176.さり気なく重大なことを口走るんじゃねえっての
「そんじゃ行ってくるぜ。帰りは一旦、ヴァッフェ帝国の部隊と一緒に寄ってからエルフ達のとこへいく」
「うむ。気をつけてな」
『それじゃ行くわよ!』
訓練の翌日、俺達はゆっくり休んでから出発する……と思ったんだが、リーチェが振り返るとそこにはいかにも寝不足ですといった顔で四人が小さく頷いていた。
「なにやってんだお前達? 昨日は飯食った後すぐに部屋に戻ったろ」
「ま、まあね。ちょっと枕投げが白熱したの」
「マジか!? ……まあ、御者は俺がやるからお前達は寝ててもいいけどな。リーチェが居りゃ話し相手には困らんし。それにしても水樹ちゃんもか?」
「えへへ……」
照れたように笑う彼女もそれなりに疲労が見られるので夜更かししていたんだろうなという推測が立つ。そういや風太も寝不足って珍しいな。夜、女子の部屋に行っていたっぽいが、まあそこは野暮なことは言いっこナシにしておいてやろう。風太はどっちかを選んだのかねえ?
「それでは、お気をつけて」
「おう。婆さんを頼んだぜ聖女見習い達」
という感じでひとまずグランシア神聖国を後にする俺達。聖木に囲まれた状態のど真ん中で寝る四人に苦笑しつつ、ハリソン達の手綱を叩いてヴァッフェ帝国へ。
「お前も夏那達の部屋に行ったんじゃなかったのか?」
『そうだけど、わたしはすぐに寝たもの』
「なに話してたんだ?」
『それは女の子の秘密ってやつよ』
「風太も居たんだろうに」
ハリソンの腰に座って得意げに指を立てて言うリーチェ。ま、そういうことにしておくか。そう思っていると今度はリーチェから話しかけてくる。
『……あいつらは動くかしら?』
「どうかな? 正直なところフェリスがどこまで口にしたかによるからな。ヴァッフェ帝国が狙われる可能性が一番高いが、その前にセイヴァーの下へ到着するんじゃないか?」
『随分と楽観的じゃない? 珍しく。やっぱりイリスと会える可能性があるからかな』
「そうだ」
迷いなく答える俺。
元恋人だったってのはもちろんだが、あの時助けられなかった後悔はずっと胸にあった。もしかしたらセイヴァーから引き剥がして元に戻せるのでは? という期待もあるのだから。
――とはいえ方法はまだ未定。
取り急ぎあいつに会って状況を確認し、魔族連中と停戦する必要がある。
『ま、わたしも助けられるなら助けたいけどね。融合したイリスを切り離すのは難しいと思うけど……』
「……方法がないわけじゃねえ。ヒントはいくつか得たから、いつ実践するかだな」
『え、いつよ!?』
俺はにやりと笑って懐から以前グランシア神聖国から持って来た文献と、俺の横で寝ていたファングを膝の上に乗せる。
「わふ?」
『この子も?』
「ああ」
リーチェとそんな話をしながらゆっくりと馬車は進んでいく。聖木の重さは流石の二頭も足を速めることができないようだ。
「後少し……この旅も終わる、か」
『そうねって言いたいけど、あんたがニホンに戻ったらわたしはまた消えちゃうから今度は残ってよね』
「はっはっは、そうだな。向こうにゃ未練もねえしそれもアリだな。イリスが居ればなおいいんだが」
『おっさんに興味ないんじゃない?』
「かもしれねえな」
俺は肩を竦めて目を瞑る。
水樹ちゃんの懸念があるけど、概ね俺の推測通りにことが運んでいくだろう――
それから昼を回るころには四人ともよく眠れたのか、風太と水樹ちゃんが復活して御者台に座ってきた。
「いやあ、すみません……」
「ふあ……ご、ごめんなさい!?」
「別にいいさ。魔物は俺一人で十分倒せるし」
「折角訓練したから戦っておきたいなと思っていたんですけどね……」
「どうせ帝国まで距離はあるんだ、チャンスはあるってな。さ、そろそろ休憩するか」
【ご飯……!】
「ふえ……?」
『寝ぼけているわねえ』
とまあ、魔族達の襲撃は警戒してはいたが、やれることはそう多くないので道中は特に隠れたりといったことはしなかった。結果、問題なし。
少し驚いたのは高校生達三人の戦いに対するモチベーションが妙に高かったことだろう。
「バックアップはお願いね水樹」
「任せて。風太君は右の敵を、私は他に隠れていないか警戒するわ」
「了解だ……!」
重量のせいでどうしても足が遅く、そうなると魔物に襲われることが多くなる。
もちろん狙いはハリソンとソアラなんだが、こういう場合動きながらより止まってから迎撃した方がいいので休憩がてら襲撃者を相手にしていた。
それから人だけでやると言って現状まで都合四回、戦闘を代わりに続けてくれたわけだが、動きが格段に良くなった。
昨日の訓練では注意力散漫な夏那、手癖で弓を頼る水樹ちゃん、攻撃をすることにまだ迷いのあった風太といった、性格によるなかなか克服しにくい部分をなんとかしようとしていることが伝わる戦い方だ。
特になにか言った覚えもないんだが、三人はやる気を出すきっかけがあったのかもしれねえな。
「……なにか知っているか?」
【わたしはなにも知りませんよ。人間に興味があるとお思いですか? 食料の範疇でもあるんですが】
「ま、それはそれだ。お前達も人間の食い物で生きていけるなら共存はできそうだがな」
【それは魔王様が決めることですよ。まあ勇者に一度負けているからリクさんが言えば従うとは思いますが――】
「……!」
そこで、俺は前に感じた違和感の正体を掴む。戦っている三人から目を逸らさず、冷や汗を出しながらレスバへ問う。
「……お前、前の世界の記憶があるのか?」
【え?】
「俺が戦った幹部であるレムニティとグラジールは俺のことを知らない。となるとお前もそうなるはずだが『勇者と戦った魔王』のことは知っている。レムニティは俺と直に戦っているのにそういうそぶりは無かった」
俺の言葉の意味に気付いたレスバがどっと汗を流す。
まったく気にしていなかったのか、それとも幹部連中は『そういうもの』だと思っていたのか分からないが、本気で驚愕した顔だ。
俺を知らないという点では両者とも同じなのだが前の世界の戦いを『知っている』のは今のところこいつだけだ。レムニティやグラジールが俺を忘れていたとしても『あの時』のことを少しでも知っていれば、前の世界のことだと気づく。
だが、レムニティはそういう話を聞いても気にした風も無かった。しかしレスバは気づいた。
――この差はでかい。
この時点で明確に幹部クラスにはなにかあると判断できる。正確に言えば俺が殺した連中との差、といえばいいだろうか? 結果どういうことか?
……セイヴァーはあの時点で死んではいなかった、ということだ。
だからやはり俺を狙って召喚した可能性が高いだろう。イリスの精神が生きている推測も立つ。
では幹部連中は?
後はそこだ。メルルーサに会って最後の確信を得る必要がある。
「リクさん、やりましたよ!!」
「ちゃんと見てたー?」
『レスバ、顔が悪いわよ?』
【顔色じゃないですかね!?】
そんな重要な事実が発覚したがまだやることは多い。まずはその一つ、船を作るため俺達は再びヴァッフェ帝国に足を踏み入れるのだった。
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