第152話 達也の説得


 私、桐谷早苗。三頭加奈子から一方的に電話を切られた。今から達也と昼食とか言って。今頃、達也は彼女と食事をしているのだろうと思うとむしゃくしゃする。全く頭に来る。


 このままでは絶対に済ませない。達也にとって私が主、彼女が従だという事を分からせないといけない。


 でもどうやって。電話で彼女が言っている事は半分位は本当だ。私は最後に彼女になった。でもそんなの関係ない。達也は私達が小さい頃から私と一緒になると決めていたって言ってくれている。


 確かに途中は私の勝手な思いで離れていた時も有ったけど…。それは仕方ない事。でも悔やまれる。


 もし私が素直になっていれば立花さんも三頭さんも彼の傍にいなかった。私だけのはずだった。


 何とかしたい。何とかしたい。何とかしたい。何とかしたい。


 いいわ、今日達也が帰ってきたらもう一度彼と話して、彼の口から彼女にはっきりと言って貰う。それがいい。




 俺、立石達也。早苗と加奈子さんの電話が終わったというか途中で止めた会話は聞かない方が良いだろうと思い、それに触れないで彼女と一緒に昼食を摂っていると


「達也、聞かないの。桐谷さんとどんな話をしていたかって?」

「聞きたいですけど、それを聞くと加奈子さんが不愉快になるかと思って」

「別に不愉快なんかならないわ。桐谷さんが自分は正妻ですって主張して来ただけの話よ。大した内容では無いわ」

 

 この言い様だと多分早苗が押されて終わったのだろう。加奈子さんは自分が優位に話を進めた事を暗に言っている。後で早苗から聞いた方が良さそうだ。


「そうですか。俺としては加奈子さんと早苗は仲良くして欲しいと思っているんですけど」

「私もそうしたいわ。でも彼女がそれを良しとするかは別の事ね。達也、彼女を正妻としてしっかりとさせてね。今日みたいなつまらない事で電話してくるような事の無い様に」

 

 彼女が精神的に大人になって貰わないと達也と私の足取りに支障が出るかもしれない。その辺は彼に任せるしかない。


「そうですか。早苗からも聞いてみます」

「それがいいわ」


 朝からの勉強は昼食と午後三時の休憩を入れて午後五時まで続けられた。結構大変だが、自分の数学に対する基本的な見方、視点が変わって行くのが良く分かる。これならばなんとかなりそうだ。


 午後六時に三頭家の車で家の最寄り駅まで送って貰った。そのまま帰ろうとしたところで

「達也さん」

「玲子さん、どうしたんですか。実家に帰っているとばかり思っていましたが」

「いえ、帝都大の二次試験が終わるまではこちらに居ようと思います。達也さんは来なくなってしまいましたが、私、明日香、本宮さんと桐谷さんは塾に通っていますので。流石に最後の追い込みは気が抜けません」


 そうか、そう言えば昨年末から塾の事は頭から消えていた。


「そうですか。ところで今日は何故ここに?」

「達也さんを待っていました。三頭家での勉強が終わってもうすぐここに着くだろうと思いましたので」

 なるほど、玲子さんからすれば俺がどこで何しているか位は分かっているという事か。


「達也さん、正月以来お会いしていません。学校も自由登校になってしまい、玲子とても寂しいです。どこかで少しお時間頂けませんか。一日でなくても良いのです」


 玲子さんの気持ちは分かるが、今の状況で時間を取るのは難しい。

「玲子さん、気持ちは分かりますが、今ちょっと時間が有りません。二次試験が終わった後で有れば時間取れると思います」

「…そうですか。寂しいですけど待っています。でも二次試験終わったら必ず私と会って下さいね」

「約束します」

「達也さん、マンションまで送って頂けます」

「もちろんです。帰り道でもありますから」


 歩き出しながら俺の横に立つと手を繋いで来た。あまりこういう事をする人では無いのに。珍しいな。


 ふふっ、二次試験終わった後で会うのは仕方ない事です。この人にはぜひとも帝都大に一緒に行って貰わないと。


 大学にさえ行けば、三頭さんの勝手にはさせないわ。桐谷さんは対応が楽だけど彼女はそうはいかない。

 彼女はどんな事をしてもこの人を帝都大に入れようとする。ならばその力を利用しない手はない。


「達也さん、送ってくれてありがとうございます」

 マンションの前で玲子さんがいきなり抱き着いて来た。


「ちょっと玲子さん」

「少しだけ、少しだけで良いのです。こうすれば二次試験終わるまで我慢出来ます」


 通りを歩く人が俺に冷たい目線を送って来る。参ったな。


「ふふっ、ありがとうございます」


 彼女がマンションの中に入って行くのを見届けてから俺は足を家に向けた。


 玲子さんとも話さないといけない時が来るな。涼子の様な事にはならないと思うが。それもあるが、帰ったら早苗と話さないといけない。まだ午後六時過ぎた所だ。大丈夫だろう。



「ただいま」


タタタッ。


「お兄ちゃんお帰り」

 妹がじっと俺を見ている。


「ふふっ、久しぶりね。玲子お姉ちゃんの匂いが付いている」


タタタッ。


「お母さーん。お兄ちゃん、玲子お姉ちゃんの匂い付けて来たー!」


 はぁ、もう終わったと思っていたのに。



 俺は、自分の部屋に戻ると直ぐに早苗に電話した。


 ブルル、ブルル。


 あっ、スマホが震えている。達也からだ。


『達也、私』

『早苗か』

『達也、今すぐそっちに行っていい』

『えっ?』

 

ガチャ。


 切られてしまった。不味い。まだ着替えていない。


 急いで着替えているとノックもしないで早苗が入って来た。


「達也ー!」


 いきなり抱き着いて来た。


「くやしい、くやしい、くやしい。達也の彼女は私だよね。奥さんとなる人は私だよね」


 背中に手を回してあげてから


「早苗、その通りだ。お前が俺の彼女で奥さんになる女性だ。出来れば着替え終わってからでいいか」

 俺はまだパンツとアンダーシャツしか着ていない。


「あっ、ごめんなさい」

 泣き顔になった早苗が離れると急いで部屋着を着た。直ぐに早苗が抱き着いて来た。


「どうしたんだ」

「達也。彼女が三頭さんが頭に来る。あの人と別れてよ!」

 電話でどんな話をしたんだいったい。


「早苗、落着け。電話でどんな話をしたんだ」

「聞いて無いの?」

「ああ、加奈子さんは大した事ないと言っていたから聞かなかったけど、その言い方からして早苗が押されたのかなと思って、心配で電話した」


「本当。嬉しい。達也、私はあなたの妻であなたの横にいつもいていいのよね」

「ああ、いつだって早苗は俺の傍に居て良いんだ。誰もそれは邪魔させない」

「そうだよね。そうだよね。あの女、私をまるで立石家のお手伝いさんみたいな言い方をして。くやしいよー」

「そんな事は絶対にない」


 立ったままではどうしようもないので

「早苗、座ろうか」

「うん」


 俺が座ると何故か俺の腿を跨いで座って抱き着いて来た。仕方なしにそうさせていると


「少し落ち着いて来た」

「そうか。どんな話をしたんだ」

 その後、早苗は電話で加奈子さんと話した事を教えてくれた。多少誇張している部分を差し引いても、ちょっと加奈子さん、早苗を煽り過ぎだ。明日行ったら少し言わないといけない。


「早苗、加奈子さんの言った事をそのまま信じるな。明日注意しておくから」

 涙目の顔で俺にキスをしてくると


「ありがとう、一杯一杯注意してね。私が達也の奥さんであなたの一番大切な女性は私だってはっきりと言ってね」

「わかった、しっかりと言うから。早苗、加奈子さんとはあくまでも家と家との関係での繋がりだ。それ以上それ以下でもない。俺が一番大切なのはお前だ」


「達也、好きだよ、大好きだよー」

「ああ、俺も早苗の事大好きだ」


 思い切りしがみついて口付けして来た。そのままにしていると


コンコン。


「お兄ちゃん、早苗お姉ちゃん。ご飯の時間だけど」


 流石に瞳はドアを開けずに話して来た。雰囲気を理解したんだろう。


「分かった。早苗食べて行くか」

「ううん、お母さんが待っているから」


 俺は、早苗が彼女の家の玄関の中に入るまで見送ってから家に戻った。彼女の家と我が家は、ほとんどゼロ距離に近い。


 だけど、しっかりと玄関まで送ってあげるのが俺の彼女に対する気持ちだ。しかし加奈子さんも少し言い過ぎだな。もう少し柔らかく言う事くらいあの人なら出来ただろうに。

 二人の性格を考えればそんな余裕はなかったのかもしれないな。


――――――


 早苗と加奈子さんの舌戦の結果は早苗の惨敗でしたが、達也が何とか彼女の心を慰めてあげられた様です。ヨカッタ。ヨカッタ。


次回をお楽しみに。

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