第3話 捕り物はカオスですがあっとほーむな職場です

 梯子と見紛う急な階段を上ってデッキに登ると、もうほとんどの乗組員が出張っていた。風が頬に刺さるが、それ以上に耳を貫く声があった。

「砲台の可動域を絞れ!引っ張られるぞ!」

 アンカーがすでに一本撃ち込まれているらしい。射手が踏ん張って砲身が回るのを抑え込む傍らで、少年が射手のベルトから無骨なカラビナをがちゃがちゃと取り外している。

 大声を出していた男はこちらに気づくと、矢継ぎ早に指示を出してきた。

「ジトーは『下』のアンカーだ、マイルズが助手につけ。リックはランチャーを五丁持って俺とデッキで待機。『上』のデッキはすでに待機中だ。ヒレ下のエラが開いたら俺らで撃ち込むぞ」

「オーディ甲板長。エラってことは今日は魚っすか?」

「蟲じゃなければなんでもいいよね。あれはキツかったなぁ」

 ジトーとマイルズが状況にそぐわないのんびりした口調で聞いた。

「サカナがこんなとこまで飛ぶかよ。蛟〈ミズチ〉だ。いろんな伝承にも出てくる空獣で、水龍とも呼ぶな。当てればでけぇぞ」

 甲板長が目を輝かせていたことに気が付いた僕は、デッキの向こう側に見える大きな生物に目をやった。

 艶やかな鱗に覆われた、しなやかに伸びる身体は大きな蛇のようだが、ところどころ隆起している。この飛空艇のエンベロープくらい、100メートル近くあろうか。翼のように見える器官の内側に赤い内壁が見えるので、ヒレとはあのことだろう。太いヒゲのような触覚が何対かあり四肢はない。そして、大きな瞳がこちらを凝視していた。

「なんだか綺麗なんだか不細工なんだかわかりづらいヤツですね」

 醜悪さや恐ろしさといった印象はなく、かといって神々しいわけでもないが、特別な生き物だということはすぐにわかった。

「あれが水神様ってやつかな」

 僕の反応に、甲板長はヘルメットを叩いて応えた。

「とびきりに美人のな。あれが捕れれば、前回の捕り逃しを十分に賄えるしお前らのボーナスもだせるだろうよ」

「オーディさん俺ら下行きます!ありったけ撃ち込んできます!」

 金になると聞くや否や、ジトーとマイルズは飛び降りる勢いで下層へ駆けていった。

「いやそんな撃ったら売れる部位なくなるだろうが。阿呆どもめ。リックも早く装備持って来いよ」

 甲板長が言い終わる前に僕ももと来た道を走っていた。


 先ほど上った階段を飛び降りて右手にある武器庫に入ると、火薬番がすでに必要な道具を見繕って並べてくれていた。

「やあアシマ、さすが本艇自慢の火薬番兼鍛冶師は仕事が早いね。早速ランチャーを何セットか借りていくよ。」

「オーディさんが叫んでるからね。おかげで私の役目もわかりやすいよ。そして私は火薬番の前に鍛冶師だよ」

 がちゃがちゃと装備を積み上げている彼女から専用ランチャーを受け取る。

「私もすぐ追いかける。新しく作った榴弾の効果を見てみたいし」

「そういう役割はジトーだろ。アンカーの固定が終わったら手が空くからあいつに撃たせろよ」

 この艇のやつらは血気盛んで、この少女も例外ではなかった。アシマの場合は単に兵器マニアなだけだと思いたいが。僕は本艇自慢の鍛冶師が褐色の頬を膨らませて瞳が隠れるのを両の眼に焼き付けてから踵を返した。

 悪いな、アシマ。僕は心の中で謝った。うちの唯一の鍛冶師が怪我でもしたら大変だろ。万一のことがあったら、僕は怒りに我を忘れてその新作の榴弾とやらを外の蛟にすべて撃ち込んでしまうかもしれない。それで足らなければすべての弾薬、いやもはやこの飛空艇ごと突っ込んででも落とし前をつけさせないといけなくなってしまうだろ。そんな悲劇を避けるべく、僕は戦いの決意を新たに階段をまた上がった。


 デッキに出ると、打ち付けるような風に煽られた。

「揺れるぞ!全員掴まれ!」

 誰かが叫ぶや否や、蛟は大きく旋回し、撃ち込まれたワイヤごと艇を引っ張り始めた。慌てて外階段の手すりにカラビナをつける。定位置についている場合は床に固定できるが、僕のように走り回る役割だとそうもいかない。大きくふり回された遠心力で手すりに押し付けられるのに抗いながら蛟に目をやると、激しく身体をくねらせていた。アンカーを引き抜こうとしているんだろう。当たり前だが、アンカーを撃ち込まれ激怒しているようだ。

 大きく旋回している間はアンカーを左右に回せばよいし対応は容易いが、自身を回転させだすと大きく波打つワイヤは何トンもする鈍器になる。下手すりゃデッキに叩きつけられて床が崩れかねない。それに、アンカーの基盤は上下の動きにそもそも弱い。基盤を固定している床やシャーシごと引っぺがされたら大損どころか修理費で廃業しそうだ。そうなるまえに決着をつける必要があった。僕はふんじばって前右舷アンカーに這うような形で近づいた。射手はすでにアンカーを固定し終えて、次の指示を待っていた。

「フラウレット、いける?」

「大丈夫。イヤマフ貸してね」

 言いながら、射手は僕の首に下げたイヤマフを外して装着した。

「弾出すね」

 助手のアルが肩の弾薬嚢に手をかけた。僕より頭一つ分背が低い少年にぶつからない様に肩を下げてやった。連携がとりわけて良いってわけでもないが、獲物が珍しくても結局やることは同じなので特に焦ることもなく、いつも通りに進めていく。ほどなくして、なにかが空気を裂きながら頭上を飛んでいった。上のデッキから新作の榴弾が放たれたようだ。

 榴弾が蛟の頭上で破裂したが、特に大きな爆発ではなかった。一瞬不発かと疑ったが、すぐにそれは杞憂だったことが分かった。爆発の煙が流れると、金属片が散らばり、きらきらと光を乱反射しながら蛟に降り注いだ。アシマが開発した榴弾はチャフ弾だった。眩く光はこちらの目にも刺激が強いくらいで、蛟がたじろいでいるのが見える。一方向に強い力で飛びながら艇を振り回していたのが、急に狭い範囲を右往左往するようになった。混乱しているようにも見える。新作はそれなりに効果を発揮している様子だった。

 ここから先は、アンカーが壊れるか、獲物が疲れるか、艇を壊されて共に海に落ちるかの三択だ。持久戦は僕らの猟の常だが、こんな大物と我慢比べをして勝てるかは激しく疑わしかった。



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