第42話 立花さんの別荘で


 長めで。


――――――


 私立花玲子、今日は八月九日。今日から二泊三日の予定で達也さんと一緒に西伊豆にある我が家の別荘に出かける。


 帝都女学館から今の長尾高校に転校して二か月半。私はもっと簡単に彼と許嫁への道を歩めると思っていた。


 でも、三頭加奈子、桐谷早苗というライバルが、積極的に彼にアタックしている。もうゆっくりとしている時間はない。


 でも学校で彼に積極的に出ても返って嫌われてしまう。だからお父様にお願いして彼とゆっくりとお話が、いえもっと深い関係を結ぶ為に我が家の別荘に二泊三日で行く事にした。


 彼のご両親には、お父様を通してお互いをもっと知る為とお願いしてある。元々結婚という目標があるから簡単に了承してくれた。彼も同意してくれた。


 私は今彼の自宅に向っている。


「お嬢様、もうすぐ立石様宅に着きます」

「分かりました沖田」



 彼の家の車止めに止まると沖田が先に降りて私が乗っている後部座席のドアを開けてくれた。

 ゆっくりと私が降りると玄関から彼のお母様が出て来た。


「おはようございます。玲子さん」

「おはようございますお義母様」


 彼が手荷物を持って玄関から出て来た。

「おはよう立花さん」

「おはようございます達也さん」


「じゃあ、母さん行って来るね」

「行ってまいります」

「はい、気を付けて行ってらっしゃい」


 私が後部座席に先に乗り彼が乗ると沖田がドアを閉めた。お義母様に深くお辞儀をすると運転席に座って車を出した。




 一般道から自動車専用道路に入りもう二十分、彼は何も話さない。ただ景色を見ているだけだ。


「達也さん」

「はい」


「今日は直接別荘に行く前に水族館に寄りたいと思うのですが宜しいでしょうか?」

「構いません」

 彼はこの旅行を喜んでいない、むしろ無理に来てくれているのかしら。あまり楽しそうに見えない。



「達也さん」

「はい」

「この旅行迷惑だったでしょうか?」

「なぜそんな事聞くんです?嫌だったら断っています」

「そうですか。でも楽しそうに見えないので」



 彼が私の方を見ると

「済みません。これ俺の普通の顔です」

「えっ!」

 私とした事が、なんという失態をしてしまったのか。


「ご、ごめんなさい。申し訳ありません」

「良いですよ。慣れています。学校とかは、あれでも気を使っているので」

「ごめんなさい」

「…………」


 まあこうなるよな。何か話した方が良いんだろうか。しかしなあ、女の子と二人で、まして立花さんとは知り合ってまだ時間も少ない。話題が無いんだが。



 また、黙っている。何か話さないと。

「あの達也さん」

「はい」

「あの、今回の旅行は、私と達也さんが知り合ってまだ時間が少ないのでもっと私を知って貰おうとそして達也さんをもっと知りたくて、お誘いしています。だから…」


 黙ってしまったよ。困ったな。



「立花さん。二人共知り合って二ヶ月半しかいや実質二ヶ月です。だから話題が無いのは仕方ないんじゃないですか。

だから今無理して話さなくてもこれからいっぱい時間有りますよね。だからその時の事を話題にすればいいと思います」

「…そうですね。その通りですね。私やっと二人きりになれたので上がってしまって」

「…………」


 確かに達也さんの言う通り。やっぱりこの人は優しい人。



 結局途中景色の事で少しだけ会話しただけだった。でも少し笑ってくれた。


「達也さん、あれです。水族館です」

 やっと話題が出来る所にやって来ました。

車を駐車場に入れ、沖田に二時間程度と言って二人で車を離れた。




 チケットを入り口で買うと二人で順路に沿って歩いた。


「あっ、達也さんクラゲがフワフワ泳いでいます」

水槽の中をじっと見ながら立花さんが喜んでいる。学校と違い緊張が無いのか笑顔が爽やかだ。


「達也さん。こっちの水路でメダカが一杯泳いでいます」

 嬉しそうに話す彼女を見て、学校じゃ結構我慢しているんだなと思った。


 俺達は順路に沿って水槽や水路を見て行くと表に出た。


「わーっ、達也さん大きな水槽に大きな魚が泳いでいます」

「あれは、マグロです。本マグロやカジキマグロと違い、小型のビンチョウマグロです」

「そうですか。お詳しいですね」

「いや、偶々知っていただけです」


「あっ、向こうでイルカのショウが始まりました」


 やはり夏休み、結構混んでいる。前の方で空いている場所がある。なんでここだけ空いているの?そこに行って二人で見ていると飛び上がったイルカが思い切りダイブした。


バシーン。


ザザーッ。


 俺達の上から思い切り海水が被さって来た。

不味い。咄嗟に彼女の前に出て彼女を俺の体を覆い隠そうとしたが、


 キャーッ。


 目の前が真っ暗。あれっ、私思い切り抱きかかえられている。あっ、冷たい。

 顔を上げると


「はははっ、濡れちゃいましたね」


「済みませーん」

向こうから係の人がタオルを持って来た。


「済みません、ここ水が掛かるので立たない様にとお願いしていたんですけど、間に合わなかったですね」

 だからこんなに見える所でも誰もいなかったのか。俺はタオルを受け取ると立花さんから体を離してタイルを渡した。彼女のブラウスも濡れている。


「私は良いです。達也さん背中が濡れています」

「良いですよ。どうせ海に行く恰好なので」

 でも俺のシャツはずぶぬれだった。スラックスも濡れているが風邪を引く季節ではない。


 後に駆け付けた係員が、

「ごめんなさい。このTシャツお二人で使って下さい。更衣室は事務所の裏にあります」

「あっ、済みません。ありがとうございます。立花さん、上だけ着替えましょうか?」

「はい」

 予定外のイベントになったけどこれで達也さんとの会話が始められる。



 二人で別々に更衣室で着替えて出てくると、背中に水族館の名前、胸に大きなイルカのマークが入った白いTシャツだった。お互いを見ると


「ふふふっ」

「はははっ」

「「お揃いですね」」

 ハモってしまった。彼女が顔を赤くして下を向いている。しかしこの人ブラウスからでも分かったけどTシャツになると思い切り強調されるな。



 達也さんとハーモニーです。嬉しい。それにふふっ、私の胸に興味を持ったみたい。いずれ…。


「達也さん、まだ時間もあります。スラックスが渇くまでもう少し見て回りましょうか」

「はい」


 良かった。達也さんの声が柔らくなっている。




残りの時間も大きな水槽や海に面した景色を眺めている内に予定の二時間になった。景色を眺めていると

「達也さん、お願いが有ります。この旅行の時だけでいいんです。私の事玲子って呼んで下さい」

 やっぱりそう来たか。仕方ないよなあ。でもなあ。


「駄目ですか、達也さん」

「…玲子さんで良いですか」

「はい!♡」

 大きな目を更に大きく開いて嬉しそうに声をだした。




 水族館でちょっとしたイベントが有ったが、その後俺達は玲子さんの車で西伊豆別荘に移動した。


「達也さん、ここです」



 着いた場所は土肥という海から富士山が見える景勝の地に有り、ここは海水浴場や岩遊び、それに簡単なレジャーボートも出来るところだ。



 そして別荘はこの土肥を一望できる高台に立っていた。大きな別荘だ。車が付くと別荘を管理している人や玲子さんの面倒を見る人達だろう五人位が玄関に出て来た。


「「お嬢様、お待ちしておりました」」

「皆さん、ご苦労様です。こちら立石達也さん、私の許嫁になる方です。粗相のない様に」

「「ははーっ!」」

 玲子さん、ちょっと言い過ぎ。



 俺達のバッグは、お手伝いの人達が部屋に運んで行ったようだ。

「達也さん、疲れています?」

「いえ、全く」

「そうですか。それでは下の海岸まで散歩に行きますか。十分と掛からないです。あっ、このTシャツで宜しいですか?」

「良いですね」

「ふふっ、私もそう思います」


 俺達はお揃いのTシャツを着たまま、海岸に降りていくと午後四時過ぎだというのにまだ多くの海水浴客がいた。


「ここは湾状になっているので波も無く穏やかな海です」

「そうですか」


 俺達は浜辺には下りずに軽く散歩して別荘に戻った。



「お嬢様、立石様、お帰りなさいませ」

 ここの責任者らしき人が声を掛けて来た。


「お嬢様、立石様。お荷物はお部屋に入れてあります。お風呂もお部屋毎に準備しておりますが、屋外の温泉風呂も用意してあります。如何なさいますか」

 えっ、屋外の温泉風呂、どういう意味?


 玲子さんが俺の顔を見ると

「ふふっ、達也さん、屋外の温泉風呂は混浴ですが、水着で入る事になっています。安心して下さい」

「…………」

 どう返事すればいいんだ?



「ご一緒に入りますか」

「い、いやいや。いきなりは」

「でも明日は二人で水着姿ですよ」

 何か玲子さん肉食獣のような顔している。気の所為だろうか。


「あ、明日にしましょう。今日は自分の部屋の風呂に入ります」

「そうですか」

 残念です。一緒に入ればハードルが下がったのに。




 俺は、スポーツバッグから三日分の着替えと海水パンツ等を出すとオープンロッカーに掛けた。


 ここは普段は家族で使う様に出来ているんだろうな。来客用というよりとてもオープンだ。窓も全面ガラス。景色が良く見える。


 バルコニーに出る為、窓を開けると夕方の気持ち良い風が入って来る。さてっ、風呂でも入るか。水族館で水浴びしたからな。



 お風呂場に入るとボディタオル、ハンドタオル以外にもバスローブも用意されている。これはいいな。


 俺は体を洗ってバスユニットに入ると俺の体でも十分に足が伸ばせる。流石だな。



 のんびりと入った後、バスローブを着て頭を軽く拭いた後、まあ元々短髪だから簡単に乾く。部屋に戻って備え付けの冷蔵庫から冷えた炭酸飲料を取り出すとバルコニーに備え付けられているリクライニングシートに座った。


 さて、明日明後日どう過ごすかな。玲子さんとお互いの事を知るという目的で来たけど特に話す事無いし。


 そう、考えながら海を見ていると


ガチャ、


「達也さん」


――――――


 次話に続きます。


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。


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