2章
第5話 再び事件発生
少し立て付けの悪いドアを引くと、ガラガラと音が鳴った。
オレンジ色の光が放課後の部室を照らしていた。
相変わらず科学準備室は薬品と少し埃臭さが混じっている。
10畳くらいの部室の中心で、明石はワクワクしたような表情で俺のことを見た。
そのやる気に満ちた気持ちを抑えることができなかったようだ。
「ふん、遅かったのね。藍沢!」
「……お前が早すぎるんだろ」
「それで何か事件はあった?」
「お前と同じクラスでそれに隣の席の俺に聞かれても、何もなかったことくらい分かるだろ」
「やっぱり、何もなかったのね」
そう言って、つまらなさそうに俺から顔を背けた。
肩まで切りそろえたボブカットの黒髪が、わずかに揺れた。
……わかっているなら聞くなよな。
その言葉をなんとか飲み込んで、俺は明石の向かいの席に腰を下ろした。
「はあ……どこかに事件はないのかしらね」
「毎日、事件なんか起こるわけないだろ」
「ねえ、藍沢。何か事件を起こしてきて」
「俺は平和主義なんでね」
「平和主義ね……その割に大胆なことしているじゃない」
「さあ……なんのことだか」
明石はその好奇心の強そうな瞳をすっと細めた。
やはり、俺と玲が付き合っていることをこいつに知られたのはミステイクだったようだ。偶然、街中ですれ違うだなんて不幸過ぎるだろ。
今更、そんなこと言っても後の祭りだが。
「玲ちゃんのこと悲しませたら許さないから」
「……勝手にしてくれ」
「ふん、まあいいわ」と明石は少し考えるように言った。「それよりも、今の私たちには事件が必要よ。最近、ミステリ研究会としてのまともな実績がないじゃない!これじゃあ、歴代の部長に顔が合わせられないじゃないっ!」
「いや、ミステリ研究会を作ったのはお前だろっ!?お前以外に部長なんていなかっただろうが!」
「……っち、いちいち細かいわね」
「全然、これっぽっちも細かくないからな!」
そう、このミステリ研究会などというくだらない部を作ったのは、明石紫苑この人、本人だ。この明石は正義感というかなんというか、一種の病気のようなものを抱えているらしい。
これまで自ら面倒ごとに頭を突っ込んでは、その場を掻き乱しては事件を迷宮へと誘う才能だけは人一倍だ。
正義感があるからより一層面倒なのだ。
それに中途半端に頭も切れるから、ごくたまに事件を解決してしまう。
それがいけないのだろう。
明石は自信を持ってしまった。
だから調子に乗って、自分の能力を過大評価してしまう。
そして、あとは悪循環だ。
俺という尊い犠牲とともに、明石は事件という事件に首を突っ込んでいった。
「はあ、そんなことよりも事件よ。私の灰色の脳細胞がこのままでは腐ってしまうじゃない」
「お前の頭は、灰色というかお花畑だろ」
「何か言ったかしら!?」
「いえいえ、何でもありません」
「ふん」
そんなくらだらないやりとりをしていた時だった。
久々に俺と明石以外の人物が、放課後の科学準備室を訪れたようだ。
ガタガタと歪な音が鳴って、現れた人物はミステリ研究会の顧問だ。
「二人とも元気そうねー」
「なんだ、未來先生かー」
明石はガックリとした声で返事をした。
空川未來—黒縁のメガネの奥から少し楽しそうな声で答えた。
「紫苑さんのことだから事件でも探していたんでしょ?」
「ええ、こいつさっきからずっと事件、事件ってうるさかったですね」
「そんなに何度も言ってないー」
明石は反論とともに机の下でバタバタと足を動かして、俺を蹴ろうとしたようだ。
こいつ……足くせが悪すぎるだろ。
なぜか俺たちのやり取りを見ていた、未來先生はどこか間違った推理を披露した。
「ふふ、相変わらず仲が良いのね。いいじゃない。青春ねー」
「どこが青春ですか?どこかの誰かさんが勝手に首を突っ込むのは一向に構わないけど、俺まで巻き込んで欲しくないんですけどね」
「藍沢だってなんだかんだで私に付き合っているじゃない」
「いやいや、それは絶対にないから!」
「はいはい!そこまでですっ!」
「そういえばなんですか……未來先生?」
何かすごく嫌な予感がするのだが……
未來先生は待ってましたと言わんばかりに、ニヤッと口元に笑みを浮かべた。
「ふふ、事件発生です」
「どんな事件ですかっ!?」
間髪入れずに、明石が反応した。
そんな反応を見越していたかのように、未來先生は俺へとチラっと視線を向けた。
「ごめんね、藍沢くんのこと巻き込むことになっちゃうかも」
そう言って、未來先生は黒縁のメガネの奥からどこか幼い子どものようにウインクした。
それから未來先生がおおよその事件のあらましを語ってくれた。
そしてわかったことといえば、一つだ。
かなり厄介な事件だということだ。
それも警察沙汰になるほどの大事件と言っても過言ではないだろう。
「つまり、修学旅行の積立金——2400万円が無くなったんですか?」
「ええ、そういうこと」
「警察には連絡したんですか?」と俺は一応、確認した。
「ううん、まだしていないわ。それに私だけしか気がついていないと思うわね。もちろん犯人を除いてだけど」
どこか悪戯の企む子どものように、未來先生は楽しそうな声で言った。
なぜそこで楽しそうな表情になるのか。
それに明石は先ほどからなぜかダンマリだし……
「……なぜ警察に連絡しないんですか?」
「うーん、せっかくだし紫苑さんに解決してもらった方が大事にならないじゃない?それに、3年生の受験生たち——特に推薦を狙っている子たちへの影響も考えると内々で解決した方がいいでしょ?」
やはりこの厄介な同好会の顧問を引き受けただけのことはある。
横領事件かもしれないのに……警察沙汰にしないのは、この先生も大概頭のネジが外れているようだ。
そんな時だった。
明石はここ一番の大きな声で言った。
「もちろん、任せてくださいっ!私たち——ミステリ研究会ならすぐにズバッと解決して見せますからっ!」
「……勘弁してくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます