第120話 達也も疲れる


 俺立石達也。塾の夏期合宿特訓から帰って来た翌日、カーテンの隙間から陽が漏れている。

 だが、昨日まで勉強を真面目にやっていた所為か、精神的に疲れていた。肉体的には問題ないが。


 まだ目覚ましが鳴っていないと言う事は午前七時前だ。体が大きい所為で俺のベッドはキングサイズ。縦二百十センチ、横百五十五センチある。


だからと言う訳ではないが、俺のタオルケットを半分横取りして腕の中で気持ちよさそうに寝息を立てている可愛い女の子がいる。


 やっぱり慣れてしまった。幸い今日は下着だけは付けている。綺麗な髪の毛を優しく撫でていると


「うーん。あっ、達也起きた?」

「ああ、いつ来たんだ?」

「午前六時過ぎかな。おばさん、玄関開けるとニコッとして、達也の所でしょって言ってくれる。認められているなって感じ」


 母さんには後で言っておこう。


「そうか、良かったな。俺はもう少し寝たいんだけど」

「うん良いよ」

 何故かブラを取り始めた。


「おい、何をしている」

「だって、気持ち良く寝れるでしょ。ガサガサしているより良いじゃない」

俺は諦めて寝る事にした。脇の所にとても柔らかい物が当たっている。


 やっぱり寝れないと思いつつ、


ジリジリジリ。


「達也、午前七時だよ」

「もう少し眠る」

 俺は机の上の目覚ましをロックするとまた目を閉じた。


 うん、俺の顔に柔らかい物が当たっている。目を開けると絹の様な肌触りの柔らかい物が目の前に有って何も見えない。

「早苗、何しているんだ」

「私の胸でアイマスク」

 もう何も言えなかった。


「分かった。もう起きるから」

「このままでもいいよ」

「駄目だ」

「ちょっと待って」

 何かしている。あっ、


「おいやめろ朝から駄目だ」

「良いじゃない。達也も元気だよ。朝の挨拶だよ」

「駄目だ」

「ちょっと、待って」

「あっ」

「ふふっ、いいでしょ」

 もうこいつ頭の中がお花畑だ。困った。


 俺達はそれから三十分位してベッドから起きた。

「なあ、着替えは俺が目を閉じてからにしてくれ」

「ふふっ、いいわよ。恥じらいは大切だものね」

 何を言っているんだ。今更。



 お互いに着替えて顔を洗ってからダイニングに行くと母さんが

「おはよう達也、早苗ちゃん。ご飯食べなさい」

「はーい」


 早苗が俺のお茶碗にご飯を盛ってくれている。

「ふふっ、早苗ちゃん。もうすっかり達也のお嫁さんね」

 早苗がしゃもじをジャーの中に落として顔を赤くしている。



 早苗と二人でご飯を食べていると珍しく瞳が二階から降りて来た。

「おはよお母さん、お兄ちゃん、早苗お姉ちゃん」

「おはよ瞳ちゃん」

「ねえ、早苗お姉ちゃん、合宿終わったら私の洋服一緒に買いに行ってくれるって言ってたよね。いつ連れて行ってくれるの?」

「明日はどうかな」

「えっ、ほんと。うん行く行く」

「俺は行かないぞ」


「お兄ちゃんに拒否権は無いの。もしこんなに可愛い早苗お姉ちゃんと私が暴漢に襲われたらどうするの?」

 確かに十分可能性はあるが、瞳が居れば大丈夫だろう。


「達也行こう」

「…分かった」

 何故か俺の意見はいつも無視される。数の勝負だ。仕方ないか。



 俺達がご飯を食べ終わると早苗が食器を洗った。

「本当にお嫁さん見たいね。私嬉しいわ。早く籍入れたら?」

シンクに食器が落ちる音がした。


「ところで達也、今日は何時に帰って来るの。それとも泊まり?」

「母さん、何を言っているんだ」

「別にいいわよ。相手が早苗ちゃんだったら。早苗ちゃんのお母さんも喜んでいたわ。二人の仲がとてもいいから」


 駄目だ、情報が筒抜けだ。




 早苗が食器を洗い終わってから一度自分の部屋に戻り、外出着に着替えた。と言ってもいつものパターンだ。早苗にはリビングで待って貰っている。


 一階に降りてリビングに行くと

「達也、私も家で着替えるから。それと少し肌の手入れも」

「えっ、もしかして…」

「うん、すっぴんよ。達也だけね見ていいのは」


 いつも綺麗だと思ってはいたが、まさかすっぴんとは。彼女の肌の綺麗さにちょっと驚いた。


 早苗の家のリビングで待って三十分。やはり女性は時間が掛かる。玄関の鍵をしっかりと閉めて駅に向かった。


「早苗、今日はどこ行くんだ?」

「うーん、決めていない。達也と一緒ならどこでもいいや」

「そうか」


 結局俺達は朝一上映の映画を見て少し早めの昼食を食べた。その後胃の消化の為だと言って公園に行ったが、

「達也、行こうか」

「行きたいのか?」

「うん」


 早苗を自宅に送ったのは午後八時を過ぎていた。




 翌日は、朝から瞳の買い物に付き合わされた。もちろん早苗も一緒だ。母さんからは瞳の洋服代と三人の昼食代として諭吉さんを十枚も貰っている。足らなかったらカードを使っても良いと言われた。

 俺だったら諭吉さん一枚でお釣りがくる。問題は買い物をするショップだ。最初は良かった。

 女の子の洋服を何店舗か回って三着ほど買った。もう秋物が出ている。そしてだ。問題はいつもの所だ。

 だが、今日は早苗が居るので安心していると

「お兄ちゃん、お会計一緒に来て」

「えっ?」

「えっじゃないでしょ。お財布はお兄ちゃんだから」

「渡すから瞳払って」

「駄目」


 何故か妹の下着の支払いを俺がする事になった。早苗も買っている。それを俺が財布から金を出して支払うという情景だ。

 想像してみて下さい。会計の人が怪しげな目と笑いの目が入り混じった様な顔で俺を見ていた。



女性下着のショップを出ると

「疲れた、少し休みたい」

「ふふっ、どうしたのお兄ちゃん。体力あるでしょ」

「違う。もう俺のメンタルゼロだ」

「仕方ないなあ。じゃあ昼食にしようか」

「ああ」


 入ったのは女性しかいないレストラン。少し並んだ。

「ここって?」

「ヌーベルキュイジーヌを提供している、今女性に大人気のレストラン」

「それは良いんだけど」



「お客様何名でしょうか?」

入口で女性の店員に聞かれると早苗が指を三本立てて

「三人です」


 その後、瞳と早苗を見た後、俺を見てはっとした顔をした。

「しょ、少々お待ち下さい。お、お席を用意します」


「なあ、どう見ても俺が場違いな感じがするんだが」

「そんなことないよ」

 瞳の目が笑っている。早苗はニコニコしているだけだ。さっきの店員が戻って来ると


「こちらへどうぞ」

 用意された席はレストランの窓側席の端。窓から見える景色はいい。俺が奥に座ると入り口から俺が見えない。なるほどと思っていると

「お決まりになりましたらお呼びください」

 そう言って水の入ったグラスを置いて席を離れた。


メニューを見ると

「瞳、全然分からないんだが」

 フランス語らしい文字とカタカナで料理が書いて有るが、全く何なのか分からない。値段はそれなりだ。


「大丈夫、私が選んであげる」

 早苗が言うと瞳も

「うん、私も」



 先程の店員を呼んで二人がオーダーをしたが、俺には全く分からない。大丈夫かなと思いつつ待っていると

「達也、明日はどうするの。明日も会える?」

「いや、用事が有る」

「明後日は?」

「明後日も用事が有る。後二十日から二十二日まで爺ちゃんの所で夏稽古だ。瞳はどうするんだ?」

「私ももちろん参加するよ。最近体鈍っているし」

「そうか」

 話が上手く逸れたと思っていると


「達也、返事聞いていない」

「早苗、その話は後からにしよう」

 瞳の前では話したくない。ところが瞳は俺の顔をじっと見ると


「ふふーん。お兄ちゃん顔に書いて有るよ。まあ私の居ない所で夫婦喧嘩でもしてね」

「瞳ちゃん!」


 早苗も気付いた様だ。丁度料理が届いた良かった。

 俺の目の前に並べられた皿には、多分魚介類のパスタの皿とラザニアの皿が置かれて香草の香が強く漂っている。なるほどこれがなんとかキュイジーヌかと思っていると


「お兄ちゃんそれで足りるでしょ」

「ああ十分だ」

 二人の前にはサラダとパンと少しのお肉が乗っていた。全く俺には分からない。



 無事に昼食を食べ終わるともう午後二時半だった。レストランを出ると

「お兄ちゃん、一度家に一緒に帰って」

 なるほど、瞳の手に持っているいくつもの袋を俺に持てと言うのか。早苗も同じようだ。


 まあこれも兄の役目と思って家まで持って帰ると

「お兄ちゃん、早苗お姉ちゃん今日はありがとう。後はお二人でどうぞ」


 そう言って自分の部屋に行ってしまった。さてどうしたものかと思っていると

「達也、私の部屋に行こう」

「…………」

 仕方ないか。



 彼女のベッドは俺には小さい、二人で一杯だが、俺に寄り添いながら

「達也、明日、明後日は誰と会うの?」

「明日が玲子さん、明後日が涼子だ」

 もう嘘をついても仕方ない。


「そう。達也、私彼女だよね。達也が一番好きな彼女だよね」

「そうだ。それは絶対に間違いない」

「もう会わないでなんて言わないけど、しないでね。もししたら絶対に上書きさせて」

 悲しそうな顔で言って来た。


「達也の事はもう仕方ないと思っている。本宮さんは後半年、立花さんは後四年半もある。でも私が一番だよね」

「大丈夫だ。今は仕方ないが、いずれあの人達とも別れる。でも俺もそれまでは真摯向き合うと決めたんだ」

「分かった。その言葉信じているよ」

「早苗、俺を信じろ」

「うん」


 彼女が唇を合わせて来た。


午後六時過ぎに早苗のお母さんが帰って来たので帰ろうとすると

「大丈夫、お母さんはもう私達の事一杯知っているから。だからもう少しこうして居て」

「早苗…」



 結局俺は午後七時に家の玄関を開けた。そして


タタタッ。


「お兄ちゃんお帰り。むふふっ、早苗お姉ちゃんの匂いが一杯。でも今日は許してあげる」


タタタッ。


「お母さーん。お兄ちゃんが帰って来たよ」


一言付いていないので安心していると

「あっ、でも早苗お姉ちゃんの匂いがいっぱい付いているけど」


 俺は玄関の上り口で滑りそうになった。全く。


――――――


 まあ、平和な二日間でしたね。


次回をお楽しみに。


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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