第146話 内縁の妻の矜持


 俺、立石達也。今日は一月二日。三頭家の人達が来る。俺は昨日と同じ朝六時に起きた。一階に降りて行くとリビングでは昨日と同じ様に瞳がテレビを見ている。父さんはいない。多分自室だろう。


 客間では、朝から来る来客と言っても今日は三頭家だけだが、準備が忙しい様だ。我が家でも最高級のもてなしを準備している。


 キッチンでは母さんとお手伝いさんが迎えの準備で忙しく動き回っていた。俺もリビングで昨日読めなかった年賀状に目を通しながらチラチラと妹の様子を見ているとどうも頭の中はテレビには向いていない。何か考えている様子だがが触れないでおいた方が良さそうだな。



 午前七時、ダイニングでおせちと雑煮を食べ終わると父さんが俺と瞳にお年玉をくれた。嬉しい。自室に戻って袋の中を見ると何と諭吉さんが三枚も入っている。嬉し限りだ。


 和服に着替えた後、本を持ってリビングに行くとまだ瞳は降りて来ていない。母さんに和服を着せて貰っているのだろう。


本を読んでいる内に瞳が降りて来た。今日も赤を基調とした和服を着ている。普段は賑やかな妹だが、こうして和服を着て慎ましくしていると兄ながら本当に綺麗だと思う。


そう言えば昨日の玲子さんの兄洋二さんの事を瞳から聞きたかったが、まあ今は静かにしておいた方が良いみたいだ。



午前十時になると爺ちゃんと婆ちゃんがやって来た。玄関で向えてリビングに来ると


「爺ちゃん、婆ちゃん、明けましておめでとうございます」

「お爺ちゃん、お祖母ちゃん、明けましておめでとうございます」

「達也か、明けましておめでとう。ほれお年玉だ」

「ありがとうございます」

「瞳も綺麗になったのう。明けましておめでとう。これお年玉だ」

「ありがとうお爺ちゃん」


 爺ちゃんのお年玉袋は先程朝食後に貰った父さんの物より全然厚い。小遣い制の俺としてはこういう臨時収入は嬉しい限りだ。後で自室に戻って見てみる事にしよう。瞳も同じように貰っている。ホクホク顔だ。




 やがて午前十一時になると門の車止めに黒のワンボックスカーが止まった。直ぐに黒のスーツに細いブルーのネクタイを付け、サングラスを掛けた六人の男が降りて来た。


耳にはイヤホンを喉元には無音マイクが付いている。去年加奈子さんに教えて貰ったインペリアルガードだろう。多分、家の裏には既に他のセキュリティが配置に着いているに違いない。


 という事は、三頭家の総帥も来るという事か。見ていると三人は脇の下が膨らみ、もう三人は腰の横が膨らんでいる。どの人も一瞬でプロと分かる身のこなしだ。四人がどこかに行き、二人が門に残っている。



 何か外部と話をしている様だ。ワンボックスカーが退いて少しするとリムジンクラスの黒塗りの車が止まった。我が家の車止めに目一杯の大きさ、ガラスもタイヤも銃などでは、とても貫けないような仕様だと良く分かる。



 助手席のドアが開きセキュリティが降りると直ぐに後部座席のドアをセンター側から開いて七十度腰を折りお辞儀をした。


 身長百九十は超える大男が降りて来た。髪の毛は真っ白、顔は彫りが深く目の奥に光り輝くものがある。三頭家元総帥三頭源之進さんだ。


そして次に降りて来たのが現総帥三頭源次郎さんだ。そして最後に加奈子さんが降りて来た。


 去年とは違い白と金を基調とした和服だ。帯や簪を見ると値段が想像出来ないレベルだという事が一目で分かる物を身に付けている。少し化粧もしている。正月とはいえ、驚くほどの美しさだ。

 

 門を潜り玄関先に来ると出迎えた爺ちゃんが、

「三頭源之進殿、昨年以来だな」

「立石総司殿、そうですな」


 そして父さんが、挨拶をした。

「三頭源次郎殿、久しぶりですね」

「立石達司殿、久しぶりです」


 父さんが爺ちゃんと三頭家の二人を連れて家の中に入って行くと


「達也、明けましておめでとう」

「加奈子さん、明けましておめでとうございます」


「去年もそうでしたが、物々しいですね」

「ふふっ、いずれはあなたが私と一緒にお父様達と同じ立場になるのよ。早く慣れてね」


 俺は慣れる事が出来るのだろうか。今の時点では想像がつかない。加奈子さんは既にその立場でいる。

立石産業を守りつつ三頭家の総帥となる加奈子さんを支援する。本当にやって行けるのか自信がない。


 瞳が手伝ってくれればいいが、そうはいかないような気がする。一昨日大晦日までは大丈夫だと思っていたのだけど。

昨日の洋二さんを見る目を考えると可能性が低くなった気がする。



「達也、私も家の中に入れて」

「あっ、済みません。早く入りましょう」


 二人で客間である和室に行くと既に四人は座っていた。

「達也、遅かったぞ早く座りなさい」

「済みません」


「しかし、こうして立っている達也君と加奈子を見ると本当にお似合いだな」

「ふふっ、儂もそう思うぞ」

「お父様、お爺様、ありがとうございます。私自身もとてもそう思っております」

「ほほほっ、これはこれは。達也嬉しい限りだな」


 どう返せばいいんだ。俺もそう思いますなんて言ったら加奈子さんが後で何を言うか分からないし。

「達也どうした。嬉しくないのか?」

「父さん、俺も嬉しいけど。まだ高校生だから」

「達也、早々に自覚しなさい。それより早く座りなさい」

「はい」



去年と同じ様に上座側には加奈子さんの祖父と爺ちゃんが、それから加奈子さんの父親と加奈子さんが向こう側に、手前には父さんと俺が座る形になっている。母さん、婆ちゃんそれに瞳の席はない。


 爺ちゃんの挨拶を始めとして両家の挨拶が終わると加奈子さんの父親三頭源次郎さんが

「総司殿、達司殿。加奈子も今年二十歳になる。ついては三頭家として成人の祝いを身内で行おうと考えている。ぜひ達也君共々ご出席頂きたい。その時次期総帥としてのお披露目もしようと考えている」


 父さんが返答として

「嬉しい事です。ぜひ出席させて頂こう。

しかし、三頭家は今年加奈子殿が成人し、そして二年後には家業に着かれる。益々の発展ですな」

「はははっ、立石家も来年には達也君も成人に更に三年後には立石家の家業を継ぐではないか。お互いより一層の発展の兆しですな」


「そういう意味では、達也君が大学を卒業したら、内縁の議を催したいと考えておりますが、立石家の都合いかがかな?」

「何も問題ありません」


「父さん、俺はその時、早苗と結婚する事になっている」

「達也、それはそれだ。しっかりと行えばいい」

「…………」

 なんて事だ。早苗との結婚式を挙げる同じ年に加奈子さんと内縁の議を行うとは。


 達也の顔に戸惑いが見える。ここは退座して私と話した方が良さそう。


「達也、お父様とお爺様は、達也のお父様とお爺様と色々お話をしたいようです。私達は初詣に行きませんか」

「それは良い。達也二人で行って来なさい」

「分かりました」


 なんて事だ、加奈子さんにフォローを入れられるとは。少し外に出て頭を冷静にした方が良さそうだ。


 和室から二人で出て玄関の所まで来ると

「ふふっ、達也、二人で色々話しましょうね」

「…………」


 門の所まで行くと我が家のセキュリティと三頭家のセキュリティが前後に付いた。歩道を歩いていても反対側から来る人が男女関係なく目を丸くして驚いている。


確かに今の加奈子さんの容姿を見れば納得する。周りの和服姿の女性とは一線を隔している美しさだ。


 神社までの道を歩きながら

「達也、お父様達のお話は家としてそして組織としての視点から行われる催しです。一般の個人のお祝いとは違うもの。その様に考えて」

「そう言われても」


「正妻となる桐谷さんとは素敵な結婚式を挙げて。私は反対もしなければ焼餅なんて焼かないから。彼女には素敵な正妻になって頂き立石家の台所をしっかりと守ってくれれば良いのです」



 まるで、俺の頭の中で考えているレベルが違い過ぎる。加奈子さんと内縁とはいえ、一緒になるとう事がどういう事か、少しだけ見えて気がした。まだ三頭家の大きさは全く理解できていないが。

 しかし、これを早苗に納得させるのは相当に難しい気がする。


「ふふっ、達也。そんなに難しい顔をしないで。いずれゆっくりと少しずつ説明するから」



 やがて参道に着いた。昨日と同じ様に初詣の人達が一杯いる。他の人達は一列七人で並んでいるが、俺達はセキュリティが前に二人、俺達二人そして後ろにセキュリティ二人という並びだ。


 神社の警護の人も何も言わない。まあ話は付いているのだろう。やがて境内に着くと前の人達が参拝を終わらせた後二人で参拝した。二礼二拍一礼を行い、横に除いても直ぐに後ろの人達は賽銭箱の前には来ない。


 どうも俺達が完全に傍を離れてからの様だ。昨日の初詣を考えると何とも言えない気持ちだ。


「達也、もうおみくじはしているんでしょう。あそこの茶屋で少しお話でもしましょうか?」

「はい」


 俺達が行くと中には誰も居なかった。セキュリティが一人いるだけだ。昨日玲子さんや瞳と一緒に入った時は満席だったのだが。考えていると


「達也、慣れて。これでも随分達也には気にならない様にしているのよ。でもこれが現実。

 私達は、単に不慮の事故によるもの以外に意図的なものによる災いも気にしていなければならないの。それが三頭という家、強いては三頭という存在なの。

 達也が慣れないのは仕方ない事だけど。でもまだ四年有るわ。それまでに色々覚えて貰うわ」


「加奈子さん、俺に務まるのでしょうか?」

「ふふっ、大丈夫よ。私が見初めた人だもの。私を初めて抱いた時、貴方は私と一緒に三頭の全てを守って行く立場になったのよ」


 あの時、加奈子さんが言った私を抱いてくれれば私と三頭家の全てをあげると言った言葉がこれほど大きいものとは思わなかった。


 しかし、受けた以上守り抜くしかないのだろう。立石家は決して小さな家ではない。だが三頭家と比較したら蟻と象位の違いが有る事が良く分かった。そして立石家と三頭家の関係も。


 これが俺の運命なら受け入れるしかない。ならば…。だがそれをするには早苗を説得するしかない。加奈子さんは気にも留めない事だろうが。


「ふふっ、達也、今日は考え事が多いようね。でも私の前では素敵な夫で居てね」


 なるほど、正妻など関係ないと言った意味がようやく分かって来た。彼女にとっては正妻など意味が無いという事が。



「加奈子さん、相談が有るのですが」

「何?」

「実は……」


 俺はいま懸念としている事を話した。最初は驚いていたようだが、


「ふふっ、他愛無い事。でも桐谷さんはそれで良いの?」

「言い聞かせるしかありません。俺の妻になる以上」

「達也がそう思いなら私は何も言う事ないわ」


 それから少しして家に帰った。まだ宴は続いている様だ。仕方なく加奈子さんと一緒にリビングに行くと瞳がいない。


友達と初詣にでも行ったのだろうと思い、母さんに聞くと

「瞳は、先程立花洋二さんと一緒に出掛けたわ。お車でお迎えに来たので」

「えっ?!」

「驚く事無いでしょう。昨日の二人の様子を見れば分かる事です」


 流石のスピードに俺も頭が付いていけなかったが


「達也、瞳ちゃんが心配なら直ぐに居場所は分かるわ。相手は立花洋二。真面目を絵にかいたような男。今の時点で瞳ちゃんに手を出す事も無ければ困った事をする事は無いわ。もし心配なら帰らせる?」

「えっ?!」


 駄目だ。俺の頭ではやはりついていけない。俺はこの人と同じ目線の人間になれるのだろうか?


――――――


 流石三頭加奈子さんです。しかし達也の考えとは?

私にも分かりません。


次回をお楽しみに。

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