第5話の3
次に、兄の遠辺野兼信に会うために店を出た。電車で横浜に向かう。住所を見ながら、30分ほど歩いて、勤めている居酒屋についた。あまり時間がないと言うので、客になってビールと焼き鳥を注文した。桂林徹を随分恨んでたと、弟さんから訊いた、と告げると
「いやあ、大して恨むなんて無かったんだけど、酒を飲んだらそう言って、自分が楽になろうとしていたんです。今はそう思います。俺が無理にいかだに乗せなきゃ事故は起きなかった。それだけです」
「そうですか、弟さんの事件はどう思われました?」
「慙愧に耐えない、の一言です。自分の言動を恥ずかしく、悔やんでも悔やみきれない。弟を殺人者にしてしまった」涙に沈んでいる。
「でも、俺、望まれて結婚したんです。全部話して、だから結婚なんて俺はしちゃいけないんだ。そう言ったんです。そしたら、だからどうしたの?って言うんだ。弟が殺人者なんだぞって、だけど、彼女は貴方が殺したの?罪は償ってないの?反省してないの?後悔してないの?これまで苦しんでこなかったの?・・・ずっと質問責めさ。そして、もう良いでしょう。貴方は私まで苦しめるの?人が苦しむのに無視するの?助けてくれないの?また、後悔だけして一生過ごすの?私にもそうしろって言うの?・・俺言葉出せなくなってさ、こんなに思ってくれるのに、捨てて良いのかって思うようになってさ、分かった、って言っちゃったんだよねえ」
「そうですか、それは良いひとに出会えたんですね」
「そう、だから、今度こそ幸せにしたいと思って、金貯めてラーメン屋始めるんだ。二人でさ。あと3年頑張ったら店出す目処がつくんだ」
「いや、色々ありがとうございました。お幸せに、そしてラーメン屋始めたら名刺のとこに電話下さい。浅草から横浜まで、ラーメン食いにきますよ。長くなってすみませんでした。あっ最後に、金谷登美子って知ってる?」
「あ〜川の事故の時に一緒にいた同じ大学の女だよ。彼女も、随分苦しんでたよ」
「そうでしたか、いや、長々すみません」
頭を下げ、焼き鳥とビールを味わい、暫く様子を見てから店を出た。この人は事件に関係ないと確信した。
ついでに遠部野憲重の横浜の住まいを見に行ってみた。古い家で今は誰も住んではいなかった。隣の上尾と表札のでているお宅へお邪魔した。60代後半くらいの女性が不審な顔をして玄関を開けてくれた。探偵だと名乗り、人探しで横浜に来てるといい、隣の遠辺野さんについて訊いてみた。
「20年ほど前は兄弟二人で住んでて、お兄さんが大学行きながら働いて、高校の弟さんの面倒も見ていたのよ。兄には可愛らしい彼女がいて毎日来ていて、ご飯支度とか洗濯・掃除なんか家事全部やってた感じ、弟も母親のように懐いていて、明るく楽しそうな一家、というイメージだったわねえ。
事故の後は、悲惨だった。お兄さんは、学校へは行かず仕事を掛け持ちして、弟のためだけに頑張ってたような、お酒も飲むようになって、夜は喧嘩する事も多かったわ。
弟は時間が経つにつれて、どういう流れかわからないけど、しきりに誰かのことを、『あいつのせいで姉さん死んだ』という大きな声を何回も聞いたわね。
そのうち、二人とも家には帰って来なくなったのよ。だからその後は知らないわ。5、6年して、弟が人殺ししたって、ビックリしたのを覚えてる。今、どうしてるのかしらねえ」
調書に書いてあることは事実のようだ。そう思って一回事務所に戻ることにした。
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