁ、お前たちの言い分も理解できるわな」


 視力を失った状態でも、一人前に戦える自信はある。存在を知覚する術を学んだ。視覚には頼らない技術で、周囲の気配を察知することが出来る。


 ――だが。


 彼は、後方から敵を射抜く、凄腕の狙撃兵だった。若い頃から、魔弾の射手との異名を与えられ、魔物たちを撃ち抜き続けてきた。いくら気配探知を磨いても、目が見えなければ限界がある。彼はもう、狙撃兵としては使い物にならない。


「それが、お前たちの総意か?」


 ――悲しいものだな。


 狙撃手としては使い物にならなくとも、パーティに多大なる貢献をしてきたつもりだった。戦闘においても、守られるような弱さを見せたつもりもない。年の差から生まれる見識の違いだろうか? それとも、単に自分が嫌われただけ? はっきりと感じる、邪魔者扱いの雰囲気。


「……ええ、私たちが話し合って、決めたことです。同意していただけないのなら、パーティから追放させていただきます。どうか、安らかな余生をお過ごし下さい」


「先生だって分かってんだろ? 衰えを自覚しなければ、いずれ命を落としちまう。俺たちは、あんたのために言ってやってんだよ」


「どいつもこいつも、オレを荷物扱いしやがって。言うようになったじゃねえか」


 グリウスとミーシャ、そしてタルタンは、キランの教え子たちだった。三人が生まれた頃から知っている。戦闘のいろはや知識、冒険者の心構えに至るまで、あらゆることを教えてきた。


「……ここいらが、引き際なのかも知れねえな」


 戦力として信頼されないのなら、どのみち限界は近い。彼らは、言葉を濁しているが――命を預ける仲間として、不適格だと指摘しているのだ。


「やるせねえなぁ……」


 視力を奪われていなければ、こうはならなかったはずだ。口惜しい、口惜しい、口惜しい……この老体にも、まだまだ価値があると、信じたかった。


 ――、と。


 キランの警戒領域に、何者かが足を踏み入れた。

 

「……待て」


 何かを言いかけたグリウスを静止して、意識を切り替える。


「何者かが近付いてくるぞ。気配を隠そうともしてねぇな」


「敵かっ!?」


 パーティ全員が、一斉に戦闘態勢を取る。まだまだ若者ばかりの一団だが、彼らは極めて優秀だった。キランが教えてきた中でも、最上位。直前にどれほど言い争っていたとしても、戦闘になれば意識は瞬時に切り替わる。


 ――だ、ダレか……た、助、け……


 掻き消えそうな声が、キランの耳に真っ先に届いた。悲壮感のこもった、少女の声だ。だが、その声を知覚できたのは、キランだけだった。


「……どうやら、敵じゃなさそうだな」


「決めつけるのは早計です……! ここはもう、最果ての地近く……!! どんな化物がやってくるか――」


「馬鹿言うな。オレにはわかるんだよ。助けを求めてるのは、子供だ」


「助け? 先生は、何を――」


 目が見えないキランは、相手を判別する際に魔素の色を探る。実直なグリウスは赤月色。慈愛のミーシャは真白、勤勉なタルタンは冷めた藍色。心の色は、人の性質を映し出す。助けを求めた声は、どこまでも透き通った美しい透明色。珍しい色彩だが、悪人ではない。むしろ純粋な、赤子のような性質を秘めている。


 ――誰か、助ケテ


 だから彼は、少女を敵ではないと判断した。むしろ、救うべき対象だと、確信していた。


 


 ソレが彼らの前に姿を表した時、質量を伴った恐怖が襲いかかる。


「――!??」


 辺りを切り裂くミーシャの悲鳴。続くグリウスとタルタンも似たような反応だった。


 


 辛うじて人の形をしているものの、歪に狂ったパーツが、不均衡を演出する。欠落した双眸には、黒では表現できない暗黒が広がっている。狂気を煮込んだ魔力を振りまきながら、血濡れの翼がゆらゆらと揺らめいていた。枝のような身体は、忙しなく動き続けている。まるで、獲物を求めているかのように。


「な、何だコイツは、ば、ば、化物めっ……!」


「これは、――! ――!」


「……は?」


 見えないキランと、見えている三人との違い。

 彼らの眼には、はっきりと悍ましき魔族――超弩級の化物の姿が映し出されていたのだ。


「見た目で騙されるな! お嬢ちゃんは、敵じゃねぇ! 冷静になれ!!」


 キランは、理解していなかった。

 化物を人間扱いする、その行動の意味を。


?」


 恐怖に囚われていたグリウスの瞳が、キランを疑う。

 信じられない者を見るような、猜疑心の満ちた眼差しだ。


?」


 ――誰がどう見ても、化物だ。最果ての地からやってきた、人類の敵にしか見えない。


「は、はははは! やはり、やはりそうだ……! グリウス、これでやっと、納得してくれますよねっ……!!」


 タルタンは、狂ったように笑い始める。


「やはりこの男は、狂ってしまっているのです……! 目が見えなくなってから、明らかに異常だ! 魔族や魔物を家に招いては、甲斐甲斐しく世話をして……! 心を、魔王に売っぱらったか……!」


「――!?」


 魔族、魔物? どういうことだ?

 向けられた疑いの言葉を、キランは理解することが出来なかった。


「おめえら、何を馬鹿なことを口走っとる? オレぁ、至って正常だが?」


「惚けないで下さい!」


 ミーシャが、杖を振りかざして一喝する。


「先生に、人類への裏切りの疑惑がかけられていたのです。遠征時にその兆候が見られれば、処刑するようにとの命が下されました。だから、私やグリウスは……!!」


「あんたは、おかしくなってしまったんだ。呪われて、瘴気に心を汚されてしまった。だから……平和な町で、余生を過ごして欲しかったのに……これじゃあ、手遅れじゃないか」


 静かに剣を抜いたグリウス。刃先は、キランに向けられていた。


「本気か、グリウス」


「王国の命令だ。あんたは、自分のしていることを理解していない。ならば、俺の手で処刑する。キランさんにかけられた呪いは、もはや手遅れでした、と報告しておくよ」


 互いに理解することは、不可能だった。

 キランの知らないうちに、王国が自分を切り捨てる判断をしていたのだ。追放されるのは、パーティからではない。人類が治めるこの国から、追放されようとしているのだ。


「中身を見極められねえ馬鹿は、救えねえな。このオレが、魔物に心を売ったように見えんのか? ああ?」


「……っ!」


 年老いた傭兵は、牙を剥き出しにして威圧する。


「――舐めてんじゃねえぞ小僧。裏で誰が糸引いてんのか知らねえが、すっかり騙されやがって。まあいいさ……すぐに、お仕置きしてやる」


 こいつらに、余計なことを吹き込んだ黒幕がいる。扱いやすい子供を惑わし、キランを処理しようと企む人間。だが、これまでの人生において、彼は敵を作りすぎていた。心当たりがありすぎて、わからない。


 ――助けて。


 だが、今のキランにとって、そんなものはどうでもよかった。異形の化物と呼ばれる少女が、助けを求めている。背を向けたキランに対して、襲いかかるような真似はしていない。どんな見た目をしていたとしても、救えるものは誰でも救う。それが、キランの信条だった。


「……せめて安らかに、先生の魂を救済いたしましょう」


 グリウスも、ミーシャも、キランという老人を敵として認識した。魔物を庇う人間など、許されるわけがない。一触即発の緊急事態。しかし――静寂を打ち破ったのは、以外な人物だった。



 異形の化物が、この場の全てに向けて言葉を紡ぐ。


「――


「……え?」


 それは、キランの魔力感知の効果範囲よりも更に外側。最果ての地の更に果て、この世の深淵から放たれた、一筋の黒炎。隕石のような速度と質量で、キランたちの元へ急接近していた。その黒炎は、この場にいるもの全ての命を奪おうと燃え盛っている。



 刹那。


「――――――――――――――!!!??」


 辺り一帯を、地獄の業火が包み込む。意識ごと吹き飛ばす、圧倒的な衝撃。この場で起きようとしていた小競り合いなど、彼にとってはさして意味あるものではない。この世界の最強最悪は、絶対なる死と共に、あまりにも突然に登場したのだ。


「お前、何を……っ!」


 しかし。


 そこにいた人間たちは、重症を負いながらも奇跡的に一命をとりとめていた。


「っ……!」


 彼を守ったのは、彼らが殺そうとしていた異形の化け物。

 駆逐すべき対象が、その身を呈して守ってくれたのだ。


 地獄の業火に飲み込まれた異形の化物は、苦しそうにのたうち回っていた。どのような解釈しようとも、自分たちの身代わりになってくれたことは明白だ。襲来した魔王が、異形の化け物に止めを刺そうとにじり寄る。人間の存在など、まるで視界に入っていない様子だ。


「……嬢ちゃん」


 キランだけが、状況を理解していた。魔王急襲を、『お嬢ちゃん』が身を挺して守ってくれた。やるせない怒りが、唇を噛み切らせる。


「若者が年寄りを守ってどうする……! 捨て石になるのは、オレの仕事だろうが……っ!!」


 今すぐにでも、彼女の元へ駆け寄りたかった。しかし、彼女が作ってくれた時間を有効に使わなければならない。


「タルタン! 転移の用意をしろ! 今すぐここから撤退しやがれ!」


「なっ!?」


「生きて帰りてぇんなら、言うことを聞きやがれ! じゃねえとてめえら、こんなところでおっ死ぬ気か!」


 魔王襲来は、人間たちを狙ったものではない。『お嬢ちゃん』なる異形の化物を殺すためにやってきたのだ。眼中にないうちに、逃亡を! 唯一、人間に出来る対抗手段だ。


「しかし、術式には、時間が……!」


「うるせえ、四の五の言わずにやれ!! 三人分、きっちり間に合わせろ!」


「せ、先生は……?」


「ああ?」


 怯える声に、吐き捨てる。


「オレは、とっくにクビになってんだ。パーティからも、王国からもな! お前さんらとは、ここでさよならだろ」


「……っ!」


 退路など存在していないことを、キランは理解していた。そして、それ以上に――命の恩人を見捨てて逃げるなど、彼の仁義が許さない。


「お嬢ちゃん、死ぬんじゃねえぞ……!」


 ――オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 炎に包まれながら、異形の化物が決死の攻撃を仕掛けていた。相対する魔王も、真正面から対抗する。常軌を逸したど派手な戦闘が、今も尚繰り広げられている。


「て、転送を……!」


 慌てながらも、タルタンの手によって転送の術式が展開された。同時に、魔王がこちらの存在に気が付いた。その僅かな隙を突いて、異形の化け物が怒涛の攻撃を仕掛ける。


「早くしやがれ!! お嬢ちゃんが時間を稼いでんだ! 無駄にすんじゃねえ!」


「……っ! 詠唱を、開始します。すぐに、帰還します……っ!!」


 先程まで処刑されそうになっていたはずの恩師が、身を挺して守ろうとしてくれている。もはや三人は、圧倒的な度量の違いに言葉を失うしかない。男気あふれるその背中は、かつて彼らが憧れた、英雄の姿そのものである。


「先生……」


 転送の術式が、完了する直前。


「ごめん、先生、俺……」


 これが今生の別れになることを察した彼らは、涙を浮かべて呟いた。


「――気にすんな。教え子のケツを拭くのも、オレの仕事だ」


「せん――」


 それが、最後の言葉だった。何も返すことの出来ない三人は、この場から強制的に退場した。


「…………」


 失敗することなく、無事術式が発動したことを確認したキランは、ゆっくりと魔王に向き直る。最初は拮抗していた魔王vs異形の化け物の対決も、あらかた決着がついたようだ。飛び散った肉片と、黒々しい血液のようなもの。命を散らしかけている異形の化け物は、力なくキランを見上げていた。


「恩に着るよ、お嬢ちゃん。こっからは、オレの出番だ」


 キランには、異形の化け物の姿は見えていない。三人がなんと言おうとも、彼にとっては守るべき少女でしかないのだ。


「――おい、魔王。てめえ、よくもオレの客人を傷付けやがったな。落とし前は、しっかりつけてやっからな」


 齢五十二、彼の目には光が失われて。能力も活力も、全盛期とは程遠いことは間違いない。頼みの狙撃の技術も、とうの昔に失われていた。


 だが、まるで全盛期とは遜色ないその振る舞いが、彼に最後の煌めきを沸き立たせてくれるのだ。


 何故、魔王が突如として襲ってきたのか。

 何故、異形の化物が自分たちを守ってくれたのか。

 何故、教え子たちが自分を裏切ろうとしたのか。


 全てが、どうでもよかった。


 考えることを止めて、脳のリソースを力に変える。


「――魔王ごときが、調子に乗りすぎだ」


 目に見えないキランにとって、怖いものなど何もなかった。


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