第6場 面影
その後、俺と今上は屋上から屋内へと退避した。
屋上から昇降口へと向かう最中にちらっと窓の外を見ると、雨音が先ほどよりも強くなった気がする。そんな強い雨音を誤魔化すようにして、今上は上ずった声で言った。
「と、とりあえず、赤洲くんの妹さんが亡くなった場所へと連れて行ってくれないかな?」
「それはそうだが、さっきの——」
「それ以上はいわないでっ!?」
「……」
どうやら今上は、自分の魔法が失敗したという事実を受け止めたくないらしい。
いや、そもそも今上が魔法で何をしたかったのかわからない。だからこそ、何が失敗だったのかわからない。そんな何が成功で失敗か認識できていない俺に対して誤魔化そうとする意味はあまりない気がする。しかし、今上の魔法使いとしてのプライドが邪魔をするのかもしれない。
そんなことを考えていると、たれ目をキッと細めた今上は、幼い子供のように少しむくれた。
「一応説明しておくけど、失敗じゃないからねっ!あれは……そう、ただ魔力が——って、なんでそんな『あ、かわいそうなやつだな』みたいな目を私に向けるの!?」
今上は頬を赤く染めて、俺へと抗議の声を上げた。若干潤んだ瞳は、冤罪で死刑を宣告された死刑囚のように切実に何かを訴えかけているようだ。そんな真剣な眼差しとは反対に、今上の小さな右手は、そわそわと開いては閉じてを繰り返しているから、滑稽だ。
そんな緊張しているのか、ふざけているのか分からない今上の姿を見たからかもしれない。
「悪い。別に今上を馬鹿にしていたわけではない」
「……ほんとに、私は魔法使いなんだからね?」
「そんなに念を押さなくても、すでに疑っていないから安心しろ。急に目の前が発光したかと思ったら、天候が崩れるなんていうトリック見せられたんだ。俺としては犯人を見つけてくれさえすれば、今上が『本当に』魔法使いかどうかは些細なことだ。だから俺の家に来てくれないか?」
「興味ないみたいなこと言われると、それはそれで傷つくのだけど!?……というか、さらっと自宅に連れ込もうとした!?」
「今上が傷つこうが、俺には関係ない。それに何を想像して、顔を赤らめているのか知らないが、お前を襲うようなこと天地がひっくり返ってもないから、安心しろ。藍香の最後は自室だ」
「そ、そう……妹さんの最後は自宅だったの」と今上は申し訳なさそうに呟いた後、重い空気を誤魔化すように「赤洲くんって、絶対にモテないでしょ?」と言った。俺は即座に「惚れた腫れただの、そんなくそどうでもいいことで俺は人生を無駄にするつもりはない」と答えた。
「うわ。クールな男でも気取っているの?こじらせ男子ってやつ?」
たれ目をさきほどのように若干細めて、今上はやけに棘のある言葉を言った。
今上がどんな解答を俺に求めていたのかは定かではない。しかしながら、今上の俺へと向ける汚物を見るような視線は、俺の解答が赤点だということは物語っていた。
「まあ、赤洲くんが気の利かない人だってことはこの際目をつむるね」
「ああ、そうしてくれ」
「赤洲くんは、いちいち茶々をいれないといけない病気にでも罹っているのかな」
「……」
「うん、そう。私に従っていればいいの」
そう言って、今上は俺を置いて行くようにして、昇降口へと階段を下りていく。
今にでもスキップをし始めそうな今上は、キュキュと真新しい上履きが廊下に擦れる音を弾ませた。俺は今上の少し後ろを追いかけるようにして階段を下り続けた。
一見、ふわふわとした外見だが、実は意外にもとげとげしい言葉を口にする性格。
可愛い顔をコロコロと変える表情。
前を歩く今上が本当に信用に値する人間かどうかは分からない。
しかし、これだけは言える。
今上麻白という女は——強気で、根に持つタイプのようだ。
一瞬、藍香の後姿と重なった気がした。
その面影を打ち消したくて、言葉を絞った。
「おい、今上!意気揚々と校舎を出ようと下駄箱に向かうのはいいが、とりあえず、おそらく教室に置いてあると思われるカバンはどうするつもりだ?それとも、手ぶらで下校するほど急いでいるのか?」
「……」
今上は黙って、今通り過ぎた教室へと身体の向きを変えた。
わずかに耳が赤く染まっている気がしたが、深く言及するなと、くりっとした目を細めて俺の横を通り過ぎた。
……本当に、こいつを信頼してもよいのだろうかと、不安が押し寄せてくる。
そういえば、なぜ今上は屋上にいたのだろうか。
それに、あの時誰と話していたのだろうか。
いくつかの疑問が頭の片隅に残った。
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