厭な短編
洞見多琴果
第1話 加害者とお祓い
ええ、私の「お祓い」は副業です。
本業ですか? 一般企業の経理事務をしています。
お祓いは、副業というよりボランティアかな。
世の中にはそういう商売、いわゆる霊能力者とか悪魔祓いとか、職業にしている方もいらっしゃいますけどね。
でも、私はそこまで本格的な事は出来ません。
そうですね……例えたら通訳?
格好良く言えば、死者と生者の橋渡しですよ。
私は見えるだけ、意思の疎通が出来るだけ。それが出来るだけでも、双方の意志を伝えることで、問題は解決することがありますからね。
出来るのはそれだけ。でも能力を磨くとか、修行するとか、そんな気も無いです。
私にとってはこの能力って、まあ特技みたいなもの。
かといって、万人の目に見えるものではなく、基準もないし数値化も出来ない。
比較も出来ないから、自分で値段を決めて、商売として人からお金を取るのも気が引けるんですよ。
だから「拝み屋」を本業にする気もありません。
私は組織の中で、決められた枠の中、目に見える数字を扱う、今の仕事が性に合っています。
依頼者は知り合いの紹介が、一番多いです。
先日来た人もそうでしたね。
私の知人から「出来るなら頼む」ということで、回って来られた方です。
それを聞いた時、何で? と怪訝に思いました。
出来るなら頼むって、その知人……彼女も、私と同じようにお祓いは本職ではなくて、副業ではありますけど、彼女の方が私よりも上手、ベテランなんですよ。
そんな人が、自分では出来ないからって私に回す人間とは、どういうことかと思ったんですけど、一目見て分かりました。
その客は、マリという若い女性でした。
「うえぇ」って思いましたよ。
「何とかしてよ! あんた、コイツが見えてるんでしょ! 出来るんでしょ!」
挨拶無し、開口一番がこれですよ。
「出来ないなんて言うなよ! そんなこと言ったらアンタをぶっ殺してやるから! 早くこのメスぶたを、地獄に追っ払ってよ!」
最初、憑いているモノが、彼女の口を使ってそう言わせていると思ったんですけどね。
『エクソシスト』ですよ。悪魔に憑かれた女の子が、物凄い下品な言葉で神父を罵るシーンあったでしょ? あれです。
でも違っていました。彼女自身の意志ですよ。
こんな依頼人、初めてでしたね。
そりゃあ、下手な霊とかに憑りつかれて霊障なんか起こされたら、生活にだって支障は出るし、場合によっては命を奪われます。
恐怖や不安で誰だって不安定になりますよ。
それにしたってね。こんな依頼人は初めてでした。
いくら精神的に追い込まれていて、多少おかしくなってはいても、もしかしたら自分を霊障から助けてくれるかもしれない人間に、それも初対面の人間にこんな口がきけますか?
そりゃあ、私たち「霊能者」を完全に信じ切れず、どこか胡散臭い目で見る人だっていましたけどね、大抵はおどおどしているものでした。
こんな態度の依頼人は珍しい……というか、前代未聞です。
何日お風呂に入っていないのか、体を洗っていないのか、匂いはまるで真夏の生ごみ臭です。
それがプンプン漂ってくるし、髪の毛はバサバサのくせに脂ぎっていて、顔は寝不足のクマと痣で紫色、剥がれ落ちた爪のマニキュアは、ボロビルの塗装みたい。
そして、ボロ雑巾のような肌。
しかも、首にはいくつも吊り下げたボロボロのお守り。
あれじゃ、かえって変なモノ呼び寄せる元ですよ。
両腕には数珠や水晶の珠がぐるぐると巻き付いています。
怪しいなんてものじゃない、狂人です。
よく道中、警察に通報されずに、独りでここまで歩いて来れたものです。
後から分かったのは、母親をはじめ友達とか、最初はマリの付き添いをする人がいたそうですが、皆次々と事故に遭ったり、病気になったりで、もう誰も来なくなったとか。
唾と腐臭をまき散らしながら、マリは私に訴えるというか、怒鳴ってきます。
自分に憑りついた悪霊を祓うために、今まであちこちの寺、何人もの霊能力者、拝み屋へお祓いに行ったとか。
だけど駄目だ、みな役立たずだ、能無しどもめ死んでしまえ、地獄へ行けとか、こんな悪霊一匹満足に祓えないのかと、マリは奇声を上げました。
「このオンナの悪霊を早くぶっ潰してよ! 寝られないんだよ! うるせえんだよ! この悪霊のせいで、皆が私をうそつきのキチガイって言いやがるんだ!」
「あんたの前のババアは、後ろのこいつを見た瞬間、私に帰れって言いやがったんだ! あのインチキクソ野郎、腰抜けのチキンばばあが!」
「……」
私は何とも言えず、マリに憑いている女性を見ました。
それは高校生くらいの女の子。
肩車してもらっている格好で、両の足はマリの首に絡みついています。
その表情は怨念とか恨みどころか、ニコニコと笑顔の只の可愛い女の子。
何人ものお祓いを退けたなんて、強い悪意や思念は感じません。
それが、かえっておかしい。
恨みと怨念で凝り固まって、人の感情や意識を失くした霊とは対話が難しいですが、この女の子は表情を見る限り、人間の意識もちゃんとあるんです。
コミュニケーションは可能らしい、それなら私じゃなくても、祓うことは知人にだって出来たはずです。
ちゃんと彼女に言い聞かせれば、マリから離れてくれて良いはずなのに。
どう見ても、この子より生きているマリの方が悪霊です。
……ただ、女の子には、首に縄の痕がある。
「離れろ、貴様私からはなれろおっ」
首をかきむしり、虫の大群を追い払うように手足を振り回して、マリは狂った怒鳴り声を空中へ向かって浴びせます。
それに対して、きゃはきゃはと女の子は笑う。まるで遊んでもらっているかのようですが、こっちは暴れるマリに近づけません。
「ああくそうっ、なんだよ自分で勝手に首吊ったくせに、今さら何だってんだこのクソ野郎! こんなことなら、セミじゃなくてゴキブリ食わしてやるんだった!」
……え?
「ロッカーから出してやるんじゃなかったよあんたなんか! あの時窒息して死ねば良かったんだ、どうせ後から、自分で首吊ったんだから!」
突如、流れ込んできたのは女の子の意識でした。
私は呆然となりました。
女の子の生前の記憶です。
それは、実におぞましい記憶でした。
彼女の記憶は、理由なく与え続けられた、心と体の苦痛のモザイクでした。
隠され、破られ、投げ捨てられる私物、大事にしていた宝物を壊されて、取り上げられて。
彼女は、マリの玩具だったんです。
彼女には何の落ち度も無く、たまたまマリと同じクラスになっただけ。
通り魔に目を付けられたようなもの。
マリにとって、彼女は自分の性癖である加虐と、その刺激を楽しむ生き玩具。
その屈辱。重なる悲しみの層、孤立無援にされて、誰にも助けを求められない孤独と闇。
マリが振り上げる手、自分を蹴り上げるマリの足。己の苦痛を楽しむマリの笑顔。
「いつまで、私についているつもりだ、この腐れ悪霊が!」
……やめなさいと、耐えきれなくなった私は口を動かしました。
あなたが、まずこの子に謝れ、あなたがいじめ殺した被害者に。
だけど、それは届きませんでした。
「うるせぇ、余計なこと言うな、お前はこの私にせっきょうするのかよおおっ」
マリは、私の頬を平手で打ちました。
「あんたはだまって、大事なお客さまのいうとおりに、この悪霊を祓えばいいんだ、それが仕事だろうが!」
痛みよりも、そのどす黒い自己中心ぶり、ねじれた尊大さに呆然でしたね。
首に絡んだ女の子の足を振りほどかんと、枯れた木の枝みたいな手足を振り回して、狂ったダンスを踊るマリ。
女の子と言えば、マリの首にまたがって、くすくすと笑っているんですよ。
まるでロデオを楽しんでいるようです。
その笑顔を見た時、何故、今までにマリのお祓いが失敗したのか、知人がお祓いをしたがらなかった訳が分かったんです。
霊能力者も皆、人の子です。
こんな女を、いじめの加害者を、助けたいなんて思わない。
わざと手を抜いたか、もしくは祓う気力が不足していたんでしょうね。
私も、今までの人たちがそうしたように、マリを追い出しました。
だってボランティアです。無償労働ですもの。仕事は選びますよ。
その後のマリですか。
生きていると思いますよ。あの女の子の笑顔は、玩具で遊ぶ子どもでした。
マリは、あの子の生き玩具です。
例えマリが死を願っても、女の子は玩具を、そう簡単には手放さないでしょうね。
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