第9話 笑!?小バカップル・中バカップル・大バカップル

放課後の生物部室。僕が行ったときには、すでにきょうが怒っていた。

昨日のコスロードで見せつけてやったことに怒って、幸次こうじに絡んでいるようだ。

おちょくられるのに慣れてないからなぁ。

ふう…

「恭ちゃん、怒りなさんな。自分だって、中学の文化祭の時にどっかの女子を何人か連れてきて、見せびらかしたじゃん」

「…そういやそうだ。おれちゃんもやったわ」

治まった。

逆に、なんでそんな簡単にスイッチが切り替わるのか不気味なくらいだ。

幸次も一瞬、恭を睨みつけたが、ため息をついて視線をそらした。

隅の方で幾美いくよしたかしが何やらコソコソと密談しているが、どうせ惚気のろけあってるだけだろうから無視。

「で、恭ちゃん。昨日の収穫はあったの?」

「3人くらいはLIME交換出来た」

ホントに実績上げてくるから怖い。

「でも、レプタイルズプラネットに興味ある系の娘たちじゃないから、週末はシングル参加する」

「あ、おれもシングル。成美なるみは爬虫類とか苦手だってさ」

「つまり、蛇を持っていれ、攻撃されない?」

「それはどうだろう。隙を見せたら最期的なフラグとしか」

「くそっ、だめか…そこの隅っこのホヤホヤ二人組!レプタイルズプラネットにムリョウさんと宝珠ほうじゅ、来るの?」

「「謙一けんいちとの約束守って来るってさ」」

普通、揃うようなセリフじゃないと思うが、まぁいいか。

何とか整ったのかな。

「じゃあ、幾美、当日の仕切りよろしくね」

「え?」

「え?じゃねえ!生物部の部長として、部の課外活動を仕切るんだろ?」

いかん、色ボケモードか?これが幾美の色ボケモードなのか?

「副部長~、部長がバカ」

「確かに」

幸次がうなづく。

「誰がバカだ!当日はちゃんと仕切るから心配すんな!前売り券買うから、謙一も崇も二人分金よこせ」

「極端なんだよ、スイッチの入り方が!かんのむしか?」

「この年になって、かんのむしなぞいるか!」

「副部長~、部長が怖い」

「確かに」

幸次はうなづくだけで、何もしない。

ふと、麻琴まことに慰めてほしくなったが、ここで弱気になってはいけない。僕のエゴは強い。

僕は財布からお金を取り出し

「ほら、二人分だ。買ってこい」

無言で頭部に拳固が飛んできた。

「謙一、お前が払うと、オレも払わないといけなくなるからやめろよ」

崇が最悪のタイミングで最低のツッコミを入れてきた。

「うるさい、衆生しゅうじょうを救うために財産放出しやがれ」

僕が頭を抱えながら突っ込み返すのを笑ってみている幸次。

僕の居場所、これでいいのか?


                  ※


いつものカフェ。いつものメンツ。

でも、未来みきさんは微妙にテンション高いし、のぞみさんは微妙に物腰が柔らかくなった…気がする。

「で、麻琴はあれ以来、ケンチとは進展あったの?」

「そうそう、大人になっちゃったのかな?」

「こういう時って、昨日告白騒動のあった二人から、話が始まるんじゃなくて?」

「え?違うよ」

望さんに真っ向否定された。やっぱ変わってないや、この人。

「だって、普通そういうもんじゃ…」

「それが普通になったのって、何年何月何日何時何分何秒、地球が何回回ったとき?」

「一番年上が一番子供っぽい屁理屈言わないで」

「屁理屈も理屈の一つですぅ」

和尚の悪影響なのかな?和尚もへし折り依頼対象リストに入れておこう。

「さて、麻琴をからかうのもこの辺にして、今週末だよね、レプなんとかって」

「レプタイルズプラネット、ね。和尚と話したんだよね?」

「ん~、ほら、あいつ、生物部としては戦力外、的な?」

「謙一は、真の戦力外はキョウジだけって言ってたよ」

「何気にケンチの信任厚いよね、あいつ」

「あの男が信用できないやつを周りに置くわけないでしょ?」

「それもそうか」

ん?違和感…。

「望さん、謙一との距離感おかしくない?」

「ん?妬いちゃった?」

「そ、そういうんじゃなくて…」

なんか、やっぱ、女として…うぅ。

「私は、友人としてケンチを気に入ってるだけ。そもそも、ケンチは私なんか恋愛対象外だから安心しなさい」

「対象外、なの?」

「お互いドSだから」

「ド、エ、ス?」

「大丈夫。それでも麻琴の方が強いから」

「…よくわかんない」

「そのうちわかるから…それに私には幾美がいるしね」

凄く遠回りして惚気られた感。そしてスルーされるキョウジさんの話。

「ほら、惚気は当日見せてあげるから、何着ていくか相談しよ。コスイベ以外で初の集合で、しかもトリプルデートでしょ」

「別に見せてほしくはないけど、私の幾美が仕切るツアーみたいなもんだし」

「私の~とか、入れてくんじゃん望」

結局二人とも浮かれてるんだね、わかりました。

「謙一からは、来場者多いし、会場内歩き回るから、動きやすい方がいいよって」

「ならスニーカーになるから、ラフ目でいっか、いつもの場所だし」

「会場は同じだから、そのあとの打ち上げも同じ感じよね、きっと」

「少し無茶ぶりして、いつもと違う感じをリクエストしちゃう?」

「あの、実はみんなお坊ちゃまだから、下手に本気出されると困るの、わたしたちだと思うよ」

「あ、私は平気」

「そりゃ、望様は平気でいらっしゃるでしょうが、あたしと麻琴は困るってば」

「高校生が分不相応ぶんふそうおうなことしないでしょ。私と幾美だけならまだしも」

「望は惚気も強気だよね」

「…そのうち落ち着くから、今だけは大目に見て」

「乙女だねぇ」

なんだろう、この変わりよう。自分も相当、アレだと思うけど、こっちはギャップが凄いんだよね。


                  ※


「っていう感じの話がずっと続いたの」

「なるほど。まぁ幸せそうなのは良いことだ」

麻琴からの報告の電話で、女子チーム側の状況を教えてもらった。

「宝珠にマウント取れるかもなぁ」

「…ドS」

「な、何が?」

「ドS謙エッチ」

「惨い称号を増やさないでほしい」

「いいの。わたしは強いから」

何かしらを、あの二人から吹き込まれているのは分かった。


                  ※


そして、ついにレプタイルズプラネット当日を迎えた。

駅やイベント入場列で待ち合わせると、わかりづらいし、迷子続出なのが確定なので、会場と同じ建物の中央部の吹き抜けにある、巨大な噴水ステージ前での待ち合わせと相成った。

「ここでショーをやって水に落ちるパターンをだな」

「噴水の吹き出し口で串刺し刑ってのを公開するのか?悪趣味だな」

「危ないな」

「うん、危険だ」

と早く来た幸次と僕で下らない会話をしていると、麻琴が来た。

「おはよ、麻琴」

「おは!」

「おはよ~、二人とも早くない?」

「死のトラップをより先に仕掛けるために」

「命がけのバトルなんだ、麻琴」

「うん、二人とも朝からバカなのは判ったから、目を覚ましてね…あ、望さんと未来さん来た」

と、走り去る麻琴。

「要教育だ、謙一」

「お前んとこの骨折り魔もな」


「おはよ、望」

「おはよう未来」

私と未来は待ち合わせたわけでもなく、会場最寄りの駅で偶然出会った。

「あれ?部長は?」

「そっちこそ和尚は?」

「なんか、いざとなると、ね。望もでしょ?」

「うん、手のひら返したみたいで、二人そろって、いきなりケンチに会うってのがね」

「だよねぇ」

「色恋沙汰で啖呵切たんかきるもんじゃないって、よくわかったわ」

「絶対、ケンチは気にせず普通に接してくるだろうけど」

「こっちの気持ちも知らずに、ね」

「でもさ、引け目なんてさ、一方が感じるだけなんだから、感じてる側の問題でしょ?」

「あなたから大人な意見聞くとびっくりするわ」

「あたし先輩。あなた後輩」

「それは知ってる」

「そうですかっ!」

未来が私の肩に腕を回して引き寄せた。

ドキっとした。未来、同性に持てるのわかるわ。かっこいいんだもの。…幾美から乗り換えちゃうか?

同性同士ならあの制約も…

「望、悪だくみしてる顔になってるけど?」

「え?嘘?」

「無表情に見せて、唇の片端だけ、ちょこっと吊り上がるんだよね、望の悪だくみ顔」

そんな癖あったのかな。治さなきゃ。

外面似菩薩内面如夜叉げめんじぼさつないめんにょやしゃを心がけてたんだけどなぁ」

「JKの心がけじゃないわな」

「そうだね」

オタク同士だと、こんな言葉も通じちゃうんだ。まったく、なにその知識。

私と未来は楽しく笑いながら、待ち合わせ場所に近づいて行った。


まさか、このおれちゃんともあろうものが、カップルだらけの中に独り身で突入することになるとは、数か月前なら夢にも思わなかった。

別に嫌なわけじゃないし、寂しい…のは、ちょっとあるかもだけど、そもそもいつものメンツだし、行くのが億劫おっくうでもない。

ただ、おれちゃんから振ったのに、心の片隅にある敗北感に折り合いがつかないだけ。

謙ちゃんには今日の二次会の会場探し、この前とは違う感じでって頼まれたし、探したし、予約もしたし、盛り上げなきゃ、だぜ。


待ち合わせ前に待ち合わせると、遅刻の可能性が高まると望さんに言われた俺は、なんとなく寂しい気持ちを引きずりながら会場へと歩みを進める。

どや顔でイチャついて見せつけるなど、俺の主義ではないので、現地で会えるのを楽しみにしようと心に決めた。

こんなことをあいつらに言うと、120%いじってくるので言わないが、彼女に出会うに至った、彼らとの付き合いには感謝…自分を誉めてあげたい方が強くはあるが。

部長としても今日の仕切りはきちんとしないといけない。少しでも、望さんに対してマウントを取りたいから。油断するとマウント取られっぱなしになるからな。


「それじゃ明日だけど…」

「うん、そんじゃ、会場でね」

と昨晩、未来さんに電話を切られたオレの気持ちを答えよ。と問題を出したくなる朝。

シャワーを浴びて、昨晩準備した服に着替えて、さぁ出陣。

駅に着いたら、踏切の安全確認とやらで電車が止まっていた。

おのれ、これが法難ってやつか!

という思考はあいつらに毒されてるので切り離そう。

電車は動かないけど。

「遅刻、かな…」

未来さんと謙一にメールしておこう。チケットを幾美がまとめて持っているのが救いではある。


「崇、遅れるって」

「あははは、2次会の費用全額持ちなんて、大変だな、あいつ」

僕と幸次が談笑していると、ムリョウさんと宝珠が来た。

「おはよっ」

「おはよう、ふたりとも」

「おはよ。ムリョウさん、崇からメール…」

「うん、あたしも受け取った」

「ここぞというときに遅刻とか、和尚ってば」

「逆に持ってるんだよ、宝珠、あいつってば」

「どういうこと?」

「遅れて登場する崇を見て、ムリョウさんの表情が満面の笑みになるじゃん?」

「うん、そうだね」

「勝手に人の表情決めるな、ケンチ、望」

「それでね、2次会費用全額持ってくれるんだ、きっと」

「希望を持つのは大事」

「嫌な意気投合してるな、ふたりとも。あたしの味方はいないのか」

「それが遅刻してるわけで」

と、幸次も参戦。

「くっそ、崇め」

ムリョウさん、なにやらメールをし始めた。可哀そうな崇。

さて、麻琴で癒されようと思って、見回すと、何やら、到着した幾美に話しかけていた。

報告報告。

「幾美、おは」

「おぅ、このうるさいのを黙らせろ謙一」

「僕の麻琴が、なにか?」

麻琴が真っ赤になって黙った。

「とりあえず、崇が2次会の費用全額払いたいから遅刻するってさ」

「ふぅん、殊勝なことだ」

「謙一、ホント?」

「事実かどうかより、皆の気持ちが大事なんだ」

「また、もう…和尚だからいいけど」

僕色に染まっていく麻琴。

僕は宝珠の方を親指で示して幾美を行かせた。

「で、幾美に何絡んでたの?」

「絡んでないよぉ。望さんが惚気てたって話しただけ」

「あいつ、どんな反応した?」

「フーンって平静を保ってた」

「それがどうした?って言うでもなく、平静を保ったふりを、か」

「ふりだよね?」

「もちろん、そうさ。立派なバカップル候補だもの、平静なわけがない」

と二人で笑った…ん?

殺気を感じて振り向くと、幾美と宝珠がいた。

「幾美も宝珠も平静を保て!」

幾美は無言で僕の頭に拳固。

宝珠も無言で麻琴の頬を引っ張って伸ばした。

「「口は災いの元」」

と、二人きれいにセリフまで揃えてくれた。

僕は素早く麻琴を連れて、そこから離れた。

「幾美が二人」

「望さんが二人」

「似たもの同士じゃないか、あいつら」

「ホントだよ。ねぇわたしのほっぺ、伸びてない?」

「かなり伸ばされてたけど、戻ってるから大丈夫」

「よっ!バカップルちゃん、元気ぃ?」

と恭に肩を叩かれた。

「バカップル言うな。今は幾美のとこがバカップルだ」

「へぇ、うまくいったもんだねぇ」

「恭ちゃんが身を引いたおかげだな」

「あははは、優しい謙ちゃん好き」

「と・る・な」

麻琴が恭を睨む。

「真理愛ちゃん、おれちゃんはそういうんじゃないよ」

「信用しないもん」

「厳しいなぁ」

麻琴…僕らを腐った目で見ないでほしい。

ただ、恭が怪しいのは確かなので、強く否定できない。

「恭ちゃん、崇が皆に奢りたくて遅刻してくるから、とりあえず全員揃った状態」

「りょ」


「はいはい、生物部員およびゲスト部員、集合!」

幾美が声を張り上げるから、無駄に注目を浴びる。

でも皆レイヤーだから、注目を浴びることには慣れているから平気だ。

「今から入場チケットを配ります。はい、一列に並ぶ!」

なんだろう、むかつく。

ちゃっかり、一番後から来た恭が先頭にいることを含む。

「ムリョウさん、崇の分のチケット、持っておいて」

「は~い」

そんなこんなで、チケット(金は払っている)をありがたく部長より拝領はいりょうした。

「会場行く前に簡単に流れを説明する。最初に、空いているうちにふれ合いコーナーに行く。そこでゲスト部員には、爬虫類や小動物に慣れてもらう。それから、こっちも空いてるうちに軽食コーナーで朝食。ゲテモノを食べてもらう」

女子3人、一斉に嫌な顔をする。

「俺たちと付き合う上での洗礼と思ってほしい」

「そんな宗教に入信しません」

とムリョウさんが手を挙げて発言。

「手遅れなので却下」

「きゃっ…か…?」

あ、ムリョウさん固まった。可哀そうに。

まぁ、食べさせるけど。

「謙一」

麻琴が僕のシャツの裾をクイクイ引っ張る。

「なに?」

「聞いてない」

「まぁ、うん、サプライズ?」

「むぅ」

「虫じゃないから大丈夫。肉だよ、今日は確か」

「…ならいい」

強い君が大好きだ。

幾美が手を叩く。

「ほら、説明続けるぞ!」

だから、注目を…平気だけど。

「そのあとは、いくつかディーラーを回りながらそこの生き物の説明。そしたらいったん解散して自由行動。正規部員はあとでレポートの作成義務があるので忘れないように。あと、写真撮影はNGなブースが多いので注意。自由行動後は再集合して2次会へ。予約OKだよな恭」

「OK、OK」

「それじゃ、入場待機列へ移動する」

幸次が

「旗でも持たせればよかったか」

とつぶやいたのが耳に入ったらしく、

「部の旗…部旗か…ありかも」

なんて言い出す幾美に

「ねえよ。生物部が旗作ってどこで活用すんだよ?全国大会なんてないぞ」

と、突っ込んだが全力で無視された。麻琴が頭を撫でてくれたので救われた。


「ふーん、更衣室待機列と同じくらい並んでるのね。凄いのね」

と列に並んだ宝珠が言ってるが、行列基準がコスイベなのも大概なんだよな…と思っていたら、にらまれた。

どうして、心を読むかね、あの娘は。

「あ、崇、電車動いたって」

とムリョウさん。

「絶妙なタイミングで軽食を奢りに来そうだな」

「あいつのありがたい施しを受けようじゃないか」

ありがてぇありがてぇと僕と幸次で盛り上がる。

「未来さん、仮にも彼氏が、この扱いでいいの?」

「麻琴、面白ければいいの。あの人はね」

麻琴の心配をよそに、謎の達観に至っているムリョウさん。

「ふーん、ならいいけど」

いいのか、麻琴よ。

ま、いいんだけどね。

それから30分ほどして開場。列が動き出した。

「ほらはぐれず付いて来い、我が部員どもよ」

麻琴を連れて逸れてやろうかと真剣に思えるセリフを吐く幾美。

「成美さんに今度折るように言っておいて」

と麻琴が物騒なことを幸次に言っているし。

いずれ、生物部員全員骨折するんじゃなかろうか。


受付で入場チケットとリストバンドを引き換え。このバンドを手首に着けていれば、当日は入退場自由だ。

巻いてシール面で留めるのに四苦八苦している麻琴を助けつつ、他の面々を見ると、なぜか恭がムリョウさんのバンドを巻いてあげていた。紳士というか、目ざといというか、手が早いというか、ホント。

「総員装着完了だぞ、くそ部長」

「くそが余計だ。さぁ、まずはふれ合いコーナー。一人500円だ」

「ムリョウさんの分はとりあえず、おれちゃん出すよ。あとで崇に倍額請求すっから」

「え?あ?うん」

ムリョウさん、急な紳士攻勢に戸惑いを隠せない様子。

宝珠が冷ややかな目で恭を見ているのが、またなんとも。

いいよ、僕は、隣で僕の手をぐいぐい引っ張っている、ビーストテイマーに集中するから。

「ね、ね、何乗れる?」

「乗れるのいないって言ったでしょ?」

「そっか…」

テイマーはライドが必須ジョブなんだろうか。

「あはは、ほら、アミメニシキヘビ、一緒に持って写真撮ってもらおう。3mくらいあるから、この中で一番長いぞ」

「長さは求めてないけど…いきなり呑み込んでこない?」

「そういう映画好きだけど、ここでそういうアニマルパニック展開は無いよ」

「ホント?」

「こういう事で嘘つく彼氏は、もはやサイコパスだから」

「…ドSサイコパス謙エッチ」

「悪口だからね、それもう」

「人には言わないよ」

「はいはい、さぁ、写真撮ってもらおう。こっちおいで」

他の連中は、と言えば、恭と幸次ふたりでムリョウさんの相手してるようで、ムリョウさんにアオジタトカゲ持たせたり、モルモット抱かせたり、何かと絵になる写真を撮っている。幾美宝珠ペアは…二人して腕にメンフクロウ乗せて写真撮ってもらってる…何だか妖しい雰囲気を醸し出すのはなぜなんだ?

「スベスベして冷っとして重いね」

いきなり彼女にアミメニシキヘビ持たせる僕も大概だけどな。

「こんな写真見せたら、お母さん、悲鳴上げちゃうよ、きっと」

苦笑いしかできない。

「次は毛のあるやつがいいな」

「はいはい、モルモルをモルモルしよう」

「モルる、モルる」

日本語が不自由になったかのような会話をしつつ、モルモットのコーナーへ。しゃがみこんで麻琴にモルモットの抱き方なぞを伝授していると、背後から何かがドンっとぶつかってきた。小さなお友達の邪魔でもしてしまったかと振り返ると、カピバラだった。

野放し?

「麻琴、大きいモルモル来たから触ってみ」

手にしたモルモットを優しく下へ置くと、麻琴はカピバラの頭を撫でた。

「ゴワゴワしてる」

「触り心地は悪いわな。何事も体験だ、ビーストテイマー」

「そだね、うん」

そのあと、デュビアという野生のゴキブリを見せたが、さすがに触るのを拒否された。インセクトテイマーには成れんな。

あまり度が過ぎると、さっきの悪口を流布されると思うので、ベンガルワシミミズクの隣に麻琴をしゃがませて撮影。

「あまり大きさ変わらんな」

「もしかして、攫われる?」

麻琴が抜き足差し足で恐々とその場を離れた。

「もっとでかいワシミミズクでも小さい鹿がせいぜいだと思う」

「そっか」

「でも攻撃されたら流血必至だよ」

「人類の敵?」

「違うぞ」

「なら仲良くしないと」

その場にいる、係の人に触っていいかを確認。許可が出たので麻琴に触らせる。

「よしよし…おぅ」

触っていて、ちょっ身体も触ろうと指を入れるが思いのほか、本体に行きつかず、羽根の量や長さに驚くという鳥類あるあるだ。

「人間が自分の筋力だけじゃ飛べない秘密が、そこにあるのだ」

こういう解説は生物部部長の役目…ダメだ、二人して白と黒の蛇を持って撮影してる。

「ケンチ」

おっと、唐突にムリョウさん。

「崇が会場の外に着いたって。迎えに行ってくるね」

「ふれ合い堪能した?」

「充分、充分。んじゃ、ここに連れてくるから」

「はいはい」

とムリョウさんを見送る…って言っても、入口からすぐ近くなんで待つほどもなく、二人して戻ってきた。

「幾美、和尚が現世うつしよに降臨」

「あいよ。んじゃ、みんなコーナーから出て」

ぞろぞろ出てきて、通行の邪魔にならないように左右に散らばる面々。

その真ん中を

「すまん、すまん」

と謝りながら崇とムリョウさんが通るという、おかしなパレード状態に。

「崇、お前の彼女は、おれちゃんが持て成しておいた。金を出せ。今日はずっと」

恭が崇の首根っこを脇に抱えて絡み始めた。

「なんでだよ」

「ムリョウさんのふれ合いコーナー入場代」

「それはわかった」

「この後の軽食コーナーの全員の食費と2次会の全員の食費」

「それが納得いかんわ!」

ムリョウさんも笑ってみている状態なので、問題ないだろう。恭も鬱憤うっぷん晴らしたいんだろうし。


一団となって軽食コーナーに向かう中、女子たちは通路に居並ぶ販売ブースの異様に気圧されていた。

水槽や、ケージや、スーパーで総菜を入れるようなパックにまで入れらている爬虫類両生類小動物。それらが、値札を付けられ、皆販売されているのだ。種類も数も動物園の比ではない。

解説タイムは後なので、粛々と目的地を目指す。


「今日はサメとダチョウとワニとクマのようだ」

幾美が軽食コーナーのPOPを見てうなづいている。

「順当だね。サメナゲットとダチョウの卵焼きはシェアして、クマ串とワニ腕唐揚げは人数分で良いかな?」

と、僕の提案。

「いいんじゃないか」

と幾美の許可(そもそもいるのかは不明だが部長だから一応)も頂いた。

「ナゲット2パック、卵焼き二皿、串とから揚げ8本ずつね」

素早く幸次が購入列へ。

「恭ちゃん、崇、女子たちと場所取りお願い」

「りょ」

「崇、金」

「ざけんな、未来さんの分しか出さんからな」

「ひゅーひゅー」

あ、悪目立ちしてる。

あ、女子三人がこっちを睨んでる。

と、男子全員気づきましたので、静かにしました。

「とりあえず、おれがまとめとくから、後で清算よろしく」

そっぽを向いて返事をしない男子4人。

いや、まぁ、払うけどね。リアクションはお約束なだけで。

そもそもトータル3万近いと思うし…

販売員の人も、いきなりの大量注文に驚いてるし。

「ちょっとだけ間が離れたけど、4人席2つ取ったよん」

と、恭が来た。崇はちゃっかりムリョウさん並んで座ってる。

なんだろう、こっち来て手伝えと言いたいが、4人いれば人手は足りてるし、奢ってくれないし、いいか。

もう一方の4人席には麻琴と宝珠が座ってる。おのずと男子の席が決まるのだな。

そして厳かに配膳が始まるのであった。

サメナゲット、ダチョウ卵焼き、クマ串焼きまではいいが、ワニ腕唐揚げの時点で女子全員フリーズ。

まんまだもんな。そんな様子を無視して幾美が解説を…もう一方の席では幸次が解説を始めた。

「サメ肉は、練り物にも使われたりするから、さほど珍味じゃない単なる魚肉だけど、単品でナゲットってのがレアかな。ダチョウはどうしても比率的に黄身より白身が多くなるから白っぽい仕上がり。クマはクセがあるから、無理だったら残して崇にあげて」

「ん?」

崇が反応したようだがスルーするのはお約束で幾美が解説を続ける。

「ワニは見た目のインパクトだけで、淡白な鶏肉の味。まぁ、映えメニューってやつかな指先まで含めて20cmくらいあるけど、可食部は衣つけて揚げてある付け根の方だけね」

「麻琴」

「望さん」

「「どうぞ」」

と、レディーファーストな僕と幾美。料理と僕らを交互に見やる二人。

「まずはサメを」

「謙一」

「なに?」

「毒ないよね」

「あはは、フグじゃないんだかっ」

余計なツッコミをした幾美が宝珠の視線で麻痺した。

「だいじょぶだいじょぶ、周りにも食べてる人いるでしょ?死んでないでしょ?」

「ケンチ、楽しそうなのがむかつく」

僕も麻痺。

そこまでしてから意を決したのか、二人が食べ始めた。

「サメ、独特な歯ごたえない?」

「ダチョウ、白身が多くてわかりづらいけど、黄身の味は鶏と違う気がする」

「クマきっつい。和尚行き」

「ワニ、ちょっと固めだけど美味しい。唐揚げ味だからかな」

宝珠も麻琴もワニの腕を咥えて写真撮ったり、勢いで慣れたようで良かった良かった。

その分、男子三人から見つめられながら食べる羽目になったムリョウさんが可哀そうな気もするが、そういうとこをカバーするのが崇の役目。

…一緒になって笑ってるから、ダメだ。

そんなだから、クマ串が山積みされるんだ。

「どうか、この、炎に飛び込んだクマの肉を食べて差し上げてください」

「うるさい」

拝みながらからかう幸次に怒る崇。それを見て笑う、その他大勢。

平和だ。


さて、小腹と小ネタが満たされたので、幾美が懇意こんいにしている販売店のブースへと全員で移動。

で、幾美がオーナーの人に挨拶して、女性陣を連れてブースを一周しつつ解説をする。

ここは爬虫類、両生類、猛禽もうきん類、小型哺乳類と満遍まんべんなく扱っているので、入門にはうってつけなのである。ふれ合いは出来ないが、

フラッシュさえ焚かなければ撮影OKなのが嬉しい。大半のブースは撮影も禁止だから。

動物園じゃなくて、全部売りものなんだから、当然と言えば当然なんだけど、動物園にもいないやつがてんこ盛りだから、撮りたくなるよね。

幾美の解説も特定の生物じゃなく、分類毎に特長を解説するという、詳細は付き合ってる相手任せの入門編の話しかしてない。

10分ほどで話し終え、幾美がやってきた。

「そういや、コミエの当落発表ってまだだよな?」

「うん、来月頭くらいだから、あと2週間くらいか」

「ここでの体験記みたいのを同人誌にしたいと思う。そのつもりで自由時間、よろしく」

「うん、そりゃいいけど、幸次や崇にも言っといてくれよ」

「判ってる判ってる。んじゃ解散。1時間後に会場外で、な」

ざついよね。いいけど」

よし、麻琴と遊ぼう。

と、麻琴の姿を探すと、カメレオンのケージの前で反復横跳びのような動きをしていた。

よくわからないし,可愛いんだけど、邪魔になるから止める。

「人にぶつかるよ」

「あ、謙一、カメレオンがね、わたしのこと、目で追うの」

なんかちっちゃいものがちょろちょろ動くから餌とでも思われたんだろうか?言うと怒るから言わないけど。

「独特の目の動きで、左右別々のものを追えるのが特徴だね。保護色というより、感情だったり繁殖期だったりで色が変わる。なんで、結構派手でしょ?」

麻琴が遊ばれていたエボシカメレオンも赤や黄色や緑の模様になっている。

「ホルモンの関係で色の変化を起こすから、マンガみたいに素早くは変化できない」

「へぇ」

オタク語りの早口にならぬように気を付けながら話す。

「自由時間だから、二人で回ろ」

「うん」

当たり前のように手を繋いでくる麻琴。

うん、迷子の危険度120%だからな。

「じゃあ、次はあそこのカエルを見てみようか」

「毒?」

毒ブームなのか?

「ヤドクガエルってのが毒あるのでは有名。ほら、そこの水槽にちっちゃい派手な色合いのいるでしょ」

「ちっちゃ!かわいい」

「飼育用に繁殖したのには毒がないって話だけど、一匹一匹確かめるのも難しいし、触らない方がいいやつ」

「へぇ、ちょっと飼ってみたいかも」

「乗れないよ」

「乗らないよ」

「フロッグテイマーってのもマニアックだよね」

「カエルはテイムしないから」

「大きいのもいるよ…あ、ホントにいた」

「ホントにって…」

「ゴライアスガエル。レアだよ」

「レアでも可愛くないよ、この子」

全長30cmくらいのガマガエルだもんな。どっちにしろ乗れないし。

「じゃあ、ほらこのわらび餅みたいなのを大量に相手に投げつける技」

「謙一はわたしに何をさせたいの?これ、可愛いけど」

「アメフクラガエルだよ」

「怒ってるの?この子」

「いや、そういう顔」

「へんかわいい」

うん、この娘で良かった!と思えるリアクション。


「で、望さんは、何か見たいジャンルはある?」

トカゲやヘビモチーフのアクセサリのブースを、なんとなく冷やかしている望さん。

「ん?そうね、蟲かな」

「虫?」

「うん、蟲」

なにか行き違いを感じながらもクモやムカデ、いわゆる奇虫というジャンルを扱うブースに。

「こういうのに興味あるとは」

「蟲毒的にね」

「そっちの蟲か…ってやるの?」

「出来るわよ。やらないだけで」

「出来る彼女を持って幸せだ」

「ご依頼はいつでもどうぞ、幸せ者さん」

もしかしてヤンデレの方向に行きかけてないか?と恐怖を心に仕舞う俺であった。


「崇はあたしに何を案内してくれるのかな?」

「未来さんは、何類を見たいのかな?」

「質問に質問で返すのはルール違反だぞ」

「そういや、何かモフモフしたのが好きだったよね。はい、哺乳類コースね」

「さっき、モルモットとカピバラは触ったから、他のね」

「オレ、あんまり詳しくないから、部長たちみたいな解説は出来んぞ」

「その辺は期待してないから大丈夫。店の人に気になったら聞くから」

落ち込んでいいかな、ここで。

「ほら、落ち込むな。成長の余地が大いにあるから期待してるんだぞ。成長してあたしを楽しませて、ね」

なんて手を握られてウインクまでされちゃ、発奮するしかないのが男子の哀しき定め。

「じゃあ、ほら、あそこにいるのビントロングだから、見てみ」

「瓶…と、ロング?…変な犬?」

「犬じゃない。ジャコウネコ」

「猫なのこれ!」

「いや、猫じゃなくて、ジャコウネコって別種の生き物」

「なんかよくわかんないやつだね。結構でかいから、麻琴が乗りたがるかも」

「乗れるほどのサイズじゃないでしょ。1mも無いし」

タヌキようなキツネのようなレッサーパンダのような、とにかく独特の顔と存在感。

「なんか、猫の肉球みたいな匂いのする子だね」

「そういうのも特長の一つかな。ジャコウっていう香料がある」

「妙な愛嬌がある顔」

熱心に見る未来さんに販売員の人が近づいてきた。

「いかがですか?この子なんて、人にべた慣れしてますよ」

「へぇぇ、崇、遅刻した詫びにこれ買ってくれるべき」

「高校生の買える値段じゃないから」

「じゃあ、彼が将来稼いだら、買いに来ますね」

「あはは、気長にお待ちしてます」

と、その場を二人で離れた。

「うちの犬も、あたしの言うこと聞かないのに、アレが言うこと聞くと思えないのよね」

「じゃあ、欲しがるな」

「ん?あたしも、崇の言うこと聞かないよ」

「ああ言えば、こう言う…もう」

そこで、オレは勇気とヤケがない交ぜになり、未来さんの耳元に口を近づけ

「それでもオレは未来さんが欲しいけど」

「なっ」

未来さん、真っ赤になって絶句。勝ったな。


「麻琴、ほら、あそこでムリョウさんが見事な婚姻色に」

「普通に和尚になんか言われて照れてるだけでしょ。変な表現しないの」


「望さん、ムリョウさんが婚姻色に」

「そういう季節なんでしょ。攻めるくせに反撃に弱いのよね、未来ってば」

こういうネタが通じるのが嬉しい俺であったが、自分だってそうでしょ?というところまで突っ込めない弱さを恥じる。


「なぜ、恭はおれに付いてくるのかな?」

「え?カップルの邪魔するほど野暮やぼじゃないし、おれちゃん一人でまわっても、よくわからないし、レポート書けないとイクミン怒るし」

「そうだよな、そんなこったろうと思ったけどさ」

別に部活のレポートなんて出さなくても成績には関係ないし、顧問の宮内先生も誰かひとり出してれば文句は言わない。要は活動日誌みたいなものだから。

律儀なのか、成績に響くと思い込んでるのか、突っ込んで藪蛇になるのも嫌なんで放っておこう。

でも、こいつに一々解説するのもアレなんで

「あっちこっちにアクセサリーとかのグッズ売ってるブースあるじゃん?」

「うん」

「要は生物モチーフで十分生物部的に意味のあるものだから、レポートのネタ、それにしたら?おれと一緒に周ってネタ被ってもしょうがないし」

「…それもそうか!それならわかるし、んじゃ、そっち方面周るわ」

と、速攻走り去った。素直なのは良いことだ。

前回までは5人揃って周って、レポート書いたもんな。バリエーションがある方が、宮内先生も満足度高いだろ。

さて、おれは…かたよりのない俯瞰的ふかんてきなレポートにしておくか。彼女連れだと、偏った動物選んでそうだし。うん、副部長らしい気遣い。


そして一時間の自由時間が終わり、

「僕はカメレオンとカエルで」

「俺は奇虫とヘビ、トカゲ」

「オレは哺乳類」

「俺ちゃん、グッズ」

「おれは満遍なく見といたから、皆の抜けてる分で、鳥類と亀くらいでいいかな?部長」

「OK。学校提出用は箇条書きで見た種類や、簡単な感想を書いてくれ?」

「学校提出用以外にあんの?イクミン」

今回は距離を取っていたので拳固を食らわずに済んだ恭ちゃん。

「てめ…コミエ用だ。同人誌のネタとして、詳しく楽しくイベント紹介的な原稿もいる」

「いるって、受かってもいないのに…受かってないよな、まだ」

崇の困惑ももっともだ。捕らぬ狸の皮算用かわざんよう過ぎている。

「当落の通知は僕宛に来月頭に来るから」

「俺ちゃん、そんなに書けないって」

「判ってる判ってる。写真は撮らせてもらえたか?」

「うん、その辺はバッチリ」

「なら、いい。学校用だけきちんとやってくれりゃ」

そこへ、ムリョウさんが前に出てきた。

「あんたたち、コスプレだけじゃ飽き足らず、コミエにサークル参加までする気?」

「そのつもりだけど…あ、三人ともコスプレして売り子してくれると嬉しいんだが」

さすが幾美、図々しいにもほどがある。

「私たち3人の予定は無視、と?」

あ、怖い宝珠出た。

「ん?あ、いや、さ」

押されてる幾美、面白いから黙って見物。

「謙一さ、どうせ責任者なんでしょ?立場的にどうなの?」

しまった、こっちに来た。

「先程の幾美の発言、皆の総意を得ない、独断で独善的な発言であり、誠に遺憾いかんであります」

「わたしに遺憾?」

「麻琴さん、違いますよ。あなたには好感しかありません」

「ならいい」

「「バカップルめ」」

?、新バカップルにバカップルと言われたぞ。

「どうせ、具体的な予定なんて、端から無いでしょ、望」

「未来、ばらさないで。いいところなんだから」


そんなやり取りの後は2次会だ。

いつぞやのように、恭を先頭にゾロゾロと街中を行く8人。

いつぞやと違うのは、女子3人がそれぞれのパートナーの横にいる、ってこと。

そもそもの、いつぞやも、たった3ヶ月前なんだけどね。

で、今日は必然的に恭の横は幸次だったりするわけで。

あの二人、相性がいいのか悪いのか、小学生の頃からちょこっと喧嘩しては、すぐ、普通に戻る。

「謙一、2次会って高級フレンチ?」

「どこからそんな情報を?」

「えっと、未来さんと望さんと話してて、皆お坊ちゃまだから、そんな可能性もあるんじゃないかって話に」

「動きやすい服装で集まった高校生グループに、そんな無茶ぶりをする甲斐性は、誰にもないよ」

「そうだよね」

「麻琴が望むなら、二人で行くのもありだけど?」

「二人で?」

「うん、誕生日とかクリスマスとか、そういうイベント事でさ」

「憧れるけど、無理に背伸びするより、普通がいいかな」

「そっか、うん」

ここで気づいた。

僕、麻琴の誕生日知らない…。

普通に聞くべきか。いや、普通に聞いていいんだろうけど。今更な気も。

逡巡する僕に麻琴が

「わたしの誕生日は8月15日だから。忘れないでね」

「わ、わかった。忘れない。宝珠の能力がうつったのか?」

「ん?そういえば言ってなかったなぁって思っただけだよ。謙一は?」

「7月30日」

「近いね」

「そうだね」

「プレゼント考えなきゃ」

「…うん」

ここで「麻琴」という勇気はないわけで。


「で、おれたちはどこに向かってるんだ?」

先頭を歩きながら行く先不明は不安でしかない。

「あはは、どこだと思う」

「何で、お前に頼むと毎回行き先言わねえんだよ」

「サプライズ的な?ワクワクドキドキがあっていいじゃん」

「よくねえよ」

「食事であることと、予算は伝えたじゃん」

「心の準備とか、女性陣への説明とかいろいろあるだろうが」

「あはははは」

「笑ってごまかすな」

「諦めろ幸次。そいつに何言っても無駄だ」

後ろにいた諦観ていかん部長の言。

「さすがイク…よしくん、わかってらっしゃる」

「キョウジくん?」

ぞっとするほど冷たい声。宝珠さんだ。

「は、はい?」

「あなたが楽しませようと考えてるのは、嫌って言うほどわかるんだけど、そこで空回りしちゃうと失望しかないよ」

「おっと、別れた男にも厳しいねぇ」

「付き合う前に引いただけでしょ、あなたが」

「そうともいう」

「そうとしか言わないから」

「望さん、あまりムキに相手にならない方が」

幾美、不安げに恐る恐る止めに入る。

「もう、こんな風になったの、あなたたちのせいなんだから!」

「ほら、望、落ち着きなって。部長、ちゃんとケアしなさい」

ムリョウさんが宝珠さんをハグ。こんなタイミングで悪いけど、絵になる二人だな。

「はいはい、ほら、望さん、一旦バカと距離置こう」


幾美が望さんを連れ僕と麻琴のいる殿に来た。

「大丈夫、望さん?やっぱ、いずれ処刑?」

麻琴、何言ってるのかな…

「これ以上犠牲者が出る前に片付けた方がいいかも」

宝珠、何言ってるのかな…

「幾美、止めろ」

「謙一もな」

そんなタイミングで、

「ほら、着いたよん」

という、これ以上、一部の人間を刺激するのはやめてくれと言いたくなる口調で、恭が立ち止まった。その指さす先には…

「よかったね、麻琴。ビュッフェだよ」

「謙一、何をもって、よかったね、なの?」

「一つ、高級フレンチじゃなかったこと。一つ、好きなものが好きなだけ食べられること」

「わたしを大食いみたいに言わないで」

「「身体の割にはよく食べる」」

と宝珠と声が揃っちゃった。

「うー、ふたり揃って」

「そんなところも好きなんでしょ、謙一」

「もちろん」

「私もそんな麻琴が好き」

「俺も、早くこの域に達しないと」

「幾美くんは達しなくていいからね」

「「攻められるの弱いもんね」」

と、今度は麻琴と声が揃う。

「うるさい!」


で、みんなでビュッフェレストランで会食、ということになったのだが、ここまで妙に崇が静かだったのは、全員分奢らされる恐怖に打ち震えていたから、らしい。

実際は、そんな無茶ぶりするはずもなく、自分とムリョウさんの分だけでよいと聞き、ほっとしていた崇であった。

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