ペパーミントの日


 ~ 六月二十日(月)

   ペパーミントの日 ~

 ※温厚篤実おんこうとくじつ

  誠実で情に厚い




 学校帰りのルーティーン。

 駅前のスーパーに寄って、買い出しをするのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 こいつの買い物に付き合ったら。

 口を挟むに決まっているから。


 この二週間、俺は買い出しに付き合わず。

 先に帰るようにしていた。


 だが、さすがに。

 金欠になったと聞かされてはこうするよりほかあるまい。


「ほら、こっちのねぎの方が安いだろうが」

「ほんとだ……」

「牛肉なら切り落としで十分」

「なるほど……」


 安く済ませるノウハウを。

 いちいち教えながら練り歩く。


 でも、どうやらこいつの散財は。

 別のところにあるのだと気づいてしまった。


「……秋乃」

「はい?」

「その手に持ったキャビアをどうする気だ?」

「久しぶりに食べてみたくなって……。今日はさい、立哉君が一緒だから平気かなと」

「今、財布って言いかけたよな!?」

「言ってない言ってない」

「じゃあ『さい』ってなによ!?」

「最高予算執行権限所持者」

「意味一緒なのよ」


 秋乃から取り上げた、信じがたい金額の瓶を棚に戻し。

 どうにか無駄遣いさせない方法を考える。


 そうだ、食に対する興味より。

 いかに安く買い物ができたか。

 そこに夢中になるよう洗脳しよう。


「ほら、こいつをごらんなさい」

「シール?」

「美しい黄色に、燃えるような赤い文字というコントラスト」

「おお」

「年齢を重ねると、書かれた数字がどんどん増えていくのも魅力的」

「何枚も上から貼られたシールの年輪が、戦歴を表しているかのよう……」

「でも、そんなベテラン兵の方が金額が安いという不思議」

「ほんとだ」

「そして他の人に買われると無くなってしまうのだ」

「今すぐ買わなくちゃ!」


 よしちょろい。

 洗脳完了。


 そして秋乃は。

 でかでかと特売の張り紙がされた冷凍ケースに飛びついたんだけど……。


「こら。引っ掛かったふりだったんかい」


 ペパーミントの葉が乗ったカップアイス。

 親子連れなら、二個まで半額でのご提供。


 そんな品を買い物かごに入れて。

 勝ち誇ったような笑顔を俺に向ける。


「なんと、50パーオフ」

「親子連れって書いてあるだろうに」

「あ……。じゃあ、お母様を呼ばないと……」

「そんな手間かけちゃだめでしょ。いいよ、買ってやるから」

「やった……」


 やれやれしょうがねえ奴だ。

 でも、今まで余計なもの買って散財してたんなら、ただの自業自得。


 それで困っただの助けろだの泣きついて。

 やっぱり、俺の課題は七つに決定。


 明日からは一人で買い物させよう。

 そう思いながらレジに並ぶと。


「……ううむ。ついてきてよかったかも」


 俺たちの並ぶ列。

 一つ前にいたおばさんがレジにかごを置いたその直後。

 

 事件が発生したのだった。


「前の人は半額だったでしょ? なんであたしのは半額じゃないの!?」

「本日のアイス半額サービスは、お子様と親御様がご一緒だった場合ということになっておりまして……」


 俺たちと同じアイスを買い物かごに入れていたおばさんが。

 レジのお姉さんと口論を始めてしまったんだけど。


 さすがにこれはおばさんの方が間違っているだろう。

 すぐにでも論破されて大人しく正規の料金を支払うに違いない。


 そう思いながら見ていたんだけど。

 このおばさん、屁理屈ばかりで頑として譲ろうとしないのだ。


「大人はサービス無くて、子供だけ半額なの? 子供が食べる量が半分なら分かるけど、同じ量を食べるでしょうに」

「いえ、量ではなくてですね。お子様がいるご家庭の応援という事で……」

「じゃあ半額でいいでしょう。子供だったら、あたしがアイス買って帰るのを家で待ってるわよ。なにか問題ある?」

「それが分からないので、ご一緒の方に限ると……」

「前に子供連れてきたら、騒がしくするから困るって文句言われたから置いてきたのよ! 文句があるならその時の担当に言いなさいな!」


 ああほんと。

 今日はついてきてよかった。


 だって、隣でわたわたしてるこいつが。

 今にも騒ぎに飛び込みそうだから。


「あ、あのね、立哉君……」

「やっぱりおいでなすったか。お願いですから手を出そうとしないでくださいね?」


 困ってる店員さんを助けたい。

 君のことだから、そう考えたのでしょうけど。


 でも、他人が口をはさむ話じゃないし。

 混ざったところでもっと騒ぎが広がって。

 お店と周りの皆さんに余計迷惑がかかってしまう。


「でも……、お姉さんがね?」

「いいから黙ってなさいって」

「子供のために頑張って説明してるのに、半額にしてもらえなくて可哀そう……」

「そっちを応援するの!?」


 あれ?

 秋乃センサー、湿気に弱い?


 今、どう見ても助けを求めてるのはレジのお姉さんの方だと思うんだけど。


「そ、そうだ。あたしが半額支払ってあげれば問題解決かも……」

「そういう事じゃねえとは思いますけど。やりたきゃやってみれば?」

「じゃあ、アイス代出して?」

「俺のまわしで土俵に出ていくんじゃねえ!」

「お姉さんに、アイス代出してあげたいの……」

「ええい、お黙りなさい!」


 レジの騒ぎに口をはさむつもりはなかった。

 でも、さすがに俺たちの騒ぎが耳に届いたんだろう。


 おばさんは、俺たちをにらみつけながら財布を開いて。

 サービス券やらなにやらを乱暴に広げてスタンプカードを取り出すと。


 会計を済ませて。

 乱暴にお店を出て行ってしまった。


 店員さんたちばかりか。

 並んでいた皆さんも。


 よくやったと拍手をして下さるが。

 当の秋乃と言えば。


「あんなに寂しい思いしたまま……。お姉さんもお子さんも、かわいそう」


 そんなことをつぶやきながら。

 しょんぼりと肩を落とすのだった。


「……じゃあ、こうすればいい」

「え?」


 俺は、携帯でメッセージを飛ばしてから。

 不安顔の秋乃を連れて。

 会計を済ませてスーパーを出る。


 そして、家のちょうど前あたりで。


「え……?」


 笑顔でワンコ・バーガーから出て来たおばさんとすれ違ったのだった。


「さ……、さっきの方、だよね?」

「だな」

「なんであんなにニコニコ……?」


 話すことでもないかなと思っていたんだが。


 店内から俺たちが見えたんだろう。

 カンナさんが出てきて声をかけられてしまっては。


 バレるのも時間の問題か?


「言われた通りにしたけど……。何だったんだ今のは」

「気にしない気にしない」

「言えよコラ」

「じゃあ、料金を……」

「理由を言わねえんなら五千円」

「はあ!? アイス二個でどうしてそんな額になるんだよ!」

「あたしのギャラに決まってんだろ。本日百人目のお客様へプレゼントで~すとか、恥ずかしい事させやがって」


 柳眉を吊り上げたままのカンナさんに対して。


 おおなるほどと。

 手を叩いた秋乃が。


 最後に残った疑問を投げかけて来た。


「でも……。なんでワンコ・バーガーに来るってわかったの?」

「お金支払う時にさ、ワンコバーガーくじのあたり券が見えて。引き換え期限、今日までだったろ?」


 目を丸くさせて、一人盛大に拍手する秋乃の無邪気な笑顔。

 俺は十分なご褒美をもらったんだが。


 その直後に。


「うわっ!?」



 ……そこまで感激したのかと。

 今度は俺が目を丸くさせる番。



 秋乃は俺に。

 抱き着いてきやがった。



 ああもう。

 今日の一件で、課題は七つに決定だと心に決めたのに。


「八個目の問題が……」


 決して色仕掛けに惑わされたわけじゃない。

 正当な理由が俺にはある。


 だからこれは、まるで関係ない話なんだが。

 柔らかいものが胸に押し付けられて、すげえ幸せ。


「おいおい。往来で何やってんだよ」

「う……。すまん」

「まあ、いいもん見れたからいいけど」

「そう思うんなら、アイス代まけてくれ」

「はあ!? 子供のいちゃいちゃに金払うやつがいるわけねえだろ!」

「子供……?」


 急に俺から離れた秋乃が。

 カンナさんに寄り添ったかと思うと。


「あたしに抱き着いたって譲らねえぞ?」


 そんな忠告を耳にしながら。

 秋乃は首を横に振りつつ。


 カンナさんの制服の袖を。

 ぎゅっと握って呟いた。


「お、親子連れだから、半額……」

「うはははははははははははは!!!」

「意味分からねえしあたしがいくつに見えるんだコラ!!!」


 ……結局、秋乃が怒らせたせいで。

 次のバイト代から天引きされることが決定した。



 余計なことしやがって。

 しょうがないから今日の所は。

 七・五って事にしておこう。



 だって、今日は。

 半額デーだからな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る