クラスで一番嫌いなあいつが、クラスの人気者である幼馴染に告白しやがった。あいつに取られるぐらいなら、俺が惚れ薬を使って幼馴染と付き合いたい

 数日が経ち、俺と渚は付き合っているが、いつもと変わらぬ日々を過ごす。


 数学の授業が終わり、教科書を机にしまっていると、ツヨシが近づいてきた。


「晴彦、朗報だぞ」

「朗報?」

「渚ちゃん、健二の告白を断ったって」

「へぇ……」

「へぇって、嬉しくないのか?」

「まぁ……嬉しいけど」

「何だよ、煮え切らない返事だな」


 それが自分の力で勝ち取った勝利なら、ざまぁっと両手を広げて喜びたい所だ。


 だけど、今回は違う。俺が惚れ薬を使ったからだ。卑怯な事をして素直に喜べる訳がない。


「そうだ。もう一つ、これは朗報か分からないけど、渚ちゃん。好きな人がいるって断ったらしいぞ」

「それはいつもの事だよ」

「そうなの?」

「あぁ、昔から渚は、断る時に好きな人がいるからって言ってた。本当かどうかは分からないけど」


「へぇ」と、ツヨシが返事をすると授業開始のチャイムが鳴る。


「やべっ、席に戻るわ」

「あぁ」


 まぁ何にしても、健二との道は無くなったから良かった。


 後は惚れ薬の効果が無くなったら、身を引くだけ……そんな事、俺に出来るかが心配だ。


 ※※※


 それから更に数日が経つ。惚れ薬の効果は昨日で切れているはず。


 それなのに渚は「一緒に帰ろう!」と、手を繋いできた。


「あ、うん」


 なんだか良く分からないが、ずっとこうしていられるなら、こうしていたい──だけどそれは卑怯だし、渚のために正直に話すべきだ。


 それが嫌われる結果になったとしても……。


「なぁ、渚。このあと予定ある?」

「別にないよ」

「じゃあさ、家に来ない?」

「え、いいの? 行く行く」


 家に誘っただけなのに、嬉しそうに頬を緩ませ隣を歩く渚を見ていると、胸がチクッと痛む。


 こんな悲しい気持ちになるなら、ソッと見守っていれば良かったのかな。


 ※※※


 家に着き、玄関を入ると丸となぜか母親が出迎える。


「あら、晴彦。お帰り。それに渚ちゃん、久しぶりね」

「御無沙汰しておりました」

「どうぞ。汚い家だけど、あがって」

「お邪魔します」


 渚はペコリと母親に頭を下げると、靴を脱ぎだす。


「母さん。俺達、これから部屋に行くから邪魔しないでよ。お菓子とか必要なものがあったら、自分で取りに来るから」

「はいはい」

「お前も邪魔するなよ。丸」


 丸はいつもと変わらない愛くるしい表情で尻尾を振っていた。


「行こ」

「うん」


 俺達は廊下を通り階段を上って、俺の部屋へと向かう──部屋に入ると渚は真っ先にベッドの前に行き、ドカッと座った。


「今日は何して遊ぶ?」


 俺はドアを閉め、「その前に話、良いかな?」


「いいよ」


 俺は机の方に向かい、椅子に腰掛ける。


「渚……俺のこと、まだ好き?」

「え? それってどういう事?」


 渚は俺の言葉に不安を感じたのか、表情が曇り始める。


「いや、気になることがあって……」

「気になること? 私、何かした?」

「いや、そういうのじゃないから答えて欲しいんだ」

「好きだよ」

「そう……」


 まだ効果は続いているのか?

 これじゃ、切り出しにくいじゃないか。


「どうして、そんなに元気がないの?」

「俺さ……渚に謝らなきゃいけないことがあるんだ」

「え……何?」


 俺は渚の表情をみて話す勇気がなく、顔を下に向けた。


「実はこの前、渚を部屋に入れたとき、ジュースに惚れ薬を混ぜて出したんだ」


 真実を打ち明けても、渚は何も声を発しない。驚いているのか? それとも俺を軽蔑しているのだろうか?


 それは分からないけど、言葉に出来ないぐらいのショックを受けているのだろう。


「健二に告白されたって聞いて、何としてでも阻止したくて、それで……それで……混ぜちまった。ごめん」


 俺は深く頭を下げる。――返事はまだ返って来なかった。


「だから……お前が好きって言ってくれてる気持ちはきっと、本当の気持ちじゃない。惚れ薬の効果だよ」


 ベッドの軋む音が聞こえ、渚が立ったのが分かる。最低っ! と、叩かれるかもしれない。


 でもそうなったって仕方のない事を俺はした。


「どうして、そんなに悲しいこと言うの?」

「え?」


 渚はしゃがみこみ、俺を見上げる様に見つめる。


 ニコッと微笑むと、「惚れ薬が無くたって、本当に好きかもしれないじゃない」


「え……それって……」


 俺が渚の言葉に驚いていると、渚はスッと立ち上がる。後ろで手を組み、俺に背を向けると、俯いた。


「怒らないで聞いてね」

「うん」

「実は謝らなきゃいけないのは私の方なの」

「え、どういうこと?」


 渚はチェックのスカートのポケットから茶色の小瓶を取り出すと、蓋を開けて中身を取り出した。


 こちらを振り返り、指で摘まんだハートの錠剤を俺に見せた。


「え、何で渚がそれを持ってるんだよ」

「だってこれ、私の手作りだもん」

「はい?」


 渚は錠剤を瓶の中に入れ、蓋をする。


「薬も手紙も、みーんな私の手作り。本当の惚れ薬じゃないの」

「はは……笑うしかねぇ」

「ごめんね」

「別にいいよ。どうして、そんなもの用意したんだ?」


 渚はベッドの前に立つと、スッと優しく座った。


「順番に話すね。まず健二に告白されたのがキッカケ。あいつ自分の手に入れたい物に対して、卑怯な事するし、ねちっこい性格しているでしょ? いつものように断れば、報復される気がして怖くなってねぇ」


 俺は思わずクスッと笑ってしまう。


「確かに」

「分かるでしょ? そこで誰かが私と付き合えば、素直に諦めてくれるかなーって思って」

「なんだ、そういう事か。それで幼馴染の俺にした訳か。言ってくれれば良かったのに」


 渚は右手の人差し指を立て、ビシッとこちらを指差すと「こら、勝手に話を終わらせない」


「まだ続きがあるの?」

「あるの! もう、順番バラバラ」

「ごめん、ごめん。分かった、黙って最後まで聞くよ」


 渚は「まったく……」と、言って指を下ろす。


「確かに諦めさせるだけなら、あなたに頼めば良かった。でも今回の目的はそれだけじゃなかったの。惚れ薬で幼馴染の関係から抜け出したかったからなのよ」


「そのためにSNSを見せたり、偽の惚れ薬を作ったりしてあなたを誘導した訳。気付いていたか分からないけど、あなたの部屋に呼ばれたあの日だって、進展させるために色々と考えたんだよ」


「セクシーのスカートにして見たり、お母さんの香水を使ってみたりとかね。だからあの日に言った言葉……本当の気持ちだからね」


 渚は照れ臭くなってきたのか、頬を赤く染め、自分の髪の毛を撫で始める。


「ここれまで言えば、鈍感なあなただって分かるでしょ?」

「うん、分かった」


 渚は自分の髪から手を離し下ろすと「ねぇ、あの日に言った晴彦の言葉も偽りじゃないよね?」


「ごめん……正直に言うとあの時は、惚れ薬の効果を試すために言っていた」

「そう……」


 渚はショックを受けたようで、視線を俺から逸らす。確かにあの時はそうだった。


 でも俺は小さい頃から渚の事が好きだった。その気持ちは今でも変わらない。


「だからもう一度、言わせて欲しい」

「え?」と、渚は声を出し顔を上げる。


「俺は渚の事が好きだ。付き合って欲しい」

「晴彦……うん、もちろんだよ」


 なんだこれ、体が凄く熱い。俺は椅子から立つと「ちょっと、喉乾かない? ジュースを取ってくるよ」


「うん。ありがとう」


 居た堪れなく俺は部屋から出ると、下に向かった──あぁ、ヤバい……勢いあまって言ってしまったけど、よくあんな言葉、言えたな。


 台所に行くと、母親が俺に気付いて「あら、晴彦。顔が真っ赤よ」


「うっさい。ほっといてくれ」

「あら、まぁ」


 俺は母親に背を向けジュースをコップに入れると、「まだ入って来ないでよ」


「はいはい、邪魔したりしませんよ~」


 俺はコップを両手に持ち、階段を上っていく。部屋に着くと、「渚、開けて」


「あ、はーい」と、渚の返事がして、少し待つとドアが開いた。


「ありがとう」

「いえいえ。片方もらうね」

「あ、うん」


 右手のジュースを渚に渡すと、部屋の中に入る。机には、渚が持っていた偽の惚れ薬が置かれていた。


「それ中身って何なんだ?」

「惚れ薬の? ラムネ」

「やっぱりそうだと思った」と、俺は答え、椅子に座る。


 渚はベッドに座り「これ、試してみた?」


「あぁ。いきなりお前に使わないよ」

「誰に?」

「え、誰にって。犬に」

「丸ちゃん?」

「うん」


 渚はケタケタと笑いだし、「なにそれ、可愛い」


「だって、それ以外に思う浮かばなくて。そんなに笑わなくても良いだろ」


 俺はそう言うとジュースを飲み始める。


「──ごめん、ごめん。ところでさ」

「ん?」

「私に何粒、惚れ薬を入れようとしたの?」

「ゴブッ!」


 いきなり渚が変な事を聞くのでムセてしまう。


「何でむせるのよ……」

「だって、行き成りそんなこと聞くから」

「それで何粒入れたの?」

「一粒だけだよ」

「なんだ……」


 残念そうだな……何だかキュンっとなっちまったぜ。


「晴彦、私の隣に座って」

「あ、うん」


 俺はコップを机に置くと、渚の方へと行き、隣に座った。渚は瓶を手に持ち、蓋を開ける。


 掌にラムネを出すと、何やら数を数えだした。


「4……5……はい」と、5粒のラムネの掌に乗せ、俺に差し出す。


「5粒って……」

「そう、永遠の大人の愛!」

「口に出すなよ、恥ずかしくなるだろ」

「別に良いじゃない。一緒に食べよ」と、渚は言ってニコッと笑う。


「せーのっ!」と、渚が言って、二人で同時に食べると、お互い見つめ合う。


 口いっぱいに広がる甘さを感じながら、俺達は永遠の愛を誓うかのように、ラムネ。いや惚れ薬をゆっくり堪能した。

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