第3話 放課後ミステリーの行く末

「そもそもこの事件に犯人などいないのッ!」


 明石はない胸を張った。

 教室を支配する空気感が、一気に下がるのを感じた。

 一部のクラスメイトたちからは、何故か俺に向けて、非難するような視線が集められた。


 数秒ほどして、男子生徒の奥が抗議の声をあげた。


「じゃあ、財布はどこに消えたんだ?」


「簡単なことよ。カバンの中っ!」


 意気揚々と宣言した明石の甲高い声が教室に反響した。


 その声につられるようにクラスメイトたちの視線は、桃山玲が抱えるカバンへ集まった。


「玲ちゃんのカバンの中は、さっき探していたでしょ?バカなの?」

 

 先ほど以上にイラついた声とともに、星野蓮香はガタンと机を叩いた。


「ふん、これだからビッチは困る」


 明石は何故か先ほどから星野蓮香だけに強く言い返す。それも小馬鹿にしたように鼻で笑って。


 星野蓮香は今にでも明石を殺してしまうのではないかと思うほど、鋭利な視線を向けた。


「は?」

「明石、流石に今のは言い過ぎ––––––––」と言いかけた俺の言葉を無視して、明石はまるで日頃からの鬱憤を晴らすように言葉を続けた。

「私がいつ玲ちゃんのカバンと言いました?バカなの?」

「っ!」


 ガタンという嫌なを音を立てて、星野蓮香は立ち上がった。


「おーやれやれ」という誰かの声が入り込み、それを制するように「ちょっと、男子は黙っていてっ!」などという応酬が始まってしまった。


 おいおい流石にまずいだろ。

 高校生にもなって喧嘩の仲裁をすることになろうとは……。


 そうこうするうちに星野蓮香はずかずかと足速に明石の目の前へと移動していた。

 

 咄嗟に、俺は明石と星野蓮香の間に割り込んだ。


「そ、そこどいてっ」

「少し冷静になってくれ」

「なんで、そっち側につくわけっ!?信じらんないっ!バカにした態度なのは、そっちでしょ!」

「ほんとにすまないと思う。明石はコミュニケーション能力に異常を抱えているバカなんだ。だからどうかゆるしてやってくれ、頼む!」


 俺は勢いよく頭を下げた。


「いくら、ゆ––––藍沢の頼みでも、今日はマジで無理だから!いつもいつも小馬鹿にするような視線を向けてくるから、こっちはむかついてんの!」


「そこをなんとか怒りを収めてくれ!」


「ふん、なんでビッチ相手に藍沢が頭を下げる必要があるのよ?」


 明石はさらに空気を壊した。


 ––––こいつ、全く悪気なく言いやがった。

 人の気持ちも知らないで、好き勝手に言いやがって……。


 俺の内心などこれっぽちも気に留めることなく、明石は涼しげな表情で髪をふわりとかき上げた。


「バカにするのもいい加減に––––」


 星野蓮香は顔を真っ赤にして、明石に手を上げようとして––––


 桃山玲の透き通るようでいて、それ以上に何故か焦ったような声が反響した。


「ちょっと待ってくださいっ!」

 教室は一瞬で静寂に包まれた。

「えっと……」とは桃山玲はオロオロと俺と明石を見て、それから星野蓮香を見た後、「みんなを巻き込んでしまった私が1番悪いですっ!だから……」と段々と語尾が消えた。


「これは玲ちゃんのせいじゃないから」と星野蓮香は気まずそうにそっと手を下ろした。


「とりあえず、明石。一々角を立てるような言い方をやめて、しっかりと説明してくれ」

「ふん、言われなくてもそのつもり」と言って明石は俺たちから離れた。


「だから、それがーーまあ、いい」


「っそ」とぷいと明石は俺から顔を逸らした。


 くっそ、お前は幼い子どもか。

 なんとか湧き上がる怒りを抑えて、俺は「それで、肝心の種明かしを解説してくれ」と明石に推理を促した。


 明石は簡潔に述べた。

「入れ替わりだったの」


––––入れ替わりね。

 桃山玲の財布がどこからどこへと入れ替わったというのか。


「それで?」


「そ、そう。単純なことだったの。そもそも先週から、女子更衣室の個人ロッカーは施錠を紛失して以来、そこに貴重品を入れないことになっているの」


「そうなのか?」


 俺が桃山玲へと視線を向けると、こくんと小さく頷いた。

 流星が、後方から疑問を呈した。


「それが何だって言うんだ?」


「だから体育の時は、委員長が貴重品を預かって先生に保管してもらうことになっていたわ」


「と言うことは、先生が盗んだとでもいうつもりかー?」と奥が太い声で言った。


「バカね。そうじゃないわ」と間髪入れずに答えて、明石は続けた。「玲ちゃんがいつも大切そうにしている、ポーチ」


「ポーチですか?」


 キョトンとした表情で、桃山玲が繰り返した。

 少し不思議そうに首を傾げた仕草でさえ、人を惹きつけるような魔力を秘めているような気がした。


「うん、ちょっと見せてくれない?」

「え、もちろん、それはいいけど……」と言って、桃山玲はシンプルな白と黒のデザインのポーチをバックから取り出した。

「差し支えない範囲でいいから体育の移動時にその中に何を入れていたのか教えてくれないかしら」と明石が言った。


「うん」と桃山玲は俺をチラッと見てからポーチの中身を開いた。


「えっと、ハンドクリーム、リップに、日焼け止めと……スマホとイヤホン……あとは、お財布」


「そう、ありがとう」と明石はニコッと笑みを浮かべた。そのあとで、俺の隣で仏頂面で腕を組んでいた星野さんへと視線を向けた。


「ところで同じポーチを持っている人がいるんじゃないですか?」


「は?」とおよそ女の子が出したとは思えないほど低い声が隣から聞こえた。


「はあ……だから、玲ちゃんと同じポーチを持っているんじゃないのって誰かさんに聞いているんですー」


「っち。持っていたら何だって言うの?」


 渋々と言った声で、星野蓮香が答えた。


 ああ、なるほど。 

 単純なことじゃないか。


「すまないがその中身を見せてくれないかな、星野さん?」


「ゆ––––藍沢まで私のこと盗んだって疑っているのっ!?」

「いや違う。疑っている訳じゃなくて、さっき明石も行っていただろ?『入れ替わった』って」


 星野蓮香の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。「頼む、見せてくれ」と俺が念を押すと「……わかった」と呟き、悔しそうに下唇を噛んだ。伏せるようにして、黙って自席へと戻り、スクールバックへと手を入れた。


 そして、桃山玲と全く同じ種類のポーチを取り出した。

 

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