秋乃は立哉を笑わせたい 第26笑

如月 仁成

予告編 カエルの日


 ~ 六月六日(月) カエルの日 ~




 パパ! ねえ、パパ!


 やあ凜々花ちゃん。長靴が似合ってるね。


 長靴じゃなくてレインブーツだよパパ! ママが買ってくれたやつ!


 そうなんだ、良かったね。でもそれはリビングで装着したらダメだよ?


 あ! それ聞いたことある! 履物の初物は、玄関で下ろすのが淑女の嗜みだって!


 そうだね。でもパパ、出かける前の話をしてたわけじゃないんだけどな。


 こいつによる戦利品! 駅前まで走って朴葉寿司買いに行ったんよ!


 途中、あぜ道に寄ったね?


 カエルいたから! ……え? なんで知ってるん?


 さ、ぞうきんはどこだったかな。


 朴葉寿司、最近どはまり!


 美味しいからね、この辺りの名物だ。


 そうだ、名物って言ったらな?


 凜々花ちゃん。パパの後について来る前にブーツは脱ごうか。


 おにいも名物探してるみたいなんよ。


 はい、絞ったから。これで拭いてね、床。


 将来なりたいものを見つけるためだって舞浜ちゃんが言ってたんだけどさ。


 へえ? どう結びつくんだろ。


 凜々花もそう思うんよ。目先の問題片付けても、本題は残ったまんまなんじゃねえかなって。


 まさに今、目の前でその現象が起きてるんだけど。目先の汚れを拭いた後に新たな靴跡が残ったままだよ?


 しっかし、名物ってなんじゃろ?


 凜々花ちゃんは、この辺りの物じゃ何が美味しいって思う?


 空気!


 仙人より淡白なメニューが出て来たね。


 一年生の時、ここ来たじゃん? 空気がうめえって、凜々花、走り回ったの覚えてるんよ。


 ああ、パパもよく覚えてるよ。その姿を見て、ここに引っ越さないかってママに言った覚えがあるからね。


 あれ? じゃあ、パパが決めたん? 引っ越し。


 いや? どういう訳か、ママもそう決めてたって。……あれ? おにいちゃんだったかな?


 きゃははははは! 誰が決めたか分かんねえ!


 そうだね、ほんとに。


 でも凜々花、越して来てから気にしねえで騒げるし走れるし、いいことづくめ!


 うん。それならパパもいいことづくめだね。


 そんじゃさ! パパは一番ここにきて気に入ったのは何?


 知りたいかい?


 ぜひにね!


 ……ママのドレッサーがあるだろ? そこの椅子に座ってごらん。


 鏡の前?


 そこにあるから。探してごらん。


 分かった! 行って来る!




 ――俺が勉強を終えて居間に降りると。

 『パパの一番のお気に入り』と張り紙された虫かごに。


 カエルが一匹入っていた。



 長靴の中にいたとか、凜々花が夢中で説明するその前で。

 なぜか親父はぐったりしていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る