第33話【隠れた才能】
玉井の挑発に乗った池辺は再びコートに戻る。
突如として始まった1on1。
玉井は橘高校バスケ部で2年にしてレギュラーを勝ち取るほどの実力者だ。
まずは池辺がディフェンス。
ボールを保持する玉井は、姿勢を低くした高速ドリブルを繰り出した。相手の視線や身体の軸を観察し、逆をついて瞬時に抜き去るのが彼の十八番だ。
ただ、玉井はなかなか攻撃を仕掛けられずにいた。
「ねぇ、アレなにしてるの?なんで玉井の奴、ずっとドリブルしたまま動かないのよ」
野次馬に駆けつけた女子生徒が、バスケ部の部員に解説を求める。すると、部員の男は苦い表情をしながら状況を説明し始めた。
「動かないんじゃない、動けないんだ。彼は玉井の考えや動きを全て先読みして行動してる。だから玉井に振り切られることもない。それでいてあの優れた体幹、身体の軸もブレてない」
「へぇ〜。あの相手の人、そんなに上手いんだ」
「あぁ、上手いなんてものじゃない。残念だけど、今から入部してもすぐにレギュラーの座を勝ち取れるだろうね。それくらい、彼はバスケのポテンシャルに溢れてるよ」
ドリブルを続ける時間が増えるにつれ、玉井の焦燥感は高まっていく。
周囲の観衆の目もある。大口を叩いたからには、そろそろ勝負を仕掛けなければならない。
(コイツ、対峙して分かるが本当に入り込む隙がない。こうなったらトップスピードで走り抜けて強引にでも……)
玉井は痺れを切らし、冷静さを欠いた判断を下した。ただ素早く右に切り替えしただけの単調な攻撃は、完全に見切られていた。
即座に反応して飛び出した池辺の腕。
弾むボールを弾き、リバウンドしたボールは瞬時に身体を入れた彼の手中に。彼は容易くやってのけたが、玉井も相当な実力者だ。並の反射神経でできる芸当ではない。
「次は、俺が攻めでいいんだよな?」
指の上でクルクルとボールを回す池辺。
返事はない。ガクッと膝をついて落ち込む玉井の耳には、彼の言葉は届いていないかった。
挫折した後輩のために3年のバスケ部員達がコートに割り込むと、すっかり崩れた玉井に肩を貸す。
玉井は悔しさに涙を流し、先輩部員の胸に顔を埋めるのだった。
「悪いな、池辺くん。コイツも、悪気があってこんなことした訳じゃないと思うんだ。約束通り金は払う。コイツの無礼は、許してやってくれねえか?」
「いや、俺の方こそ出過ぎた真似をすいません。久しぶりにバスケができて楽しかったです」
こうして、当初より遥かに多額の賞金を受け取った池辺。クラスメイトに肩を組まれ、彼らは次なる戦場を目指すべく体育館を後にした。
ここにも1人、自身の隠れた才能を活かして挑戦を臨もうとする生徒がいた。
「それでは陽野 優美ちゃんの挑戦いっちゃいましょう!暫定1位は93.62点!今回の挑戦者は、この記録を超えることができるのか〜!」
マイクをもった司会の声が、広場に響き渡る。
中庭のど真ん中で開催されているのは、合唱部が主催するカラオケ大会だった。ここでは橘高校ののど自慢たちが、己の歌唱力を競い合う。
このブースは少し特殊で、その場ですぐにリターンがある訳ではない。
挑戦料を支払って歌いきり、文化祭終了時に得点が全挑戦者の中で5位以内に入っていれば、順位に応じた金額が返ってくる仕組みだ。
1位の賞金はなんと大盤振る舞いの3万円。
下位から一気に捲り上げることができる、例年の名物企画だ。男女に先輩後輩、運動部や文化部問わず、あらゆる属性の生徒が毎年マイクを握って壇上に上がる。
陽野の雄姿を見届けようとついてきたクラスメイト達。彼らは観客席から、ステージに立ってマイクを握る彼女を見守るのだった。
「おい、アイツってそんなに歌上手いのかよ?俺は全く知らないんだけどよ」
「あれ、酒井ってまだ優美ちゃんとカラオケ行ったことないんだ?ビビるよ、マジで」
「へぇ~?アイツが?俺には全然そうは見えねえかどな」
酒井はにわかに信じられなかった。
クラスでの陽野の印象と言えば、常に元気印で名前の通り太陽のような存在。
確かに声量はあるし声質もよく通るが、どうにも歌のイメージとは結びつかなかった。
「それでは歌っていただきましょう!山本夏美で、『夕桜お八』です!どうぞ!」
合唱部の司会が読み上げたのは、まだ陽野が産まれてすらいない時代に発表された、日本を代表する演歌歌手『山本夏美』の代表曲だった。
今までの挑戦者とは一味違う選曲に、現場は歓声に包まれる。特に中高年の教師陣の視線を、一気に釘付けにした。
予想の斜め上を超えた選曲に目を丸くする酒井。
「演歌だあ!?アイツ、もしかしてウケ狙いに走ったのか?」
「まさか、いいから黙って聴いてなって。93点なんて簡単に超えちゃうんだから」
陽野の友人に窘められた酒井は、言われた通り成り行きを見届けることにした。
和風な伴奏が流れると、陽野は大きく息を吸い込んで深呼吸する。
大量のオーディエンスが耳を傾ける中、彼女は完璧な歌いだしを披露してみせた。
普段の快活な彼女の声とはまるで別人だ。
大人っぽくツヤがあり、それでいて力強い。しっとりと伸びやかな歌声は、曲の世界観を上手くマッチしている。
「す……スゲェ……」
「だから言ったじゃん、凄いんだからあの子。まあ勉強はできないけどね」
観客を味方につけた堂々とした歌いぶりに、酒井は圧倒された。腰を抜かしている彼を横目に、陽野の友人は鼻高々といった様子だ。
中庭を飲み込んで、あっという間に自身のコンサート会場にしてしまった陽野。
そこにいた誰もが皆、例に漏れず魅せられて虜になっていた。
そうして彼女が最後の歌詞を歌いきった時には、割れるような拍手が彼女を歓迎した。
あとは、機械の判定を待つのみだ。
「さぁ~出ました!ただいまの得点は……」
モニターに映ったカラオケ採点の五角形のグラフが歌唱力を表示する。各頂点に向かってグラフはどんどんと伸びて色づいていく。
そして遂に、大袈裟な効果音とともに陽野の得点がデカデカと表示された。
「なんと!97.87点です!これは凄い、とんでもない高得点だあ!」
司会の男が叫ぶと、観客たちも大きく湧いた。会場が揺れるような大盛り上がり。
2位に4点以上もの大差をつけて、陽野が暫定1位に躍り出た。
この時にはすっかりいつものお調子者の陽野優美に戻っていた彼女。観客席に付き添っていた友人を見つけると、胸に勢いよく飛び込んだ。
「ねえ、凄くない!? 97点なんて初めて取ったし!ウチってやっぱり天才かもしれない、ねえどう思う!?」
「うん、あたしも優美ちゃん天才だと思うよ。音楽の世界とか目指しなよ!」
「ヘヘッ、そう言われるとウチも照れちゃうなぁ」
自分の頭を撫でて恥ずかしがる彼女の顔は、すっかり紅潮していた。
熱い抱擁を交わす陽野と友人の横で、居づらそうに佇む酒井。恥ずかしながらも、一応彼なりに称賛の言葉を贈る。
「お前にそんな特技あるなんてな。まあ、上手かったんじゃねえの?」
「あれ、酒井じゃん。聴いてくれてたんだ」
「気づいてなかったのかよ。お前の友達に連れられてよ、全部聴いてたぜ」
「ありがとありがと。酒井もなんか挑戦してきなよ、ウチが見守っていてやるから」
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