ハムス探偵と謎のラブレター

渡 亜衣

ハムス探偵と謎のラブレター

「つまるところ、容疑者は三人ということだな?」

 私がそう言い放つと、奏太は唾をのんだ。狭い部屋の空気がピンと張りつめる。

 私は、宣言した。

「簡単な推理だよ」


 探偵の朝は早い。

「ふむ、今日は晴れか」

 夜明けと共に広いベッドから起き上がり、朝日を見ながら喉を潤す。飲んだ分のドリンクはすぐさま補充された。下僕が起き出す頃合いになると、私はジムに向かう。

「下僕、朝だぞ」

 走るのは、お気に入りの暇潰しである。その上、ガラガラと音が出るので下僕を効率よく起こせる。

 ガラガラ

 ガラガラ

 ガラガラ

「うるせえ!」

 下僕が飛び起きて、私をつかんだ。

「な、何をする、 下僕」

 私がじたばたともがいていると、下僕が手を緩めた。

 私は地面にぺちょっと落ちる。下僕は怒ったように続ける。

「俺は、下僕じゃねえ!飼い主だ」

 そう、残念ながらそういう見方もある。


 私はキヌゲネズミ亜科のげっ歯類、

--ハムスターなのだから。

「そうは言ってもね、奏太」

 下僕こと、奏太に穏やかに話しかける。小さなお手々とふわふわの体で、庇護欲を誘ってみた。

「君は、私のために水を変え、ご飯を変え、掃除をし……これを下僕と言わず、なんとする?」

「だから、飼い主だって言ってるだろ!」

 奏太がまたキレる。中学生で思春期真っ只中である彼は、何もかもに苛立っているのだ。

「どうどう。奏太、学校はいいのかい?」

「今から! 」

 そう言ってバタバタと支度をする奏太。私はスマホを借りる。ネットニュースを見なければ。手が小さいので、スクロールも一苦労である。

 おお、そうだった。読者諸君の中には、

「ハムスターの癖になんで喋れるの?」

 という疑問が沸き上がっているだろうから、お答えしよう。


 --私はとびきり賢いハムスターなのである。


 私が奏太に拾われたのは、組織を脱出して逃げていたときだった。

 雨の中、ボロ雑巾のような私を奏太は拾ってくれた。私が喋ったことに対しても、驚いたものの放り出しはしなかった。

 私は、意外と奏太を気に入っている。口に出しはしないが。

 これは、そんな私と奏太の事件簿である。


 事件はいつも突然である。

「た、たいへんだ!」

 ドタバタと音をたてながら、奏太が部屋に帰ってきた。ドン、ガン、とぶつかる音が途中でする。

 私は彼を一目見て、ピシャリと言い放つ。

「ラブレターをもらったな」

「なんで知ってるんだ!?」

 簡単な推理だよ。奏太。というか推理と言っていいか、微妙なくらいだ。

まず、ネットニュースには何も事件はなかった。それならば彼の個人的な事件だろう。

 そして、極めつけは

「足を打っても、ニヤニヤしているのだもんなぁ」

 良いニュースだと分かってしまう。ご丁寧に手にもった紙など、あからさますぎて触れ辛いくらいだ。

「ばっ、ニヤニヤなんてしてねぇし!」

 真っ赤になりながら、奏太が顔を隠す。思春期は難しいねぇ。

「それで、そのラブレターはどのご令嬢からなのかい?」

「それがさ……

 --送り主の名前がないんだ」


「これなんだけどさ」

 奏太が私に手紙を見せる。そのラブレターはいたってシンプルなものだった。

「奏太君へ ずっと前から好きでした。

 私と付き合ってください。 」

 確かに送り主の名前がない。しかもシンプルすぎて、特定も難しそうだ。

 私はクリクリの目を見開く。

「はは~、彼女だいぶドジっ娘だな」

「誰かが、からかっているだけだとも思ったんだが、違うのか!?」

 食いぎみで奏太が話してきた。

「下僕は節穴だねぇ。からかいにしては字が固い。それに下に妙にスペースがあるだろう?」

 ここに、本当は名前を書こうとしていたんだ。該当箇所をふわふわの腕でぺちぺち叩く。

「そうか……本物……そうか」

「良かったな。それでは、私は回し車に戻るとするよ」

 トコトコと走って戻ろうとしたところ、奏太に優しく捕まれた。

「ちょっと待って!で、これ誰からなんだ?」

「データ不足。あと、私の意欲不足」

 人の恋路に興味ない。お昼のワイドショーじゃないんだから。私がそう言うと、奏太が鞄から何かを取り出した。

 とたんに芳しい香りが広がる。カラフルで可愛い、甘いやつ。

 どらいふるーつだ!!

 おいしいやつだ!!

「それ!くれ!!」

「知能が大分低下したなあ、小動物」

「それ!くれ!!」

「じゃあ、このラブレターの主を見つけてくれよ」

 かくして私はラブレターの主探しという事件に取りかかったのだった。


「で、委員会終わりの学校帰りに下駄箱ラブレターということかい?」

「そうなるな」

 いたってシンプルな状況である。

「その場には他に誰がいたんだ?」

「友達の友也がいた。『ついに奏太にもラブレターか』って言ってくれたぜ」

 ふむふむ。情報があまりにも少ないな。

「手がかりはある。この字、今日どっかで見た気がするんだ」

 奏太が爆弾発言をした。

 嘘だろう?

「それなら、クラスの掲示物を見てくれば良かったんじゃないか?文字でわかるだろ」

「……ハッ!」

 奏太が、やっちまったという顔をする。人間って思ったよりアホだなぁ。

「まあ、帰ってきてしまったものは仕方ない。今日文字を見たとすると……」

 隣の席の女子。

 授業で当てられて黒板に書いた女子。

 委員会で一緒だった女子。

「ここら辺が怪しいかな」

 そう言うと、奏太は驚いたように口を開けた。

「一ノ瀬と、双葉と、三島だ!!」

 なんだその覚えやすい名前は。ツッコミたい気持ちをグッと押さえる。

「つまるところ、容疑者は三人ということだな?」

 私がそう言うと、奏太は彼女たちについて話し出した。

 以降、奏太の証言である。


 一ノ瀬琴音について

「一ノ瀬は隣の席の女子だ。ポニーテールで気の強そうな子。で、いつもしかめ面」

 君を好きになりそうな様子が無いのだけれど?

「いや、それがさ。あるんだな。エピソードが」

 ほうほう。

「この前の席替えで、俺の隣になったとき『やった!』って小声で言ってたんだ。しかもそっから表情が、心なしか優しいし!これはもう俺のこと好きだろ」

 最後の一文に同意しかねる気持ちがあるなぁ。ただ、少し弱いものの、動機になる可能性も否定しきれない。

「だろ!しかも教室前方の席だし普通は全然嬉しくないんだよ!」

 なるほど……。


 双葉栞について

「双葉は、大人しい子だぜ。ボブカットっていうのかな?おかっぱ。ただ、頭がめっちゃいいんだ」

 だから、授業中にあてられたと?

「そう、古典の時間。しかも授業終わりに先生に質問しに行ってた」

 古典の先生は、ご老人だったね。それは嬉しかっただろう。質問は、授業内容だろうか?

「うーん。よく聞こえなかったけど、『漬物』って、先生が言ってた」

 漬物?

「たぶん」

 ふむ。そんなに賢ければ、奏太は眼中にないんじゃないか?

「双葉とは結構仲良いぜ!双葉もハムスター飼ってるんだって!脈ありだろ!」

 脈ありの基準ガバガバすぎるだろう。


 三島 きらりについて

「三島は、派手な女子だ。髪型は…横で結んでる。最近よく喋るようになった」

 なるほど、委員会が一緒だから?

「ああ、俺と三島と友也が一緒の委員会なんだ。学習委員会」

 学習委員会に入りそうな子では、無さそうだけど?

「そこなんだよ!あいつ、勉強なんか大嫌いなのにさ、委員会決めのときに張り切って立候補してて……これはやっぱり脈あ」

 はいはい。脈あり。脈あり。

「あと、靴箱に行く前三島に声をかけられたんだ『いっしょ帰ろう!』って」

 それを先に言いいたまえよ!

「そんで友也と俺が振り向いたらビックリしていた」

 めちゃくちゃ怪しいじゃないか。なんで、引き留めなかったんだ。

「なぜか走って一人で帰っちゃったんだ」

 ふむふむ……。


 こうして三人の女の子について聞いてきたが、

「ラブレターの主がわかった」

「本当か!?」

 奏太が身を乗り出す。

 私は、言い放った。

「簡単な推理だよ」


 ラブレターの主は、

 --双葉栞だ。


「なるほど!!なんでだ?」

 奏太には助けてもらった恩があるため手助けしているが……私がいることでよりアホになってないか?

 まず、三島きらりについて

「俺と一緒に帰りたがってた女の子」

「残念ながら、君と一緒に帰りたかったわけではないと思うぞ」

 私がそう言うと、奏太はポカンと口を開けた。

「は?」

「多分お目当ては友也君だろうね。モテるんだろう?彼」

 確かにモテるけど……と奏太が呟く。ラブレターをもらったときの反応が「ついに奏太に『も』ラブレターか」なのだから、薄々そう感じていたのだ。

「それに、ラブレターを用意したのに一緒に帰るのはおかしいだろう?」

「まあ、確かに……」

「彼女の狙いは友也君。今日一緒に帰ろうとしたものの、君がいたから帰ったんだ」


 次に一ノ瀬琴音について。

「俺と隣の席が嬉しかった女の子」

「それも、正確には間違いだ」

 奏太が虚ろな瞳になっていく。お前がやれといったんだけどなぁ。

「彼女は、最近視力が落ちたんだ。だから、単純に前の席が嬉しかった」

「最近、優しい表情になったのは?」

 目をすがめなくて良くなったからだろうね。


「最後に双葉栞についてだが」

「彼女がラブレターの主なのか?」

「消去法的にそうなる」

 あと、もうひとつ理由があるが……。私が口ごもっていると、頬を引っ張ってきた。

「なんだよ。言えよ」

「古典の先生が言っていたのは『漬物』ではなく『付け文』だったんじゃないかなぁ」

「つけぶみ?」

 付け文とは、ラブレターの古風な言い方である。古典の先生は、ご老人だ。双葉栞から相談を受けて、そういった言い方をしてもおかしくはない……気がする。これはあまり自信が無い。

「なるほど、要するに双葉栞がラブレターの主なんだな」

「恐らくね」

 そう二人で話していると、突然にインターホンが鳴った。

「!?」

「奏太~!双葉さん?が来てるわよ!!」

 下からお母上の声が聞こえる。一人と一匹で飛び上がった。

 件のご令嬢である。

「どうする!?どうする!」

 奏太がパニックになって回り出した。ハムスターか、君は。

 私は彼の手に噛みついた。けっこう痛いはずだ!

「落ち着け!下僕」

「痛い!本当に痛い」

 ヒリヒリした手を押さえているうちに奏太は落ち着いた。

「いいか、奏太お前はいい男だ」

 ハムスターである私の世話をお母さんに丸投げしていない、しかもお小遣いから世話代を出している。

「だから、大丈夫」

「お、おう」

 少しずつ、ましな顔になってきた。奏太が部屋を出る直前、声をかける。

「あと、彼女はハムスターが好きなんだろ。私の話をすればいい」

「それは……やめとく!!」

 奏太は、笑ってラブレターの少女のもとへと向かっていった。


 さて、彼と双葉栞がどうなったかについては、ここでは割愛させていただく。

 下僕にもプライバシーとやらがあるらしいから。

 ただ、私がおいしいどらいふるーつを食べられたことは明記しておく。

 この事件の顛末で一番大事なところだろうからね。

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ハムス探偵と謎のラブレター 渡 亜衣 @watasi-ai

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