第3話 出会

 いつもと同じように授業終了のチャイムが鳴り、帰り支度を始めるが、雁斗の顔はいつもと違って悄然としたものだった。

 重い足取りでようやく辿り着いた下駄箱で靴を履き替えていると照司がやってきた。


「よう雁斗!今日も撃つか!」


「ああ、照司くん。そうしたいところだけど…、もうできないんだ…。」


「どうしたんだよ!何があったんだ?」


 昨晩の事を話す。


「ホントに!?あの父ちゃんが?そんな厳しいこと言う人じゃなさそうだけどなぁ。」


「でもスゲーマジだった…。」


「ちゃんと言うこと聞いて返しに行くんだろ?なら俺も付き合ってやるよ。」


 雁斗の性格をよく知っている照司は雁斗の行動もよく理解している。


「あ、ああ。ありがとう…。」


「じゃ、トイショップの前で待ち合わせな!」


 家に戻ると姉が先に帰っていた。着替えた後、愛惜の品を渋々持ち出し玄関へ向かう雁斗に弓香は話しかける。


「昨日は父さん言い過ぎだったわね。あんたも努力してそれを買ったわけでしょ。同情するわ。」


「いいよ。もういい。」


「私もついて行ってあげたいけど部活に行かなきゃいけないの。役に立てないけど、元気出せ。」


「大丈夫だよ。行ってくる…。」


 雁斗は出て行った。


「ふぅ。ホントに大丈夫かしら?」





 トイショップへの道のりをトボトボ歩く雁斗。その足は泥沼を歩くように重い。


「返せったって返品受け付けてくれるのかよ…。せっかく手に入れたのによぅ…。あー、返したくない!もっと遊びたいよ…。」


 ぶつぶつ独り言をこぼしながら近道である舗装されていない林の抜け道を歩いていると、物音に気付いた。


「ギ・・・ギ・・ギギ・・・」


「ん?なんだこの音…。」


「ギ・・・ギギ・・」


 木立の向こうから聞こえてくる。


「ギ・・・ギ・・ギギ・・・」


「こっちの方か?」


「ギ・・ギ・・ギ・・・」


 壊れた機械のような、歯車が軋むような、決して心地良くはない類の音だ。


「こっちだ。あ!」



 ティッシュ箱よりは大きなそれはロボットのような、人形のような。上半分は顔だろうか、真ん丸な目が二つ。しかし首はない。頭と胴体が一体となっていて下半分は迷彩柄の服というかカバーというのか、そこから細い手と足が生えている。薬のカプセルのようにも、古代の土偶のようにも見える。


「なんだこれ!?」


 目と思われる二つの円はうっすら瞬きをするように微かに動いている。他の部分に動きはない。壊れたオモチャのようでもある。確かに不気味な音は不気味なコレから放たれている。


「ギ・・・ギ・・ギギ・・・」


「見たことないキャラクターだなぁ。誰が落としたんだろ。それとも忘れていったのかな?」


 一体これは何なのか確認したい。誰かの落とし物なら届け出なきゃ。音を止めなきゃ。どれともつかない何気ない気持ちでを手に取った。


 その瞬間。


 刹那の衝撃が体を駆け抜ける。同時に視界全体が歪む。異常な色彩感覚。見えるもの全てが横方向に波打ち、林の木々は回るバネのようにゆらゆら揺れる。得体のしれない、低周波の電気ショックのようなざわざわとした感覚が体中の内側を駆け巡る。痛くはない。心地よくもない。自分に何が起こったのか理解する間もなくゆっくりと視界が戻っていく。



 平穏の風景が戻ると、目の前にが立っている。自立してキョロキョロと辺りをうかがっている。


「うわっ!動いてる!」


 は一通り周辺を見回した後、その場にしゃがみ込みしゃべり始めた。


「パワー不足だ…ギ。」


「しゃべった!?」


「ヒカリ…、ユウコウカツヨウするだ…ギ。」


「何言ってるんだ…?」


「ン、オマエ、その持ってるモノ、何だギ?」


「これ?俺の大切なものだ。もう…、なくなっちゃうけど…。」


「見せてみるだギ。」


 そう言って雁斗が持つ箱を奪い、おもむろに中身を取り出してメカニズムを解析しようとする。


「え、ちょっと!なにすんだよ!」


「アサルト…ライフル?ほう…、ほうほう…。オオォ!こういうの待ってたんだギ!こうして、ああして、このエネルギーを…。」


 は自分の体から尻尾のようなチューブ型の器官を伸ばし、銃に何かエネルギーを送るような作業をしている。


「ちょちょ!何してるんだよ!これから返しに行かなきゃいけないんだ!」


「これでどうだギ。」


 が何かを施したX4A1を雁斗が受け取ると、途端に眩い光を帯び真っ白に輝く。次の瞬間、まばゆい光が収まったその銃は、全く別の相貌を呈していた。ライフルの形状ではあるものの、近未来的で洗練されたスタイルに赤のカラーリングが力強さを醸し出している。


「うわ、かっこよすぎ…ってなに改造してんだよー!!」


「うまくいくといいだギ。」


 その時、藪の向こうの林から獣の呻きのような太く低い声が響いた。声の元を探るように辺りを見回すと、さっきまで明るかった日中の空が紫色の雲によって薄暗く淀んでいることに気付いた。


「なんだ…?」


「…近くまで来ているだギ…。」


「え、何が…?」


 呻き声が近づいている。


「ヤツらだギ。」


「なんのことだよ、なんだよ、ヤツらって!」


「ヤツらは…、ただの人間だギ。」


 突如、呻き声の正体が林から姿を現した。それは、身に着けている服装は人間のものだが、腕や足の筋肉は異常な程に膨れ上がり、漆黒の肌に鋭く伸びた白い爪がコントラストを受けて異様に輝く。目は赤く鈍い光を放ち、獣のような動きで何かを探すように徘徊している。


「わぁ!!なんだあれ!!」


 異様な生き物、それは正に化け物と呼ぶに相応しい正体不明の存在を目の当たりにした雁斗は驚きのあまり大きな声を上げた。声を耳にした化け物の目がこちらへ向く。


「…射だ。発射するだギ!」


「え!?何を…。」


「手に持っているものだギ。」


「そんな…、これは人に向けちゃいけないものなんだよ!」


 こちらに気付いた化け物は雁斗の元へ近付いてくる。最初はゆっくりと、しかし獲物と狙いを定めたか、足を速める。


「いいから発射だギ!」


「いや、でも!」


 走り寄る化け物との距離はもう数メートル。足が震えて立ちすくむ雁斗の眼前に鋭いツメが襲いかかる。


「う、うわああああああ!!」





 第3話 了


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