手羽先記念日
~ 六月十四日(火) 手羽先記念日 ~
※
女性が権力を振るうこと
「うまい……」
「うん、上手にできたかも。ごはんが進む……、ね?」
手羽先を甘辛く焼いた料理は俺も良く作るけど。
ついついソースの味が濃くなりすぎて。
手羽のうま味が消えてしまいがち。
だが、あっという間に三本がっついてしまったこの手羽焼きの美味さと言ったら。
鶏の味を殺すことなく、それでいてしっかり濃い味に仕上がってるとかどういうことだ。
「この、上にかけてあるの、なに?」
「砕いたカボチャの種……」
なるほど。
カボチャの種を炒って砕いて。
食感に変化をつけたのか。
「汗をかく季節になったから……、ね?」
「え? ……食感ばかりか栄養価まで考慮されているだと!?」
いやよだめよと連日文句ばかりだった俺だが。
今日ばかりは諸手を挙げるよりほかに術もなし。
携帯見ながら作ってたから。
きっとネットで調べたのだろう。
一つの完成形ともいえる。
そんな一品が出てきやがった。
「すごいな。完璧です」
「あ、あたしが完璧なわけじゃないから……。指示通りに焼いただけ……」
「いや、完璧なレシピを発掘できる能力こそ誇るべきなんだよ。今日は手放しで褒めてやる」
「…………そう」
「なぜ肩を落とす」
褒めてやったにもかかわらず。
しょんぼりしているこいつ。
携帯を手に取ると。
マイクに向けて呟いた。
「よかったね、春姫」
「まさかのオンライン」
よく見ればワイヤレスイヤホンしてるけど。
画面の向こうでVサインする春姫ちゃんに。
逐一映像を送りながら作ったの?
そりゃ大変だ。
また春姫ちゃんにラブレターがダースで届くことになる。
そして。
「1春姫ちゃん140秋乃に達しとる」
「異常なまでの春姫高秋乃安」
「インフレが止まらねえぞ」
政府に手を打ってもらわねえといけないレベルに達してるけど。
そろそろ自力で頑張りなさいな。
「前にも練習したろう。簡単な料理からでいいから、自力で作れるようにならないと」
「あ、あの時は立哉君がつきっきりで教えてくれたから……」
「春姫ちゃんだってお前のためなら丁寧に教えてくれるだろ?」
「じ、自分で調べる癖をつけなさいって、教えてくれないの……」
「150秋乃台に達した」
なんて将来を見据えた完璧な対応。
おかげで俺の価値も大暴落。
ここは傷をなめ合うことにしよう。
「しょんぼりする暇があったら前を向け。努力はお前を裏切らない」
「はい……」
「毎日のように炊いてたから、ほら、ごはんはこんなに上手く炊けるじゃないか」
「た、確かに……」
まあ、ボタン押すだけだけどね。
なーんて毒舌は絶対封印。
それに、いくら指示されながら作ったとは言え。
実際に手を動かしたのは秋乃なんだから。
そこを誇ってもばちは当たらない。
俺は、火加減の調整が上手くなったとか。
計量スプーンで丁寧に計れるようになったとか。
思いつく限りのフォローを続けると。
秋乃も、少しずつ口数が増えて行った。
「……おいしい、ね? テバ」
「ああ」
「テバって、なんのことだろ……」
「後で教えてやる。それよりこれ、リピ確定な。今度は俺が横で見ててやるから、また作ってくれ」
「そ、それじゃ立哉君が課題に集中できない……」
「大丈夫。三度目は少しだけ。四度目は手放しで」
「はっ!? ……お手伝いすることが、テバ!?」
「どういう意味よ」
「だって、テバ、無しって……」
「じゃあこの料理は手羽だらけ」
しまった、つい面白いと思って。
せっかく機嫌を取り戻していた秋乃を再びしょんぼりさせちまったぜ。
「いいから前を向こう。聞きたい事とか、なんかないか?」
「えっと……。汗をかく季節に、なんでかぼちゃのタネ? 汗をかかなくなるの?」
ああ、よかった。
なんとかいつも通りの秋乃になった。
なんでどうしては面倒だが。
今日ばかりは何でもこたえてやることにしよう。
「亜鉛を多く含んでるんだよ。汗で流出しやすいから、意識的に摂るのがいい」
「か、解説、楽しそう……」
「解説は女性に理解できない男の喜びだ、どんどん聞いてくれ。それにしても、良い質問だったな。さすがだな、目の付け所が違う」
「……春姫が、ね」
「まさか、そう聞けって吹き込まれてたの!?」
「立哉君が喜ぶからって……」
「なんて姉思い! そしてお前はばらさなきゃいいだろうに!」
「良心の呵責が……」
――昼休みだというのに。
珍しく俺たちの周りの席は空いていて。
みんな、昼休みに用事があると。
チャイムと同時にお弁当を持って出かけてしまったんだけど。
残ったクラスの連中が。
俺たちの漫才に、いつものように笑う中。
幾人かが。
便箋に筆を走らせていたのだった。
こまったことになったと頭を抱えていると。
王子くんが。
珍しく購買のパンをぶら下げて帰って来た。
「あっは! 今日も秋乃ちゃんが作ったの?」
「そうだ。今日は秋乃のおかげで課題が進んだぞ?」
「ほ、ほんとに……?」
「ほんとほんと。参考書を十ページはやっつけた」
「そう……。過去の記憶の方は?」
「そっちはさっぱりだが」
「あっは! 記憶って何さ?」
面白そうな話だねと。
パンをかじりながら説明を求める王子くんに。
俺が、かいつまんで説明すると。
「保坂ちゃん、昔から料理が好きだったんだ!」
「必要だからやってるだけだ。どちらかと言えば嫌い」
「ほんとに!?」
「で、でも……。お母様に作り方聞いてまでやって来たのに……」
「それほんと記憶にねえんだけど。でも、好きだから聞いたわけじゃない」
そう口にしてみると。
ちょっと引っかかるものがある。
好きでもないのに、必要に駆られて作り方を聞いたってことだよな?
それってどういう状況?
「……まあいいや。でも、好きじゃなくったって詳しいことに違いはない。料理については、何でも聞いてくれ」
「あっは! あたしも勉強中だから。何でも聞いてよ秋乃ちゃん!」
「じゃあ……。これを……」
お礼の前払いのつもりだろうか。
秋乃が手羽先を王子くんにひとつ差し出したんだが。
添えた一言に。
つい大笑い。
「テバ、有り……」
「うはははははははははははは!!!」
「え? どういうこと?」
「こいつ、手羽って言葉がお手伝いすることって意味だと思ってるんだよ」
「…………ゴメン保坂ちゃん。なに言ってるのか分からない」
眉根を寄せる王子くんに。
みなまで説明するのは面倒だな。
話題を変えて誤魔化そう。
「そう言えば、昼休みに部の運営を後輩に引き継ぐ打ち合わせするって言ってなかった?」
「うん。手放しで信頼できる後輩が出来たから、会計をお願いするつもりだったんだけど、どうしても外せない用があるからって断られちゃった」
……なんというミラクル。
その相手も。
外せない用とやらも。
あっという間に分かってしまった。
だから、俺と秋乃は。
顔を見合わせて、同時に呟いた。
「「やはり、テバ無し……」」
「ねえ、さっきからそれなんのこと?」
春姫ちゃん高秋乃安の相場はさらに加速して。
便箋を取り出す連中はさらに増えたのだった。
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