203.各国の反応

「そうか、リク殿は行ったか」

「ちっと早まったなあノヴェル」

「申し訳ございません、陛下……」


 リク達が港から出港した後、すぐに城へ戻ったノヴェルが処分覚悟で報告をしていた。

 起き出して来たクラオーレとヴァルカが応接間のソファに座ってことの経緯を聞き、疲れた顔でそれぞれ返事をする。

 ノヴェルが止めようが止めまいがどちらにせよ黙って出ていくつもりだった。それ自体は別に構わないが、彼が煽ったことで心象が悪くなったなと二人は考えていた。


「終わってしまったことは仕方ありません。ノヴェル殿は入院中の団長へも報告をしておいてください」

「ハッ……」


 そこで遅れてきたキルシートが副団長であるノヴェルへ告げる。戦いで負傷している彼の上司へ自分で失敗を報告するのだと。


「戻ってこねえかな、もう」


 そこでヴァルカが頭を掻きながら誰にともなく口にすると、キルシートが眼鏡の位置を直しながら言う。


「どうでしょうか。こちらに敵意は無いと言ってもノヴェルが疑いを持っていたというのは知られています。港が他に無いわけでもないですし。かといって我々に不利益があるかと言われればそういうわけでもありません」


 キルシートの見立てでは恐らく戻ってくることが無いであろうとのことだった。さらに不利益も無いのでノヴェルを執拗に攻める必要も無いと。

 理由として、リクがこのまま魔王のところへ行くのではと考えているからだった。倒してくれれば良し。そうでなくてもリク達が来る前と変わったことはなんらないのだから。

 

 逆にレムニティが死に、聖木を集めてくれたことで帝国は考える時間ができた。


「まあ、いい。できれば帝国に長く居てもらい、大陸統一をしたかったのだが、手はある。利用する手段が変わっただけだからな」

「利用、ですか……?」

「うむ。実はリク殿がエルフの森へ向かった時、各国へ書状を出していたのだよ」


 疑問を持つノヴェルへクラオーレがフッと笑ってソファに背を預けながら続ける。


「エラトリア、ロカリス、ボルタニアにイディアール……この大陸にある国へ『魔王の島へ侵攻できる手はずができそうだ』とな。それで強力な人材を借り受けるというものだ」

「なるほど……しかし、魔王を我々だけで討てば良いではありませんか? その方が帝国の強さを誇示できるかと」

「それはあるけどよ、なんだかんだでレムニティとやらと戦って俺達ヴァッフェ帝国は疲弊している。なら協力しましょうよって方がいい」

「それに船があるのは我々だけ。騎士を借り受けて戦えば連帯感も生まれるでしょう。その時、ヴァッフェ帝国の権威を前面に出せばいいでしょう」

「そのような計画が……!?」


 ノヴェルが冷や汗を噴き出すとクラオーレは目を細めてニヤリと笑う。その笑みに背筋を凍らせていると、クラオーレは鼻を鳴らして口を開く。


「五十年もつまらない小競り合いが続いたからな。各国が協力していれば最南端から少しずつ橋をかけるなどして海を使わずに攻める方法を考えられたはずだ。帝国だけでは確かに厳しいが、こちらに従ってくれれば打開はできた」


 大陸統一の戦争は魔族が攻めてくる前に行っていた戦いなので前後するが、それができていれば問題が無かったと言う。ヴァッフェ帝国が矢面に立つことも考慮していたため魔族との戦いはもっと楽だったはずだ、と。


「……まあ、すでに過去のことなので今さらだが、海が取り戻せた今なら手をこまねいていた奴等も策に乗ってくるだろう」

「ま、他国の連中がやるかどうかは五分だと思います。ひとつ策として書状にリク殿達の名前は載せています。それに食いつくかどうか反応を見る形ですよ」


 クラオーレの言葉に追加するキルシート。

 彼らはその辺りの話をしていなかったが、ここに来るまでなんらかの関わりがあってもおかしくないと考えたのだ。特にグランシア神聖国の聖女と面識があり、聖木を手に入れてきたことで『なにかある』というのを確信した。

 なので『リクという男による活躍により海路が回復した』と一文入れているのである。


「これで協力してもらえるなら僥倖ってこったな。さて、それじゃ我々は他の船が出来上がるのと、手紙の返事が来るまで、戦いの準備を整えるだけですな」


 ヴァルカが手を叩きながらソファから立ち上がると、膝をついているノヴェルの肩に手を置いてからあくびをした。


「なあに、リク殿が魔族の手先なら聖木を手に入れるようなことはしないだろう。レムニティとやらを殺したのは本当だしな。ただ、なにかを隠している。それがヴァッフェ帝国俺達に不利益を被るようであれば、手を打たないといけない。先んじまったが、お前の気持ちもわからんことはねえよ」

「……はい。ありがとう、ございます」

「もう戻ってこないでしょうけどね。次に会うのは魔王の島、というところでしょうか」

「かもな。ふあ……もう少し寝かせてもらいますよ陛下。後は待つだけ……そういうことだノヴェル。行こうぜ、キルシート」

「ええ。さ、戻りましょう」

「は、はい……」

「ゆっくり休めよ」


 処分覚悟で報告をしたのにも関わらず、労いの言葉をかけられたことに困惑するノヴェル。ヴァルカ達に促されて応接間から出た後、その場で解散して一人残された。


「……一体、陛下達はどこまで見据えているのか……私が出しゃばっただけ、というのは反省すべきだがあの者達を放置していいものだろうか?」


 魔族と繋がっているかどうか証拠もなしに詰めたのは浅はかだったと考える。それでもエルフの森で魔族に襲われた後、リクが出しゃばって魔族が去って行った……


「追い払ったとみるべきなのか……?」


 もう問うことはできない。

 後はクラオーレ陛下の指示に従うのみ。そう思いながらまだクラオーレが出てこない応接間を一瞬、振り返るのだった――



◆ ◇ ◆



 ――ロカリス王国


「陛下、ヴァッフェ帝国から書状が届いております」

「なに? あそこからとは珍しい……魔族と開戦してから休戦をしているが脅威には変わらんのだが……」

「なにか企んでいるのでしょうか」


 ロカリス国の王がヨームの代わりに仕えさせている大臣から書状を受け取りながら怪訝な顔になる。そこへ現れたエピカリスがやはり訝しんだ表情を浮かべていた。


「わからん。だが、返事をしないわけにもいくまい。魔族に困っているのはどこも同じだからな。救援なら応えるべきだろう」

「そうですわね」


 エピカリスが微笑み、そう答えると国王は書状を開封して中を確かめる。字を目で追い、程なくして目を見開き声を上げた。


「……これは……!? どうするか……」

「どうしましたかお父様?」

「読んで見ろ」


 エピカリスは書状を受け取り、サッと目を通す。そこに書かれていた文字を見て複雑な表情を見せていた。


「リク様達が帝国の船を……」

「彼等ならやってくれるだろう。しかし、魔王の島へ行くとなればかなりの騎士が必要だ。それが本当かもわからぬ」

「……そう、ですね。プラヴァスとも相談しましょう――」



◆ ◇ ◆



 ――エラトリア王国



「……わたしは立候補してもよろしいでしょうか?」

「構わないけど、ご両親を説得できるかい?」

「そこはなんとかします。リクさんの話を出せば恐らく問題ないかと」


 エラトリア王国にも書状が届き、大規模な会議が行われていた。ロカリス国と同じく、騎士の借り受けをしたいといくもので、フレーヤが我先にと手を上げた。

 騎士団の一人であるニムロスが渋い顔をするが、フレーヤはなんとかすると口にした。


「ふむ。これが本当であれば協力するのはやぶさかでない。しかしこの国の防衛もまた必要だ」


 国王のゼーンズが顎に手を当ててから言う。いつぞやの弱気な雰囲気は消え、自信のある表情に変わっていた。

 そして国と魔王討伐の天秤をどうするかと考えていると、ニムロスが手を上げた。


「では私の団が帝国へ向かいましょう。それならフレーヤも行けるでしょうし」

「リクが居るなら俺も――」

「はは、ワイラーはいずれ国を継ぐのだろう。ここで死ぬわけにはいかないさ。もちろん私も死ぬ気はないけどね。陛下、ご決断を」

「……あいわかった。すまないなニムロス。お主の騎士団員を帝国へ向けてくれ」

「承知しました! ……フレーヤ、無理はするなよ」

「はい……!」



◆ ◇ ◆



 ――ボルタニア王国


「……ふん、クラオーレめリク殿と会ったか」

「こちらからはどうしますか?」

「魔族から解放されたばかりで戦力を削るわけにはいかない……物資だけの援護、という形になるだろうな」

「帝国の罠かもと考えていますね」


 ボルタニア王国王妃キリスがクスリと微笑みながらそんなことを口にした。国王のヴェロンがそれを聞いて目を丸くした後、苦笑しながら返す。


「……まあ、そうだな。帝国は大陸統一を図っていた。この様子だと恐らくロカリスとエラトリア、イディアールといったところにも送っているだろう。ただ、リク殿の名を使っていることに違和感がある」

「? 出会って聖木を手に入れてくれたからでは……?」

「それは間違いなくリク殿がやっているだろう。しかしわざわざ個人名を入れる必要があるかな……? とな。もしかするとリク殿がこの辺りの活躍を伝えていないことが考えられる」

「なるほど……カマをかけてきた、というお話ですわね」


 キリスが眼を細めて答えると、ヴェロンは一言『ああ』と肯定した。

 自分たちがリクを知っているかどうかの罠と考えているヴェロンは、さてどうするかと書状を摘まんでひらひらさせながら目を閉じた――

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