第3話:お嬢様は猪突猛進




「実は、貴女の望む条件にとても近い者に心当たりがあります」

 サイラスは注文した珈琲コーヒーを口にする。

 香りを楽しんでから一口飲み、フッと口元を綻ばせた。

 砂糖もミルクも入れずに躊躇わずに口にしたのを見て、リリーアンヌは彼が他国の人間だと認識する。


 まだ珈琲は輸入されるようになったばかりで、この国では何も入れない珈琲を楽しめるほど慣れている人は少ない。

 元々他国で飲んでいた外交官や、貿易関係の仕事をしている人だろう。

 どちらも目の前の人物がなるには、年齢が足りなそうである。


 リリーアンヌは自身の注文した紅茶を飲み、目の前の人物へ笑顔を向けた。

「それは、愛する人がいるけれど結婚出来ないので、お飾りの妻が欲しい他国の高位貴族かしら?」

 リリーアンヌの要望に、サイラスは楽しそうに笑う。

「そこまでではないが、侍女を連れた君を妻にして、国外へ行く権力は充分に持っているよ」

 サイラスはリリーアンヌへと手を差し出す。


 これは、この手を握れば契約成立なのかしら?


 少し考えてから、リリーアンヌはわざとらしく首を傾げる。

 これはマリッサに教えて貰った『ちょっと馬鹿っぽくて、男の心を掴む仕草』だ。

「1ヶ月以内に国外へ行けます?」

 普通ならば有り得ない条件だが、婚約期間でも相手の方が立場が上ならば不可能では無いだろう。

「勿論」

 サイラスが爽やかに微笑む。


「宜しくお願いしますわね」

 リリーアンヌは、サイラスの手を握った。




 やしきへと帰ったリリーアンヌは、馭者が手を貸す前に馬車を飛び降り、自室へと駆け抜ける。

 遥か後ろで「馬車には足台と言うものがあってですね」とか注意する声がしているが、勿論リリーアンヌの耳には届かない。

 すれ違うメイド全員に「走らない!」と叱られるが、それでも止まらない。

 何かを思いついたら、もうしか見えていないのだ。


「マリッサ!居る!?」

 部屋の扉を勢い良く開けたリリーアンヌを、マリッサは溜め息と共に見つめる。

 そのまま返事もせずに見つめ続けると、リリーアンヌがバツが悪そうな顔になり、そっと開け放たれた扉を閉めた。


「お茶の用意をいたします」

 頭を下げたマリッサは部屋を出て、すぐに茶器を載せたワゴンと共に戻って来た。

 お茶の準備をしているマリッサの顔を覗きこみ、リリーアンヌはニッコリと笑う。

「私、とても良い方法を思いついたの!」

 眩しいくらいの笑顔のリリーアンヌを見て、マリッサの眉間に深い皺が刻まれる。

「それ、絶対に良い方法じゃないですよね?」

 リリーアンヌを席に座るように促して、マリッサはテーブルに紅茶を置いた。



「私、隣国にお嫁に行きます!」

 リリーアンヌの宣言に、マリッサは何言ってんだコイツ?と言う表情を隠しもしないで見つめる。

「嘘じゃないわよ」

「嘘かどうか以前の問題です。嫁に行きます、はいどうぞ!となるとでも思っているんですか?そもそも結婚には相手が必要です。結婚相手を探しに隣国へ行くという作戦なら、そもそも旦那様がお許しになりません」


 ヤレヤレとでもいうように首を左右に振るメリッサに、リリーアンヌはドヤ顔をしてみせる。

「結婚相手ならもう居るのよ!」

 得意満面で、今日の図書館での出来事を語った。



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