積み上がる時間
シヨゥ
第1話
「積み上げた時間が物を言うときもあれば、そうじゃない時もある」
老いた職人はそう言う。
「職人の仕事は時間が物を言う世界だ。繰り返し積み上げた時間の中で培った感が完成度を左右する。素人にはわからない温度や湿度の変化による微妙な違いがなんとなく分かる。それが時間を積み重ねる中で覚えた音にはならない声だ」
そう言って棚からお椀を取り出し手触りを楽しむように撫でた。
「一方で芸術家や発明家は違う。その場その時の直感でものを作る。だから声を聴かない。いや聞けないというのが正しいか。思いついた瞬間の勢いを大事にして作り上げたらそれっきり。時間の積み上げなんてなにもない」
「怒っているんです?」
「いや、ただ単に羨ましいだけさ」
「羨ましい?」
「そう。芸術家や発明家はその一瞬の輝きだけでのし上がれる天才肌と言う奴だろう? それは博打でもあるが、最短で成果を出せる選び抜かれた人種と言うことになる。一方で職人連中はどうだ。皆時間を積み上げることで己を磨き上げねば勝負できぬ凡才ばかりだ。この違いを羨ましがらないなんてできようもない」
そう言うとお椀を置く。
「もっと若く花開いていればまた違った人生もあったかもしれないな」
そう言ってため息をつく姿からは哀愁が漂うのだった。
積み上がる時間 シヨゥ @Shiyoxu
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