第三話 『星が躍る海で』 その13


「木とか緑が増えて来たね。荒野だらけじゃないんだ。エルフ族が支配している地域だから?管理しているの?」


「それもあるかもしれないが、『ゼロニア平野』の北部は森も多い。山岳部があるから、山肌に引っかかった雲やら、山肌をなぞる霧を吸い込んで地面が湿ってくれる。水は高いところから低いところにもながれるから、山というものは有力な水源地だ」


「ソルジェ兄さんは、やっぱり勉強家なんじゃないかと思うよ。お話を聞いていて、感心しちゃうことが多いもん!」


「感心してもらえそうなことを狙っているだけかもしれん。地の頭は、お前の失望を買う勢いでアホだぞ」


「……スケベだしな」


「す、スケベなんだね」


 アホでスケベな野蛮人。完成度の高いダメな男のようだが……世の中の男の大半はそんなもののような気もする。


「否定はしないさ」


「否定できないスケベなんだね」


「まあ、ああ。そうだな。一般的な男は、みんなそうだから、気を付けるように」


「了解でーす」


 『メルカ』には男がいなかったから。世の中の半分近くを占める小汚い連中について、もっと教えておくべきかもしれない。こんな美少女を、スケベな獣どもが放置しておくわけはないしな。


 ……色々と、教えておきたいことは山ほどあるが。金色に輝く三つの魔法の目玉は、仲間を発見していた。


『みーつけた!あかちゃいろのおおかみ……じゃんだよ!』


 そうだ。ようやくジャンと合流することになる。社会勉強の時間は中断というわけだ。また今度、しっかりと話しをしたい…………しかし、どうして、うちのジャン・レッドウッドは『踊っているのだろう』か?いや、合図を出しているのは分かるが。


 後ろ足だけで立ち上がり、両の前足で宙を引っかくような動作をしているぞ……。


「ジャンさん、変な動きしているけど?あれじゃ、珍獣だよ?」


「……ヒトの姿に、なってすればいいはずだが。あいかわらず、ジャン・レッドウッド。不憫な男だ」


 不憫な男。シアンの真剣な口調で発せられた単語は、無駄にオレの心に響く。きっと、狼の姿のままの方が、ヒクソン・ダベンツに発見されないと考えてのことなのだろう。だが、残念ながら、珍獣踊りをする狼よりも、普段の痩せた青年の姿の方が目立たない。


 いいヤツなんだ。


 発想も間違ってはいないはずなんだよ。


 それでも、生まれ持った気質が導いてしまうのだろうか。ジャン・レッドウッドは、あいかわらず不運に見舞われやすく、女性の評価を受けにくい男であった。


 悲しくなるが、今は同情よりも仕事への情熱が勝る。


「ゼファー、低く入れ!ヒクソン・ダベンツも近い!」


『らじゃー!!』


「つかまっていろよ、ククリ、シアン!揺れるからな!」


「うん!」


「……ああ」


『ちゃーくーりく!!』


 ゼファーが翼を起こして、速度を殺す!落下の軌道に飛翔は囚われて、ジャンが待つ地上へと向かってゼファーは狩りをする猛禽のように蹴爪を大地に向けた!!


『わ、わわわわわ!?た、食べられちゃう!?』


 珍獣踊りをする二足歩行の狼が、悲鳴を上げたな。安心しろ、ジャン。ゼファーが食べるのは野良の狼だけで、『家族』を食べることは絶対にしないぞ。


 杉の並木道の真ん中に、ゼファーの蹴爪が衝突する。ジャンは驚きながらも、逃げることはしない。二足歩行モードのまま、悟ったようだ。ゼファーの動きに敵意がないことを。成長しているな、動きから殺気の有無まで推し量れるようになって来ている。


 ……うかうかしていたら、追い抜かれてしまうかもしれん。経営者としては嬉しい成長だが、戦士としては焦りも出ちまうよ。戦士たるもの、誰だって世界で一番の強者でいたいものだからな。オレも成長の余地を探すべきだ。そんな気持ちにさせてくれるよ。


 ガリガリと地面を蹴爪で引っかきながら、ゼファーは地上へと着陸してみせた。大きくて黒い鼻先が、ジャンの目の前に下ろされる。


『ちゃーくち!』


『う、うん。ちゃ、着地……っ。ちょっと驚いちゃったよ、ぜ、ゼファー』


『たべないよー』


『だ、だよね!そ、そうだよね、食べちゃダメだからね!お、狼なんて、きっと……お、おいしくなんてないし?』


『ううん。おいしかったよー』


『えっ!?』


「一般的な野生の狼のことだ。竜は、獣の肉を好むからな」


 一般論であり、『狼男』が怯えることではない。だが、目の前にいる二足歩行を継続中の狼は、困ったような顔をする。狼の顔でも、何というか表情は生まれるものだな。ありもしない眉毛が見えるようだった。


『ぼ、ボクも……おいしかったりするの、かな……?』


 謎の疑問を口にする。答えるべき方向性が分からないし、そもそも続ける意味もない会話である。聞き流すことを選んだよ。オレはゼファーの背から飛び降りて、ジャンに近づく。


 二足歩行モードのジャンの顔の高さは、オレの顔面と同じだったりした。新鮮な絵面に見えたな。だが、それもどうでもいいことだ。


「ご苦労だったな、ジャン」


『は、はい!し、仕事ですから!』


「分かった。その……ヒトの姿でいいぞ?」


『え?あ、ああ、そうですね?……ヒトの姿に、戻ってなかった。わ、忘れていました。どうして、お、狼の姿でボクは……?』


「ヒトの姿に戻れなくなったの?」


『えええ!?そ、そうなんですか、ククリさん!?』


「いや。知らないけど。えーと……戻ってみたら?何ていうか、狼の姿で立って踊るの、かなり変だよ」


『……っ!?』


 変だと言われて、ジャンは明らかにへこんでいたな。最近のジャンは、自分のユニークさに悩んでいるふしがある。


「あ。ごめん。悪い意味の変じゃないよ?気にしないでね」


『そ、そうですか。わ、悪い意味じゃないんですね、よ、良かったです』


 かなり雑なフォローだった気がするが、純朴なるジャンは納得してくれた。


 ぽひゅん!といういつもの間の抜けた変身の音が響いて、ジャンはいつもの痩せた青年の姿に戻る。


「よ、良かった。戻れた……っ」


 戻れたのはいいが、ジャンの鼻からは血が流れていたな。ククリはそれを見て率直に告げる。


「鼻血を出しながら微笑むのは、女性ウケが良くないから、やめようね」


「は、はい!!?」


 なかなか、変……いや、個性的な男だよ、ジャン・レッドウッド。愛すべき部分は多いが、女子に評価されにくい行動も少なからず選ぶ、不憫な星のもとに生まれているよな……。




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