第4章:都市封鎖
第16話:白熱病と救援隊
連邦政府によって強制的にニュージョージが封鎖されて2週間が経った。
列車や船の出入りが出来ずに人流が完全に止まる。市外へ出たがる人で当初は大混乱に陥ったが、自由に市の出入りができなくなったこと以外に変化がないことから、次第に混乱は収まり、今では封鎖前とあまり変わらぬ状態へと落ち着いた。
ただ、白熱病が蔓延するダウナーサイドの封鎖は少し違う。
ダウナーサイドとミッドサイドを分ける通りにはバリケードが組まれ、監視も目を光らせている。自由に行き来することはできなくなった。必要最低限の物資が定期的に運ばれることだけは、せめてもの救いだ。
ダウナーサイドから出ようとした者は、発見されリンチにあい、首を吊られるなどの物騒なケースも発生した。さすがにそれはシェリフや市警察が取り締まっているらしいが、似たような例は後を絶たない。
一時は反発する住人達による暴動寸前までいったが、市警察やホワイトの連れてきた軍の威圧によってギリギリ踏みとどまった。またワイルドとルーヴィックが混乱するダウナーサイドに留まり、各方面を説得、交渉をしたことも大きい。
ミッドサイドに残ったテレンスとは、日に一度、境界線で落ち合い、情報を交換することで、互いに状況を把握していた。
2週間経った今でも、ダウナーサイド内は荒れている。
白熱病は誰が持ってきて、広めたのかという噂、憶測が広まり。至るところで人種や民族同士の迫害に発展。また、白熱病は火で浄化されるという噂が流れたことで、感染拡大を恐れた者達が感染者のいる建物に火をつけるなどの事件まで起きた。さらに、その騒動に便乗した者達が、店を襲って品物を強奪。今ではほとんどの店が、日が傾きかけるタイミングで閉店している。
治安を守るためにはワイルドたちだけでは手が足らず、有志を募り、自警団を結成。見回りを強化するも、それでも手が足りない状態だった。
毎日報告される感染者数と死者数は増え続けており、医療と葬儀体制がパンク。死体をどうすることもできず、死亡した状態で部屋に放置されたり、しまいには道で燃やしたり、川へ捨てる者まで現れた。
そこで工場地区の拡張工事のために埋め立て地(魚の死骸を破棄していた所)へ死体を投げ込むこととなった。さらに、死体から感染が広がることも恐れ、火が放たれる。止めどなく死体が投げ込まれるため、その火は最初に付けられてから一度も消えることなく燃え続けていた。
夜も昼も人を燃やし続ける、その巨大な火葬場を人は『嘆きの火』と呼んだ。
白熱病の患者を保護、治療するための臨時施設も作られた。
それが『救援隊』と呼ばれる集団だ。
アッパークラスの有志らが声を上げて結成したもので、白熱病の影響で動いていない酒造工場が拠点となった。塀で囲まれているため、外界との隔離という点でも都合がいい。また、敷地内にはいくつもの建屋があるため、患者たちがいる棟の他にも、医療従事者や看護をするボランティアの居住スペースとしても十分に使えた。
救援隊を支えるボランティアは、ニュージョージ全体に募集をかけたが、集まったのはほとんどがダウナーサイドの住人。そのため医師や医学の知識のある者も少ない。
また救援隊には白熱病患者以外の人も訪れる。広場にテントをいくつも広げ、体調の悪い者の診察や、日常の不安などへの相談、物品の配布や炊き出しなどもする。
白熱病患者を受け入れる、いつ自分たちが感染してもおかしくない陰鬱とした仕事の場ではあるが、そこで働く人々は善意によって集まった者たちが多く、その顔は決して暗いものばかりではない。皮肉にも、救援隊の外部よりも安心できるという理由から、ボランティアに志願する者もいる程だった。
救援隊に参加しているジェームズは、同じく救援隊に志願した牧師と、比較的症状が軽く話せる患者に色々と質問をしていた。牧師と一緒に動くのは、彼になら患者も話をしてくれるからだ。住んでいるところ、職業、家族構成、最近は何か変わったことをしたか・・・・・・などなど。得た情報を手帳と地図に書き込んでいく。
何とか罹患の共通点を探ってはみているが、今のところ見つからない。
一通り聞き終わる頃、エドワードが来客を連れて歩いてきた。
「ジェームズ、紹介するよ。マーシャルのワイルドさんと、補佐のブルーさんだ」
もちろん知っている。彼(ワイルド)は有名人だ。封鎖されてからは、この救援隊の建屋の一室を事務所代わりに使って寝泊まりしているらしいが、会ったことはなかった。彼は自警団に指示を出しながら、救援隊の警護だけでなくダウナーサイドを走り回っており、昼間は滅多に事務所にいない。
「あなたが、マーシャルですか!」
まるで物語の登場人物にでも会ったかのように、ジェームズは浮足立って握手を求める。
「一度、お会いしたいと思っていました。いい噂ばかりが聞こえてくる」
「もちろん悪い噂は口止めしているからな」
笑顔のクラークの手を、ワイルドは握手を返しながらニヤリと笑う。少し動揺するジェームズに「冗談だと」と言うと、彼は安心したように笑った。
「スコット先生から聞いたが、別の街から来たとか?」
「そうなんだよ。不運だろ?」
「大学教授だとか?」
「そう。こう見えてもね。医学のことも少し勉強しているが、専門は肉体よりも精神の方なんだ。ただ、研究内容はもっと別だけどね」
「別とは?」
「魔女の存在の証明」
一瞬、ワイルドの笑顔が引きつるもすぐに戻る。
「頭のいい人の考えることは、俺には分からんな。魔女なんていない。いたとしても、そりゃ何百年も昔の生き物だ」
「どうかな。もしかしたら、いるかもしれないよ。知らないだけで、意外と近くにね」
しばらくの沈黙の後「見たことはないけどね」とジェームズが明るく言ったので、少し重かった場の空気も明るさを取り戻す。
「そうだろうな。これからも会わないことを祈るよ」
軽く笑いながらワイルドは宙を見上げる。
その後、ワイルドとルーヴィックに軽く自己紹介をして、4人は隔離棟の様子を見て回る。
「ここを手伝ってくれる人も増えたな」
患者の世話をする人を見ながらワイルドは呟く。
「えぇ、最初の頃は、どうしようか頭を抱えるほどでしたが、牧師様が方々に協力を呼びかけてくださったので」
離れた所で牧師が患者の話に耳を傾け、励ましている。
「……それで先生、この騒ぎはどれくらいで収まりそうだ?」
ワイルドの問い掛けに、エドワードはシンプルに「分からない」と答えた。質問した本人の様子を見るに、予想はしていたらしい。
「感染のルートなんかも分からないかい? 人同士の感染とかは?」
「残念ながら。感染源ですが、飲み水や食べ物、小動物や虫が媒体となっている可能性もありますね。人同士の感染は弱いようにも見えますが、0とは言い切れません」
「移民とかが病原菌を運んできたって噂があるけど」
そう言ったのは隣を歩くルーヴィックだった。周りをキョロキョロしながら歩く。明らかに、この場所にいるのを嫌がっている様子だ。とはいえ、彼の反応を非難することはできない。当然と言えば当然の反応だ。よく分からない病気の患者を隔離した場所なのだから。慣れているジェームズやエドワードはともかく、表情を変えずに散歩するようにいるワイルドが異常なのだろう。
「個人的な意見ですが、おそらくそういったことはないでしょうね。その場合はもっと段階的に拡散するでしょうから」
エドワードの回答にルーヴィックは「ふーん」と興味がないように返す。彼は次の質問に口を開きかけるが、その前に話しかけられたことで不服気味に口を閉ざした。しかし、声の方へに視線を移すと、先ほどの不機嫌そうな顔が嘘のように消える。
「珍しいですね。マーシャルがここまで来られるなんて」
ルーヴィック以外の者も声の主を見て、一瞬だけ呆けてしまった。
鈴を転がすような耳心地の良い声の主は、長いブラウンの髪を後ろに束ねた女性だった。服装を質素な物で、罹患者の看護をするボランティアと同じ作業をしていたようだが、明らかに周囲に漂う空気が異なっていた。優しげな青い瞳に美しい目鼻立ち。気品を感じられるが、その場にいても一切の違和感がない。その一帯が暖かな雰囲気で包まれる。「慈母」という言葉が思い浮かんだ。
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