172.勇者なんてただの操り人形に近いもんだ


「……来たか。入って良いぞ」

「おう、邪魔するぜ」


 いつの日かの焼きまわしのような状況だなと思いながら婆さんの部屋へ入る。来ることが分かっていたのかすでにテーブルに着席し、お茶の用意までしていた。


「用意がいいな」

「わしは聖女じゃからな。予知があるのを忘れておらんか?」

「あんまり役に立ってはいないみたいだけどな?」

「ふん、気にしておることを」


 婆さんは笑いながら悪態をつき、『そんなことは自分が一番わかっておる』と口をついた。そのままカップにお茶を……と思っていたら婆さんはテーブルの下からグラスと酒のボトルを取り出してきた。


「お、マジか婆さん!?」

「ふふん、これは予測できんかったじゃろう! さ、飲むが良いぞ」

「お、おう」

『聖女様がお酒ってどうなの?』


 そこへ懐からリーチェが飛び出してきて俺の頭に座り話し出す。こいつとは意思疎通ができるから夏那と水樹ちゃんのところから抜け出てきてもらったのだ。


「老い先短いんじゃ、これくらい構わんじゃろうて」

「なんに乾杯するんだ?」

「そりゃ勇者様の覚醒に、じゃろ」

『フウタねー。あ、わたしもちょっと飲むわ』


 婆さんがウインクをしながらグラスを鳴らすと俺達は酒をあおり一息つく。結構辛口の酒が喉を通りエルフの集落で飲んだものより強い酒気が口から出た。


「ふう……いい酒を持っているな」

「うむ。これは五十年物……魔王が登場した年に作られたものでな。あの時のことを忘れないように、それとこの戦いの終焉が訪れたら飲もうと思って残していたのじゃ」

『ぷはっ! 辛ーい! でも美味しいわね。でも、まだ終わってないけど良かったの?』


 リーチェがもっともなことを口にすると婆さんはフッと笑ってから口を開く。


「お主たちがここまでお膳立てしてくれておるから前祝いみたいなものじゃ。あ、半分は終わってからじゃぞ」

「別に全部を飲むつもりはねえって」

「分かっておる。それで聞きたいこととはなんじゃ? 魔王や大精霊のことかのう」

「……ああ」


 これは予知で知っていたか? そう思わせるような調子であっさり返して来たので俺は片目を細めながら返事をする。聞きたいことは正にそうなのでグラスの酒を飲みほしてから婆さんへ質問を投げかける。


「まずは大精霊のことだ。ウィンディアが水樹ちゃんに『魔王は女だ。俺は知っているはずだ』と口にした。あいつらも戦いに参加したのか? それに『どうして俺の居た世界の魔王だ』と大精霊が知っている? ……もしかして婆さんもそれを知っていたんじゃないか?」


 一息で世界樹で水樹ちゃんが聞いた話を告げると婆さんは黙って最後まで聞いていた。魔王が女だったことはあり得なくはないだろうし、レムニティを見た俺の反応から前の世界の魔王がこの世界に居る推測も立つだろう。

 しかし、よしんば魔王と大精霊が戦っていたとして、魔王の性別は分かっても『俺』と結びつく可能性はゼロに近い。


「……ウィンディア様、いや大精霊様達は戦いに協力はしてくれたが参加はしておらん。かの国が滅ぼされ、魔王たちが撤退した後はエルフの森へ引きこもってしまったし、他の大精霊様達も各場所へ戻りだんまりじゃ。まあ、滅んだ国が発端であれば人間に手を貸してくれるはずもないと今ならわかる」

『一応、戦いに協力してくれたんならセイヴァーの顔は分かるわね。だけどリクとの関係性はなんでわかったのかしら?』

「そこまではわしにも分らん。リクと勇者達がここへ来るというのは予知で分かった程度じゃからな」

「去り際になにか言われたりとかは?」


 俺の問いに婆さんは首を振る。

 だが、疑惑の半分はある程度推測ができた。もしかすると大精霊達はセイヴァーとなんらかの話をしたことがあるのかもしれない。


「魔王と、じゃと?」

『それは流石に無いんじゃないー?』

「まあ聞いてくれ。俺にとっちゃ苦い話だが、風太と夏那、そして水樹ちゃんが召喚されたのは魔王セイヴァーの仕業であるのはほぼ確実だ。これは推測だけど、三人は……とばっちりだったのかもしれない」

『とばっちり?』

「……今までもその傾向はあったが、三人に申し訳がないと考えから消していたが、実は俺が本命で風太達は『予備』だった可能性だ」

「どういう、ことじゃ?」


 婆さんの言葉に頷いた後、俺は説明を始める。

 たまたま近くに居た高校生が異世界へ導かれ、そこにたまたま近くに居た前勇者が巻き込まれて辿り着いた先に俺が知る魔族が支配していたなんて上手い話があるはずがないのだ。

 だから『巻き込まれたのはあの三人』で最初から狙いは俺だった可能性が高い。


『で、でもアキラスはフウタとカナが勇者で二人はお荷物って言ってたんじゃなかったっけ!?』

「それについては本人に聞いてみないと分からないんだよな。本気で俺を役立たずだと思っていたのは間違いないし」

「ふうむ……」

「俺も前の世界でアキラスは知らない。だからこそセイヴァーはあいつに召喚させたんじゃないかと思っている」

「なぜそんなことを?」


 その問いに対しての答えは持っている。俺が知らない魔族を置いておけばひとまず前の世界との繋がりは消えて慎重に動くと判断したのだろう。もしセイヴァーが居ると分かれば元の世界に戻るなど考える前に突撃していたかもしれない。


「ということは……風太達はリクの足かせ……」

「ああ。ただ、どうしてそんな回りくどいことをした……いや、しているのかがわからん。それと婆さん」

「なんじゃ?」

「あんたの予知、実は俺達に関しては曖昧じゃなくだいたい知っていたんじゃあないか?」

「……」

『どういうこと?』


 リーチェがテーブルの上に着地して首を傾げる。それほど答えは難しくなく、


「水樹ちゃんを聖女の後釜に据えようとした時におかしいと思ったんだ。アキラスは水樹ちゃんを『役立たず』と判断し、勇者ではないと言われていたよな? でも『勇者かもしれない』水樹ちゃんを聖女候補にしようとするならそれなりに根拠を持っていないと考えつかないだろ?」

『あ、そうか。戦えて魔法が使えていても一緒にいた時間なんて短いんだし、レムニティと戦ったところで判断したって言うならカナだって聖女でもいいって話になるわよね』

「ま、そういうことだ。婆さんの予知はどこまで見えていた?」


 俺がグラスを差し出すと婆さんは黙ったまま酒を注ぎ、自分のグラスにも追加すると口を開く。


「その通り。わしの予知は事象によっては的中するものがある。ミズキの聖女はその通り。そして、魔王と召喚されてくる人間の一人が知り合いであることも知っておった」

『ならどうして最初に教えてくれなかったのよ』


 そう言って口を尖らせるリーチェに婆さんは――

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