第30話【たこ焼きと邂逅】
校庭に聳える巨大な時計台。針が9時になったことを示すと、橘高校の生徒会長が宣誓を始める。
ハキハキと力強い声が、マイクを伝って響き渡る。
しっかりと任務を全うすると、深い一礼。
すると、歓声と拍手が喝采。同時に教師たちが一斉に空砲を撃ち鳴らし、吹奏楽部のド派手な演奏と共に、第32回橘高校文化祭が幕を開けた。
9時から一般開放される為、周辺の中高生や、中には大学生まで駆けつける。他に親世代の地域住民も毎年多く訪れ、盛り上がりを見せる。
例に漏れず、今年も正門から雪崩のように人の波が流れてきた。外部からの来訪数は圧倒的に1日目が多い。ここを制したものが、高確率で最優秀クラスとなる。
「たこ焼き〜タピオカ〜!美味いぞ美味いぞ!」
夏休み中に作った、『たこ焼き+タピオカ=タピ焼き』と書かれた大旗を振り回し、酒井が声を張り上げて集客する。
当初は拗ねて教室をいの一番に飛び出していったが、総一郎が材料を揃えたと聞くや否や誰よりも燃え始めた。なんとも単純な男だ。
もちろん酒井の頑張りは評価されるべきだが、1組のブースに並ぶ大半の目的は別にある。
客寄せパンダ役として店前に立っている蓮香だ。
今でこそ総一郎をはじめ1組の皆のおかげで休まず登校するようになったが、1年時は姿を見せるのは稀だった。
故に彼女は、滅多に目撃できない美女として伝説になっていたのだ。
今も1組以外との交友関係を完全にシャットアウト(池辺や前田をはじめ、クラス全員で蓮香に近寄る悪い虫を阻止)している為、この機会にひと目見ようと並んでいるのだ。
当の本人は涌井ブーストになんの関心もない。蓮香目当てで来た男たちを適当にあしらい、依然として表情を変えずにクールに佇む。
「涌井さん!ずっと前から好きです!付き合ってください!」
「はぁ……どうも。でも今は好きな人いるから」
「えぇ〜。彼氏いるんすか」
「いや、彼氏じゃないけど」
こんな感じの会話が繰り返される。
蓮香目当てで並ぶのが大半で、練習を重ねて臨んだ他のクラスメイト達からすれば面白くない展開だった。
場の空気の悪さを感じる蓮香。やるせない気持ちで呼び込みを続けていたが、徐々に調理側の練習の成果が実を結びはじめた。
「ん!?ここのたこ焼き美味くないか!?」
「分かる。しそポン酢もめっちゃ美味いぞ。お前のソースと1個交換してくれ」
たこ焼きを口にした生徒たちが、口々に褒める声が聞こえる。価格設定は6個で300円。蓮香目当てで並んだ生徒たちから口コミが広がり、1組の待機列は更に長蛇のものとなった。
対して、隣の7組は出足はサッパリだ。ベビーカステラを売っているようだが、客引きは酒井や池辺らの活気に完全に飲まれている。
「よしよし、とりあえず7組にはウチらが圧勝ね」
偵察に出かけていた陽野が戻ってきて持ち場に着いた。タピオカの方も、たこ焼きほどではないが順調に売れてきている。
帰ってきた陽野に、たこ焼き職人と化していた総一郎が近況を訊ねる。
「間もなく開始30分ってところか。そういえば7組の連中、随分と騒がしそうにしているが何かあったのか?」
「あぁ、アレね。文化祭のことは全部、皆藤先生が決めてたみたいなんだけど、肝心の先生が不在だから指揮系統が崩壊。本当、笑っちゃう。誰の文化祭だよってね」
「へぇ、なんで先生はいないんだ?」
「なんでも、誰もいない美術室で奇声をあげて暴れてたってよ。ドアは倒れてるわ、机も椅子もめっちゃくちゃ。おまけに喫煙まで見つかって、しばらくは謹慎なんだって」
総一郎は、心の中でほくそ笑んだ。傲慢なあの女に相応しい惨めな最期だ。せっかくの橘高祭をグチャグチャにされた7組の連中には同情する。
「んで、いま1番売ってるのはどこのクラスなんだ?」
総一郎が問いかけると、2人の背後からニュッと生えて出てきたように前田が現れて答える。
「フフン、財津くん。それはこの僕がお答えしましょう。ざっと見た感じ、我々は現在4位というところですよ」
饒舌に前田が状況を分析する。というのも、前田の料理の腕は最後まで上がることはなかったのだ。そこで諜報員を申し出た前田は、各クラスの売れ行きや客の流れを報せる役目に徹することとなった。
この諜報活動が果たして必要かどうか議論するのは野暮だ。
「ちなみに今1番売っているのはどこのクラスだ?」
「最終的には利益で競うからね、売上で比べても原価が高ければ順位は変動するから何とも言えないけれども、現状は3年4組。野球部の元キャプテンや生徒会長がいる、非常に気合いの入ったクラスだよ」
「なるほど。イケメン喫茶みたいな感じのことをしてたクラスだな」
「フフン、1組にもこの前田光というイケメンがいることをお忘れなく。ご希望なら売り子としてレディたちを虜に……」
「いや、情報を集めてきてくれ。頼む」
前田のありがた迷惑な提案をキッパリ断り、売り子前田を阻止。
そして前田の気分を落とさないように、横から陽野が欠かさずフォロー。
「前田の分析があるからこそ、ウチら今こんなに上手くいってんだから!た、確かに売り子の前田も魅力的だけどさ、今は情報の伝達を……」
「陽野さんがそこまで言うなら、僕だって期待に応えるしかないだろう。さあ、この前田光が愛する1組を最優秀賞へと導いてやろうではないか!フッ、フハハハ」
気味の悪い笑い声で周りの注意を集めると、いかにも運動神経が悪そうな走り方で前田は何処かへと消えた。クラスメイト達は安堵のひと息。
開始から2時間が経過。お昼を迎え、たこ焼きを売る1組としては勝負に入る。
朝から猛烈に声を張っていた池辺と酒井、そして無表情で看板を持っているだけにもかかわらず熱狂的なファンを生む蓮花が一旦下がる。
「次は私が焼くわ。皆なにか食べてきていいわよ」
頭を黒いタオルで巻いて前髪を隠しこれまた真っ黒のエプロンに身を包んだ、気合いの入りまくった蓮花が調理場に乗り込んできた。普段とのあまりのギャップに思わず開いた口が塞がらないクラスメイト達。
「た、たこ焼き焼く涌井さん、めっちゃカッコいいぞ」
「俺、てっきりタピオカの方にいくと思ってたぜ。しかもめっちゃ手際良いし。料理まで完璧かよ、なんなんだあの人……」
1人でチャキチャキとたこ焼きを焼きまくる蓮花の姿を見て、クラスメイト達が囁き声で噂する。この数カ月で、彼女に対する印象はガラリと変わっただろう。
誰とも関わりを持とうとしなかった1匹狼の彼女が、なんと今ではクラスの為にたこ焼きを焼きまくっているではないか。
そして売り子役として抜擢されたのは陽野・瑞樹ペアと総一郎だった。
「アンタ、声出しサボったらぶっ飛ばすわよ」
総一郎に向かって、調理場から蓮花の檄が飛ぶ。
池辺と酒井が抜けている今、盛り上げ役となるのは総一郎と陽野しかいない。
「なんだアイツ……さっきは突っ立ってただけのクセに偉そうだな」
蓮花への愚痴を漏らし、それを瑞樹たちがまあまあと宥める。
そんな中、列に並んでいた1人の客が総一郎に声をかけるのだった。
「よっ、久しぶり。じゃあ、あたしの為にたこ焼き焼いて貰っちゃおうかな」
親し気に話しかけてきたのは、蓮花と並んで橘高校の二大巨頭などと称されている美女、3年の秋月 楓だった。
当然、この2人に接点があるなどと思いもしなかった1組連中の視線は総一郎に突き刺さる。総一郎はいたたまれない様子で顔を紅潮させていく。
「お前、なにしに来たんだよ」
「え~?美味しそうなたこ焼きがあると思って並んでたら君がいるんだもん、お姉さんビックリしちゃった~」
「白々しい……分かりきった嘘を」
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