第39話:首の行方

 見取り図に無いその部屋を照らすと、所狭しと巨大な冷蔵棚がいくつも置かれていた。

 保管庫……ではあるようだが、思っていた場所とは違う。

 一瞬、凍り付いたように固まる一同だったが、すぐに我に返って寒い室内へと踏み入れる。

「なんだ、ここは?」

 シェリフを従えるパトリックが気味悪そうに言うが、それに答えられる者はいなかった。全員が、同じこと思っているからだ。

 無機質な壁と地面のそこは、どんな仕掛けかは分からないが異様なほど寒い。

 人の気配はないようだ。

 テレンス達の足音だけがやけに大きく聞こえる。

 一通り室内を確認したところで、突然甲高い悲鳴が響く。

 明らかに怯えた声に、緊張が走る。


「どうした?」


 声の方へと足を向けると、腰を抜かしたシェリフにパトリックが声をかける。

 顔を引きつらせ腰を抜かすシェリフに反応はない、微かな悲鳴混じりの息が口から漏れ、ただ一点を凝視する。

 先に集まっていた者たちも、腰こそ抜かしてないが顔から色を無くし、言葉を失っていた。

「クソが……」

 パトリックも同じく視線の先に明かりを向け呟く。

 そして、テレンスも……。

「当たり……か」

 血の気が引くのを感じながらも呟く。予想はできていたが、目の当たりにした衝撃は大きい。

 集まった者たちの視線の先。

 そこには大きな冷蔵棚の一つの扉が開かれている。


 ギッシリ詰め込まれた人間の頭部があった。


 老若男女問わず、そこには首、首、首。

 凍えるような冷気の中で、胴体を失った首が腐ることなく押し込められている。おそらくこれが、探していた物だろう。そして、この部屋に置かれた他の冷蔵棚の中身も同じ。

 ワイルドから調査を言われた時は、心のどこかでは思っていた。本当にそんなことがあるのだろうか、と。やはり何かの間違いなのではないか、と。そしてその考えは、パトリックらシェリフ、バグジーらギャングの中にも少なからずあった。

 だが、それは見事に打ち砕かれた。


 何も言わずに目が離せなく者もいれば、嗚咽する者もいる。

「イカれた連中がいるってことは、これで証明されたわけ、だ」

 バグジーは軽い感じの口調だが、やはりその顔は少し青くなっている。

「この工場の持ち主をとっ捕まえてさっさと話を聞こうぜ」

 パトリックは居心地が悪いようにソワソワしている。

 テレンスも一刻も早く、この場所から逃げ出してしまいたかったが、まずは首を調べる必要がある。気味が悪いが、ゆっくりと近づき手近な首を手に取る。


 氷のように冷たい。

「あー、何だよ、これは」

「おいおい、テレンス。どうしたよ。これ以上、驚かせるのは無しだぜ」

 頭を見て眉を顰めたテレンスに、パトリックは嫌そうに視線を逸らした。

「この頭、中身が、脳みそが無い」

 その言葉にバグジーが前に出ると、他の頭を掴んで確認する。

「こっちもだ。脳みそが抜かれてる」

 頭頂部には穴が空けられており、中身が空洞になっている。

「おいおいおい。ちょっと待ってくれよ! 脳みそが無いってのは、どういうことだ?」

 相変わらず見ようとしないパトリックの声は、不安からだろう大きくなる。

「シェリフ見てみろよ。言葉通りの意味だ」

「バカヤロウ! こっち向けんじゃねぇよ!」

「この工場では、頭から脳みそを取り出す作業をしてたんだろうな」

「脳みそなんて何に使うんだよ! まさか、食うなんて言わねぇよな?」

 オエッとする仕草を見せるパトリックに、バグジーは思案したように黙りこくる。

「黒い補佐官。お前はどう思う?」

「ここで何かをされてたのは間違いないだろう。何のためかは見当もつかない。そして、もう一つ、大事なことを考える必要がある」

「と言うと?」

「ここにあった脳みそがどこに行ったか」

 工場の中には脳みそはなかった。つまり、他の場所に持っていかれたことになる。では、どこに? という疑問が浮かび上がる。仮にダウナーサイドであれば、わざわざ頭部だけを持ってくる必要はない。そう考えれば、取り出された脳みそはこちら側、つまりミッドサイド、アッパーサイドのどこかだろう。

「なるほどな。なら、シェリフはここの工場主を。俺達が脳みその行方を……うわっ!」

 急にバグジーが体をビクつかせて手から頭を落とす。いきなりのことに、一同も身構える。

「あ、すまん。なんか、この頭が動いたような気がした」

 バツの悪そうに苦笑いを浮かべながらバグジーは頭を拾う。

「気を付けろよ。頭だけとはいえ、可哀そうな被害者だ」

 テレンスは非難するようにバグジーへ顔を向けながら、自身の持つ頭を棚へと戻す。最初こそ驚きはした。今でも気味が悪く、気持ちも悪いが、最初ほどの衝撃はない。今では憐れな頭たちに対して、丁重に弔いたいと言う感情すら湧いている。


 だが、一瞬。違和感があった。


 頭を戻した時、棚の頭の一つがテレンスを見ていたような気がする。

 慌てて棚に目を戻すも、全ての頭の目は閉じている。


 気のせいか?

 やはり、ショックからまだ立ち直れていないのかもしれない。


 テレンスは、棚の頭に明かりを向けて確認する……。


 バグジーは頭を拾い上げる……。


「「……———……ッ!」」


 棚の頭が、手の中の頭が、一斉に目を見開いた。

 声にならない悲鳴がテレンスとバグジーの喉から漏れる。そして、頭の異変に気付いた者たちも絶句する。

 言葉に詰まり、呼吸すら忘れ、後ずさる侵入者に見開かれた生気のない視線を向ける頭たちは、また大口を開けると金切り音に近い音を一斉に発する。

 それは耳を塞がなければ鼓膜が破れてしまいそうなほど。

 すると、それが合図のように、周囲の冷蔵棚から何かが動くような音が聞こえてくる。それも1つや2つではない。何十、何百という音が室内に響き渡る。


 目前の頭たちの大口がさらに一層大きく開かれたと思った瞬間、その中から黒い影がもぞもぞと現れて飛び出した。

 それらは羽ばたきをしながら、飛び回り、『カァー』と不気味に鳴いている。

「カラス?」誰かが目の前の信じられない光景に呟く。


 何が起きているんだ?


 テレンスの頭は、ありえないの連続に、すでに思考停止状態だった。

 ただただ怖い。

 体は自然と震えていた。頭で恐怖を感じているのではない。体が勝手に反応している。

 他の冷蔵棚の扉が破れ、中からやはりカラスが飛び出してくる。

 それらは室内を埋め尽くさんばかりに飛び回り、集合し、そして床に落ちた。


 カラスが凝縮したようになると、そこは一層濃い闇があった。

 それは生者を拒絶するような意志が感じられる暗闇。

 吐く息が白い。先ほどまではなかった甘い香水のようなにおいと共に硫黄の臭いが鼻に突く。

 全員が、その暗闇の一点を凝視し、金縛りにあったかのように動けない。

 テレンスは、何とか腕を持ち上げ、明かりをその暗闇に向けた。


 そこにはローブの女が立っていた。

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