異世界バイトの英雄譚

小路つかさ

第1話 プロローグ

 黒うさぎは、激しい揺れで目を覚ました。

 目を擦ろうとして、手錠をされていることに気づく。

 見渡せば、身を寄せ合うように、武装した十数人の人間たちが、絶えることのない揺れに耐えている。

 皆一様に、薄手の鎖帷子をまとい、腕にはカミナリが描かれた腕章をはめている。

 しかし、種族はバラバラだった。背の高い者、肌が透けるように白い者、逆に青黒い者。髪の毛が緑色の者、目が琥珀のように黄色い者。

 だが、黒うさぎはその中でも飛び抜けて異常だった。

 小さな子どもの背丈しかなく、全身は真っ黒い体毛に埋もれ、白眼のない瞳は真紅であり、何より二本の耳が立った頭部はうさぎそのものと言ってよかった。

 彼らは、黒うさぎと目が合うと、気の毒そうに肩をすくめたり、首を傾げたり、ウィンクを返した。

 ここは装甲車の中。敵地に向けて進軍の真っ最中。

 頭痛がした。

 乗車を拒んで暴れた際に、後頭部を殴られたのだ。

「ちょっと退いて」

 黒うさぎは膝が交互に突き出して並ぶ、狭い車中をかき分けながら、後部ハッチまで移動する。

 この車は戦闘車両だ。重犯罪人用の移送車ではない。後部ハッチを開く装置は、内側にあった。

 だが、ハッチを開こうとする試みを拒む者がいた。

 その男の腕章は、他の者たちとは少し違っていた。カミナリを力強く掴む拳の図案。その男は黒うさぎの肩を掴み、鼻先に人差し指を突きつけて警告する。

「黒いの、パラりたくなければ、席に戻れ!今すぐだ!」

 顎を掌底で突き上げられて、男は脚と脚の隙間に倒れ込んだ。

「こりねぇな、お前。いい加減、諦めろ」

 白い長髪、水色の瞳を持つ男が言い捨てる。

 黒うさぎは、男を一瞥しただけで無視した。

 また、別の男が告げた。

「その手錠は魔法でロックされてる。俺たちじゃ、外せないし、壊すことも無理だ。よしんば壊せたとしても、呪紋が俺たちを自由にしちゃくれない。無駄に足掻くな、俺たちが迷惑する」

「それじゃ、先に謝っておくわ、ごめんなさい。そして、さようなら」

 ハッチのロックを外して、扉を開くと、車輪が巻き上げる土埃を風が運んできた。

 後続の運転手が気づき、何やら慌てている。

「ま、止めないけどよ」

「幸運を」

「ゲホッ!早く閉めてくれ!目に土が入った」

 一同の別れの言葉に、中指を立てて返礼すると、うさぎは走行中の車から飛び降りた。両手を使えないまま、激しく身体を地面に打ち付けられ、ゴロゴロと転がる。幸い、後続車は車輪に巻き込まないように避けてくれた。

 しかし、身体に掛けられた追跡用の魔法により居場所はすぐにバレ、追手との距離が縮まれば、強制的に身体を麻痺させられる。その後は、もうどうしようもない。棒でしこたま叩かれて、脚を掴んで運ばれる。それはすでに経験済みだった。今は、とにかく走るしかない。

 脱走者発生の報が行き渡り、車列が停まり、捕縛するために数人が助手席を降りた時、一筋の閃光が車列をなぞるように行き過ぎた。

 一瞬を置いて、白い光を発して爆発し、引火した車両が燃え上がった。

 大量の土砂と赤々と燃える金属片が、黒うさぎの身体を薙ぎ倒し、顔面から地面に叩きつけ再び気を失わせた。


 再び目を覚ました時には、空に星が満ちていた。

 月は雲に陰り、辺りは暗闇と無数のうめき声に支配されている。

 すぐ隣には、片腕を失った黒ずくめの兵士。簡易的なパイプのベッドの上、毛布をかけられているだけで、満足な治療を受けているようには見えない。

 遠くの空がチカチカと白く光り、間を置いてから遠雷の音が響いてきた。

「目を覚ましたか?」

 黒い包帯のような布を全身に巻いた男が、槍を手に近付いてきた。顔は一部しか見えないが、目だけがうっすらと青く光っている。

「晩御飯にでも、するつもり?」

 男はしばしフリーズし、その意味を理解するまでしばらくの咀嚼が必要だった。

 急にぷはっ!と吹き出し、よいこらせ、と黒うさぎの隣に座り込んだ。

「抵抗しないのなら、それもいいかもな。ここで肉は貴重だ。なぜ、手錠をはめられていた?まさか、あっちの食料として召喚されたわけじゃ、あるまい」

 言われて、手錠ば消え失せていることに気づいた。

「さてね。黒いからじゃない?」

 男は水筒を取り出し、一口舐めると、そのまま手渡す。黒うさぎは、一瞬躊躇したようだが、久しぶりに口にする水を一気に体内に流し込んだ。

「いきなり飲み過ぎると、吐き出しちまうぜ」

 そうは言われても、身体は水を欲して止まないようだった。半分ほど飲んでから、名残惜しそうに水筒を返す。

「ありがとう。で、ここはどこ?」

 男は青い瞳でうさぎを見つめてから、答えた。

「俺の格好を見て、想像がつかないか?ほれ、ほれ」

 一見すると、ハロウィンよろしく黒いマミーのコスプレのようだったが、漆黒の布の隙間からは金属の面当てに胸当て、目の細かい鎖帷子が垣間見える。それら金属の防具まで、黒くマットな光沢を帯びているのだ。

「黒の民でファイナルアンサーね」

「ご名答だが、それはローズたちが付けた名だ。カルニフェクス、エリミネーターとかも呼ばれてるが、ハショム、と彼らは自称している」

「あなたは、ローズなの?」

「おいおい、日本語で話してるんだぜ?お前と同じさ、まぁ、同じ・・・というか中身はな」

 黒うさぎは赤い瞳で、周囲を忙しなく行き交う黒装束たちを眺めながら続ける。

「それにしては、地味な義体ね。ある意味、アタリかもね。私もそんなんが良かったわよ」

「まぁ、そのナリじゃ、ラベラーだって丸分かりだよな。でも、俺だってなんだか中学生みたいで頼りなくないか?ナメられるんだよ、背も低いし」

 両脚を失った者が、担架に寝かされて運ばれていく。

「ここは、負傷者だらけね。野戦病院なわけ?」

 四角い棒状の携行食をかじりながら、男は答えた。

「そうだ。俺がお前を見つけて、ここまで運んできた。治療が終わった後も、目を覚ますまでそばで見守ってやったんだぜ?感謝してほしいね」

 うさぎは携行食を奪い取ると、ボリボリと貪った。

「得体の知れない動物型のラベラーが、目を覚ました途端に暴れ出さないように、でしょ。ここにいる人たちは、皆んなラベラーにやられたの?」

 男はポーチから携行食をもう一つ取り出すと、油紙を破いて頬張った。

「確かに、ラベラーたちは脅威だ。物理的な影響を与える術式じゃないと効果ないしな。この物理的なってのがどうやらハショムたちは苦手らしい。だけども、最近はローズも新兵器を開発した。これのせいで、ラベラーじゃなくても怪我を負わせられるようになった。知ってるか?小粒なやつで、緑色に光る石だ」

「・・・知らないわよ。じゃぁ、なんで私たちはこの世界に呼びされたのよって話じゃない」

「劣勢なのは、変わらないだろう。射程距離も短いし、ラベラーの数もまだまだ少ない」

 黒うさぎは天を仰ぎながらうめいた。

「ぶっちゃけ、どうでもいいのよね!どっちがどうだろうと!」

 男は慌てて左右を見渡しながら、声をひそめて黒うさぎの両肩を叩いた。

「今、俺たちは日本語で話しているが、この中にはすでに言語を認識できる奴もいるんだ。あんまり滅多な事を言うんじゃない、分かったか?」

 オーライ、と手を払ってうさぎは言い直す。

「彼らは、どっから来たの?北の島から海を渡って来ると聞いているけれど」

「その通りだ。ゲート的な何かがあるんだろう。俺だってよくは知らない」

「・・・マジか。ゲートって、異世界人ってわけ?」

「そうなるな」

「マジでどうでもいいんすけど・・・異世界人への反撃に異世界人を使おうなんて、正気とは思えないわ」

 男は口に手を当てて、小声で告げる。

「ローズたちは、異世界人だと気づいているのか?俺がいた時には、まだ気づいていなかった」

「・・・どうでもいい。ところで、呪紋はどうしたの?あなた、ローズ相手に戦えないじゃない?」

 男は身を乗り出して答えた。

「お、やっぱ気になるよな?そりゃそうだ。呪紋はこの軍に転向を誓えば、解呪してもらえるぜ。どうだ?その気はあるか?」

「どうせ、それを仕向けるのが、貴方の役割なんでしょ〜?そして、断れば処分されるのがオチだわ」

 男は肩をすくめて肯定する。

「お前みたいなタイプは初めてだからな。きっと司令も興味津々だぜ」

「残念ですが、私の性癖はノーマルオンリー」

「はっ、ブラックジョークのつもりか?」

「貴方の名は?」

「真島健だ、お前は?」

「そうね・・・ブラックバニーってのはど?」

「いいね!なんか、コードネームっぽい。逆に本名、名乗った俺が気恥ずかしいわ」

「ところで、転向すれば私もその黒い布きれを巻かれることになるのかしら?」

「あぁ、お前は元から黒いからな、どうだろうな?俺の場合は、味方に攻撃されないように同じ格好をしているだけだし」

「軍服とかじゃないの?」

 男は布きれの端をひらひらさせながら、おどけてみせた。

「これがか?映画に出てくるミイラの軍勢じゃあるまいし、ありえねぇだろ。なんて言ってたっけ・・・あれだ、アレルギーだ」

「アレルギー?免疫の?」

「そうそう、それだ。この世界には目には見えないが、魔力を帯びた砂粒よりも小さい粒子が舞っているらしい。この世界の住民たちが皆魔法を使うのは、その所為なんだろう。だが、これはハショムの民の肌を火傷のようにただらせるらしい。顔は比較的無事らしいんだが、首とか関節辺りはひどいんだとさ。だから、ほら、みんな目が充血してるだろ?」

 真島は地面に置いていた槍を持ち立ち上がると、うさぎに手を差し伸べた。

「その様子じゃ、身体に問題はないだろ?司令官に会わせるから着いて来てくれ」


 黒いフードを深く被った司令官の顔は、よく見えなかった。わかったのは、肌が白く、瞳は緑色で、声色から女性らしい、という程度だ。ローズの言語を自動翻訳するラベルの魔力を持ってしても、彼女が何を言っているのかはうさぎには理解できなかった。札のような紙を手にした真島が、司令官の言葉を日本語に通訳した。

「共に戦えば、配下の兵と同待遇で迎えよう。戦えぬとあれば、この場から姿を消すがいい。どこへでも行き、勝手にのたれ死ねばいい」

「戦います」

「魂のコピーとはいえ、同郷の者たちを殺められるのか?」

「敵ならば、誰でも」

「まずは、一人だ。一人、敵を殺せばお前は我々の戦友だ。しかし、一人も殺さずに逃げ出せば、お前は敵の元へ再び寝返ったとみなす。ハショムの民は、裏切り者は決して許さない。覚えておけ」

「オーケードーキー」

 真島が了解した、と訳す。

「では、ローザモントの民たちへの復讐を果たすがいい。我々が勝利すれば、君たち異世界人の自由と主権は約束しよう」

 淡々と、そして殺伐としたやりとりは短時間で終了した。

 面会を終え、解呪の術を受けたうさぎは、真島と夜の荒野を歩いていた。

「意外に、普通だったわね。ぶっちゃけ、拍子抜けよ。こんな簡単に仲間にして、即前線送りだなんてどっちもやる事は変わらないわね」

「ま、総司令官、というわけじゃないから、略式なんだろうぜ。しっかしお前、すげぇ奴だな。俺の時なんて、いつ殺されるかビクビクだったぜ。ま、あれだ・・・ハショムの民からすれば、俺らにシンパシーなのかも知れないな」

「むしろ、自由意志でこの世界に来た訳じゃない分、哀れみがあるのかしら。それは同意だけれど」

「ふん、気が合うじゃねぇか。しかし、あれだな。共に戦うか、姿を消すかのどちらか選べと言われて、結局戦うわけね、お前。逃げて来た意味あるの?」

「はぁ〜?意味分かんない!大ありじゃない!ありもありでありありよ!だって、戦いなさいと命令されるのと、戦ってもいいですよ、と言われるのとじゃ雲泥の差じゃない!?」

「はぁ、まぁそうですね・・・」

「それにどの道、戦闘用の軽装備のまま、無一文で異世界を旅できると思うほど、私は楽観的じゃないし」

「うーん。アテのない旅をするにも、どっちの軍勢で戦うのも、結果は似たり寄ったりだと思うけどな。相手は獣じゃない、この世界の人間だぞ?必ず勝てる保証はないんだ」

「そういう説得は、こうなる前に言って欲しいところなんですけど?まぁ、でも結果なんて、どうでもいいのよ。私は気持ちのままに行動するわ。その結果がどうなるかは、後のお楽しみじゃない?せっかくの異世界、第二の人生なんだし」

「・・・ごめん、ちょっとそれには共感できんわ。戦争以外にやりたい事あるし」

「私は、無かったのよ」

 黒うさぎの返答が、あまりにあっさりだったので、真島が返答に困った。

 うさぎは声のトーンを高めて、続けた。

「でもまぁ、黒いのが戦う理由を聞いて、しっくり来たのものあるかな」

 真島は黒うさぎの耳の生えた頭を見下ろした。獣そのものである表情は、読み取ることができない。

「移住の権利を勝ち取るため、か。ファーストコンタクトでどれだけ拗れたのか、見てみたかったな」

「あぁ、それ言えるかも!」

 夜の風に、砂塵と煙が混じり始める。前方の稜線が、時折光る空の明かりに陰影を露わにする。

「うっかり、稜線から顔を出すなよ、遠距離魔法が飛んでくるぞ」

「私の顔を見て、敵だと思う奴はどうかしてるわ」

「・・・今更ながら、うさぎと普通に会話している事に違和感を覚え始めた俺」

「慣れてもらうしか、ないわね」

 丘を這い上り、そっと岩の隙間から前方の様子を伺う。

 夜の闇で判然としないが、魔法やら術式やらの効果だろうか、時折、兵士たちが光を発している。その光りから察するに、手前には円形の小集団が並び、その前方にも兵士たちが密集して横一列に並んでいるようだ。

「丸いのは、集団魔法で敵の障壁を打ち砕いている連中だ。精神系の術式で感覚や記憶を混乱させたりもしているらしい。その前方が、物理系の術式で敵の前進を食い止める役だ。その前方、200mくらい先にいる光る点が、敵の姿だ」

「なんか、思っていたのと違うわね。突撃して剣とか、その槍で戦うんじゃないの?」

「魔法は距離が縮まると、より強力になるからな。ハショムの民は敵の魔法に耐性があるが、近づきすぎると危ない。逆にこっちの術式は効果があるから、距離を取って戦う方が有利というわけだ。何しろ、相手は人数が多い。全員が魔法を使えるわけだから、ナポレオンの軍隊にマスケット銃を与えるようなもんだ。全体戦争の構えで挑む相手に、移住の地を確保するために送られた先遣隊で相手をするわけだからな。慎重に戦わざるを得ない」

 黒うさぎは、真島の肩をこづいて言った。

「貴方、若いと踏んでいたのに意外にインテリなのね。戦争論なんて、普通の若者は読まないわ」

「哲学の授業でかいつまんだ程度だ。はぁ、もっと勉強してりゃ、こんな異世界で一兵卒なんてしてないで済んだかもだがな」

「自由行動の別働隊なんだから、特別待遇じゃない。まぁ、二人だけだけれども」

「規律の取れた軍に混ぜるな、危険というだけだろ」

「あはは、それな」

「お前、歳は幾つなんだ?」

「レディーに聞く質問じゃないわ」

「スンマセン・・・ぜってぇ、歳上だ」

「あれ?あれれ?何か丘を越えて出て来たわよ」

 真島は単眼の望遠鏡を取り出して、敵前衛の様子を探る。

 それは蜘蛛のような異様な外見、大きさは象の倍ほどはある。

「多脚戦車だ。上部の砲塔から大型の魔封結晶を打ち出して来る。厄介だが、これぞ俺たちの出番だ」

 腰を上げようとする真島のベルトをうさぎ掴み、元の位置に引き倒した。

「痛って、なんだよ!?」

「おかしくない!?納得いかないんだけど!」

「何がだ!」

「だって、戦車の方が効率良くない?あの、なんて言うの、キャタピラ?その方が安くて作りやすいでしょ」

「履帯な、キャタピラは商標だ」

「いや、そこどーでもいいし」

「両陣営とも、火薬は開発していない。だから、防御の要は魔法障壁であって、装甲の厚さじゃない。あの方が、岩山だって登れるんだから、兵器としては脅威だ」

「いや〜ないわ〜」

「知るか!開発してるのは、明らかに日本人だ。そいつらの趣味趣向を疑え。今、この後に及んで俺に問うな!」

「どうやって動かしてるの?」

「今、聞くことか?」

「重要事項よ」

 最前列から突出した蜘蛛型戦車は、動きは鈍いが強力な結界を盾に、ハショム陣営目指して進撃を続ける。

「鹵獲したものを見せてもらった。意見を聞かれたんだ。内部を見るに、脚一本ずつの動作を一人の魔術師が受け持っているんだと思った。言ってみれば、ガレー船みたいなもんだな。他に、砲手と装填手も別にいる。おそらく、指揮者が全員に精神接続をして、意思疎通をしているんだろう。少なくとも脚の操作はそうじゃないと、タイミングを合わせるのが困難だからな。オールを漕ぐのは一斉でいいが、8本脚の動きは複雑過ぎるから、掛け声というわけにはいかないだろ?常に魔術を行使しているから、稼働時間はせいぜい、2時間といったところらしいぜ」

 うさぎは短い手で腕組みをしながら聞いていた。

「動作が複雑なら・・・旋回は苦手とか?」

「だな。複雑な動きは、魔術師の連携にも依るが、どうしてもギクシャクするだろう」

「なら、接近して翻弄する?馬があれば良かったろうけど」

「馬は敵の精神魔法の影響を受けるから、アテにならない。肉薄して、このロープで脚を結ぶんだ。縦に体重を支えるのはできるが、横のパワーは少なくて、ロープをちぎれない」

「徒歩で接近するまでに、蜂の巣にされるんじゃないの?穴でも掘って待ち伏せたら?」

「真っ直ぐ向かってくるとも限らないが、それはいい手だ。だが、今は会戦の状況下で、俺たちがいるのは後方だ。ほら、打ってきたぞ。障壁を破られて、小集団一つが吹き飛んだ。今、出て行かなければ、総崩れになる」

「え〜気が進みませんよ」

「お前が行かなくても、俺は行くぜ。そして、身を縮めて泣き喚いているだけでした、と上官に報告してやる」

「後生な・・・」

 真島は稜線に影を生むこともおくびらず、うさぎの手を引いて立ち上がらせた。

「さ、行くぜ!お前はまだ知らないらしいが、俺たちのこの身体は、とびきり強いんだぜ?なんせ、戦争のために作られたんだからな!」

 丘を走り下る真島に追い縋らんと、うさぎは短い脚で人間走りをすることを諦め、四本の脚での疾走にうつる。

 瞬く間に黒装束に身を包んだ味方の後方集団を追い越し、最前列の防御陣に迫った。

「近くで見たら、でっけぇな!てか、護衛の歩兵もいるわよ!」

「走ってる時でも・・・よく・・・喋る奴だな・・・」

 戦車の左右に追従している兵士たちが、両手を前に突き出すと、その手にうねるような光が生まれた。

 次の瞬間、真島の身体に落雷が襲う。

「無詠唱魔法!死んだか?」

「アニメの見過ぎだな、お前!呪文なんかねぇーの!」

 真島は勢いを弱めず、槍を腰だめに構えて突進を続けた。

 まずは戦車の護衛を襲うつもりだ。

 随伴歩兵の指揮官らしき男が、指示を飛ばす。

「この距離で無傷だと!反逆者たちだ!結晶弾を放て!」

 腰のフォルダーからうっすら光るクリスタルを取り出すと、今度は翠色の光が生まれた。

「あれはやばい、避けろ!」

 真島は横に飛んだ。

 その足元の地面に向けて幾つもの閃光が帯を引き、一瞬の輝きの後に地面を丸く消失させた。

 うさぎは支給された短刀を抜き、指揮官に体当たりを喰らわせる。

「隊長が!なんだ、こいつピノじゃないのか!?」

「真島、ピノってなんだ?アイスか?」

 指揮官の喉笛を裂いた後、すぐに二人目の身体に飛び移り、脇腹と襟首に短刀を食い込ませる。

「お前、狙われてなかったな!?不公平すぎるぞ!」

 真島も槍を手に、次々と敵を突き刺す。

「何、この身体!?私、初めてなんだけど!?超、殺してんじゃん!どういうこと!?ウケる!アガる!」

 血と殺立、狂乱と愉悦。

「くそッ、今のは上手くいかなかった!こうなら、どうだ!?」

 効率重視のFPSゲーマーの如く、黒うさぎは返り血を顔に浴びることも構わず、夢中になっていた。

「ハイになって、周りを見失うなよ!本命はこっちだ!」

 9人目の随伴歩兵の喉笛を掻き切ったと同時に、その身体を蹴ってうさぎは着地した。

「はぁ、はぁ、ははッ!何か言った?・・・喉がカラカラ」

 戦闘に夢中になっている間に、二人は多脚戦車のすぐ足元まで迫っていた。俯角を取ろうと、戦車の前足がたたまれ、二人に照準を合わせる。

「真島、私、すごいのかしら?天性の才能ってやつ?」

「あぁ、そうかもな。だが、人造の義体はみんなそんなだ。魔法に耐性があり、動きも早く、再生能力もある。でも、油断するなよ、死ぬときゃ、死ぬぞ」

 真島の左耳に、チロチロと煤のように舞う赤い光がこびりついていた。よく見ると、彼の左耳が吹き飛び、頬骨がむき出しになっている。

「うげ、痛そ」

「痛むさ、痛みは変わらない。ケシネズミにされないうちに、肩のロープで戦車の脚を縛るぞ」

「アイサーです」

 砲台が咆哮をあげ、二人のいた地面を盛大に抉った時、すでに二人の超人は戦車の下に滑り込んでいた。脚を縛り上げた二人は、タイミングを合わせてロープを絞り込む。

「おおおおおお!」

 バランスを崩し、前のめりの格好で無様に倒れ込んだ戦車は、そのまま動きを止めた。その様子を見たハショムの民たちが鬨の声を揚げた。

 真島は片膝をついて、黒うさぎと握手を交わした。

「ようこそ、漆黒の軍隊へ。初手柄だな!」

「まぁ、これからも宜しく頼みますわ」

「おぅ、相棒!」

 その瞬間、真島の身体が吹き飛んだ。

 3mは飛んでから地面に転がる。

 振り返ると、敵の先鋒が手に光を纏いながら丘を越えて迫ってきていた。

「くっそ・・・諦めの悪い奴らだ・・・」

 青い瞳を怒りに染めて、真島は立ち上がった。

 暗闇で定かではないが、そのシルエットは左腕を失い、肋骨が露出しているようにも見える。

「きっしょ!それで立つのかよ!義体、まじ有り得ない!」

「うっせ!ブラック、お前もそうなんだよ!俺たちは、戦うために作られたボディに、魂をコピぺさせられた戦闘マシーンなのさ!」

「ちょ、言い方・・・ダッサ」

 真島は槍を拾うと、結晶弾を左右に交わしながら敵兵に襲い掛かる。

「うっひゃぁ!頭おかしくなりそう!」

 黒うさぎも狂喜乱舞して殺戮に加わる。

 接近された魔術師たちは無力だった。射出兵器である結晶弾は乱戦状態の味方をも襲い、防御結界は二人の接近を防ぐことすら叶わなかった。一方的な殺戮。それに高揚し、疲れを知らずに無我夢中で戦い続ける小さな黒い獣。それは悪夢としか言い表せない、無邪気な殺意の具現だった。

 黒うさぎはゲームに夢中になる子どものようだった。

 ローブを羽織った魔術師の身体から、短刀を抜き取ると、憎しみを込めて言い放つ。

「どうした?それで戦争に勝てるのか?自分の世界は自分の力でまっ・・・!」

 黒うさぎの胴体に槍が貫通し、一度大きく掲げ上げられてから、勢いよく投げ捨てられた。

 ローズの魔術師たちに混ざって、武器を手にした者たちがいたことに気がついていなかった。

 魔術師たちが一斉に後退を始め、しかし肉薄していた黒装束の戦士たちはそれを追わなかった。

 武器を手にした集団が立ち塞がったのだ。

「ブラック、無事か?」

 真島が大きくジャンプして後退すると、黒うさぎを片手で抱き上げた。

「気付かなかった。へへ・・・夢中になりすぎたかしら」

 夜空を背景にシルエットを浮かび上がらせた敵の新手たち。その数は決して多くはない。せいぜい12人程度だ。しかして、その瞳はさまざまな色の輝きを放っていた。

 リーダーらしき先頭の大男は、まるで惑星に宇宙船で来訪して来た猿のような、不可思議な顔を持っていた。

「蹂躙せよ!」

 その一声を合図に、戦士たちはまるで疾風のように夜の戦場を舞い踊る。黒の民たちが、次々に切り伏せられた。

 真島は声を枯らして叫ぶ。

「やめろ!お前たち、それでいいのか!?自分の意思で自由に生きたいとは思わないのか!」

 新手たちは、誰一人として聞く耳を持たない。

「なるほど・・・本家のご登場ってわけね」

 黒うさぎは、真島の腕を払うと自らの脚で立ち上がった。

「大丈夫か?戦えるか?」

 真島が気遣う間も無く。

「来たわよ」

 大剣の振り下ろしを槍の柄で受けた真島は、慣性を受け止めきれずに片膝を突く。右手と左の肩で支えて、なんとか斬撃を免れていた。猿顔をした大男は、オレンジ色の瞳を光らせながら、真島に語りかけた。

「呪符の武器は、ひどく頑丈だな。だが、こちらの剣も良く切れるぞ?呪符の障壁だって、スライスできる」

 真島は歯を食いしばって、相手の膂力に耐えた。

「お前も戦闘狂なのか?犬として戦うだけで、幸せなのか?」

 真島の叫びに、大男はまるで休憩室での同僚との会話の如く、しれっと言い返した。

「お主こそ、諦めたらどうだ。黒い側に味方してどうなる?食べるものはあるか?屋根と寝台のある満足な暮らしがそこにはあるのか?義体のメンテは誰がする?考え、そして、即答せよ。この世界の住民をどれほど殺せば、この戦争は終わる?それまでに一体、お主はどれほど殺すつもりなんだ?」

黒うさぎは血が吹き出す脇腹を抑え、浅い呼吸を繋ぎつつ、真島に覆いかぶさる大男に問いかけた。

「おい、大きいの、ちょっと質問・・・黒いのと、魔法使いたちと・・・どっちが勝つと思う?」

 真島が割って入った。

「何を言っている!?これは、自由意志の問題だろ!」

 真島は大男に体重をかけられ、膝を土に埋もらせた。

 猿顔の大男は、黒うさぎに返答する。

「召喚は毎日行われている。すでに俺たちは三千人を超えたそうだ。マッチングルームは各方面に散っているが、来月にはさらに効率が増して、倍の数になるとも聞く。あの胸糞悪いグリーンルームが、毎月のようにこの世界に増え続けているのだ。あぁ、この俺もマジでクソだと思うさ!だが、泥沼になるよか、少しはマシってもんだ。もうすぐ、この戦いは終わるよ。毛むくじゃらのヘンテコウサギ、中身は俺たちと同じ、日本人なんだろ?これは、同郷のよしみで言っている。大事な事だから、心して聞け。お主も自分の行く末を案じた方が、身の為というものだぞ」

 黒うさぎは短刀を地面に投げて突き刺した。

「んだよ・・・アホらし・・・」

「おい、ブラック、諦めるな!お前は奴隷に戻るつもりなのか!?」

 真島がこめかみに血管を浮き出させながら、大男の圧力に抗う。

「俺は、諦めないぞ!奴隷なんて、まっぴらだ!自由と尊厳の為に、最後まで戦う!」

 大男がことなげに言い捨てた。

「なら、死ね。どうせコピーだ」

 いつの間にか、周囲を囲まれていた。真島の身体は同郷の戦士たちによって、串刺しにされた。

 黒うさぎは、その一部始終を冷めた赤い瞳で見つめているだけだった。

「ブラッ・・・バニ・・・」

 真島は吐血してことぎれた。

「生き返るんじゃないの?」

 黒うさぎの問いに、大男は答えた。

「何事にも限度というものがある。これも大事な事だ、覚えておけ。お前の義体にも再生限界があるし、稼働時間制限もある・・・いわば寿命というやつだ」

「なんだよ、聞くんじゃなかった」

 大男は後退する敵の掃討を命じると、黒うさぎに向き直った。

「お主は、どうするつもりだ?別に、どちらについて戦うも、逃げるもお主の自由と尊厳とやらに任せるぞ」

 槍を引き抜かれた真島の元に歩み寄り、黒うさぎは、その身体がかすかに痙攣していることに気づいた。

 星空を見上げる。

「ずっと、考えていた・・・」

 大男は、大剣を地面に突き刺し、杖のようにもたれかかってその声に耳を傾けた。

「生きる意味だとか、生まれた理由だとか、いつ死のうかとか・・・毎日が空虚だった。ずっと、空白のカレンダーを眺めながら、膝を抱えて過ごしていたの。人生という舞台を前に、このままずっと役はもらえず、客は入らず、幕は上がらない・・・残りの一生、舞台裏のままで、時間が過ぎていくのを、ただ待っていたわ。でも、この世界に来て、知ったことがある。この・・・真島っていうんだけれど、この人の死に際を見て、それを知ったわ」

 大男はうなづいて、続きを促した。

「人生ってのはさぁ、生まれたその時から、すでに本番だったんだ」

「日本での暮らしがどうだったかは、知らぬ。だが、一つでも気づくことがあったのならば、お主の人生は無駄にはならん。一つでも、それがあるのなら、その分だけは間違いなく、有意義だと言えよう」

「でも、あぁ、もう私、人殺しだよね?ずっと一人の命を見守ってきたのに、ここに来て急に何人も殺しちゃってさ・・・別世界での出来事みたいな気でいたのね。最悪だわ・・・」

「私も同類だ。ホムンクルスは、それが役目、戦えなければ、処分されるまで。どのみち、戦争は政治の延長でしかない。その原因は、黒の民とローズたちにある。私たちは道具として呼び出され、被害者を決め込んで自己憐憫に浸る権利すら、与えられてはおらぬのだ。再び、理性と秩序ある平和を勝ち取るまで、今は戦わねばならん時代だというだけだ。血を流さぬ政治が、再び世界を支配するその時まで、な。今一度、問う。お主はどうするつもりだ?」

「自分探しの旅に出ます」

 男は剣の柄から、顎を滑り落とした。

「まぁ、先ほどのように無邪気に人を殺めるよりかは幾分マシかも知れんか。それに見たところ、呪紋も無いようだしな。どうやら、お主は稀な幸運に恵まれているらしい。好きにするがいい」

「さっきまでは鬼にしか見えなかったけれど、意外に理性的で寛容なのね、驚いたわ。で、あなたはどうするの?戦い続けて、英雄にでもなるの?」

 召喚者たちによって押し上げれた前線で、再び激しい戦闘が始まり、夜空を駆け抜けた閃光が、闇夜に隠れ潜んでいた雲の姿を浮き上がらせる。

「武功をあげ、発言力を持てば、色々と試したいことがある」

「ぉ、かっこいいじゃない?どんなこと?」

「例えば、魔法使いになる、とかな」

 一際大きな轟音と地響きが、二人の足元を揺るがせた。

「集団魔法だな・・・武功をあげる機会を逃してしまう。では、これでお暇しようぞ」

「今宵をお楽しみあれ」

「孤独に幸あれ」

「一人じゃないし・・・」

 剣を肩に担ぎ、男は振り返った。

 その黒い身体は、漆黒の闇に溶け込んでしまったかのように、綺麗さっぱり姿を消していた。

「ふん。野に獣を放った・・・のかも知れぬな」

 男は目を細めて一度つぶやいたきり、もう振り返ることなく夜の戦場へと走り出した。

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