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 あれから、まりちゃんのケータイにも志朗さんから連絡があったらしい。箱が無事に妹尾さんのところに届いたって聞いて、まりちゃんはすごく喜んでいた。

 まりちゃんは、ママのことは何も言わなかった。いつか何か話したくなったらでいいと思って、私からも何も言っていない。

 その年、夏休みはまりちゃんのお見舞いに通って終わった。

 毎日来なくていいんだよってまりちゃんは言ったけど、まりちゃんのパパはまだ遠くの街にいて、あまりお見舞いに来られない。代わりに私の家でまりちゃんの服を洗濯したり、必要なものを買って届けたりすることになったので、なんだかんだ毎日まりちゃんに会った。

 まりちゃんが病室の外を歩くのを手伝ったりもした。ピアノを習ってた頃から思っていたけど、まりちゃんはすごく耳がいい。私や看護師さんの足音を聞き分けて、こっちが何も言わなくても「あおいちゃん」と呼んでくれる。テーブルに置いたコップの位置なんかも、音でだんだんわかるようになってきたみたいで、すごいなと思った。

 いっしょに環さんのお見舞いにも行った。環さんは大けがしてるのにシャキッとしていて、ベッドの上で小さいダンベルを上げ下げしたりしている。

 一度だけ志朗さんとはちあわせた。(そういえば具合悪そうじゃない志朗さんって、会ったことなかったな)って、私はこのとき初めて気がついた。ちゃんと見ると背が高くて優しそうな顔をした人で、笑い方がまりちゃんに似てると思った。なんだかふわふわしてるのだ。

 環さんと志朗さんは年が近いらしい。二人がしゃべっていると、環さんの口調がどんどんラフになる、というか訛る。

「環さん、車避けたって? ほんま全方位にスペック高いよね」

「はいはい、よみごの才能以外のスペックね」

「言うとらんって! 絡むなぁ」

「志朗くんが言うと嫌味っぽいけぇ」

 環さんこんな話し方するんだな、と思って楽しかった。


 夏がどんどん過ぎていった。

「花火大会が終わると、夏休みがあとちょっとになっちゃったな〜って感じするよね」

 ある日の夕方、まりちゃんが言った。

 私たちは病棟の談話室にいた。窓の外で花火が上がり、遠くからドン、と音がする。去年は同じクラスの子たちといっしょに夏祭りに行ったな、と思い出した。

 今年、まりちゃんはまだ病院だ。私もまりちゃんも、まりちゃんが退院したらすぐにお別れなんだってことが、ちゃんとわかっていた。まりちゃんは入院中に長かった髪をばっさり切って、ボブカットになっていた。

「あおいちゃん、いっしょにいてくれてありがとう」

 突然まりちゃんが言った。

「なに? 急だなぁ」

 びっくりしたけどうれしかった。「私こそありがとう」と返すと、まりちゃんはふわふわ笑った。

「あおいちゃん。あのね、あの箱、なんだかんだで志朗さんのとこに行くんだって」

 花火が見えるみたいに窓の方を向いて、まりちゃんが話しだした。

「志朗さんは環さんや妹尾さんがいるところとは別の街に住んでるんだけど、あの中の呪いとあいちゃんの区別がつくの、今のところ志朗さんしかいないからって。今妹尾さんがお札とかでぐるぐる巻きにしてて、志朗さんが持ってても大丈夫なくらいにしてるみたい。志朗さんはいやそうだけどね」

「そうなんだ」

 いつの間にそんな話、だれとしたんだろうと思った。まりちゃんは続ける。

「しばらくは箱から出てこないようにそうやって封をして、呪いとあいちゃんが戦ってふたつとも弱るのを待つんだって。お札とか足しながらね。でさ、それ志朗さんひとりだと大変だから、お札貼ったりするのはわたしが手伝うことになったの」

「もしかしてまりちゃん、よみごさんになるの?」

 驚いて尋ねると、まりちゃんはへへ、と照れたみたいに笑った。

「実は、パパや環さんとかと相談してたんだ。わたし目が見えなくなったし、なれるんじゃないかなって……あっでも、別にあおいちゃんのためじゃないからね? あいちゃんのことはやっぱり気になるし、志朗さんが住んでる街からだったらパパも電車で通勤できるし」

 まりちゃんは指を折りながら、うれしそうに話す。

「……それに前、『妹尾さんすごい』って志朗さんが言ってたじゃん。わたし、将来お金かせげる仕事したいんだ。それで大きくって防音ばっちりのおうち買って、グランドピアノを置くの!」

 そう言って、まりちゃんはふわふわ笑ってた。前みたいにかわいくって、でも私が思ってたより、ずっと強いんだなってわかった。

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