異形百景見聞録

北海ハル

端書き

 人類が空を夢見て智恵に翼を生やしてから、百年余りが過ぎた。

 今では初めて空を駆けた時よりも遥かに高く、果ては宇宙までもその知見を広げ、飽くなき探究心のままに心の翼を増やし続けている。


 かつては中世、マゼランを始めとした探検家たちがこの星の陸と海を探検し、はてさて、まだ全部巡ったわけではないというのに今度は空を仰いだ。


 認めよう。その探究心と研鑽の様は賞賛に値する。

 自らの手の届かぬ所であろうと、学者というものはどこまでも傲慢に、残酷に真実と向き合いながら、無垢な赤子のようにまだ見ぬ世界へと目を輝かす。


 だが、だからこそ、醜い。

 知識を得る事と、不確定な要素を排除する事は、全くの別物である事を知らないのだ。


 〇


 西暦にして一二〇〇年から一四〇〇年頃にかけて、陰陽道というものが流行り出した。

 道教から着想を得た呪術で、人々に仇なす存在を冥府へ送るものであったが、次第にその存在は時代に飲まれ、やがて消えた。


 本当に呪術など存在したのだろうか?


 後世の発達した時代背景と、人々の科学への理解が呪術を蝕み、いつの日か「おまじない」や「空想の話」の一括りで全てが片付けられてしまった。

 その呪術と同時に存在を否定されたのは、その呪術を行う対象。即ち、物の怪の類である。


 今でも好き者たちは口々にその名を述べるが、殆どは「空想上」や「いるわけない」を枕詞に話を進める。

「見た事がないからいるかもしれない」は通用せず、なぜ「見た事がないからいない」は正しく扱われるのだろうか。


 前述してきた学者や科学に従事する者は、結局のところ自らの「知りたい」という視野を広め、「知らない」という視野だけは自ら狭めてきた。


 だから醜く、愚かしく、莫迦なのである。

 貴様らが否定した存在は、確かに身近にあるのだ。


 〇


 科学は人類の生まれたルーツや構成情報を詳らかにし、歴史を紐解く近道を導き出した。


 さて、疑問だが、本当に歴史の全ては解明されたのだろうか?


 先の内乱や戦争で参考になる物が科学の力ですら復元不可であることはままあるが、それとは別に、科学を以てしても解明することが叶わない、そんなものは無いのだろうか。


 人間が築き上げた科学の智恵だけでは余りにも説明が付かない、そういった超常的な何かが確かにあったはずだろう。


 私は知っている。

 人類はそれを「科学的に有り得ない」と、古代に存在したと思われるものを「捏造」として嘲ったことを。

 自らの理解を離れたものを「作り話、おとぎ話」や「過去の人間の暇潰し」として、存在をフィクションとして片付けたことを。


 片腹痛い。


 さんざん地を巡り、海を渡り、空を駆け、そこにポツリと落ちた針の一本でさえも拾い上げて研究を重ねるような連中が、言うに事欠いて「有り得ない」だと?

 有り得ないのは貴様らのその思考、スタンスである。


 科学が全てか?

 科学によって紐解かれた過去、歴史が真実か?

 逸話が逸話として今日まで存在し、眉唾であれど人々の間で囁かれてきたのは、それが確かに過去、誰かが見つけたからに間違いないのだ。


 確信して言える。

 私は、私という種族は、そうして人類の歴史から抹消されたからだ!


 〇


 かつて百の声を聞き分けた日本の長が居たという。


 かつて現代文明以上の物を築き上げ、そして文明の力に呑まれ、砂となり一夜にして消えた都市があるという。


 かつてこの世界の存在を覆す程の恐ろしい事実が刻まれた文書が、海の底から見つかったという。


 かつて漁師が迷い込んだ、この世の喧騒からは想像もつかないほど平和な里があったという。



 かつて天空を悠々と飛行し、人が人として地を統べる前からこの国に棲まっていた妖怪がいるという。


 天狗。


 ある土地では恭しく祀られ、ある時は人の身体に天狗の力を宿した人間が産まれ、そして今、その存在は空想として語られる。


 想像してほしい。


 この世には自らの存在を認める者が殆どおらず、だのにその存在は自分だけが認識している、そんな状況を。

 地獄だろう。


 だが私は嘆かない。

 誇り高き天狗であるから。


 だが私は屈しない。

 人間が自ら、その事実から目を逸らしたことを知っているから。


 だが私は嗤う。

 人間の愚かしさと、人間が捨て去った未踏の逸話を、その出元を追い続ける心があるから。


 私はどうやら、人間と同じ程度の莫迦なようである。

 それもいいだろう。

 踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らねば損というものだ。


 私はここに在る。

 そして同様に、歴史の中に消えた逸話も在るはずだ。


 ​───七代目 日乃本天狗総領主 絶巓斎ぜってんさい​───

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