えびフライの日
~ 六月二十一日(火)
えびフライの日 ~
※
①言葉や詩文で、深い趣や含蓄があること
②言葉や事象に、裏の意味が隠れていること
数々の課題のうち。
すでにどうでもいいやと思っている件が一つあり。
それは。
「こ……、これも立哉君が小さなころ、お母様が作り方を教えたって……」
「やっぱりまったく覚えがねえ。そもそも、お袋に揚げ物を教えろなんて言うはずはないんだ」
「どうして?」
「お袋が一度だけ揚げ物に挑んだ時、油に引火して大騒ぎになったからな。いまだにあの燃え盛る炎の恐怖と、夕食で初めて牛丼屋に連れて行ってもらえてテンション爆あがりだったことをはっきりと覚えてる」
「子供って残酷。お母様、泣きそうだったんじゃないのかな」
スフレから始まった、お袋の料理伝道師捏造疑惑も。
これだけ証人席に立つ予定の俺と食い違いを見せているのでは。
立件待ったなし。
ウソなんかついてどうしたいのか。
目的もなにも見えてこないけど。
……まあ、なんにせよ。
一つ片付いたところで。
本日発生した。
課題をこなすことにしようか。
「そ、そんなにソワソワしてなくても、大丈夫……」
「とは言ってもね。なんでそんな大量に揚げ物作ることになったの」
俺が見つめる先。
無表情で大量の小麦粉を水に溶くこいつは。
もはや、こいつの周りで何が起きても動じなくなってきた俺ではあるが。
口は挟みたくなるのが人情と言うもので。
「今日、エビフライするって言ったら、みんな揚げたて食べたいって言うから……」
「人数分のエビ買って来たの!?」
「さ、さすがにそれは予算が……。家庭科の先生に相談して、野菜のてんぷらをセレクトしてみました」
ほう。
貧乏は、他人に知恵を与えるのだな。
有識者に質問して。
御意見をそのまま採用するのは賢いことです。
「でも、みんなに褒められたくて。アレンジ考えてみた……」
「そのまま採用しようよ、そのまま」
一体どんなドッキリアレンジが加わるのか。
いつ何時でもその手を止めることができるよう。
目を皿にしながら考える。
秋乃の行動指針。
誰かに親切にしたい。
それだけだと思っていたんだけど。
褒められたい。
ひょっとして、そっちの気持ちの方が強いのではなかろうか。
「この間、かぼちゃのタネで春姫が褒められてたから……」
「ふむ」
「あたしも揚げ物の衣に、タネを砕いたのを入れてみようかと思います」
なるほど。
有識者二人のアイデアをドッキング。
それなら安心かな?
「それでは、この種を刻みます」
「買ってきたのか。食用?」
「加工業者に貰って来たから、仕入れ値ゼロ」
「おお。SDG’s」
「結構な量だから、頑張って刻まないと……」
「見覚えがあるような無いような。……何のタネ?」
「リンゴ」
「青酸配糖体!!!!!」
微量とは言え、毒だ毒!
ああもう、必ずトラップがあるね、君の隣。
「褒められなかったっぽい……」
「正解です。お前なら分かると思うが、こいつには微量ながらアミグダリンが含まれています」
「なんと……。体内でシアン化物が発生しちゃう……」
真っ青な顔して種を摘まんで見つめていた秋乃だったが。
すっかりしょげて、席に着いちまった。
面倒だなほんとに。
自分で蒔いた種でしょうに。
「ほら。種なしでいいから。一生懸命揚げて褒められなさい」
「…………はい」
「野菜、頑張って刻みなさいよ?」
「刻むんじゃなくて、こう、取る感じ?」
そう言いながら、親指を突き出して。
横にくいっくいっとスライドさせてるけど。
なにそれ。
ダイヤル式カギでも揚げる気?
「……不穏である。手伝おう」
「大丈夫……。取るの、自信ある……」
「取る? ええい、正体を現しなさい」
「じゃじゃーん。もろこし」
「揚げ物界のラスボスきたっ!!!」
素人がやったら即大爆発だ!
絶対ダメだと、衣の入ったボールを確保。
「……ラスボス?」
「レベル1のお袋が、燃え盛る城から這う這うの体で逃げ出してきたトラウマが蘇ります」
「あたしではレベルが足りないと?」
「チュートリアル中にゲームオーバーになるわ」
「すんすん」
ああ、しまった。
また秋乃を泣かせちまった。
でも、今のは俺が悪いのか?
全部こいつが悪いんと違うのか?
……クラス中から飛んでくる罵声の中に。
みんなのためにやろうとしてくれたのに、なんて言葉が混ざっていた。
そう、こいつは底抜けに優しくて。
悪いのは、不器用と世間知らず。
頭ごなしに叱らずに。
ゆっくり教えてやればいい。
でも、さすがにトウモロコシの天ぷらを。
この人数分揚げるには時間がかかる。
今日の所は上手いこと言って。
秋乃には……。
「……お前は、配膳に全力を注げ」
「すんすん。……配膳だけ?」
「料理の大事なパートだ。だけとはなんだ」
「……揚げるのは?」
「実は、ここしばらく料理してなくて。料理したくてたまらなかった俺にやらせろ」
「あたしの仕事を取りたかっただけ? それなら、言い方というものが……」
うぐぐ。
言わせておけば。
だがここは我慢。
「是非、やらせてください」
「今日だけだよ?」
いやだよ明日以降もだよ。
でも、そんな言葉を飲み込むと同時に首肯すると。
すぐに作業に取り掛かる。
、
衣にちょっとでもムラがあったら大爆発する、料理界の嫌われ者。
そもそも、ポップコーンで原理は知ってるはずなのに。
なぜ人類はこいつを油に突っ込みたいと思ったのか。
先人と言う者の中には。
たまにこういうバカがいる。
それにしても。
気を使うな……!
シフォンの金型といい。
ジャガイモの芽といい。
料理をしないから、という言葉だけでは片づけられないと思うんだけど。
それにしたって見事に危険なとこばっかり歩きやがる。
まるで。
お袋みたいだ…………。
「あ」
そうか。
なるほど。
俺は。
気を使ったってことなんだ。
「ど、どうしたの? やっぱりあたしが作ろうか?」
「いやそれはダメ」
「すんすん」
「それより……。お袋に、散々作り方教えろって言ってた理由が分かった」
「ほんとに?」
いままでふさぎ込んでいたくせに。
どうして俺がそうしていたのか、その理由も聞かずに。
我がことのように喜ぶ秋乃。
……こいつが悪いわけじゃない。
全部、危険な料理ばっかり選んで来たのは。
お袋じゃねえか。
あいつが滅茶苦茶するたびに。
俺が止めようとしたんだが。
ダイレクトに止めると可愛そうだったから。
作り方教えろと言って。
二度と作らせないために、俺が年中作っては、お袋に食わせていたんだ。
「……料理、取り上げちゃってごめんな?」
ニコニコ顔で俺を見上げながら。
紙皿を並べる秋乃。
こいつは、お袋の勘違い。
つまり、俺の好物であろうと言われた食い物を。
危険なお袋の作り方の指示通りに作っていただけ。
俺のために。
頑張っていただけ。
「ううん? ……身の丈に合ったところから、始めるから」
「…………そうか」
「配膳は、おしゃれに……。季節感と色合いを素敵に……」
秋乃は。
誰もが振り返るほどの美人だ。
でも俺は。
こいつの心に惚れた。
そう、俺は。
秋乃の、こういうところが好きなんだ。
「うはははははははははははは!!! アジサイの葉っぱ!」
……それはお袋のせいじゃなく。
秋乃印百パーセント。
あっという間に中毒性料理の出来上がり。
そう、俺は。
俺を毎日笑わせてくれる。
そんなところが好き……。
「なわけあるかああああ!!!!」
「すんすん」
だから今日も。
天秤は元の位置に戻るのであった。
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