第14話 夏だ!避暑地だ!生物部強化合宿の謎(四日目)

合宿4日目。明日の朝には帰るので、実質最終日。

朝食の時に、今日の午前中は女子だけでアウトレットに行きたいという申し出が成美さんからあり、それを受け入れた。

束縛したがると嫌われる、と、男子全員の心に共通の思いが宿ったのだろう。



男子だけで残ると、基本、生物部活動するしかないので、

「ちょっと歩いた先に、小さな池があるんだが、そこにトンボやら水生昆虫がいるんで観察に行くぞ」

と、幾美の気味悪いまでの部長っぷりに唯々諾々と従うことを選択。

幾美に従って歩いていくと、道路脇の山の斜面側にちょっとした平地があり、そこに直径2mほどの小さな池が確かにあった。

「水たまりじゃねえよな?」

「よく見ろ。山側から湧水が流れ込んでるんだよ。だから池だ」

池の条件ってそれでいいんだっけ?とも思ったが、突っ込まれたのが崇なんで放っておく。

池から溢れた水は道路の側溝に流れる。池と川があるってことだ。

「で、何がいらっしゃるのかな?」

「山伝いにカエルも来るし、メダカみたいな小さな魚もいる」

「Oh、ビオトープ!」

「そうだが、うるさい」

叱られた。正解を行っても叱られるのは納得がいかない。

「いってぇ!」

突然、崇が叫び声をあげた。

「どうした?」

「ミズスマシ捕まえたら、刺された」

「あぁ、マツモムシだな。そいつらはカメムシと同じで、口で刺して消化液流し込むから、しばらく痛いし腫れるぞ」

と、解説する幾美が嬉しそうなのが気になる。

「どうすりゃいいんだよ!」

「手で捕まえなきゃいいんだよ」

「ほら、気休めの消毒液と絆創膏だ」

と、僕と幸次の愛が崇に届いた、はずだ。

「あぁ、ちょっと絆創膏貼るの待て、発表用に写真撮るから」

と、幾美が僕と幸次の愛を霧散させた。

何やら嬉々として崇の傷口を写真に撮り、犯人のマツモムシを網ですくい、観察用のアクリルケースに入れて、そっちも写真を撮っていた。

そのあとは、網で池を攫って、ゲンゴロウやタガメを見つけて、テンション上げたり、写真撮ったりと、極めて生物部のようなことをし、帰路に就いた。

崇がずっと痛みを訴えてうるさかった。



別荘に戻り、しばしの間、ぼぉーっとしていると、女性陣が戻ってきた。

時計を見ると、昼を少し回ったくらい。

思ったより、お早い戻り。

「ほら、欠食児童どもにハンバーガーの差し入れだよ!」

と成美さんから土産を受けとり

「ハ、ハンバ?」

「はんばっか?」

「おぉ、ハンバガ」

「はんばばはんばば」

と4人でプリミティブに騒いでいたら、女性陣から物凄い冷ややかな視線を受けたので

「ご丁寧に午餐の差し入れをしていただき、感謝の極み」

「この御恩、一生忘れませぬ」

「おぉ、なんと香しき芳香、さぞ名のある料理人の作」

「これを頂かずしては、我が人生、悔いが残りますぞ」

と丁寧に騒いだが

「真面目にしなさい!」

と麻琴に叱られたので

「「「「いただきます」」」」

と素直に言って許してもらった。

珍しく幾美もノッたものだから、宝珠の渋い顔が戻らないが、僕は知らない。



女性陣も一緒に買ったのであろう、ハンバーガーのセットをパクついている。

「麻琴、何を買いに行ったの?」

と聞くと、ムリョウさん、宝珠、成美さんが一瞬口元に笑みを浮かべたかに見えた。

「ないしょ」

「そうなの?」

「うん、ないしょなの」

と、口にポテトを突っ込まれたので、それ以上の追及はしないことにした。麻琴の笑みが固い。



「さぁて、サービスタイムの準備しようか」

と言うなり、未来さんは立ち上がって、全員の食事のゴミを回収し、ゴミ箱へ。

そして

「ちょっと女子寮戻るね」

と男性陣に声をかけ、わたしたちを促して外に出た。

「ほら、麻琴、あとでケンチとイチャついていいから、むくれないの」

「むくれてないもん」

確かに一緒に旅行してる割には、最初の日の夜以外、…キスもしてないけど。

「ほら今日はサービスタイムで花火大会で、そのあとは、さ、まぁ、明日の帰る時間までに戻ってればいいから」

「あの、どこで一晩過ごせって言うの?」

「知らんけど」

「未来さん関西出身じゃないよね?」

「ほらほら、未来に突っ込んでる暇あったら、早く着替えよ。何してもいいから、今日は」

「望さんは、わたしを凄くエッチな娘だと思ってない?」

「え?エッチじゃない娘は、あんな下着買わない」

「買わされた!3人に勧められた!」

「麻琴ちゃんって、虎に挑む柴犬みたいで可愛い」

「成美さん、そんな例え嬉しくない」

実は、そんな話をしながらも女子寮に入って着替え始めてる、わたしたち。

「一番の体型問題児の成美さん、具合どう?」

「未来ちゃん、体型問題児扱いはやめて。……うん、無茶なアクションしなければ大丈夫っぽい」

無茶なアクション?

「はい、次の問題児、望は?」

「バストサイズは問題児要因なの?……大丈夫、ひきつったりしないし」

「OK、麻琴は?」

「わたしは、問題児じゃないから平気。うん、全然平気」

「ほら、拗ねるな。それじゃ、成美さん、順番にメイクをお願い」

「はいはーい」

わたしたちは、コスプレをしてる。イベントでも何でもない、真夏の山の中の別荘地で。

せっかく勇気を出して誘ってくれて、しかも滞在費用のほとんどを出してくれてる彼氏たちに、何かお返しがしたくて。わたしたちをもっともっと、好きになって欲しくて。

コスのテーマはエルフ。未来さんが全部作ってくれた。さすが、我らのお針子さん。

アースカラーなTシャツとミニスカートをベースに、オーガンジー生地で飾り付けて、ちょっと派手目に。

未来さんが赤、望さんが青、成美さんが緑、わたしが黄色をメインカラーに。

成美さんは「戦隊だ」と喜んでた。

あと、エルフっぽい尖った耳と、ウィッグはあえて、統一して4人ともシルバーロング。あの滝で指摘されたとき、一瞬知ってるのかとビックリしたけど……謙一、喜ぶかな。

彼氏たちはもちろん普段着なんで、テーマ的には異世界召喚?的な。

成美さんが次々と、普段よりキツめな表情になるようなメイクをしていく。

未来さん、ほんとにこういうの似合う。体型的にも一番エルフっぽいもんね。

ほんとは弓とか武器も持ちたかったけど、予算も嵩張り具合も問題だったので、無しになった。



【全員中庭に来て】

と麻琴から、なにやら意味深なメールが来たので、男子4人で外に出た。

そこで、僕たちは異世界に行った。

かのようなエルフ4人がいた。

「え?ど、どうしたの?」

僕も皆も動揺と興奮と訳の分からない感情に呑み込まれていた。

すると、ムリョウさんが一歩進み出て

「今回、あたしたちをこの合宿に誘ってくれて、ありがとう!その感謝と、さらなる……」

「照れるな未来」

「さ、さらなる想いを込めて、この場限りのコスで感謝したいと思います」

僕たちは、とりあえず拍手で応えた。

いや、もう、全員きれいで可愛くて、言葉にならない。

すると麻琴が僕の前にやってきて、

「一昨日言ってた、銀髪だよ。どう、かな?」

「キレイで可愛くて惚れ直してる最中で、鼻血を堪えてる」

「鼻血は…出さないでいいから」

「ほれ、男子ども!今日は夜まで、このコスでお相手しちゃうぞ!耐えきれるかな?」

「成美も、よく乗ったな」

「どっちにしろ、コミエでコスするわけだし、普段から仕事でコスしてるようなもんだし、あははは」

幸次に対して、ああは言ってるけど、多分羞恥プレイ寸前なんだろうな。

「幾美!例の一眼レフ持ってきて!撮って!撮りまくって!」

「お、おぅ、そのつもりだが、どうした謙一」

「冬のコミエは彼女たちの写真集出そう!」

僕の叫びに、その場の全員が固まった。



「幸次、謙一が暴走し始めたぞ」

「そうだな、だが、気持ちはわかるだろ、崇」

「あぁ、わかるから困ってる。恐ろしい企画をぶち込んでくれるな」

「他人に見せたくない気持ちもあるが、このロケーションで、あのコスは禁断の果実だ」

そんな真面目っぽいことを言いつつ、幸次のしていることは、成美さんをバックハグだ。

そういうオレも未来と腕を組んでいる状態。

幾美に至っては、座り込んだ頭に宝珠さんの胸を載せている。

謙一は、放っておくとその場でキスしかねない距離で真理愛さんと見つめ合ってる。

「なぁ、未来」

「ん?」

「刺激強すぎだよ」

「イヤ、だった?」

「全然イヤじゃないけど」

「なら、見惚れなさい。堪能しなさい」

「するけどさ。謙一の暴走発言、どうする?イヤならイヤって言っとかないと、幾美も調子こいて、話進んじゃうよ?」

「ある意味、レイヤーの夢だよね。写真集同人誌出すの。望も麻琴も、そこまで承認欲求強いかわからないけど、あたしは、もし叶うなら、そういうのも面白いなって思った」

「いいの?」

「あたしは、ね。そもそも不特定多数に見られても恥ずかしくないコスやメイク、自分磨きをしてるつもりだもん」

「そんな彼女を持てて、光栄だね」

「でしょ?だから」

と、未来はオレに耳打ちをしてきた。

「先に進もう、この夏は」

「え?それって」

と未来を見ると、真っ赤になって俯いていたので、オレの受け取った通りのことなんだろう。殺傷度高すぎ。



「なぁ、それ、癖になってないか?」

座った俺の頭の上の話。

「ん?そうね、楽なんだもん。幾美だって気持ちいいでしょ?」

「気分は悪くないけど、頭に柔らかくて、暖かくて、重いものを載せられているのは確かだから」

「ふぅん、イヤ、なんだ?」

「そういう駆け引き好きだよな、望は」

「それ言っちゃ、つまんないじゃない、もう」

「いいから、その可愛らしいコスの写真撮らせてくれないかな?」

「ふふ、今日は素直な彼女でいてあげよう」

と、頭が軽くなると、望が正面に回ってきた。

「早く一眼レフ持ってきて」

「はいはい。謙一の話に乗るのか?」

「有名になりたいわけじゃないけど、承認欲求はあるもの、レイヤーとして」

「今日の写真をどう使うかは、後日ちゃんと話し合うさ」



「こうしてボクは巻き込まれまくっていくんだね」

「イヤならイヤって言っちゃっていいよ。みんな無理強いなんかしないから」

「わかってるよ。でもボクたちのコス見て、閃くんだよ。魅力を感じてくれたんだよね?ボクも含めて、4人の」

「だから、言ってるじゃん。きちんとしてれば成美は美人のお姉さんだって。他の3人だって、イベントでナンパされないように、周囲に気を配るのがみんな大変なんだぞ。一昨日、昨日だって、何気に男子は気を張ってたんだから」

成美はおれをポカポカ殴り(一撃一撃が微妙に重い)ながら

「もぉ、照れるぞ、欲情するぞ」

「…性欲バーサーカー」

ドスドスと一撃あたりの重さが増してきた。無言だし。



アブな!このままキスするところだった。

と、僕は麻琴との顔の距離を一旦離した。

「みんなの前だと恥ずかしいよ」

うん、あとでいっぱいしようね。だから破壊力凄いこと言うのやめて欲しい。

「ねぇ、麻琴」

「ん?」

「さっきの話、どう?」

「しゃしんしゅー?」

「うん」

「ねぇ、謙一、わたしって魅力ある?」

「もちろん」

「わたしって可愛い?」

「それが宇宙の理」

「……未来さんや望さんによく言われるんだけどね」

「うん?」

「もっと自信もっていいんだよって。自分を卑下して、相手の言うことを否定するのは失礼だよって」

「そっか。うん。麻琴はね、ホントに可愛いし魅力的なんだ。だから僕は惚れさせられた。心を奪われた。外を一緒に歩いていると、麻琴に視線を送る野郎がいっぱいいるのにも気づいた。盗られないようにしないといけないって思った。麻琴は恋人で、心の支えだから」

「泣きたいくらい嬉しいけど、今泣くとメイク落ちるから、泣くの我慢する。謙一、大好き」

と、あらためて、麻琴が僕の胸に飛び込んできたので抱きしめた。

「謙一がやってみたいなら、しゃしんしゅー、OKだよ」

「ありがとう」

カシャカシャカシャと四方から響き渡るシャッター音。

しまった!敵の手に、脅迫材料が渡りまくった音だ。



「はい、謙一含めて、一旦彼女と離れてー」

幾美から号令がかかった。

「はい、男子整列!女子全員に、礼!」

学校でよくやらされる動きなので、言われたままに体が動いてしまう。

「そこまで、されるほどでは、ないかと」

と困り顔のムリョウさん。

「日常的にそうあってほしいけど」

と、宝珠。

何か固まってる麻琴と成美さん。

「それじゃあ、女子全員、謙一の突発的で何も考えてない企てに乗ってくれるってことで、いいのかな?」

言い方!……女子全員うなづくし。

「はい、じゃあ、実は写真が得意な方でなくもない崇」

「言い方をだな!まぁいいや、ぶっちゃけ、今ここにある機材だけじゃ、写真集として成立する写真を撮るのは難しいと思う。出来て、イメージっぽく入るスナップ程度」

「やだ、崇が頼もしいよ。ほら、ムリョウさん」

「ケンチ、うるさいしわかってる」

叱られたし、惚気られた。

「謙一、何かイメージは?」

一眼レフのレンズを何やら交換しながら、幾美が聞いてきた。

「え?こんなに可愛いものを自分たちの携帯のメモリだけに入れておくのはもったいないと思っただけだから、ないよ」

「ちっ」

幾美に盛大に舌打ちされた。泣くぞ。

「そっちのカメラで撮った分はパソコンで弄れば、だいぶ違うと思うけど、誰か本格的な画像編集ソフト持ってる上に使える?」

と、崇が普段と違い饒舌に聞いてくる。

「僕は無い」

あ、幾美が睨むよ。怖いよ。

「幸次は?」

「ない」

「幾美も無いよな?」

「決めつけが気に食わないが、無いな」

「やはり、あいつを絡めるか」

男子4人で腕組み。

「なに、その不安を煽るポーズ」

成美さんが不安げに聞いてくる。そりゃ、そうだよね。

「奴の名は多美川雄慈。オレたちの同級生にして、写真部の部長。恭と似た陽キャのオタクだが、ある意味、もっと質が悪い」

「「「「不安しかないよね!」」」」

そりゃ、女子も声揃えるよ、その紹介じゃ…合ってるけど。

でも、ノリはいいんだ。多趣味で各々の趣味に話し合わせてくれるし。

ただ、生物部に属していないだけで。

「とりあえず、あいつのことは置いといて、今を満喫しよう!ね?」

と、空気を無理矢理方向転換。

「言い出しっぺが舵を切る~」

と、宝珠に嫌味を言われたがスルーするぞ。

「はいはい、集合と個撮、こっちのカメラで撮るから女子、こっち来て」

と、幾美も流してくれたので助かった。

「んじゃ、4人で並んでなんとなくポーズ取ってみて。思いついたら指示するから」

と崇、合宿終了前日にようやく気合が入ったか。部活じゃないけど、これ。

それはともかく、エルフがわちゃわちゃしてる非日常感。素晴らしい。

「ケンチ、あんまりいやらしい目で見ると、両耳の鼓膜破るよ」

そりゃ宝珠の胸も見ちゃうけどさ。

「目じゃなくて耳なのかよ!」

「謙一はあとでお仕置き」

あれ?他の3人は自分の彼女以外見てないの?嘘!



「麻琴、疲れてない?大丈夫?」

「うん。全然平気」

「そんじゃ、合宿所の敷地からは出ないで、各々好きに撮ろう」

写真集練習撮影は終了したので、あとは各カップル毎に好き勝手に撮ろうということになった。

「度を越えた写真撮らないでね。でも撮っちゃったら見せてね、謙えっち」

「人に見せられない写真はダメだから。でも撮っちゃったら見せなさい、検閲するから、謙えっち」

「要は、やれってことだよ謙えっちくん」

ふと、麻琴を見ると赤い顔してボソボソと

「すこしなら…」

とかなんとか言ってるし。なんなの、この女子たち。

そして、謙えっち呼びは止めろ。



木の陰から顔を出したり、陽の光を浴びて、思いっきり伸びをしたり。

「ねぇ、微妙に構図が古臭くない?昔のアイドルみたい」

と、あたしは熱心に指示してくる崇に突っ込まざるを得なかった。

「え?未来はそういうのが似合うと思うから」

「今一つ褒められてる感ないんだよねぇ」

「んじゃ、ちょっと、撮ったやつ見てみ?」

と差し出されたスマホを覗き込むと

「あ、ホントだ」

「でしょ?」

「たださ、古川未来でもムリョウでもなく、エルフ!って写真も欲しいんだよね」

「うーん、高い木の上に腰かけてるとか?」

「うん、無理じゃないやつね」

「未来には漠然とでもいいからイメージ無いの?」

「エルフらしさ…オークとかゴブリンに襲われる?」

「それは未来の性癖だよね?」

「性癖言うな!」

いや、うん、あたし、Mか?あれ?

「あー、そんじゃ何かピンチっぽい感じにする?」

「え?脱ぐの?」

「普段読んでる本を教えろ」

何か崇に叱られたので、普通に撮った。他のメンバーには内緒なやつも結局撮ったけど。肝心なところは見せてないからセーフ、だよね?



「こうして現実に存在しちゃうと、ファンタジー映画のエルフと萌え絵のエルフが混ざったような感じだ」

「いや、コスで、現実にエルフが存在してるわけじゃないからね?しっかりして」

「インパクト強くて」

と、話ながらも幾美はシャッターを切ることを止めない。今は他のメンバーと合わせて、自分の携帯で撮ってる。

「幾美はこのエルフ様に何をさせたい?」

「様が付くんだ」

「そりゃ、そうよ。エルフは人間を下に見るもんでしょ?」

「素でエルフだもんな。望はすごいよ」

「褒められてる気しないんだけど」

「そうだな。今は特に褒めてないな」

「女の子は褒めて撮影しなさいよ」

「褒めないけど、惚れてるから」

「上手いこと言ったつもりだろうけど、上手くないからね」

「今日は厳しいね」

「そりゃ、彼女がここまでしてるんだから、誉めなきゃ損でしょ」

なんて軽口をたたき合いながら、撮影は進む。

私たちには、こういうスタイルが合っているから。

サービスショットもそれなりに満載で、ね。



「やっぱ、ボク、素顔で衣装切るの苦手だわ」

「なに?ではマスク・ド・エルフにでもなるつもりか?」

「いや、面を着けたがってるわけじゃないんだけど」

「そうなの?」

「ボクに何をさせたいんだよ、もう。得手不得手の話してるだけ」

「でも、エルフよりはピクシーとかグラスランナーって感じがするのは否定しない」

「そう見えるってことはそういうのが好みってことでOK?」

「その理屈じゃ、バーサーカーが好みってことになるぞ」

「なるぞじゃない!」

と、軽く幸次の関節を決める。

「ふふふ、いつも言ってるだろ、成美は美人のお姉さんなんだから…こういうことしなけりゃ」

「素直に褒めてよ」

「なら、技を外せ」

何やかやで、物陰で「誰にも見せないお約束」な写真を撮ったりした。



「可愛いなぁ可愛いなぁ可愛いなぁ」

謙一が壊れたおもちゃのように同じセリフを繰り返しながら、写真を撮っている。

ちょっと怖い。イベントでこういうカメコいた。

「謙一」

「かわ…ん?」

「その、同じセリフ繰り返すの怖いから禁止」

「わかった」

「はい、じゃあ、全身行きます。はい、はい、次はバックショット。振り返りお願いします。はい、はい、じゃあ、座ってもらっていいですか」

「謙一、カメコ濃度が上がってるから!普通に!」

「僕の彼女は注文が多い」

「なんで、生物部関係者は、普通、を理解できないのか…」

「え?みんな自分がこの中で一番まともだって思ってるからだよ」

「わたしも、その分析に入ってるの?」

「仲間外れになんかしないよ?」

変な新興宗教みたいになってる。

「麻琴、あのさ」

「え?」

「ちょっと際どいの、撮ってもイイ?」

いつのまにやら謙えっちモードに!

「……どんなやつ?」

「うんとね、ローアングルのやつと、屈んで胸の谷間が見えちゃうやつとか」

「ぐ、具体的にすぐ言えるの?もう」

「誰にも見せないよ。もちろん、宝珠にも」

「うー……いいよ」

うん、わたしもえっちなんです。他にも撮っちゃったし。



広いとは言い切れない場所で、よく4組がお互い見えない位置に散らばったな、と思う。

「及んでる奴はすぐに止めて、一旦集合!」

と、俺が声をかけると、すぐに集まるには集まったが、微妙に着崩れているように見えるんだよな、女子全員。望も含むけど。

よろしい。欲望に正直な世界だ。

「とりあえず、陽も傾いてきたんで、いったん終了しよう。で、女子は、まだそのコスを続けてくれるってことでいいのかな?」

「私はOK。みんなは大丈夫」

「大丈夫」

「うん」

「頑張るよ」

意見は一致しているようで、男子としてはありがたくて涙が出る。

「それじゃ、女子は一旦休憩。野郎どもは夕食と花火の準備だ。はい、いったん解散!」



さて、お針子担当としては、皆のコス確認しなきゃだね。

「望、チェックするから、こっち来て」

「はいはい」

「ん?ねぇ、ブラどうしたの?」

「邪魔だったから、ちょこっとスルっと」

ガタガタっと麻琴と成美さんがたじろいでいる。うん、そりゃそうだよね。

「はぁ……大丈夫?トップとか痛くない?シャツに無理やり飾り付けてるだけだから、接着面とか当たると擦れるよ」

「うん、大丈夫。もう一回ブラ着けるの面倒だから、夜間はニプレスだけにしちゃおう」

「望ちゃん、他の男子へのサービスにもなりかねないけどいいの?」

「ん?そうならないように、みんなは彼氏をくぎ付けにしてね」

「「「わがまま!」」」

「ほら、未来、あとは問題なさそう?裂ける音とかしなかったし」

「うーん、大丈夫だと思う。露出しても本人責任で」

「何も仕掛けてないよね?」

「そんなことしないから!はい、次は成美さん……あ、ブラしてる」

「うん、君たちはボクを何だと思ってるのかな?」

「胸の大きさと暴走具合が比例する人たち」

なぜか、隅で体育座りをしている麻琴が恨みがましい目で見ながら言った。

「麻琴、こうなったら私と成美さんでケンチをイジメ倒して、大きな胸に恐怖を覚えさせようか?」

「これ以上、謙一にトラウマを仕込まないで!」

あ、ちょっとマジっぽい感じだ。

「ごめん、麻琴。冗談だから、そんなことしないから」

「望ちゃんはボクを巻き込まないで」

麻琴の感情の機微には敏感な望は、すぐに謝った。謝る前に言わないという選択肢がないのが困りもの。

「成美さん」

「うん?」

「ちょっと脇が危険。あんまり腕を振り回したり上げ下げ、要は無茶なアクションだけじゃなく、やや派手なアクションでキャストオフ出来る」

「…出来なくていいから、気を付ける」

「ほい、麻琴、おいで」

ちょこっとむくれた麻琴がテトテト近寄って来るのも愛らしい。

「麻琴、あんた」

「え?」

「胸元引っ張って伸ばしたでしょ」

あ、固まった。

どんなサービスショット提供したのか丸わかり。

「ちょっとテロテロしてるけど、しつこく引っ張んなきゃ大丈夫、かな。あと」

なんか、ビクっとする麻琴。

さすがに耳打ちするしかない状態。

「スパッツ、ちゃんと履きなおしなさい。上手く上げられてなくて、下着と後ろが絡まってる」

無言でトイレに駆け込む麻琴。

大丈夫かな?ちょっとサービス精神旺盛ならともかく、ケンチの言いなりなら問題かも。

「青春だね」

と成美さんがぼそりとつぶやく。

「望、あたしの状態チェックお願い」

「はいはい」

「麻琴ちゃん、ビックリフルーツティー1本もらうね」

「え!正気!」

「うん、そんな勢いでトイレから飛び出してくるほどのことなの?」

「不味いよ」

「うん、それは謙一君に叱られてる麻琴ちゃん見て知ってるけど。いま、これしか飲み物ないんだもの、母屋行かないと」

「いいよ、10本くらい飲んで」

「…どれほどのものか、味見…なるほど、喉が渇いている現状でもきついわ」



「夕飯は残り物の炒め物だい!」

何だか謙一がテンション高めで、雑にしか聞こえない調理を始めた。

おれも含めて、他の連中もテンション高めなんで、理由は多分同じなんだろう。

「幸次ぃ」

爺さんを呼ぶような語尾の伸ばし方はやめて欲しいのだが

「なんだ、問いかけの際は、そもさん!じゃないのか?」

「何の問答がしたいんだよ。花火なんだけどな、ほら、吹き出し花火が10本くらいある」

「うん、買ったやつが馬鹿なのはわかる」

「なんか言ったか!」

いつものように風呂掃除しているらしい幾美の声が響いてきた。

何だ、地獄耳だな。宝珠さんの能力を授かってるのか、あいつ。

「で、だ。吹き上げる火花の前でポーズを取るのは、どうだ?」

「どうもこうも、基礎だろ?」

「そ、そうか。で、応用となると?」

「ロケット花火の打ち合い」

「なるほど、オレたちは先に応用からやったから、去年は火傷したんだな」

「え?あんなことやれば、誰だってケガするだろ?」

「じゃあ、や・る・な!」

「おれに言うなよ。開戦派は謙一だろ?」

「そういやそうだった」

「平和を望む奴ほど、争いをも望んでしまうのさ」

「ディオクファルタスのランディのセリフか」

「そう、あいつは番組が始まる前からランディだったのさ」

「いや、マジな話さ」

「あぁ、そういうとこあるのが問題なんだよな、あいつは」

ホント、これから先がいろいろ心配なんだよ、謙一。



「やほー。偵察に来ました」

と珍しくムリョウさんが一人で母屋に出現した。

「いい匂いする。ケンチ、何作ってんの」

「ん?わかんない。残ってたものに火を通している」

「怖っ」

「いい匂いって言ったじゃん」

「う、それはともかくさ。ケンチ、麻琴の変な写真撮ったの?」

「え?変な…と…」

なんでそんなこと聞いてくるのか?僕は弾劾されるような写真は撮っていない…はず。

「はっきり聞くね。麻琴の下着脱がして撮った?」

「し、してないしてない、そこまでしてないよ」

「あのね、麻琴の衣装チェックしてるときに気付いたんだけど、あの娘、スパッツと下着を下ろした形跡があったの」

下を……あぁ、あれか。

「あのさ、疑うならあとで僕の携帯見せてもいいけど、あれはね」



「麻琴、そしたら、そこに座って、こっちにニャアってしてる感じでポーズして」

「謙一の性癖を掴むチャンス」

「それはおいおい、刻み込んであげるから」

「言い方が怖いの!…痛っ」

麻琴が飛び起きるように立ち上がった。

「ど、どうした?」

「あの、なんかお尻を刺されたような、チクって」

「え?大丈夫。んー何か刺すような虫でもいたかな」

僕は麻琴が腰を下ろしていたあたりを確認するが、特にそれらしい虫は見当たらない。

「まだ痛い?」

「んと、今は大丈夫」

「なら、毒虫系じゃないな」

「あ、あの、謙一」

「ん?」

「見てもらっていい?」

「なにを?」

「刺されたとこ」

「お尻?」

「声に出して言わないで!」

「わかった、見せて」



「と、いう流れ。結局、何か刺されたわけじゃなく、何か枝か鋭い葉っぱがチクっとしただけみたい」

「信じろ、と?」

「いや、信じてよ。麻琴にも聞いて」

「わかった。そういう事にしといてあげる」

「嘘前提?酷くない?」

「だって、あたしの麻琴を傷ものにしたんだし」

「そこなの?」

「うん、そこから」

「あれは、さ、合意の上で、だし、その」

しどろもどろにもなろうというもの。

「ま、あたしは望じゃないから、これくらいにしといてあげる」

え?宝珠にも詰め寄られるの、僕?

さっき撮った写真、保存用サーバーにUPしておこう。あの胸元広げて迫る誘惑ニャンニャンエルフ写真。



「謙一いじめは終わった?」

「人聞きの悪い。麻琴に無礼を働いていないか確認しただけ」

「親か、未来は」

「保護者であることは間違いないね。麻琴の王子様だから」

「そういう役目は謙一にだな」

「やだ」

オレの彼女は強情な百合。

「で、女性陣の準備は終わったの?」

「成美さんのメイク直しが済んだ順にこっち来ると思うよ」

改めて思う。この女性陣と知り合えて、しかもそのうち一人と付き合えるという幸福を。

「あ、恭がもう一人連れてくるのか」

「ん?なになに?噂の貧乳ツインテの話?」

噂がセクハラだ。

「コミエでの邂逅が楽しみだよ、ほんと」

「あ?そういうのが好み?んじゃ、エクステでツインテしてあげよっか?うん?」

ほれほれといった感じで今被っているシルバーのウィッグの両端を掴んで持ち上げて見せる。そう来るか。

「今のショートでそのままちっちゃいツインテしてよ」

「え?え?え?子供っぽ過ぎて似合わないし恥ずかしいでしょ!」

殴られた。

幸次と健一がこっちを見て、訳知り顔でうなづいているのがむかつく。



「ただいまー。うちの旦那は?」

「風呂掃除ー」

「そっか」

雑なエルフもいたもんだ。

「誰が雑なエルフなのかな?かな?コージ?」

しまった、思考盗聴スキル持ちのエルフだった。

「ケンチ、麻琴の以外で飲み物ある?」

「冷蔵庫の中のドリンクをご自由に」

「はいはーい」

「ビックリフルーツティーの呪いはまだ続いていたか」

「ケンチが飲んであげればいいじゃない」

「さすがに殉教者にはなりたくないから」

「麻琴教?私も入る。未来も入るよね?」

「何の話になってんの、入るけど」

なるほど、心行院女子は変人しかいないな。

「コージ、成美さんも誘えば入るタイプだよ」

「だから、他人の考えを読むな!」

「諦めろ幸次。宝珠に勝つには修業しかないんだ」

「そうか、修業か」

「ふーん、二人とも、山伏修業とか紹介しようか?」

「え?いやだけど」

「あ?」

宝珠さんのこめかみに血管が浮かんだように見える。

謙一の挑み癖は矯正しないとな。この年で友人と死に別れたくはない。

「未来ぃ、謙一が強気で生意気」

「あたしにチクるな、もう。ケンチも最終的には勝てないんだから、望に挑むのやめなさい」

だよね?ムリョウさんもそう思うよね。

「いつかの勝利を夢見て挑み続ける。それが男の浪漫」

「ケンチのくせに、グッとくるセリフを…」

「未来、あまり謙一に真面目に絡むとだな…」

「あ、崇が妬いてる」

「うるさい幸次」

「未来、和尚が消極的な時はケンチに絡めばいいって判明したよ」

「望、話を変な方向に持っていかないで」

そこにドタドタと足音が響き

「何下らん騒ぎしてやがる!幸次と崇は花火の準備終わったのか?」

と、多分仲間外れで寂しかったのをごまかすために怒っている(に違いない)幾美が来た。

「あぁ、エルフ二人が漫才してただけだから」

「「ケンチ!」」

なんだろうね、この集団。平和なのは間違いない。



「お待たせぇ」

「ごめんね、自分の直しに時間とっちゃって」

と、麻琴と成美さんが来た。

普通の家に銀髪エルフが4人もいる光景はすごいな。

と思ってたら、幾美が写真撮ってた。

「謙一、お腹空いた」

「今出来たから、座ってて」

「うん」

「腹ペコエルフ可愛い」

「にやぁぁぁ」

「あたしもやる」

「私もやる」

とか、女性陣に撫で繰り回されてるけど、今は配膳が最優先事項。

つーか、誰か手伝え。



さて、夕食も終え、日もとっぷり暮れて、花火タイムだ。

吹き出し花火をバックに男性陣が一人ずつポーズを決めて撮影する中、崇の花火だけがいきなり破裂して終わるという引きの強さを見せる。

「なんでだよ!」

と騒ぐ崇に、皆の心は一つ。

逆に教えてほしい、その引きを。

女性陣も花火ポーズをやりたがったので、万が一、ウィッグに火が燃え移ると危険につき、少々距離を離して撮影。却って幻想的になって良い結果になった。

男性陣が少し離れた位置でガンガン打ち上げ花火を上げまくる中、女性陣は手持ち花火でまったりと楽しんでいた。



「こんな強烈な旅行をしてる人、あたしたち以外にはいないよね」

「避暑地の別荘地に、エルフはそうそういないもの」

「もう、望、それだけじゃないから」

「わかってるわよ。これから先、歳を取っていっても、ことあるごとに、今回の話をする。それは確定」

「年下の彼氏と付き合ったら、偉い世界に巻き込まれた仲間として語ろう、未来ちゃん」

「成美さんは成美さんで特殊だからなぁ」

「なんだ?ボクだけハブるのか?泣くぞ!みんなの彼氏の腕を折るぞ」

「「「そういうとこだってば」」」

声が揃っちゃって、皆で笑った。成美さんも笑ってる。

「麻琴は、食う寝る遊ぶと満喫してたよね?」

「未来さん、決めつけは良くない」

「お?では何か不満がある、と」

「うん」

「ふぅん……わかるけど」

「望さん、察知しないでよ、もう」

「顔見るだけでわかるわよ。まだまだ帰りたくない、でしょ?」

「そ、そうだけど」

「その辺は、みんな一緒だと思うよ、ボクは」

なんてしみじみしていると、男子の方から破裂音と悲鳴が。



「あっぶねぇぇ」

「焦げたから!シャツがほら!」

「あははは、修業修業、あははは」

「幾美、謙一が壊れた」

「基本的に崇がなんか痛い目見るのがツボなだけだろ、コイツは」

「自分もシャツ焦がしてるだろうが、まったく」

「ちょっと、あんたたち、何やってんの!」

と、すごい剣幕で成美さんが走ってやってきた。こういう時はお姉さんっぷりが出るよね。

「打ち上げ花火を」

「打ち上げたが」

「木の枝にあたって落下し」

「オレらの足元で爆発」

と、4人で見事に説明したが、女子たちに睨まれた。

「で、ケガは?」

「「「「シャツ焦がしただけ」」」」

「もう、やること小学生なんだから、あんたらは」

「今回は事故だよ、故意じゃないよ?」

と幸次が弁明するが

「あ?故意にやった前科があるだけでアウトなんだけど?高校生にもなって花火での危険行為が何かってわからないわけじゃないでしょ?反省して次に生かすってことが出来ないの、あなたたちは」

幸次、宝珠に初封殺されたの巻。

涙目でこっちを見るな。僕は何度も経験済みなだけで、慣れてるわけじゃないから。

「こっちはしみじみとイイ感じにしてたのに、なんで謙一たちは馬鹿をやらかすの?」

という麻琴の問いかけに、僕は夜空を見上げるしかなかった。



そんなこんなで楽しかった合宿最後の夜。

僕たちは帰り支度をしていた。

「来週、コミエなんだよね」

「そうだな、ここでこんなことしてる場合じゃないような気もするくらい忙しい夏だな」

「崇はきちんと製本終わらせたんだよな?」

「も、もちろん…地獄だったけど」

「僕を呼び出しておいて、もちろんも何もないよね?」

「そこは感謝してるから」

「うん、崇め奉れ」

「そこまでじゃねえよ。恩売りすぎだろ」



「未来さん、いいの?エルフ衣装全部持ち帰りなんて」

「元々、持ってきたんだもの、問題ない問題ない。ちゃんと洗濯して、コミエの時にでも改めて渡すから、好きにケンチと使いなさい」

「何で、そういう方向に話振るかな?」

「どんな方向だと思ったのか、詳しく」

「もう!」

「いいねぇ、青春だねぇ、ボクも混ぜてもらえて、マジ嬉しいよ。ありがとね」

「イヤだなぁ、成美さん。普段はタメか年下にしか見えてないし、楽しいから問題ないって」

「未来ちゃん。しばらく停止したい?」

「え?荷造りで忙しいのに、ふざけちゃダメだよ、成美さん」

「ホント、男子連中の悪いとこばっかり学んでるよね」

「うわっ成美さん。あと糸2本でキャストオフだったよ、ほら」

「元はTシャツだよね…」

「ちょっと切って詰めてフィット感出したから」

なんて中、望さんはテキパキと片づけを終えている。

「ちょっと男子の方に行ってくるね」

「わたしも」

「麻琴は、そのスーツケースを閉める手段を発明するまで来ちゃ駄目」

「えー」

おかしいな。お土産は別にしてあるから、行きと帰りでスーツケースの中身が変わるわけないんだけど……。

「いざとなったら、成美さんに圧縮してもらいなさい。じゃーねー」

と手をひらひら振って望さんは出て行ってしまった。



「はーい、美人さんの陣中見舞いですよ」

と宝珠がやってきた。

ホントに美人さんだし、突っ込めない。

「望は準備完了か?」

「うん、明日の朝に帰りの服に着替えるだけにしてある」

「結構結構」

「言い方が爺くさいよ、幾美」

「精神年齢が円熟してると言え」

「円熟って時点で、もう」

なんて二人でイチャつき始めたので、他の3人の寂しさが増す。いや、隣の棟にいるんだけどね。

正直、男子側は荷物も少ないこともあり、荷造りは完了。部屋や台所の片づけにバタバタしていたところだ。

「謙一、冷蔵庫の状況は?」

なんて幾美が聞いてきた。宝珠の胸を頭に載せて。何?もう、そういう合体フォームに決まったの?

「生鮮食品は食いつくしたし、明日の朝飯もないくらいにはなってるけど」

ビックリフルーツティーはまだ1ダースくらいあるけどな。

「OK、これで明日は冷蔵庫の電源落としていけるな」

「しばらく誰も来ないのか?ここ」

「雪降る前には空気の入れ替えと掃除しに来るかも、ってぐらいで。冬は雪に埋もれて不便なだけだし」

「スキー場近くにあるじゃん」

「このあたり、除雪もされないから、タクシーも入ってきてくれないんだが」

「そりゃ、もう殺人事件起こすくらいしかやることないな」

「やるなよ」

「……やらない、よ」

「含み持たせるんじゃない!」

「冬の強化合宿はバトルロワイヤル」

「おい!」

「勝者は成美さん」

「「「「だよね」」」」



「成美さーん、このままじゃ謙一に会えないまま夜が明けそう」

「うん、どんな状況なの?まったく」

わたしが状況を見せると、成美さんが引いた。

「こんなの」

「開店大売り出し、だね」

「うん」

「うんじゃないの、もう。ほら、まずは、帰って洗濯するものと、明日着て帰るものに分けて」

「はい」

「指示があるとできるタイプか。あんまり謙一くんの言いなりになっちゃ駄目だよ?」

「え?」

「まぁ、いいや。そんで、とりあえず、皴になってもいいものを圧縮するよ」

「これ」

「ブラなんて入ってない?ワイヤーがバネ状になって、パッドがまっ平らになっちゃうよ」

「どんな圧縮を?」

そんなこんなで手伝ってもらって荷造り完了。「家帰るまで開けちゃだめだからね。二度と閉まらなくなるよ!」

「はい」

「麻琴、荷物を減らす工夫ともう少し大きなスーツケースの両方が必要だと、あたしは見てて思った。よくコスイベでこうならないのか逆に不思議」

「コスイベは持ってくもの決まってるし、お泊りしないし」

「未来ちゃん、気合入りすぎちゃったんだよ。察してあげないと」

「…あぁ、そうか。ごめんね麻琴」

何をどう察していただいたのか?

「じゃあ、みんな、あっち行こう!」

「麻琴、遅らせた張本人が仕切らないの!」

「うぅー」



ようやく麻琴たちもやってきて、母屋に全員勢ぞろいと相成った。

「ほれ幾美。最後の夜のご挨拶をば、ですな」

「謙一黙ってろ」

と冷たく言い放ち、一つ咳ばらいをすると、幾美が語り始めた。

「さて、鳳凰学院高等部生物部強化合宿、最後の夜となりました。この合宿に於いて、女性陣は特に怪我もなく無事に過ごせたことを嬉しく思います」

「男子は虫刺されやら服の焦げやらあったがな」

「黙れ幸次。とにかく、今年の2月のイベントで出会って半年。皆でこうした旅行が出来たことの喜びと、それに協力してくれた成美さんへの感謝を込めまして、ここで乾杯をしたいと思います」

崇が全員にビックリフルーツティーを配る。

女子全員から睨まれる崇。

「謙一が、これをって」

という余計なことをつぶやき、僕にヘイトな圧力が集中。

「今飲まなきゃだめ?」

という麻琴の無責任爆弾発言は何だかスルーされた。

「それじゃ、みなさん、今日までの感謝と、帰りの無事を祈って、乾杯」

「「「「「「「かん、ぱい」」」」」」」

こんなイヤイヤな乾杯唱和、初めてだ。

皆仕方ないといった感じで、一口飲み、信じられないという顔でペットボトルを見つめる。

「気づいたことがある」

と、真剣な顔で幸次が言った。

「成分表示の上から2番目に、パクチーって書いてある」

成分表示は含有量の多い順に表記される。

「このメーカーの遠大な計画倒産の罠にハマった気分だ」

「なんで、最後の夜にこんなイヤな目に」

なんか未来さんが泣きそうだ。可哀そうに。

「ケンチが他人事みたいな顔してる。成美さん、ケンチの停止スイッチを押して、二度と悪さしないようにしない?」

「グッドなアイデアだね」

くそ、宝珠め!

そして僕は物凄く胸を揉まれつねられ轟沈した。その様子を麻琴が体育座りで鼻息荒く見ていて助けてもくれなかったことが気になった。変な性癖に目覚めませんように。

皆、シャワーで汗を流したいという話になり、合宿最後の夜の饗宴は、あっけなく幕を閉じた。疲れたしね。半日もコスしてると着疲れするんだよ、ほんと。

最後の夜くらい、同じ布団で寝たかったな。なんて考えてたら宝珠が真顔でこっちを見てた。

もうやだ、あの人。

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