第12戦【楽しい方を選べば?】
「あっ、気が付いたかな?」
艶めかしい女性の声が総一郎を起こす。
見渡すも知らない空間。頭には柔らかい感触。
察しがついた総一郎は、飛び起きてその場を離れた。
「どこだ、ここは……!」
「あたしのバイト先のコンビニのバックヤードだよ。それより、そんなにあたしの膝枕が気持ち良かったのかな?ぐっすりだったねえ」
「ちっ、違う!俺はただ疲れが溜まっていただけだ。別に石の上でも変わらん!」
「強がりさんだねぇ。ほら、この顔見てみなよ」
そう言って、楓は自身のスマホを近づけてきた。なにが映っているのかと総一郎が恐る恐る覗き込むと、そこには盗撮された総一郎の寝顔がバッチリ収められていた。
「あんた、いい加減に……!」
「いいじゃん、可愛いじゃん!」
楓のスマホの奪い合いで揉み合いになる2人。寝起きの総一郎にはそこまでムキになる体力もなく、楓に軍配が上がる。
そして一拍置いた後、今までは揶揄ってばかりだった彼女が急に険しい表情になって、話を切り出した。
「今日は相談乗ってくれてありがとうね。でも、次はあたしが君の話を聞く番だから。本当は沢山抱え込んでいるんでしょ?」
図星だった。総一郎は、自身のキャパをとうに超えた量のタスクを自転車操業で凌ぎ続けてきた。それがたまたま今日は決壊しただけで、いつこの状態になってもおかしくなかった。
誰にも悩んでいることは話してこなかった。実の親にさえ。
限界がきている素振りすら見せずに振る舞ってみせていた。楓の言う通り、総一郎は相当な強がりなのかもしれない。
「俺は別になにも」
「あ、嘘だ。ほら、ちゃんと話さないとここから帰してあげないから」
楓はその身体いっぱいに腕を広げて出口を封じる。
強行突破しても良かったが、それはそれで後からどんな目に遭わされるか分かったものではない。観念した総一郎は、初めて自分から他人に悩みを打ち明けた。
「迷ってるんだ。青春を捨てて夢の為に打ち込むか、アイツらと一緒に高校生活を楽しむか」
「夢ってなになに?特別大サービスでお姉さんに教えてみて」
「……配信だよ。配信者として有名になって、皆を楽しませるんだ」
楓は、特に驚いたり笑ったりしなかった。それが総一郎にとっては不思議だったが、それだけ真剣に相談に乗ってくれているのかと勝手に解釈した。
「じゃあゲームとか上手いんだ?」
「まあ、人並みにはできる」
「へえ。観てみたいなあ、君の配信。お姉さんにだけこっそり教えちゃおう」
「駄目だ、それだけはできない。教えないと通さないと言うなら、悪いがアンタを突き飛ばしてでも帰らせてもらう」
恥ずかしいという気持ちもあったが、伝えたくない原因はそこではない。
10万人の登録者という数字は、少なからず影響がある。普通の高校生活が脅かされるのが怖いのだ。
そして、ここで萌依と約束していたことを思い出した。
時間は大幅に遅れている。なんの連絡もしていない。最悪の事態だ。
「悪い。約束があるんだ。また時間のある時にゆっくり相談乗ってくれ」
総一郎が頭を下げると、楓は案外聞き分けが良かった。手で誘導するように道を開けて、総一郎を案内する。
「いいよ~。どうせどっちを優先するかで悩んでるんでしょ?じゃあ、楽しい方を取ればいいよ。今は今しかないからね」
(……楽しい方か)
当初、配信がなによりも楽しく生き甲斐だった総一郎。越してくる前は、高校生活など配信の枷でしかなかった。東京に来てからもそれは変わらないと思っていたが、1組の連中と一緒にいると、それが変わりつつあることに気付いていた。
(今日の学校は間違いなく楽しかった。いつぶりだろう、早く学校に行きたいと思ったのは)
総一郎がそんなことを考えていると、楓が最後にひとつと前置きして口を開く。
「今日からお姉さんが独自に君の配信を調査するから、もし当たってたら必ず白状すること!嘘ついたら針千本飲ますからね」
「クソッ、勝手にしろ。まあアンタが簡単に見つけられるほど有名なら、もっと裕福な暮らしをしているだろうな」
今や配信活動をしている者などごまんといる。確かに10万人は凄い数字だが、母体で見た時にはたかが10万人だ。同じゲームを遊ん等でいる等、限定的な条件でなければまず『筑前煮キング』には辿り着かない。
(そういえば……アイツはゲームするのか?それだけでも聞いておけばよかった。情けない、急に不安になってきたぜ)
萌依との当初の約束より2時間遅れ。通話に入って開口一番、総一郎は誠心誠意の謝罪を披露した。
「大変申し訳ございませんでした!1時間ほど気を失っておりました……」
「フフッ、いいですよ。こういう仕事していると、体調悪くなりがちですよね」
萌依は笑って許してくれた。まずはひと安心と胸を撫で下ろす。
だが、いつもは総一郎に甘い視聴者が、今日ばかりは怒りを露わにしていた。自分より数字を持っている相手とのコラボに無断で遅刻するのは何事だと、コメント欄がヒートアップしていたのだ。
色んな配信者の方とコラボをすることで幅広い視聴者層を獲得できたと同時に、こういった総一郎のだらしなさを許せない人たちも一定数存在する。
「視聴者のみんな、明日は重大発表があるから楽しみに待っておくんだよ」
萌依が自身の視聴者に呼びかけた。
明日はいよいよSTREAMERカップのチームメンバー発表が解禁される日だ。
連日のように萌依と配信している総一郎に関しては、視聴者のほとんどが勘付いているだろうが。
(もうそんな時期か。結局、期末テストも配信もどっちつかずのままズルズル来ちまったが、果たして乗り切れるか……?)
なにを今さらと自分でも思ったが、配信を成功させないといけないという気持ちと、赤点を取ってクラスの皆に迷惑をかけられないという両方が、総一郎へ重圧となってのしかかる。
(いや、まさか。配信をするために東京まで来たのに、テスト勉強をする為に断るなんてそんなバカな)
総一郎は一瞬頭に過った考えをすぐに払拭して、自分の愚かさを笑った。
空元気で総一郎は深夜まで配信をやり過ごし、目覚ましをかけて布団に飛び込んだ。
「流石に1日必死に勉強しただけじゃ補いきれないか……」
期末テストまで1週間を切った。
総一郎は返却された真っ赤な小テストを見てぼやいた。
他のクラスの皆に比べて圧倒的に勉強量が足りていないのは確かだ。だが、今日はチームメンバー発表の日。18時から確実に配信をしないといけない。つまり、放課後の勉強会には残れない。
チラッと横目で瑞樹の点数を確認すると、当然のように満点を取っていた。だが、彼女の顔は浮かない。表情豊かな方ではない彼女だが、特段険しい顔をしている。
「満点でも不満か?なんでそんな顔してんだよ」
「いいえ、昨日のキング様の配信が少し荒れていたのがツラいだけです」
ドキッとした。確かに昨日は寝坊の件でコメント欄は攻撃的な言葉で溢れた。全てに目を通すと気が滅入ってしまう程の暴力。萌依の熱狂的なファンから寄せられたものだろう。
「ああ、アンタが好きな配信者か。炎上したのか?」
「ええ、まあ少し。有名なグラビアモデルの女性とのコラボだったのですが、キング様が寝坊したので。その女性のファンからかなり酷い暴言が……」
「ま、まあ疲れてたんだろ。暴言は勿論ダメだが、遅刻は擁護できないな」
内心ビクビクしながら総一郎はシラを切りとおす。
すると瑞樹は頷いたが、まだ不満気な表情をして小さく呟いた。
「最近のキング様は、なにか配信が楽しそうじゃないんです。登録者を増やす為にコラボが必要なのは分かりますが、1人の時ほどイキイキしていないというか。なにか義務感でやっているような気がして……」
目から鱗のような意見だった。近頃の俺の配信は、視聴者にそう映っていたのか。
言われてみれば、瑞樹の言う通りだった。
STREAMERカップに出れるのは嬉しい。大手の配信者とコラボできるのも嬉しい。でもそれは、自分が目指していた配信のスタイルではない。
「す、すいません。財津くんにこんなこと喋ってしまって」
「いや、構わない。なんだその、アンタが『筑前煮キング』って配信者のことがいかに好きかってことが伝わってきたよ」
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