学園祭なんて大っ嫌い!
夜摘
学園祭なんて大っ嫌い!
学園祭。
アニメとかマンガとかドラマとか…。
そう言ったもので学園物はいつだって人気のテーマであるし、
その中でも一大イベントである"学園祭"は、物語の大きな山場として、
大いに盛り上がる話の舞台として人気があるというイメージがある。
私だってそう。憧れていた。
クラスの友だちと一緒にお店をやって、皆でワイワイしながら売り上げの上位を目指して頑張ってみたり、親友と一緒に他の出店を回ったり、後夜祭に好きな男の子に告白したり(されちゃったり?)するような、輝かしい学園生活の一ページを。
でも、そんな風にはならなかったし、出来なかった。
それは、私が、そんな輝かしい学園祭を過ごすようなキャラクターでなかったこと、そういうキャラクターになれなかったことが多分一番の原因で、友だちも居なかったからだ。
クラスの友だちというものすらいない。
別に苛められているというほどでもないけど、必要があって先生に二人組みを組めといわれたら、ぽつんと孤立した私のところに、どこかのグループであぶれた子が、躊躇いがちな困り笑顔で近づいてくるような感じだ。
これがどれだけ惨めで居心地が悪いことか、分かる人にはわかってもらえると思う。
そんな訳で私は、学園祭どころか学園生活自体、常にどうしようもない惨めさと消えてしまいたいくらいの居心地の悪さを感じ続けて過ごしていた。
だから、学園祭が近づいて、クラスで何をやるかとか、部活の出し物がどうのとか皆が盛り上がっている時にも、どんどん膨らんでいく疎外感に、ただただ自分の気配を消して感情がないふりをするしかなかった。
クラスメイトが私を持て余しているのは、普段から分かっていたし、そうした気遣いを向けられること自体が苦痛だった。居ないものと扱ってもらえるならその方がどれだけ楽だっただろう。それこそ苛められでもしていたのなら、学校を休む理由にだってなるかもしれないのに。このクラスの面々は、"私が馴染めない"だけで、悪い子たちではない。それが、なおさら私を苦しめた。
私たちのクラスは結局は、グループごとに調べものをして、その結果を大きな模造紙に文章や図、イラストなどを書いて張り出す、展示物を行うことになった。
言ってしまえば地味だし、学生らしいといえば学生らしいといえなくもないが、当日は好き勝手に遊びまわりたいからこそ、事前準備で完成する出し物を選んだらしい。
私としては、当日時間を潰す口実が消されてしまったことは逆に致命的だった。
賑やかで華やかな学園祭の時間の間、居場所のない私は何処に居ればいいんだろう。
せめてクラスの"出店の店番"という役割さえあれば、仕事が忙しければ、周りの人の気遣いだとかも気にせず、店番だから…と時間を潰す言い訳に出来たのに。
学園祭当日。
私は当然何処にも居場所がない。
自分の教室はテーブルも椅子も全部撤去して、沢山の模造紙が張り出されている。
ご自由に見て言って下さいの張り紙が貼られたドアは常に開放しっぱなしで、
店番なんてシステムもなし。さすがにずっとそれを眺めているわけにも行かないし…。自クラスの展示物を眺め続けているのも不審者過ぎる…。
廊下も、特別教室も、階段も、校庭も、体育館も、少し浮かれた生徒達と、
外から来たお客さんでいっぱいだ。楽しそうにはしゃぐ声に溢れている。
皆みんな、誰かと、あんなにも楽しそうなのに。
私だけが一人。
親や兄弟にだって来て欲しいなんて言わなかった。言えなかった。
友だちも出来ないこんな私を、見られたいなんて思うわけもない。
(つまらないな…)
一人でぶらぶら校内を歩きながら、何の気なしにすれ違う人達を見ていた。
みんな笑ってる。凄く楽しそう。
(羨ましいな…)
悲しい。寂しい。
早く家に帰って、ゲームでもしたいな。
時間を早く進められるシステムが、どうして人生にはついていないんだろう。
どうせ私がここで消えてなくなったって
誰も気がつかないんだろうな。
そんな風に思ったら、泣きたくなってしまって、
こんなところで泣き出したらそれこそ奇異の目で見られてしまう。
私は、目にゴミでも入りました~と言わんばかり、目をゴシゴシこすりながら、
足早にその場から逃げ出した。
校舎の中も校庭や中庭も出店や何らかの出し物がなされていたから、
何処にいったって人は沢山居て、私が逃げ込める場所なんてないのに。
気がついたら、私は校舎裏の方、焼却炉がある方へと向かっていた。
焼却炉がある校舎裏は薄暗いし、雑草も結構生えていてひと気がない。
特にこんなお祭り騒ぎの中、誰がこんなところに好き好んで…
「あれ?」
…と、思ったのに!?
「こんなところに何か用事かい?」
見たことのない男子生徒がいる…。
背が高く、細身…。
黒髪はちょっとくしゃっとした天然パーマ?気味で、眼鏡をしてる…。
別段目立つところがあるわけじゃないし、このくらいの特徴の人なら何人でも見つかりそう…ではあるんだけど、何となく大人びたような落ち着いた雰囲気が、「先輩なのかな?」と思わせた。
「え、あ… いや、別に…」
私は動揺してしまって、しどろもどろになってしまう。
友だちが居なくて居場所がないから、ふらふら逃げてきた なんて言えない。
でも、ゴミ箱を持ってるわけでもないから、焼却炉に用があってきた風にも見えないだろう。
男子生徒は私を不審そうな目で―…見ることはなくって、
どちらかというと好奇心…だろうか?そんな風なものが篭っているような目で見てきたように思う。ニコニコしながら私を見ているから、私はそれはそれで怖くて目があわせられなかった。
「君さ、今時間ある?」
「え?」
「時間があるならボクたちの出し物、見ていってよ」
「え?え?」
男子生徒は、私の腕をひょいと掴んで走り出す。
男の子に強引に手を掴まれて、引かれる なんて経験は当然ながらしたことがない。
びっくりして、動揺して、私は彼に手を引かれるまま一緒に走ってしまった。
何が起こっているんだろう?
それに彼は一体誰なんだろう?
怖いのとびっくりしたのと、
ちょっとだけ少女マンガのワンシーンみたい?なんて不謹慎なドキドキで、
胸がドクドクとやけに激しく高鳴って、走っている足取りも
どこか現実感がなくふわふわしていた。
良く転んでしまわなかったものだと思う。
そんな状態だったから、私は学校の敷地内をどんな風に進んでそこに辿り着いたのか、全然わからなかった。
男の子に手を引かれて走る私を、周りの人がどんな風に見ていたんだろう?なんてそんなことばかり気にしていた。
辿り着いた場所は、特別教室棟の一角。奥まった部屋だった。
途中、いくつかの展示ブースがある教室を通り過ぎたけれど、人は殆ど居なくて、
他の場所と比べたら不自然なくらいにシンとしている。
「人、居なくてびっくりした?やっぱり皆あんまり展示は興味ないみたいだよね」
私の感情はよっぽど表情に出ていたのだろう。
男子生徒がたははと気まずそうに笑う。
「手芸部なんかは、舞台でファッションショーをやったりもしてるみたいだけど」
そんな風に話しながら、辿り着いた最奥の部屋。
入り口に黒いカーテンがかけられていて中は見えなくなっている。
立てかけられている手作りの看板には「お化け屋敷」と書かれていた。
「ええ????」
こんなところに?と、私は思わず驚いて声を漏らしてしまった。
こんなお客さんを必要とする・呼びたい出し物・出店であるなら、
そもそもの場所を、行きやすい場所で申請するものだろう。
それに、呼び込みだって必要だろう。
「え…まさか、こんな風に一人ずつ客を連れてきてるんです?」
非効率的過ぎる…。
呆れたような、信じられないような顔をしてしまったんだろう。
男子生徒は慌てたように首を横に振って、身体の前で両手も一緒にブンブンと横に振った。
「そ、そんなんじゃないよ!ただ、その…」
「…その?」
「実はさ、内緒で作っちゃったやつなんだよ」
彼は小声で、他に誰もいないんだからそんなことする必要はないだろうに
私の耳にそっと顔を近づけて内緒話みたいに言った。
「え?」
男の子に顔を寄せられた経験なんて一度もなかった私は、それにちょっとドキっとしてしまったんだけど、私なんかみたいなのに意識されたと思ったら、きっと気持ち悪がられると思ったから、顔には出さないようにした(つもり)。
ともあれ、それはそれとして「秘密でお化け屋敷をやっている」という発言に、私はやっぱりとても驚いてしまう。そんなことが出来るのか?と言うのも勿論だし、そんなことをやってしまったの!?という驚きでもある。そして、なにより
「どうしてそんなことを…」
別にこっそりやる必要はないだろうし、こっそりなんてやるリスクがあまりにも高過ぎるだろう。見つかったらどれだけ怒られるかわからないし、教師たちへの心象を悪くして下手したら進学に影響だって出てしまうかも知れない。
「うん、実はね…。」
男子生徒は、勿体ぶるみたいに、また声を潜めて、私の耳に顔を寄せてきて…。
寄せてきたかと思うと、また私の腕を掴んで、私が何かを言う間も、抵抗することを思いつく間もなく、強引に黒いカーテンの中へと押し込んだ!
「え、ええええ!?」
「まぁまぁ、折角来たんだし、楽しんで行ってよ」
「ちょ、ちょっと?????強引過ぎるでしょ!!?」
「あははは」
笑いながら男子生徒はぴしゃりとドアを閉めてしまう。
黒いカーテンがかけられているから、もうこれで外の様子は見えなくなってしまう。
「こ、こんな営業ってあるぅ???」
私は目の前でしまった見慣れているはずの学校のドアを見つめたまま、
情けない声を漏らした。
別に鍵が掛かってるわけでもないのだろうし、ドアを強く叩いて叫び声でもあげたら、誰かがきたらまずいと慌てて開けてくれるかもしれない。
けど、私はそれはしないことにした。
だって、彼が内緒でお化け屋敷をやっている理由はわからないけれど、
少なくとも私だって、変な風に目立ちたくはないし…。
そもそも私だって、逃げ出したくて校舎裏にいったのだ。
ちょっと予定とは違ってしまったけれど、逃げ場所として、
誰にも内緒のお化け屋敷 と言うのは、案外悪くないのかも知れない。
私が、怖いものが苦手だってことを除けばね…!!!!!!!!
教室の中はついたてで細かく道が作られ、迷路のようになっているようだった。
真っ黒なボードが並んで作られた通路に、ぽつぽつとキャンドル型のライトが設置されていて雰囲気が作られていた。
私は、それをみて「これ、100均でみたことあるやつ~~~~」とか考えることで恐怖を必死に振り払おうとしながら先へと進んでいた。
どうして私はお化け屋敷なんかに踏み込んでいるんだろう?と、頭をよぎらなかった訳ではないけれど、この瞬間は本当にそれどころではなかった。
通路を作るついたての向こうに脅かし役が潜んでいるのだろう。分かっているのに、ドン!と大きく壁を叩かれるような音が聞こえれば、私の身体はビクッと跳ね上がってしまうし、隙間から冷たい風がビューと吹けば、やっぱり飛び上がってしまう。
ギャッ!と私が情けない声を上げる度、ついたての向こうで誰かがクスクスと楽しそうに笑うのも本当に癪だったけど、そのことで、このアトラクションが本当に心霊的なものではなく人に寄るものなんだってわかるから安心もしてしまった。
それでも、突然足首を掴まれた時は、本当に心臓が口から飛び出すくらいにびっくりしてしまって、ヒエッ!!!!!?と可愛らしさの欠片もない悲鳴を上げて、そのまま腰砕けになって崩れ落ち、座り込んでしまった。
「あ、あぅ…」
「わ、だ、大丈夫~????」
そうしたら、私の足首を掴んでいた青白い…血のようなもの(恐らく絵の具かなにかだろう)を滴らせたその手の主が、一度手を引っ込めて、慌てた様子でついたての後ろから飛び出してきた。
それは、可愛らしい女の子。
見た事はない…けど、クラスメイト以外の顔も、何ならクラスメイトの顔だってろくに直視したことない私だから、大した問題ではなかった。
「ご、ごめんね…。びっくりさせ過ぎちゃったね…」
女の子は私のすぐ傍に屈んで、顔を覗き込んでくる。
きょ、距離が近い…。
「あ、あの、だ、大丈夫です。ちょっと、びっくりしちゃったけど…」
「怪我はしてないね…。良かった。…立てるかな?平気?」
「う、うん…」
女の子は私の様子を確認すると、少し安心したように微笑む。
暗がりで、キャンドル型ライトにぼんやりと照らされる女の子の顔は、
ちょっとだけ怪しくて、でも長い睫やきらきらの瞳がきれいで、少しドキドキした。
「ふふ。あなた、反応が可愛くってついつい気合入りすぎちゃったの。ごめんね」
その女の子は罪悪感や心配が解消されたのか、明るい調子で笑って。
座り込んだ私に手を貸して立たせてくれた。
私は、ありがとうございますとお礼を言いつつ、可愛い…という言葉に思わず顔を赤くしてしまう。せめて悲鳴はもうちょっと可愛く上げられていれば良かったとも思った。
「ここからは私が一緒に行ってあげる」
「え、いいんですか?」
「うん。友達と一緒にお化け屋敷、回って見たいと思ってたんだぁ」
「…!」
と、友達…!?
初対面の相手にいきなり友達と言ってしまえるメンタルに陽キャの波動を感じて、
私は眩暈がしてしまう。私とは住む世界が違う生き物だ…!!!
…けど、こんな状況だから一緒に居てくれるのは素直に心強いし、なにより友達なんて言われて悪い気がするはずもない。チョロイやつだと言うなら言えば良い…!
握った女の子の手はほんのり冷たくて、冷え性なのかな とか、私の手ベタベタしてる気がする…不快じゃないかな?とか、そんなことを考えていたら、恐怖もすっかり和らいでしまっていた。
「ねぇ、名前、なんていうの? 私はクミ。空に美しいで空美だよ。クラスは3組!」
「可愛い名前…。あ、わ、私は真樹…。えっと、2年7組…。」
「マキちゃんね。ふふー。褒めてくれてありがとう!私も気に入ってるんだ」
無邪気に笑う彼女に、私まで思わず笑顔になってしまう。
こんな風に学校の中で、同年代の女の子と笑い会うことが出来るなんて、
嘘みたいだ。
中学の時はちゃんと友達は居て、高校に入っても当たり前みたいに友達が出来て、
楽しく過ごせるものだった信じ切っていた。
だけど、そんなことはなくって。友達ってどうやって作るんだっけ?なんて思ってるうちに、あれよあれよと周りの人達は仲良しグループを作っていて、私は一人だった。
きっと「可哀想だから」と思って声をかけてくれていた優しいクラスメイトも、その時は声をかけてくれただけで、私も同じグループに入れてくれるんだよね?なんて顔で近づけば「どうして一緒にいるの?」と言葉にはしなくても、明らかに困惑した顔をする。それを知らん顔して一緒についていけるほどには面の皮は厚くなくって、メンタルも強くはなかった。
「…マキちゃん… マキちゃん?」
気がつくと、空美ちゃんが私の顔を心配そうに見ている。
私は悲しい思い出にうっかり引っ張り込まれていたようだった。
はっと我に返って、折角気を使ってくれた空美ちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「あ、ご、ごめ…なさ…」
「大丈夫だよ」
なんだか情けなくなってしまった私の気持ちを見透かしたみたいに、
空美ちゃんは優しく笑った。
「あのね、マキちゃん。このお化け屋敷が内緒で作られたって話は聞いたかな?」
「…え? う、うん…。ここに連れてきた男子の…名前はわからないけど…眼鏡のあの人からちょっとだけ…」
「あはは。城崎先輩、面倒見がいいくせに言葉足らずなんだから」
「あの人、城崎先輩って言うの?」
「うん。このお化け屋敷を考えた発端人だよ。真面目な顔して、変な人なの」
くすくすと楽しそうに微笑む空美ちゃん。
"真面目な顔して変な人"
大変な言われようだけれど、彼に強引に引っ張ってこられて、お化け屋敷に押し込まれた経緯を考えたら納得もしてしまう。
そして、彼女がこんな風に楽しそうに話す相手なのだと考えると、それだけ仲良しなんだろうとか、きっと良い人なんだろうっていうのが伝わってきて、なんだか私まで暖かい気持ちになってしまった。
「それでね、なんてこのお化け屋敷が出来たのかって言うとね」
その言い回しに、少しの違和感を感じたけれど、私は彼女の言葉の続きを待った。
「私ね、さっきも少し話したけど、一度でいいから友達と一緒にお化け屋敷に入ってみたかったんだよ~」
「う、うん」
「ふふー。変だよね。お化け屋敷なんて遊園地とかで行けばいいのにって思うでしょ?」
「…う、うん。ごめん…」
「あはは。正直だな~。でも、うん、その辺は私もちょっと事情があって、どうしてもここじゃなくっちゃ出来なくって」
「?」
彼女の言う意味は、私には良くわからなかった。
「多分ね、城崎先輩が、私やマキちゃんを助けてくれたのも、同じような理由なんじゃないかなぁ?」
「???」
助ける?
空美ちゃんのことを助けた…は、お化け屋敷を作ってくれたことだろうけれど、
私を助けた?と言うのは何だろう?
?マークをいっぱいに浮かべる私に気がついていそうなのに、
空美ちゃんは微笑んでいるだけで何も教えてはくれない。
「ひとりぼっちは寂しいもんね」
そう私に向けられた少しだけ寂しそうな笑顔に、
私は心を見透かされた気持ちになって固まってしまった。
「まぁ、いいじゃない!今日は私につきあって!ほらほら」
そう笑ってまた私の手をぎゅっと握って、
黒いついたてで作られた通路を歩き始める。
キャンドルライトに照らされる空美ちゃんの横顔は、
やっぱりちょっとだけ怪しくて、綺麗に見えた。
その先は、また、突然大きな物音を立てられたり、
上からコンニャクが落ちてきてその感触に悲鳴を上げてしまったり、
揺れるカーテンの向こうには確かに誰かのシルエットが浮かんでいたのに、
カーテンを捲ったら誰も居ない!みたいな仕掛けがあったりして、
私と空美ちゃんはその都度キャーキャー声をあげて、何だかんだ楽しんでしまっていた。
私はともかく空美ちゃんは、お化け役をしてたんだし、このお化け屋敷がどんな風な仕掛けがしてあるか知ってるんじゃないの!?と聞くと、知ってるけどそれでもびっくりしちゃうの!と笑った。
このお化け屋敷は教室の中に作られたもので、いくらついたてで区切ってルートを作ったとして、そんなに広いものではないはずなのに、私は随分と長い間その中に居た気がする。二人でひとしきりはしゃいで、ようやくゴールらしきドアが見えて来た時、空美ちゃんは不意に立ち止まって、私の手を何処か名残惜しそうにするりと解いて離した。
「それじゃあ、マキちゃん。ここでお別れだよ」
「? 他にお客さんがいないなら、いったん一緒に出てもいいんじゃないの?」
「…ううん、ごめんね。出来ないの」
「どうして?」
「私は、ここから出られないから」
「…???」
ふざけている様子ではない。
悲しくて、寂しそうな、苦しそうな彼女の様子に、私も困惑する。
「なんで?先輩に怒られちゃうの?」
「ううん、そんなんじゃないよ」
「わかんないよ、空美ちゃん。…どうして…そんなに、悲しそうなの?」
「…うん…ごめんね…私…」
私の問いかけに、空美ちゃんは泣きそうな顔をして、
何か言いたそうな様子だけど、言えないような、そんな様子で、
もごもごと口を動かしていた。
私は、ただそれを見て、彼女の言葉が出てくるのを待った。
「私ね、お友達と一緒に学園祭で楽しく過ごしてみたかった。これは本当」
「お化け屋敷もそう。あとは、一緒に出店を回ったり、ステージの出し物を見たり、そういうのも、全部全部」
「でも、私はここから離れられないから…。せめてここで出来ることを…ってやってくれたのが、城崎先輩なの」
「"ここから離れられない?"」
「うん。…私ね、私は ここで本当はもう死んじゃってるから」
ガツンと何かに頭を殴られたみたいな衝撃が私に走る。
「自縛霊っていうのかな?ここからは出られないの」
「…え?…え?…」
「だから、自分のやりたかったことをやれたら成仏出きるかなぁってことになって先輩に手伝って貰ったんだ」
「え、え、それじゃあ城崎先輩は… 先輩も、まさか…」
「ううん、あの人は生きてるよ。お化けじゃないよ」
「……霊感?がある人みたい?」
「そうなんだ……。でも、一緒に遊ぶ…とかなら先輩でも良かったんじゃ…」
「ううん、それじゃダメ」
「…どうして?」
「……私、お友達が居なかったの。だから、どうしても女の子のお友達が欲しかったんだよ」
「…空美ちゃん、お友達いっぱい居そうなのに…」
「あはは。そうかな?…でも、いなかったの。いなくなっちゃったの」
「…」
「何でかな?急に苛められるようになっちゃった、悲しくなって、死んじゃった」
「……」
「その時はみんな泣いてくれてて、泣くならどうして意地悪したの?なんて最初は思って…でも、ちょっとだけ嬉しかった。…けど、すぐにみんな私のことなんか忘れて、卒業して、もう今では誰も私のこと、思い出しもしてくれなくなっちゃった」
空美ちゃんは、寂しそうに視線を落とした。
「寂しくって寂しくってどうしようもなくって、消えちゃいたいって思ってた」
「あ」
「マキちゃんも同じでしょ?だから、マキちゃんにも私が見えたのかも」
周りには沢山の人がいるのに、自分は一人ぼっちで。
惨めで、寂しくて、悲しくて 消えてしまいたくなって。
でも、本当は
誰かと一緒に笑って過ごしたかった。
私は気がついたら泣いてしまっていて、
空美ちゃんも泣いてた。
「マキちゃん、ありがとう。
楽しい学園祭を過ごせて、私、本当に嬉しかった」
「空美ちゃん…私…」
「マキちゃんと一緒に学校生活、私も一緒に過ごしたかった」
その言葉に、涙が止まらなくなる。
胸が締め付けられるように苦しくなる。
私は、そんな風に言ってもらえるような人間じゃない。
「…空美ちゃんが苛められてても、私、きっと助けてあげられなかったよ…」
「いいよ」
空美ちゃんは優しく言う。
「…きっと空美ちゃんは、今なら苛められたりしない…。人気者になるよ…。
だから、きっと私のことなんて忘れちゃうよ…」
こんな下らない嫉妬心といじけ心。
情けない。情けない。見苦しい。なのに、止まらない。
死んじゃった空美ちゃんの方が、よっぽど立派で生きているべき人だったろう。
死んだのは私だったら良かったのに。
「そんなことないよ」
空美ちゃんはやっぱり優しく言う。
「無理やりみたいにここに連れてこられて、
本当はお化けが嫌いなのにお化け屋敷に入ってくれて、
私の我がままに付き合ってくれて、
私の為にそんな風に泣いてくれる、あなたが大好きだよ」
「ここに来てくれたのがあなたで良かった」
「大嫌いだった学園祭も、学校も、
あなたが来てくれたから好きになれた気がする」
「空美ちゃ…」
「だから、私、もう行ける気がするの」
「え…」
「私は死んじゃったけど、マキちゃんはもうちょっと頑張ってみて。きっと大丈夫」
「大丈夫なんかじゃないよ…!
私のこと好きなんて言ってくれるの、空美ちゃんしか、いないよ!」
「いいよ。それなら、私が傍にいてあげる。ずっと見てるよ。
だから、私みたいに死んじゃったりしないで、生きて」
「空美ちゃん…」
「クラスは違うし、姿は見えないけど、この学校に、
私って友達がいること覚えていて」
「そうしたら、マキちゃんは一人じゃないよ。私がいるよ」
「そうしたら、ずっと一緒にいるよ」
一度離した私の手を空美ちゃんはもう一度そっと握った。
その手はやっぱりちょっと冷たかった。
けど、私は少しも怖いとは思わなかった。
バカみたいに流れる涙と鼻水でぐちゃぐちゃで
ただでさえコンプレックスまみれの私の顔は、
きっといつも以上に醜くて見苦しかったと思う。
それでも空美ちゃんは、まるで愛おしいものを見るような目で私を見て微笑んでいる。
「ありがとう、マキちゃん」
「私のこと、忘れないでね」
そう言って、手を握ったまま
彼女は軽く背伸びをして、私たちの唇が軽く触れた。
そうして
彼女は、最初からそこには誰も居なかったみたいに消えてしまった。
どのくらいそこに居たのだろう。
学園祭の終わりを告げる校内アナウンスが遠くから聞こえてきて、
私ははっと我に返った。
がらりと目の前の扉が開かれて、
眼鏡と天然パーマの男子生徒"城崎先輩"が顔を出した。
「お疲れ様。…どうだったかな、お化け屋敷」
能天気にへらりと笑っている彼に私は怒りさえ覚えたけれど、
まだ瞼に、空美ちゃんのきれいな微笑が張り付いている気がして、
その怒りをぶつけるのを我慢することが出来た。
「…楽しかったですよ。お友達と一緒に回るの、夢だったので…」
「そっかそっか。それなら良かった」
「…空美ちゃんも、楽しかったって…言ってくれました」
「……うん」
「………」
「………」
また泣きそうになってしまった私の言葉を遮るみたいに、
城崎先輩が口を開く。
「あのさ」
「…はい?」
「悪いんだけど、ここ片付けるの、手伝って貰っていい?
準備はなんとかなったけど、ばれる前に片付けないと不味いからさ」
「え、えぇ…????」
そんな訳で、私は、空美ちゃんが消えてしまった余韻に浸るとかそんな暇もなく、
お化け屋敷の撤収作業に追われることになってしまった。
先生や他の人に見つからないようにお化け屋敷を解体し、
備品や出たゴミをコッソリ運んだり捨てに行く作業は、
それはそれでスリリングで、何より力仕事だったので、
それが終わる頃には私は身も心もくたくたのへたへたになってしまった。
どうして私がこんな目に…
ちょっとだけそんな風にも思ったけど、そっと自分の唇に触れたら、
そんな考えも吹っ飛んでしまって、ただただ甘酸っぱいような、胸が締め付けられるような想いに駆られるばかりだった。
これは後から、城崎先輩に聞いた話。
城崎先輩と出会ったときの私は、本当に「今から焼却炉に飛び込みます」「屋上から飛び降ります」みたいな酷い顔に見えたらしい。
だから、あのまま放っては置けなかった…というのが一応の建前で、本音としては
あの教室の自縛霊である"空美ちゃん"と引き合わせたら相性が良さそうだとピンときて、彼女を成仏させるためのきっかけとして働いてもらおう…と思いついたとか。
最悪、彼女が"悪い自縛霊"として、私の魂を連れて行こうとする可能性もあったので、一応何かあればすぐに飛び出せるようにドアの前に待機していたんだよ、とも。
…彼女が連れて行ってくれるなら、私は一緒に行くのも悪くなかったかも…なんて少しだけ考えてしまったのだけど、それはそっと胸の中にしまっておくことにする。
「…色々言いたいことはありますけども…先輩は、結局…
空美ちゃんを成仏させる為だけにあのお化け屋敷を作ったってことです?」
「いやー 自縛霊っていってもさ。
見えちゃったんだから、困ってたら放ってはおけないでしょ?
あの子も、君のこともさ」
そうなんてこない調子で言うものだから、私はきょとんとしてしまった。
「………」
"真面目な顔して変な人"
そう笑った空美ちゃんの笑顔と声がまたフラッシュバックした。
「先輩、変わってるって言われません?」
「良く言われる」
真面目な顔した変わり者で、だけどひたすらのお人よし。
幽霊も人間も分け隔てのない霊感体質の先輩。
悪い人ではないのだ。
本当に、ただ変な人というだけで。
まったく変な人と知り合ったものだ。と思いはしたけれど、
学年も違うし、空美ちゃんも消えた今、
この先輩とももう二度と関わることはないんだろうなんて思っていたのに
「ともあれ、これも何かの縁だしさ、また"何か"あったら手伝って欲しいな」
そんな風に先輩が笑って。
「え?」
居場所がなくって
惨めで、寂しくて、空しいばかりのつまらないだけだった私の学園生活は、
こうして、空美ちゃんとの出会いと別れ、
それを繋いだ変人先輩との出会いで、どうやら変わってしまったらしい。
霊感体質の先輩がいう"何か"には怖い予感しかしないし、正直腰は引けてしまうのだけれど…
これからは教室で一人でいたって
空美ちゃんが傍にいてくれるって思えるから
今までよりちょっとだけ強くなれる気がしている
学園祭なんて大っ嫌い! 夜摘 @kokiti-desuyo
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