第14話:牙をむく病魔
ジェームズがエドワードの診療所の前に来た時、その異様さに足が止まった。
診察に来た者たちが中に入り切らずに、外にまで溢れているのだ。
力なく項垂れ、地面や玄関前の数段の階段に腰を下ろす人々は、咳をしたり、手を震わせたりなどの症状が見られる。そして一様に、熱に浮かされ青白い顔をしていた。
確かに近頃は流行り病で訪れる人の数が増えていたが、こんな光景は昨日まではなかった。
休憩時間を見計らい訪れたジェームズだったが、人が途切れる気配がない。
苦しそうに息をする人々を気遣いながらも、診療所の入り口まで来た時、中から扉が開く。
「こりゃ、想像以上にヤバいことになってんじゃねぇのか? え? あのお嬢ちゃんからは、何かポワカに関することが聞けたのか?」
この暑い季節にも関わらず動物の毛皮を身に纏う大男が出てきたので、慌てて道を開けた。
「あぁっと、こりゃ失礼」
「いえいえ。こちらこそ」
軽く手を挙げて詫びる髭面の大男にハットを軽く持ち上げるジェームズ。
明らかに病気に罹っているようには見えない男に続き、アメリカ・インディアンの男も診療所から出てくる。彼はジェームズを一瞥しただけだ。2人ともこの街の人間には見えない。都会ではなく、もっと野性味を感じる空気を漂わせていた。
「さっさとポワカを見つけねぇとな。どっから探すよ?」
通り過ぎる2人を見送るジェームズ。大男はアメリカ・インディアンの男に先ほどと同じく話しかけているが、相変わらず返答はなく、一人で話続けていた。
しばらく目で2人を追いかけたジェームズは、我に返って、診療所へと入った。
中は外以上に人でごった返している。
いつもは最低限のことしかしない受付のマハも、体調が急変する人に薬を飲ませたり、止めどなく訪れる病人の対応など、右往左往しながら院内を走り回っていた。
「マハちゃん! これは、どういうことだい?」
小走りで近くを通り過ぎようとするマハにジェームズが話しかける。
「今、この状況見えない? 呑気に、話して暇、ない!」
と厳しい言葉が返ってきた。
「OK。分かった。ここ(部屋の隅)にいるね」
「立ってるだけ、邪魔。できること見つけて、手伝う!」
マハの剣幕にジェームズは慌てて、上着を脱いで袖をまくると、自分のできることを探してキョロキョロと周囲を見渡す。
友人を訪ねに来ただけなのに、とんだ災難だ。
「じゃぁ、エドに聞いてくるね」
ジェームズは足早に奥の診察室に行くと扉を開く。
中ではエドワードが疲れた顔をしながら、親に付き添われた震える少年を見ていた。
「やあ、ジェームズ。最高のタイミングで来たね」
「何か手伝えることはないかな?」
「君がかい?」
「さっき、マハちゃんに叱られてしまってね」
「彼女らしいな」
エドワードは小さく笑いながら子供の診察をして、待合室で待つように指示を出して退室させた。
「流行り病だ。これまで来た患者は全て同じ」
「でも、昨日まではこれほど多くはなかったよね?」
ジェームズの言葉に、エドワードは神妙な顔をしながらも頷く。
「何が原因かは分からないが、一気に感染が拡大したみたいだ。ここだけじゃない。ダウナーサイド付近の他の診療所でも同じような状況らしい」
「感染爆発(アウトブレイク)かい?」
「言いたくはないが、おそらくそうだ。ダウナーサイド一帯で広がっている」
「これは一大事だね」
「正直、この病気の正体もまだ分からない。どういった経路で、どうやって感染するかもね」
「でも、ここに来ているのはみんな同じ病気なんだろ?」
「あぁ、そうだね」
「なら、何から始める? 彼らには何が必要なんだ? 指示をくれ!」
ジェームズの言葉に、一瞬、キョトンとするが彼の意図を理解して顔を顰める。
「手伝う気かい? 君は早くこの区画から避難した方がいい。と言うよりも、この街から出た方がいい」
「エド。苦しんでいる人たちを見ないふりはできないよ……大丈夫さ。こう見えても医学は少し齧ってる。それにみんな同じなら、指示さえもらえれば対応も変えなくていいだろ?」
ニッと歯を見せて笑うジェームズに、エドワードは呆れてしまう。
「そんな単純じゃないよ。それに本当に危険な状況なんだ。この病は薬が効かないし、日に日に症状が重くなっている。まるで病気が成長しているようだ」
「それならなおのこと立ち去れないよ」
「ジェームズ。私は君のためを思って……」
「危険な状況に友達を残してはいけないだろ?」
遮る様にジェームズはウィンクしながら言った。彼の意思は固い。
それでも反論しようと口を開きかけた時、扉が勢いよく開かれた。
「先生! 待合室の患者、急変。すぐ来て!」
慌てた様子のマハが叫ぶように言った。それを聞いた2人も待合室へと向かうと、床に一人の男性が体を震わせて倒れている。
「凄い熱だ」
体に触れたエドワードが思わず言ってしまうほど、男の体は熱かった。高熱による痙攣をおこしており、白目をむいて、口から泡を吹いている。
ただ、その男性の状態で、特出すべきはそこではない。
「その白さは何だい?」
ジェームズの疑問はその場にいる全員の疑問でもあった。
倒れている男の肌が白いのだ。高熱にうなされながらも血の気は引き、青白いを通り越して、蝋のように真っ白になっている。
「マハ。解熱剤は?」
「与えました。でも、効果、ない」
「こんな症状は初めて見る……。誰か、彼を運ぶから手を貸してくれ」
困惑しながらもエドワードは周囲を見渡すが、誰一人として協力しようと近づく者はいなかった。得体の知れない物を見る怯えた色が彼らの目にはあった。
それはジェームズも同じだった。
地面に根が生えたように動かない。視線を外すことができない。
目の前の男性に何が起きているのかは分からないが、恐ろしいものを見ていることだけは理解できる。そしてこの男性はおそらく死ぬだろう。直感的にそう思った。
近づきたくないのではない。近づけないのだ。
他の者も同じだろう。無理もないことだった。不用意に触れば、いや、近づいただけでも罹患して、次は自分の番かもしれない。周りの人々は決して目の前の男を見殺しにしていいと思っているような薄情な人間ではない。しかし、それでも自分の身の危険を顧みてまで助けられるほどの勇気もないのだ。
仕方ないとエドワードとマハが男を支えて立ち上がらせるのを見ていて、ようやくジェームズも我を取り戻す。
意識が飛んでいたような感覚に陥っていた。軽く頭を振り、呼吸を整えると彼も男に近づき、肩を持って支える。
急に軽くなったことに驚き、さらにジェームズが手伝っていることに驚いたエドワードとマハの見開かれた目が彼に向けられた。それにはぎこちなく笑顔を返しながら言った。
「早く運ぼう。他の人たちとの接触はできるだけ避けた方がいいからね」
こうして3人によって診察室のベッドへ運ばれた男性は、可能な限りの治療を施したが夜の帳が落ちる頃、努力も空しく苦しみながら命を落とした……。
打つ手がなかったことに対する無力さと、そして見たことも無い症状による恐怖で、ジェームズは口を開くことができなかった。それは他の2人も同じようだ。青い顔をして呼吸が荒い。
自分の目にしていることは現実なのか、それとも夢なのか。
しかし夢のはずがない。
目の前に、本物のロウソクのように白く、冷たい死体があるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます