第17話:レディ・リリー

「レディ・リリー。たまには顔を見せないと、忘れられちまいそうなんでね」

 リリーは会釈をするワイルドの言葉に小さく笑いながら近づいてくる。

 ワイルドの他の3人も居ずまいを正して、彼女に挨拶をした。

 彼女こそ、アッパークラスの人間に声をかけ、この救援隊発足に尽力した立役者でもある。彼女がいなければ、救援隊が今のような充実した形にはならなかっただろう。この酒造工場のオーナーが救援隊のために開放したのもリリーの説得があってのことだ。


 アッパーサイドに暮らす資産家。

 

 正直、リリーについては、それ以外一切分からない。何をして財を成したのかも、何をしているのかも、いつからニュージョージに住み始めていたのかも。しかし、彼女の人脈は本物で、広くそして深い。呼びかけ一つで多くの人や物が動く。

 ただ、彼女の魅力は人脈ではなく、人柄にある。

 温かな空気を身に纏い、近くにいる者を安心させる。さらに誰であろうと分け隔てなく接し、救援隊を発足させただけでなく、自らも参加して医師やボランティアと一緒に白熱病罹患者の看病に励んでいる。そのため患者だけでなく、救援隊にいる人間からの彼女への信頼は非常に高く、いつの頃からか敬意を込めて彼女を『レディ・リリー』と呼ぶようになった。


「ちゃんと覚えていますよ。もちろん、あなたも」

 微笑みながらワイルド、そしてルーヴィックに視線を向ける。いきなりのことに、ルーヴィックは無駄にドギマギしてしまった。

「それで……今日はどのような件で?」

 リリーはニッコリ笑って、話を進めた。

「救援隊の説明を各所で求められててな。そのためだ」

 ワイルドはやれやれと首を振りながら答える。

 救援隊は塀で囲まれた工場のため、外界との隔離そして保護には適した場所だ。しかし、そのせいで中の様子がよく分からず、不気味という印象を人に与えてしまっているのも事実だった。そのため、ワイルドらが説明に回っていた。

「ここを面白く思ってない連中もいるってことだ」

「なぜですか?」

 理解できないと言った感じに首を傾げるリリーに、ジェームズが代わって答える。

「おそらくは白熱病に対する不安や不満、自分たちの置かれている状況への苛立ちが、罹患者へと向いてしまうのでしょう。『こいつらのせいで、自分たちは苦しんでいるのだ』とね。さらに救援隊は、条件的に恵まれてますから、余計に腹が立つんですよ」

 その説明を聞いても理解できないと首を傾げるリリー。ジェームズが「ようするに八つ当たりですよ」との言葉に、顔をハッとさせて伏せてしまう。

「多くの人の助けになればと、救援隊を整えてきましたが、それが裏目に出ているのですね」

「まぁ、この世界に完璧な物はない。ここがこれだけ活発に動けているのもあんたのおかげだ。でなけりゃ、とっくに救援隊なんて崩壊して、ダウナーサイドは取り返しのつかない状況になってただろう」

 少し落ち込むリリーにワイルドが言う。

「分からず屋どものことは、俺たちに任せろ。それが俺の仕事だからな」

 ワイルドは、ニヤリと獣が牙をむくような独特の笑顔をしながら、軽くサムズアップをして見せる。

「……そうですね。よろしくお願いしますね。マーシャル。そしてブルーさんも」

 またしても不意を突かれ、ルーヴィックは背筋を伸ばした。

 そして、まだ仕事があると言って、リリーは戻っていく。


 それを見送りながら4人も歩きを再開する。

「しかし、いつ見てもビビるくらいの美人だな」

 ワイルドが珍しくボヤク。

「あんな綺麗な女性が、この街にいたとはなー。しかもキツい作業を進んでやってくれてる。世の中、捨てたもんじゃない・・・・・・おっ?」

 ワイルドが感心しながら言っていると、籠に大量のシーツを入れた少女の存在に気付かずぶつかった。恐らく少女もろくに前が見えていなかったのだろう。

 床に落ちる籠からシーツがこぼれる。

 思わず拾おうとするワイルドに「触らないで!」と厳しく少女が言ったので、驚いて手を引っ込めた。

「おい、人の親切にそんな言い方は・・・・・・あぁ?」

 ワイルドの隣にいたルーヴィックが少女の無礼な反応に腹を立てるが、顔を上げた少女がアメリカ・インディアンだったこと気付いて驚いた。

「なんでインディアンがこんなとこにいんだよ?」

 その言葉には差別的な色が籠っていた。少女は明らかに嫌な顔をするがグッと堪え、シーツを手早く拾い集めると踵を返して立ち去ろうとした。

 何も言わずに去ろうとする少女に、ルーヴィックはカッとなって口から声が出る。


「おい、何とか言えよ。この病原菌!」


 あまりの言葉にエドワードもジェームズもギョッとし、ワイルドはげんこつを振り上げた時、誰よりも早く少女がターンし、持っていた籠でルーヴィックの顔面を思いっきり振り抜いた。思わぬ反撃に、まともに籠を受けて地面に倒れる。

「お前、頭に、虫湧いてんのか!」

 少女は、目を白黒させるルーヴィックに怒鳴りつけて歩きさっていった。

「綺麗な人だけじゃなく、豪胆な子もいるんだな」

 何をされたかようやく気付いて、顔を真っ赤にしながら追いかけようとするルーヴィックの襟首を掴みながら、ワイルドはエドワードに和やかに話していた。

「あ、あぁそうですね。彼女はマハと言いまして、私の助手をしてくれているんです。非常に薬学の知識に長けていて助かってます。マーシャル。彼女が失礼をしました」

 エドワードが頭を下げた。それがワイルドに対してのことなのか、ルーヴィックに対してのことかは分からないが、ワイルドは気にしてないと答える。

「あの子はあまり話さないので、説明が足りない時があるんです。何が感染につながるかがハッキリしていません。もしかしたら患者の使ったシーツからうつるかもしれない。不用意に触らないようにお願いしているんです」

 あのマハの厳しい発言は、ワイルドを思っての言葉だったわけだ。

 それを聞いて、いまや羽交い締め状態になっているルーヴィックも少し冷静になった。


「ふーん・・・・・・って、俺、顔面にシーツ喰らってんじゃねぇか!」


「まぁ、出る時にちゃんと消毒して出てください」

 大きな声を出したことで少し騒然となっていた。看病をする者たちも様子を覗きに来ている。その中には先ほどのリリーもいた。

 周囲の人の視線もあり、だいぶ落ち着いたルーヴィックをワイルドは解放して、2人はエドワードとジェームズにお礼を言ってから外へ出た。



 

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