乳酸菌の日


 ~ 六月二十三日(木) 乳酸菌の日 ~

 ※鯨飲馬食げいいんばしょく

  むちゃくちゃ飲み食いする事




 課題。

 というか。


 学生の本分。


 若狭湾から戻って来た六時間目。

 せめて最後の授業を真面目に受けようと席に着いた途端。


「遅刻だ。立っとれ」


 連日これでは。

 成績も下がって当然。


 しかも今日は。

 部活にも顔を出す約束をしているから。


「ちょっと、勉強頑張らないと……」


 そろそろ、お尻に火が付きだしたと。

 焦る気持ちが体を突き動かす。


 俺は、手早く部活を終えるために。

 集合場所になっている酪農部へと向かうのだった。



「こら保坂!!! 勝手にどこへ行こうとしとるんだ貴様は!!!」



 急がなきゃ急がなきゃ。

 早く帰って、晩飯はカップ麺。


 風呂に入ったらすぐに勉強だ。


 それにしても、人が少ないな。

 みんなも居残り勉強してるのかな?


「急がなきゃ……」




 ~´∀`~´∀`~´∀`~




 本日、二年生はそれぞれ用事があって。

 三年生が引率することになった部活探検同好会。


 誰の希望で牛舎の見学になったのかと言えば。


「あたしぃ、この臭いが苦手で……。もう限界ですぅ」

「じゃあこっちか」

「牛さん。大好き……」


 鼻面をぺんぺん触って。

 無表情ながら楽しんでいるのが手に取るようにわかるこいつは。


 栗山くりやまみらいちゃん。


「動物好きだよな、栗山さんは」

「乗れそうなのは、全部好き」

「じゃあ飼ってみたら? 大型犬とか」

「世話が面倒だからムリ」

「さいですか」


 趣味趣向。

 それなり分かってはきたものの。


 未だにこうして。

 地雷を踏み抜くことばかりである。


「じゃあ今日は、牛を愛でる会って感じなのか?」

「……知らない」

「どういうことよ」

「どうなの? かこちゃん」

「え? 小石川さんの希望なの?」


 さっきから、しきりに風向きを探って。

 牛舎の風上十メートルの位置をキープして走り回るのは。


 小石川こいしかわ華瑚かこちゃん。


 そんな状態なのに。

 お前が申し込んだの?


「なにゆえ?」

「だってぇ、一時間の見学コースでソフトクリーム食べれるって聞いたからぁ」

「食い意地っ!!」

「……おいこら。レディーに向かってなんて口ききやがる」

「すません」


 そして、こいつの豹変にもすっかり慣れたが。

 やっぱりこうして年中逆鱗に触れちまう。


 もうこいつらのことは。

 担当に任せよう。


「じゃ、じゃあ二人とも、別々に過ごしましょう……」

「賛成い!」

「名案」

「あたしと立哉君、どっちが付けばいい?」

「舞浜先輩じゃないと嫌ですぅ」

「……保坂先輩とだったら、帰る」


 二人に袖をひかれて困り顔を見せるこいつは。


 いやもとい。

 デレデレしてやがるのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 泣けば華麗な大岡裁きでこの無茶な要求も解決できたのかもしれんが。

 そんな顔されたら、引き裂かれるまで喜んで腕を引っ張られ続けることだろう。


 やれやれそれじゃあしょうがない。

 それぞれがやりたい事を順番に、だな。


「それなら、牛舎の見学は十五分」

「え……。もっと見ていたい……」

「そう言うな。二人で楽しめるんだから、ソフトクリームの方に時間をかければいいだろ?」

「あたし、ソフトクリームはパス」

「めんどくせえっ! あれ? 嫌いだっけ!?」

「大好き。……大好きだから遠ざけなきゃいけないもの、なーんだ?」

「答え教えながら問題出すなよ」


 二の腕をさする栗山さんは。

 どうやらダイエット中らしい。


「だったらお前ら、半分楽しんで半分拷問ってのを交互に体験しようと思ったのか?」

「あたしはぁ。舞浜先輩と一時間おしゃべりしながらソフトクリーム食べれるかなって」

「あたしは舞浜先輩と一時間、牛さんを見ていたかった」

「ああもう! 今回企画立てたのは小石川さんだから、そっちを優先で!」

「なんて横暴な」

「てめえ! みらいが可哀そうだろうが!」

「少なくとも小石川さんに怒鳴られるのはおかしいよな!?」


 不条理すぎる!

 でも、担当者もデレデレしっぱなしで役に立たねえし……。


 いや。


 ここは矛先をこいつに向けさせよう。


「おい秋乃。お前がどっちにしたいか即決しろ」

「え?」

「牛とソフトクリーム。どっちを取る」

「じゃあ……。べこで……」

「おや意外。でも決定」


 悔しがる小石川さんには悪いが。

 ようやく騒ぎが収まったな。


 今日は栗山さんが満足するまで。

 牛舎で牛見学。


 でも。


「秋乃ならソフトクリーム取るって思ったんだけど」

「愛するがゆえに、我が子を千尋の谷へ突き落す生き物ってなーんだ?」

「おまえもかい」


 まあ、確かにここんとこ。

 顔立ちが丸くなり始めたような気もするけど。


 もともとプロポーション抜群なんだ。

 ちょっとくらい弱点作らないと女子一同から嘆願書が届くぞ?


 大量の月餅と共に。


「あのなあ。秋乃の場合、毎日しっかり運動してるんだから気にしないでいいんだよ」

「そんな悪魔のささやきには動じない……」

「大丈夫だってちょっとくらい顔が丸くなったって。そもそも十分細いんだから」

「顔まで丸くなってる!?」

「司馬仲達だって引っかかるわそんなトラップ!」


 なんたる孔明の罠!

 そして丸くなった気がしてた訳も今分かったわ!


 ここのところ、そうやって膨れてる状態をよく見るようになったせいだこれ。


 逆に言えば……。


「ああ、すまん。俺が怒らせてばっかだからな」

「ストレス太り?」

「そうかも。思い当たるところを何でも言ったんさい」

「うん……。今日の特盛りカニチャーハン、美味しくできたのに。食べてくれなかったから、怒ってたかも」

「俺、何時に帰って来たと思ってるの?」


 ああいかん。

 こうやって突っ込むからいかんのだ。


 作った御飯を食べてくれない悲しさ。

 料理作り始めの頃はホントにつらいんだ。


「いや、そうだな。冷めちゃってても、ちゃんと有難く食うから」

「もう無いよ……?」

「うわ、捨てちまったのか? それは、辛いことさせて済まなかった……」

「ううん?」

「へ?」


 タッパーに詰めたわけでなく。

 捨ててもいない。


 じゃあ、俺の分の特盛りカニチャーハンとやらは。


「……その、ブラウスを前方に押し出している物体は何だ」

「ぽんぽん」

「甘いものどうこうの話じゃねえ!」

「ひうっ!?」


 それだけ食ったら太るの当たり前だ!

 気を使って損したぞこの野郎!


 でも、昼飯を食わなかった俺のせいでもあるわけだし。

 せめて、そうやって時間を作ってくれた分。

 しっかり勉強しねえと。


 彼氏としてというより。

 ものの道理。


 俺は秋乃に感謝の言葉をはっきり伝えるとともに。

 ちゃんと勉強することを心に誓う。


 まずはジョギングの量を減らして。

 三十分は勉強時間を増やして……。


「あのね? 立哉君」

「ん?」

「運動してれば、食べても平気?」

「暴食は論外だが、まあ、そういう事だから。ソフトクリームは我慢せず食いなさい」

「そしたら、三十分多く走るから、しばらく付き合って欲しい……」

「うはははははははははははは!!!」


 ……そうか。

 俺の勉強時間が減った件については。


 こいつのせいだったことを忘れてたよ。


「……明日も、昼飯は任せたから。その間勉強させろ」

「明日の料理は難しいから、ちゃんと見てて欲しかったんだけど……」

「本末転倒なっとる」


 もう、すぐにでも。

 こいつから包丁を取り上げないと。


 心労で、望んでもいないのに。

 ダイエットできてしまう。

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