絶対ずっと好きを証明するので付き合いましょう
@kisaramon
第1章 ソメイヨシノの下で
高3になりたての春、日向楓は彼に告白した。
学校の裏庭の桜の木の下で。告白するために彼を裏庭の桜の木の下まで呼び出したわけではない。誰もいない裏庭を通って裏門から出て帰ろうとしたら、彼がごつごつしたソメイヨシノの木に右手をそえて、分咲きの桜を見上げていたのだ。
きれいに晴れた青い空をバックに薄いピンクの花びらがひらひらと舞い、彼の頭に着地するまで楓は彼を見ていた。
というより見とれていたのだ。
だから彼が楓に気がつき顔をこちらに向けたとき、楓は盗み見を見つかったようなバツの悪さを覚えて慌てて顔を反らそうとした。けど、間に合わずに視線が合ってしまった。
楓は彼を見ていた理由をなにか言わなきゃいけないと、彼の頭を指した。楓は彼を見ていた理由を何か言わなくてはと慌て、彼の頭を指した。
「髪に」
なに? と彼が瞳で聞いてくる。
「花びらついてる」
「ああ」
そういうことか、というように彼は笑みを浮かべ「取ってよ」と気安く言う。そんなの自分でとればいいじゃないとは言えず、言えないどころか楓は一瞬固まった。それから大きく鼻で息を吸い、緊張などしていない風で彼に近づいた。彼の艶々と光る髪の上で、一休みしているような花びらに手を伸ばす。少し上から楓を見下ろす彼の視線を感じ、花びらを取る間の数秒間、胸がどきどきとした。
「取れたよ」
「有難う」
にっこり笑った顔は桜の精じゃないかと思うくらいきれいだった。
緩やかな風にのって花びらが2人の間をふんわりと舞い降りてくる。その花びらが地面に着地したとき、楓は自分でも予想していなかった言葉を口にしていた。
「私、作間君のこと好きなの、付き合ってくれないかな」
彼――作間樹。高2から同じクラスでずっと気になっていた。いや、“気になっていた”レベルだったのは最初だけで、あっという間に好きになっていた。
とても。
特に目立つタイプではない。背がうんと高いわけでも運動部で活躍しているわけでも、派手な顔立ちでも、いつも面白いことを言って周りを笑わせるわけでもない。どちらかというと物静かで、よく窓際の席で頬杖をついて外を眺めていた。そしてそんな彼を、作間樹を、楓はいつの間にか目で追うようになっていた。
楓は樹を見ると、風に吹かれる紫色のイングリッシュラベンダーを思い浮かべる。すっきりとした目元のせいか、まっすぐに伸びた形のよい鼻のせいか、口角を上げて結んでいる唇のせいだろうか。全体的にさらりとした顔立ちなのに、どこかのパーツを動かした途端、妙な色気を放つ。なんて、そんな風に感じているのは樹に心を寄せている自分くらいだろう。と、思っていた。だけどある昼休み「作間君てなんか植物っぽい」という声が聞こえて思わず振り向くと、3人の女子が樹のことを話している。つい振り向いた楓に、「ねえ、楓もそう思わない?」と一人の女子から同意を求められ、自分の想いをそっとしておきたかった楓は「そうかなあ」とごまかした。
もうひとりの女子が、「私は日本の牡鹿ぽいと思うな」と言い、確かに鹿っぽくもあるなと楓は森の中で佇む鹿を思い浮かべ、そちらの意見に賛同すると、3人目の女子が「樹君、また告られたらしいよ」と、どきりとする情報をぶちまける。
「ああ、Bクラスの結構かわいい子でしょ」
「でも振ったらしいね」
「そうそう、また」
「振ったの?」楓は驚きながらもほっとする。
「うん、もう何人目かな。モテるよねー」というので、楓はさらに驚く。
目立たないと思っていた作間君は楓が知らなかっただけで実は注目され、かなりモテる男だったのだ。
なんだ。楓は自分の秘密の宝物を取られたみたいな気分でがっかりした。彼が少し遠くなる。
「楓はどう思う? 樹君」
うん、いいよねと答えればいいのに、慌てると人はつい嘘をつく。
「え、いや、別に」
「そっか、楓ってなんか男子に興味なさそうだもんね」
「なんで?」
「だって男の話、聞いたことないし」
「いつも部活に熱中してるし」
「髪短くてボーイッシュだし」
そんな理由で男子に興味がないと決めつけられても困るけど、「実は私も作間君が好きなの」と答えを急撤回することもできず、「そんなことはないよ」と控えめに反論するにとどめた。
そんな楓が彼に、作間樹に告白するなんて暴挙に及んだのはものの弾み、気の迷い、見えない力に背中をどつかれた、そんな感じだろうか。
あのとき――楓から突然告白されたとき、樹は特に驚いた風もなく、「いつまで?」と聞いてきた。バーゲンセールはいつまでやっているのかと尋ねるような気軽さで。
告白しておきながらイエスかノー、いやほぼほぼノーの返事しか予想していなかった楓はとっさに意味がわからず「いつまでって?」と聞き返した。
「いつまで僕を好きでいてくれるの?」
まるでなにかの契約条件を聞くかのような樹に、楓はこの契約を逃してはならないと「ずっと。ずっと好き」と慌てて答えた。思わず声に力がこもった。
「絶対に?」樹は笑った。
「絶対に」楓は真剣だった。
浅はかで安易で無謀な返事は高校生の未熟さ故に許されてもいいと思う。けれど彼は「絶対とか、ずっとなんて存在しないんだよ」と否定した。それから「でも、ずっと好きでいてくれたら嬉しいけどね」と、桜の花びら見たいな淡い笑みを浮かべてソメイヨシノの木から離れた。楓は歩き去っていく樹の背中に叫んだ。
「証明する。絶対があるって。証明するから付き合ってよ!」
立ち止まり、ゆっくり振り返った時の樹の顔を、楓はきっと、ずっと忘れない。トンボをつかまえて喜ぶ子供みたいな、過ちを赦す慈悲深い神父のような、無邪気さと優しさを詰めた瓶に1滴の意地悪なエッセンスを落とし込んだかのような表情を見せ、樹は答えた。
「いいよ、じゃあ君の”絶対“とか“ずっと“が存在するのか実験しようか」
このとき、楓の名前もちゃんと覚えていないくらい楓に興味がなかったはずの樹は、ただ好奇心だけで楓と付き合うことを承諾したのだと思う。
こんな経緯だったから、自分から付き合ってくれとお願いしておきながら楓は高校を卒業するまで、2人のことは秘密にしてくれと樹に頼んだ。樹に関心を寄せる周囲の女子や友達から恨まれるのが怖かったからだ。
「いいよ。もともと自分から言うつもりないし」
樹はそう約束したけど、他の女子からまた告られたとき、「ゴメン、付き合っている子がいるんだ」なんて断り方をしたので、その子はもちろん、それを聞いた女子たちもびっくりして「作間君に彼女ができたらしい」という話は瞬く間にうねるウエーブとなって学年中を走り、いったいその女は誰だと樹の彼女狩りが始まっているという噂を聞いて楓はびびった。
まさか、可愛くも頭がいいわけでもスポーツができるわけでもない、地味で、おまけに樹に興味がない風を装っていた楓が彼女だと知れたらどれだけみんなの怒りを買うことか。女子の妬みは怖い。ハブられるのも怖い。だから樹と付き合えることになっても一緒に下校することもできず、週末のデートは友達がいかなさそうな場所――浅草とか神田とか柴又とか――をぶらついた。
ある週末、楓は一度行ってみたかった浅草に樹を誘った。浅草寺の雷門をくぐり、人でごったがえす仲見世通りを歩きながら、ふと楓は樹に今まで何人の女子から告られたのか聞いてみた。樹が「数えてないからわからない。今年は10人くらいかなあ」とさらりと言うので、1度も告白されたことのない楓は「えっ! 作間君てそんなにモテてたの? やだ、私ったら身の程知らずな告白しちゃって」と、目を全開にして驚くと、「そう、意外とモテるんだよ。楓のそういうとこ、いいな。好きだな」と笑った。
そういうとこってどういうとこだかわからなかったけど、樹から“カエデ”と呼び捨てにされたことや、初めて好きといわれたことが嬉しかった。さらに「作間君じゃなくて樹でいいよ」と言われ、楓は心臓の一部が裂けたんじゃないかと思うくらいキューっとした。
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