入学式

 数分して着いた体育館には、すでに大勢の新入生とその保護者たちがいた。

 席順は特に決められていないらしく、自由に座れるようになっている。

 俺と楓は適当な場所を見つけてそこに腰を下ろした。


「それにしても……さすがはここ一帯で一番の高校。人の数も迫力もダンチだな」

「そうね。さっきからいろんなところから視線を感じるし、居心地が悪いわ……」


 周りの人たちからの奇異の目線に嫌気が差したのか、楓の顔からは笑顔が完全に消えていた。

 無理もない……楓の容姿は日本人離れしていて、もはや外国人だ。

 そんな楓が、髪型を金髪ドリルにして高笑いを上げていたら、それこそどこの高慢なお嬢様だよといいたくなる。

 まぁ、そんなことやってるより、こっちの方が彼女らしいといえば彼女らしいのだが……。


「まぁ、そのうち慣れるさ。……それより、お前の隣に座ってる人めっちゃ美人だな……」

「…………」

「ヒッ!?」


 そんな楓の気を紛らわせるために軽口をたたいてみると、楓は隣に座る女子生徒を一睨み。

 相手がおびえたような声を上げるのを見ると、再び顔を前に向けて、不機嫌そうにため息を吐く。


「おい、あんまり怖い顔するなよ。他の人に迷惑だぞ?」

「誰のせいでこうなったと思ってるのよ……」

「いや、誰のせいとか言われても知らんし……」


 こいつが勝手にやったことだろうに……。

 それにしても、ほんとに人が多いな……。

 そう思って振り返ってみると、そこにはスーツに身を包んだ保護者の姿がずらりと並んでいる。その数、ざっと百人以上。

 さすがはマンモス校といったところか。


「ねぇ……あの子、凄いわよね……」

「あぁ、あの子か。確かにすごいな……」


 楓のことを言っているのだろうか?

 確かに、楓の見た目はほかの生徒たちとは一線を画すものだ。

 だが、それは彼女自身の魅力であって、何も悪いことをしているわけではない。むしろ褒められるべきことだ。

 ……ほんと、表向きはふっつーに美少女なんだがなぁ……。


「なんか、お人形さんみたいだな……!」

「わかる! あの髪の色とかも地毛なのか?」

「ふつくしい……」


 ……まぁ、この通り、周りにいる男子たちの目線が彼女に釘付けになっているのが現状なのだが。


「……ちょっと注目が集まりすぎな気が……」

「諦めろ。そんな容姿に生まれてきた定めだ。……しかし、これだけ目立ってたら、変な奴に絡まれる心配はないかもな」

「……それもそうね」

「え? どうかしましたか?」

「んにゃ、こっちの話」


 静香さんは不思議そうに首を傾げる。

 この子も十分美少女の部類に入るんだが、楓が突出しすぎて割かし注目を集めていないようだな。


「あ、そろそろ始まるみたいですよ?」

「…………」


 彼女がそういうと同時に、ステージの上に一人の女性が立った。

 おそらく教師であろう女性はマイクを手に取り、口を開く。


「皆さんこんにちは! 本日はご入学誠にありがとうございます。私はここの教頭を務めさせていただいている者です。私から諸連絡などをさせていただきます」


 そう言うと、女性教諭は手短に話を始めた。

 内容はいたって普通。

 やれ携帯の電源は切っておいてくださいやら、やれ式が終わったら教室へ行ってくださいなどなど。

 そして最後に、学校生活での心構えのようなものをいくつか話した後――


――『本番』が始まった。


「――さて、長々と注意事項だけ話しましたが、これからが本題です。皆様はもうすでに知っていると思いますが、本校は『文武両道』『明日を担う力とならん』『未来を切り開く人材の育成』を理念に掲げています。これは、私たち教職員だけでなく、ここにいる在校生全員にも当てはまることです」


「そして、ここが一番大事なところですが……私たちは立ち向かう者――『挑戦者』を育成するためにここにいます。ここは古い歴史もあり、世間では名門校と言われていますが、それはあくまで過去の栄光。今はただの時代遅れになった高校でしかありません」


「でも、そんな風に思われてるのはごく一部だけです! 他の学校は知りませんが、少なくともここの生徒たちは違います。ここには全国レベルの部活が数多く存在し、そのどれもが結果を残しここを巣立っていきました。そして、中にはプロの世界へと足を踏み入れた生徒もいるのです」


「そんな生徒たちと共に過ごし、競い合い、高め合う。それが、この学校での三年間なんです」


「皆さんの中には不安を抱いている人もいるかもしれません。それは当然のことです。しかし、恐れることは何もないんですよ。だって、『挑戦』とは決して孤独ではないからです」


「孤独ながらも立ち向かう人もいるでしょう。けれど、それじゃダメなんです。一人では限界がある。だから、仲間が必要なんだ。支え合える友が必要なんだ」


「もちろん、ここで過ごした三年間はあなた方にとって大きな財産になるはずです。でも、それ以上に大切なことは、ここを自分の居場所だと思えるかどうかということ。つまり――」


「――ここがあなた達の帰る場所であり、また、あなた達が帰るべき場所だということです。そのためには、何事においても負けてはいけない。どんなことがあっても折れてはならない」


「たとえ一人になろうとも、決して諦めずに挑み続けなさい! いいですね?」


「以上を持ちまして、私の挨拶を終わりたいと思います。ご静聴ありがとうございました」


――ワァアアアアアアアアアア!!


「……すっげぇ……」


 教頭の演説が終わりを迎えると、体育館の中は拍手喝采の嵐に包まれた。

 俺も思わず感嘆の声を漏らしてしまうほどの熱量だった。

 やはり、生徒からの人気が高いのか、俺が通っていた中学の校長のスピーチのときよりも声援が多かったように思う。


「いやぁ、凄かったな……」

「はい……。私、感動しちゃいました……」


 隣にいる静香さんも目を輝かせていた。

 どうやら彼女も感銘を受けたらしい。

 だが、その一方で……


(なんで、こんなことになっちゃったんだろう……)


 楓のほうはというと……なぜか頭を抱えて項垂れていた。


「ど、どうした楓……そんな頭抱えて……」

「えっと、その……あれって予定にはなかったやつなのよ……」

「サプライズ……とはまた違う感じか?」


 こくりと楓はうなずく。

 まぁ、確かに彼女の言う通りだ。

 さっきの教頭の言葉はあくまでも前置きに過ぎないだろう。

 おそらく、この後は在校生代表による歓迎のあいさつがあって、それから……


――ガラガラッ!


 その時、突然体育館の扉が開いた。

 中にいた全員が一斉にそちらの方を見る。

 そこに立っていたのは……一人の男性。

 スーツを着こなし、素朴な杖を突いてこちらに向かって歩いてくる。

 誰もが突然のことに混乱し、徐々にざわめきが広がっていく。

 そんな中、重要な式典ということで消灯していた会場に入ってくる男性の姿を逆光が照らし出した。


 黒一色のスーツから除くシャツを着こみ、つやのある革靴を履いている姿は、状況と相まって遅刻した保護者かと思ってしまう。

 しかし、その両目を覆う黒い布が普通ではないと思わせてくる。

 男性はステージに上り、マイクを手に取った。


「え~突然のことで混乱している皆さん、私はこの学校の理事長を務めさせていただいております、『柊木ひいらぎまこと』と申します。今日はご多忙中にもかかわらず、ご出席いただき誠にありがとうございます」


 そう言って一礼すると、再び視線が集まったのを確認してから言葉を続ける。

 ってか、柊木真って名前……どこかで聞き覚えが……!?


「お、おい楓……柊木真って、まさか……!」

「……あ、あぁ……パパァ……なんでこんな登場するのぉ……」

「え!? パ、パパって、あの人が秋神さんのお父さん!?」


 やっぱりそうかい!?

 理事長だということに生徒たちや保護者がざわつく中、来賓席の人たちや教職員席の人たちは頭を抱えている姿が見える。

 あれこそが、うちのメンバーの天才美少女『秋神楓』の父親――『柊木真』であった。


 いや、あの人のの立場もぶっ飛んでるけど、それよりも気になるのが……


「あの人ここの理事長だったのか……?」

「……パパって、いろんなことをやってるからね……」


 うん、知ってた。

 受験に向けてこの学校を調べていた際、責任者欄の中に名前が入ってたから、なんとなくここの経営者なのかと思っていたのだが……


「本当に何者なんだ……」

「……一応、投資家とかいろいろ肩書きはあるみたいだけど、全部は私も把握してないわ……」

「ふぇぇ……」


 隣にいた静香さんも驚きの声を上げている。

 そりゃそうだ。

 この学校の理事をしているということは、間違いなくこの学園の中で一番偉い立場の人物ということになる。

 そんな人物が、なぜあんな現れ方をしたのだろうか。

 そう考えていると、真さんが話し出した。


「とりあえず、僕からの挨拶は入学おめでとう、それだけで終わるものだよ。だから、僕のことは気にせずに聞いてほしい。今、君たちが抱いている不安はこれから解決していけばいい……っていうのはもう教頭の笹木君が話してしまったからね。ほんとに言うことはないんだよ?」


 苦笑いしながら彼は話す。……なんか、見た目とのギャップが激しい気がする。


「だから、ここからは個人的な話をしようかな。まず、君たちはまだ殻をかぶったヒヨコだってことを分かってほしい」


「突然こんなことを言われても『何言ってんだこいつ?』と思うだろう。あぁ、それは間違っていないよ。でも、学生という殻をかぶっているのは確かだ。本当の意味でそれに気づいていない。『鏡』という経験と力がない限りね?」


「今の自分を見つめなおすんだ。自分がどんな人間で、何をしたいのか。それが分からなければ、いずれ迷子になって自分の存在価値がわからなくなってしまうかもしれない。……まぁ、これは大人にも言えることなんだけどね」


「……だから、今は勉強をして、いろいろな人と出会って、そしてたくさん経験しなさい。僕から言えるのはそれだけだ」


 ……教頭先生のような沸き立たせる演説ではなく、落ち着いたトーンで淡々と語られる言葉。

 けれど、その一つ一つが心に響いてくる。

 きっと、彼の言葉には嘘偽りがないからだ。

 生徒のことを第一に考えてくれる教育者だからこその言葉なのだと理解できる。


「さて、堅苦しい話はここまでにして……最後に一言だけ君たちに送ろう。入学おめでとう」


 そう言って、真さんは再び頭を下げた。

 しんとした空気の中、拍手が起こることもなく沈黙が続く。

 だが、すぐに大きな歓声が巻き起こった。

 真さんのスピーチによって、緊張がほぐれてきたのだ。

 みんなが笑顔を浮かべ、それぞれの感想を口にし始める。


「……普通だったな……」

「内容はすごいものでしたけど、やってることは普通でしたね……」

「あぁ、あれじゃあ普通すぎて逆にインパクトが薄いぞ……」


 俺と静香さんが呆れたような表情をしながら小声でつぶやく。

 これで入学式はいったん終わり……かと思っていた。






「さて! それでは私の娘からの新入生挨拶です! 贔屓ではないですよ! 主席合格なので!」

「ファッ!? えっ!? ちょっと、パパァ!?」






 突如として、ステージ上で真さんが叫んだ。

 その発言に、俺たちはもちろんのこと、他の生徒たちも困惑しているようだ。


「えっと、秋神さん……? 主席ってどういう……?」

「え、えっと……そのぉ……」

「……さすがは天才……この学校でも主席になってたとは……」


 楓は照れくさそうに頭を掻きながら笑う。

 いや、笑い事じゃない。

 確かに楓の学力は相当なものだとは思っていたが、まさかこの学校でトップになるとは……


「さぁ! 上がってきておいで楓!」

「くっそぉ……後で絶対ぶん殴る……!」

「ガンバレー……」


 俺の憐みの視線を背に受けながら、楓は渋々壇上に上がる。

 その姿は、まるでお化け屋敷に入る前の少女のようであった。


「うぅ……なんでこんなことに……」

「が、がんばってください……!」


 静香さんが声援を送る中、楓はマイクを片手にゆっくりと前に出る。

 そして、大きく深呼吸してから口を開いた。


「み、皆さん初めまして! 秋神楓といいます! 私は――」


 そんなこんなで、波乱の入学式は幕を閉じた。

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