ストゼロボーイと占い師

故水小辰

第1話

 店じまい直前になってから、予約もなしにアホが来た。

 教科書やら何やらが大量に入りそうな、いかにもなごついバックパックを背負ったその青年に

「今日はもう終わりなんですが」

 と言ったら、

「そんなケチ臭いこと言わないで占ってくださいよお!」

 と絵に描いたような勢いで泣きつかれた。

「お願いです! 人生の危機なんです! 入学したての頃はクラスでもサークルでも友だちいっぱい作って単位も楽勝で取って、ついでに女子にモテたらな~なんて思ってたけどもう三年生なんですよ、うわありえね~って思ったけどもうすぐ就活始まってあと二年とかで卒業なんですよ、しかもなんかオタクっぽいゲームサークル入っちゃったせいで友だちっていうほど仲良いヤツ一人もいないし、彼女もいないし、自炊とか全然できないから毎日カップ麵とかコンビニ弁当ばっかでろくなもん食ってないし上野公園のハトよりひでえ飯食ってるし、あと単位もけっこうギリギリっていうか、いや落としてはないんですけどGPAが死ぬほど低くていい会社行けなさそうなぐらい成績悪くて、それで大企業に内定取れなかったら俺一体どうすれば」

「……兄ちゃん、まさかと思うけど飲んどんのか?」

 放っておいたらいつまでも話し続けそうな勢いの青年にいささか引きつつ、俺は手短に質問を飛ばす。

「あ、いえ、それはないです素面です」

 あまりにすんなり答えられて、さっきまでのは何やってん、と思わず心の中で突っ込んでしまった。もしかしなくてもこの青年、正真正銘のドアホなんかもしれん。

 そしてこのドアホはあろうことか、そのままけろっとした顔でバックパックから財布を取り出した。おい待てや、俺さっき今日はもう終いやて言うたやないか。聞こえるかどうかの音で舌打ちし、堂々と煙草を取り出して火を点けたが、ドアホが引く気配は全くない。

「えっと、五千円からでいいですか?」

「今日はもう終いや。また明日い」

 苛立ちに任せて、咥えた煙草もそのままに歯の間から追い出しの文句を吐く。

「ええー! そんなあ! まだ閉店まで時間あるじゃないですか!」

「んなもんお前がグダグダ言うとる間に回ってしもたわ! 明日で一枠抑えたるから予約だけ入れてはよ帰れ!」

 本当は明日は休みなのだが、財布まで出して粘られると他の連中に丸投げするのも気が引ける。

「好きな時間で入れたるわ。朝の十時から夜の七時の間で一回三十分、どこがええ」

「お兄さんは何時までいるんですか?」

「……最初っから最後まで、ずっとおるわ」

 これ見よがしに煙を吐き出し、携帯用の灰皿に灰を落とす。それからスマホを出して、俺は明日の五時半で予約を入れた。ついでに三十分だけ出勤すると店長に連絡を入れた。

「……さすがに三十分だけやと給料出んかなあ……」

 ため息混じりに呟くと、ドアホがじゃあ酒でもおごりますよと言った。

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