後ろの加賀さんは顔を見せてくれない
栗鼠咲
第1話
僕は甲斐田 樹《かいだ いつき》。
高校生になったら勝手に友達が出来るんだろうなぁ、と馬鹿な空想をしていた馬鹿だ。
そして学校が始まって一週間、誰ともしゃべらずに過ごしてしまった。
「やばい・・・。レクで話せるかと思ったのに中学校の友達同士のグループが周りの席とは・・・」
絶賛後悔中である。
高校に入ったらなんだかんだで席が近くの子と話すことが出来るようになると思っていた。中学校での友達は、全く違う高校へ行ってしまい今僕の通っている斎川高校に入学してきたの僕一人とのこと。
何故か一緒に受けた友達は、落ちるか第一希望に受かるかでこの高校には来ていない。
やばい、これだと完全に三年間が地獄と化す。
学校が始まってから一週間、ようやく授業らしい授業が始まり「周りの人と相談して答えだしてねー!」というやつが増えてきた。
しかし周りの子は同中という事で強い絆で結ばれていて入れそうにない。
どうにかして話せる人を見つけねば。
周りを見ると、後ろに誰とも話していない子がいた。
今まで隣の人と話そうとしたり何とか同性の友達を作ろうとして、なかなか声をかけずにいた加賀
「あの、ちょっといいですか?」
「はい」
「えっと・・・。なんでもないです」
後ろを見たら、さっと顔をそらされた。
一体僕が何かしただろうか。
もしかして一回も僕に声をかけてもらえなくて拗ねた?
そんなわけがない。
僕はそんなに自意識過剰でもないし、そんなのは幻想だってことは分かっている。
「そんな現実は甘くない」
自分が溢した一言に自分で傷つく。
一体なんて不毛なことをしているんだろうか。
「甲斐田君、後ろに回して」
自分の世界に入っていた僕をこちらの世界に引き戻したのは前の席の
グループ活動の時、一番多くしゃべって意見をまとめる人。
いわば自然にできたグループリーダーだ。
「甲斐田君ってさ、よく自分の世界に入るよね」
「は、はぁ」
もしかして今嫌味を言われたのかな?
なんか僕、人間不信になってない?
自分で考えたことを自分で疑いだすという沼に陥っていた。
そこでトントンと肩が叩かれる。
「プリント、送って」
「あっ、ごめん!」
「いいよ」
慌てて後ろに回す。
ちらっと加賀さんを見てみる。
するとさっとまた顔をそらされた。
どうやらやはり、僕は嫌われているらしい。
次の日、国語の時間に机を四つづつくっ付けてグループを作るという授業があった。
僕は後ろから三番目、加賀さんは二番目とグループは離れる。
心のどこかで安心している自分がいる。
そしていつも通り、僕は何も発言しないで終わった。
最近自分は空気なのではないか、と感じる。
一度ちらっと、加賀さんを見た。
加賀さんはすぐに僕の視線に気が付くと、反対側を向いてしまった。
あれ、加賀さんは、髪をピンで留めていたんだ。
何故かそれを知れたことに喜んでいる自分がいる。
しかし相変わらず僕は嫌われているようだ。
今日は集会があるらしい
体育館に行くために番号順に二列に並ぶ。
相変わらず加賀さんは僕の後ろにいて、僕に背を向けて誰かとしゃべっている。
加賀さんの二つ後ろの女子、名前は確か・・・
体育館に行くまでに何度もさりげなく後ろを向くも一度も顔が見れない。
全く前を見て歩いていないのかもしれない。
だとしたらよく転ばないなぁ。
体育館の入り口が詰まっていて、列が急に止まった。
それに気付いていなかったらしい加賀さんは僕の背中にコンと頭をぶつけた。
「あ、ごめん」
「ごめん!」
走って体育館前のトイレに走って行ってしまった。
結局また顔を見れなかった。
でも、きちんとごめんって言ってくれた。
委員会決め、僕はじゃんけんで負け続け、生活委員会になってしまった。
朝早くに学校へきて挨拶をしなければならない面倒な委員会。
たまたま、そのあと加賀さんが生活委員会になった。
あまりものだった生活委員会と体育委員会で、加賀さんが生活委員会を選んだそうだ。
じゃんけんで負ける僕は、本当に運が悪いんだろうなぁ。
つくづく自分の運の無さには涙がこぼれてきそうだ。
しかし涙というのはとっくに枯れているから出ることは無い。
言葉の綾だ。
その日にすぐに委員会があり、「明日から挨拶運動をしよう!」と熱血体育教師の委員会の先生が言ったため、もれなく挨拶運動が実施されることとなった。
もしも明日加賀さんよりも早く学校に来たら、顔が見られるかもしれない。
僕はいつの間にか、加賀さんの顔をどうにか見ようと思うようになっていた。
次の日、僕は一番乗りで学校に来た。
教室に荷物を置いて挨拶をする。
たまに熱血体育教師がやってきて「早起きは三文の徳!もっと声出せ!」と言って去っていく。
生活委員会の捕獲クラスの子や他の学年の子もだんだん来るようになって、ようやくその時は訪れた。
「おはようございます!」
「おはよう!」
小さな声でそう言いながら、加賀さんは下を向いて駆けて行った。
一瞬横顔が見えて思った。
「加賀さんは、少し鼻が高いんだ」
ある時、加賀さんが廊下を歩いていると、ハンカチを落とした。
本人はそれに気付いていないらしくどんどん歩いて行ってしまう。
さすがに僕はそれを見て見ぬふりをするわけにもいかず、加賀さんを追った。
「加賀さん、ハンカチ!」
「へっ⁈あ、ありが・・・。ありがとうございます」
いきなり走ったため息が上がって加賀さんの顔は見えなかったけど、なぜか加賀さんの顔が赤かった。きっと僕の顔も今は加賀さんみたいに赤いだろう。
いつの間にか、僕は加賀さんを目で追うようになっていた。加賀さんはそれに気が付いているからか、絶対に僕のほうに顔を向けない。
「甲斐田君、彩矢がどうかしたの?」
呉さんが何故かにやけながら聞いてきた。
「なんか最近よく彩矢のことを見てるよね?」
「いや、そんな」
「わたし最近甲斐田君の事見てたの、あっ、変な意味じゃないよ?」
「逆に変な意味がどういう意味か教えてほしいけど?」
呉さんは僕の言葉など聞いていないかのように話を続ける。
「とにかく最近、甲斐田君、彩矢のこと目で追ってるよね」
「いや、まったく顔を見せてくれないから。何か怒らせるようなことしたのかな?」
「その覚えはあるの?」
「いや、まったく」
「いやぁ、もどかしぃなー!なんかイライラしてくるなぁ」
わざとらしく大声で言いながら去っていく呉さん。
そんな呉さんの言葉も、クラスの喧騒に飲み込まれていった。
その日の帰り、僕は加賀さんを呼び止めた。
「加賀さん!」
「は、はい!」
びくりと肩が震える加賀さん。
僕はその背中を見てただ一言言った。
「僕は、貴女に何か不快な思いをさせてしまいましたか?」
「えっ・・・」
加賀さんはそのまま何も言わずに走り去った。
校門にただ一人立っている僕を、夕日はただ赤々と照らしていた。
次の日、加賀さんは学校に来なかった。
何故か何もやる気が起きない僕。
いつもやっていたこと、それが出来ていないからかもしれない。
僕はいつの間にか、加賀さんの顔を見るために学校へ来ていたのかもしれない。
「甲斐田君、昨日彩矢になんか言った?」
「うん、僕が何かしてしまったかって。」
呉さんは頭を押さえている。
そしてうんうんとうなずいている。
「甲斐田君はさ、なんか彩矢にしたの?」
「前もしてないっていっただろ?」
「そうなんだよ、ならしてないんじゃないの?」
「でも現に加賀さんは僕に顔すら見せてくれない」
「だけど、話しかけたら返事はしてくれてたんじゃない?」
話しかけたことなんて・・・。
今までの加賀さんを思い出す。
僕が謝った時も、僕に当たった時も、僕があいさつした時も、そして僕が呼び止めた時も。
加賀さんは僕の言葉を聞いて、返事はしてくれた。
そのことに、自分は全く気が付いていなかった。
「彩矢があなたに顔を見せないのには、何か別の理由があんじゃない?」
「別の理由?」
「私に聞かないでよ、当事者はアンタと彩矢なんだから。」
どうして加賀さんは僕の言葉に答えてくれるのに顔を見せてくれないんだろう。
どれだけ考えても分からない。
結局その日はどれだけ考えても分からず次の日になった。
次の日には、加賀さんは学校に来ていた。
いつも通り仲良く呉さんと話している。
後ろを見ると、呉さんの体でやっぱり加賀さんは見えない。
そのまま僕が何かしたかなぁ、とぼーっと考えているとチャイムが鳴った。
すっと呉さんが退く。
そこで一瞬、加賀さんと目が合った。
その一瞬を僕はそれから忘れることが出来なかった。
放課後、僕はまた加賀さんを呼び止めた。
「加賀さん!」
「はい、何、ですか」
心なしか前と違って加賀さんの雰囲気が沈んでいた。
しかしそこで、一度勇気を振り絞って聞いてみた。
「加賀さんは、僕と話がしたいの?」
「そ、それは・・・。」
加賀さんは下を向いて黙っている。
夕日に照らされて、加賀さんの顔は赤く見えた。
しかし、おでこまでしか見えないけれど。
もしかしたら、僕の顔も赤くなっているかもしれない。
夕日の悪戯を受ける僕たち。
なぜだか嫌な気はしない。
「私は、甲斐田君と、お話をしたいです。でも、視線が怖くて・・・」
「えっと、僕の目つきの所為?」
「い、いや。そういった訳じゃなくて」
加賀さんはもじもじとしている。
「中学校の時、一緒のクラスではなかったですけどあなたを何回も見かけたことがあって。中学校のあなたはいろんなことお話をしていて、すごいな、と思ってたんです。それで、いつの間にか目で追うようになって」
「僕と目が合ったら、顔をそらしてた?」
加賀さんはこくりと首肯をした。
まさか加賀さんが同じ中学校だったなんて、しかも友達としゃべっていた僕を目で追っていたとは。
「その癖が抜けなくて、どうしても顔をそらしてしまうんです」
「そうだったんだ。実は僕は、高校にまだひとりも友達がいない。で、加賀さんに声をかけた時に顔をそらされて、嫌われちゃったのかな、って思ってた。だけど君の顔がいつの間にか気になってて、自然と加賀さんを目で追うようになってた。加賀さんと僕は実は似た者同士なのかもね」
少し笑いながら言ってみた。
すると、「そう、ですね」と返事が返ってきた。
「もしよかったら、友達になってくれない?こんなこと言うのは恥ずかしいけど、僕は君のことがどうしても気になってしまうんだ」
「実は私もです。甲斐田君がこっちを見ていないとき、どうしても目で追ってしまって。呉さんに頼んで盾になってもらったんです」
「そうだったんだ」
二人の間に、夕方の涼しい風が吹き抜ける。
まっすぐに加賀さんを見る僕と、僕から顔をそらしてしまう加賀さんは、もしかしたら顔が赤くなっていたかもしれない。
それを知っているのは僕たちの顔を赤く照らしていた夕日だけ。
僕は加賀さんが僕に顔を見せてくれるまでは、いつまでも前で待っているとしよう。
後ろの加賀さんは僕に顔を見せてくれるだろうか。
後ろの加賀さんは顔を見せてくれない 栗鼠咲 @kurisosaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます