大文字伝子が行く22

クライングフリーマン

大文字伝子が行く22

伝子のマンション。口火を切ったのは、やはり物部だった。「どうした、大文字。さっきから黙りこくって。皆を招集しておいて・・・泣いてんのか?こりゃあ驚いた。天変地異か?」「物部君。茶化すもんじゃないわ。高遠君、説明しなさい。」

「これ、見てください。」とPCルームから高遠が皆に声をかけた。

栞が真っ先に覗き込むと、そこにはメールのやりとりらしい文面が並んでいた。

「Linenだったら、もっとやりとりが分かりやすいんですけどね。ショートメールのやりとりを整理しました。」と、高遠が言った。

最初の文章には「お前と会った時に、運命を感じた。」とか書いている。

最後の文章には「お前のことを思うと、うずうずする。今夜お前の『操』を頂きに行く。」などと露骨な表現が書かれている。

「何だ、これ。ストーカーか、高遠。大文字相手にストーカー事件か。」と物部が言った。

「副部長。これ、どんどん表現がエスカレートしていくんですけど、それぞれの文面の最後に、署名があるんですけど、分かります?」「なぎさ、って書いてあるよな。なぎさ?」

依田が横から言った。「橘一佐と同じ名前っぽい。確か下の名前、なぎさって。」

「流石はヨーダだな。その通りだよ。俺って書いているけど、彼女。文面だけでなく、話し言葉も、時々男っぽいらしい。」

「蘭ちゃんや俺が捕まった時(「大文字伝子が行く20」参照)、愛宕さんも聞いたよね、確か男言葉だった。」依田に同意して、蘭も言った。

「確かに男言葉で・・・宝塚の男役みたいだった。」

「ええ。しかし、何故こんな文章を先輩に?」愛宕が言うと、後ろにやって来た久保田刑事が応えた。「おんな狂いだから。おとこ狂いでもある。りょ・・・今風に言うと、ええっと。」

「二刀流ですかね。」と福本が言った。「上手いこと言うね。その通りだよ、福本君。」

「橘さんは伝子さんのことが好きで堪らないらしい。まあ、好きにも色々とあるけれど・・・。」と、高遠が呟いた。

「私のように『妹』的に慕っている、という訳でもなさそうね。可愛そうなおねえさま。ある意味強敵ね。おねえさまに、こんな弱点があったなんて。」とあつこが言った。

「渡辺警視の言う通り、これは厄介だ。それで、伝子さんの名前で皆を招集したのは、僕です。」と高遠が続けた。

「彼女、勿論伝子と高遠君とが結婚していることを知っているのよね。」「はい。俺には関係ないことだ。伝子は両方愛することが出来る筈だ、って。」

「自分が二刀流だからって、伝子も二刀流って決めつけているの?やっぱり、異常。」と栞が言った。「久保田刑事は何かご存じのようね。」

久保田刑事が言い淀んでいると、久保田管理官がやって来て言った。「私から、少しだけ説明しよう。あ、これ。大文字君に。あの中国人は更生するから、これを渡してくれって。」

伝子が動かないから、高遠が受け取った。箱を開けると、トンファーだった。「あの時のトンファーか。年季が入っていますね、管理官。」

「うん。子供の頃から使っていたそうだ。弟にはいつも1歩遅れを取っていたが、今度こそ、と思って大文字君と闘ったそうだ。負けたと悟った時、同時にまた弟に負けたと思ったそうだ。大文字君が兄貴の方が手強かった、と言った時に『器の大きさ』を思い知ったとも言っていた。大文字君は、わざわざスタミナ切れになるのを待った、それで自分を立ててくれた、と言っていた。聞こえる?大文字君。」

「管理官。今は鬱状態なので、後で僕から話します。」と、高遠は箱をどこかへ持って行った。

「ああ。話が逸れたな。以前の彼女はあんな風じゃなかったそうだ。おかしくなったのは、彼女の同性愛の先輩が自殺してからだそうだ。上司でも部下でも皆自分とセックスフレンドだと時々公言するようになったのも、その後だ。」

「それじゃあ、LBGTの問題って訳でもなさそうね。」と言って編集長が入って来た。「ウチの実用本書いている人の知り合いにカウンセラーがいるか調べて見るわ。マスター、お煎餅のギャラ持って来たんだけど。」「ああ、いいよ。藤井さんに全部あげてください、編集長。」

「分かったわ。じゃあね。」と、物部との会話の後、珍しく編集長は、すぐに帰って行った。

「自衛隊でも、色々な医者に診察させようとはしたんだが・・・。」と管理官が言うと、「本人が嫌がって、手がつけられない、ですね。」と久保田刑事が言った。

「統合失調症かもね。厄介ね。高遠君、池上先生や本庄先生に相談した?」と栞が質すと、「はい。病院の先生では手に負えないから、って他を探してくれています。」と高遠は応えた。

「あのー。こんな時になんだけど、こういうのが届いていて・・・あっちゃん。」

久保田刑事に言われたあつこが出したのは、強盗予告状だった。「今夜じゃないですか。管理官、ご存じだったんですか?」と、高遠が言った。

「うん。ご存じだったから、大文字君に助っ人を頼みに来たんだ。あつこ君、『つわり』が出るかも知れないし。」と、管理官が言った。

「つわり、って『おめでた』ですか?」と祥子が言った。「おめでとうございます。」

栞も蘭もすかさず、「おめでとうございます。」と言い、遅れて依田も福本も高遠もお祝いを言った。

「あつこ、おめでとう。もっと早く言えばいいのに。つまらないことに拘っていても仕方が無いしな。私が守ってやるよ。安心しろ。」と顔を上げて言った伝子だったが、「その前に仮眠してくるわ。」と、奥に引っ込んだ。

「何しろ、2日間で50通のメールですからね。あまり眠っていないんです。僕がもっと早く気づいて電源を切れば良かったんですが。ああ、ショートメールですが、僕が以前使っていたガラケーです。普段、伝子さんは『メモ帳』代わりに使っていたんですが、橘一佐に教えた番号はこの番号なんです。だから運動会事件の時(「大文字伝子が行く21」参照)、福本達にLinenで連絡する一方、橘一佐にショートメールを打てたんです。」

高遠は、一息つくと、「とにかく、僕と伝子さんは久保田邸に一泊します。ヨーダや福本達に救援することがあるかないか今のところ分からない。とにかく、今日はこれで解散。橘一佐の件は、また皆で知恵を出し合おう。」

夜9時。久保田邸。周りには警察官が要所要所に警備している。警備員も警備員室で待機している。一見、蟻の這い出る隙間もないようだが、中央広間では、食事をしながら久保田管理官が高遠や伝子に警備を説明している。

「犯行予告が届いたのは?」と伝子が尋ねると、「今朝お手伝いさんが見付けた。警備員を通じて警察に一報が入ったのが、午前9時。で、警備計画が出来たのが、午前11時。それで、改めて私たち3人で大文字邸に向かった。」「大文字邸、って皮肉ですか、管理官。」「すまん、つい。でも、引き受けてくれて良かった。本来はトンファー渡して終わり、だったんだけどね。」

「おねえさま。食事が終わったら、またトレーニング付き合って下さらない?」とあつこが言うと、「泥棒に備えて、か。いいだろう。」

「渡辺警視。僕もトレーニング場、見学させて貰えません?」「あら、高遠さんもトレーニングするの?」「いや、見学・・・。いいです、今夜は。」「いいじゃないか、あつこ。」「冗談よ。是非見学してください。あ、撮影はNGよ。」

午後11時。久保田邸のトレーニング場。着替えたあつこと伝子が対峙している。

間合いを見計らって、『稽古』が始まった。今回は『棒術』らしい。30分位の応酬が続いたが、あつこの棒が折れてしまった。「不吉だわ。」「気にするな。じゃ、今度は竹刀だ。」二人の剣道の稽古が始まって20分もした頃、警報ベルが鳴った。

「賊が侵入した。二人とも戻って!!」と久保田刑事の声が聞こえた。

三人が中央広間では、管理官、久保田刑事や他の警察官が倒れていた。異臭がする。催眠ガスだ。高遠は隣の炊事場に駆け込み、窓を開け深呼吸をした。あつこと伝子は二階に駆け上がり、ガスマスクの男を倒し、ガスマスクを剥ぎ取って、身につけた。数人は倒したが、車で逃走する犯人達の姿が見えた。

久保田邸から200メートル離れた雑木林近く。犯人達はタバコ休憩を始めた。

「ちょっと、休憩は早かったな。」頭上の木から声が聞こえたかと思うと、バットウーマンコスプレをした、橘一佐が降りて来た。

「親玉は誰だ?」と、ワンダーウーマンのコスプレをしたあつこが言った。

数台止まっていた車の間隙から一人の男が出てきた。「俺だよ、渡辺あつこ。いや、今は久保田あつこだったな。堀井からお前のことは聞いている。ワンダーウーマン軍団のこと(「大文字伝子が行く19」参照)も知っている。」

「あの、電動キックボード強盗は、お前の手先だったのか。」

「ああ。今日は、その『落とし前』をつけにやって来た。」

「なんだと?今『としま』って言ったな。」と、どこからか現れた伝子がスーパーガールの格好で言った。「あつこ。なぎさ。今、奴は『としま』って言ったよな?」

「いや、俺は・・・。」男の言葉を遮り、「言った。」「そう聞こえた。」とあつことなぎさは口々に言った。

「よくも『としま』って言ったな!」その言葉を皮切りに、伝子、あつこ、なぎさは強盗団と乱闘体制に入った。伝子は中国人が残したトンファーを、あつこは三節棍を、なぎさはヌンチャクを駆使して倒して行った。闘いは30分もかからなかった。

「お、お前ら、卑怯だぞ!!」と叫んだ強盗団のリーダーに「催涙ガスは卑怯じゃないのか?」と伝子はトンファーの先で小突いた。

回復した警官隊が駆けつけ、次々と逮捕、連行して行った。その中から久保田刑事が出てきて、「橘一佐。久保田管理官がトレーニング場でお待ちです。」となぎさに言った。「あつこ。大文字さんも来て。」

大文字邸のトレーニング場。コスプレ衣装を着たままの三人の前に、

ステッキを突いた老人が現れた。陸上自衛隊の制服を着ている。

「大文字君、渡辺君。紹介しよう。橘陸将だ。橘一佐のおじいさまでもあられる。」

「なぎさ。いや、橘一佐。結論から言おう。只今から『二佐』を命ずる。何故、降格か分かっているね。五十嵐一佐のことは残念だった。亡くなった遠山一佐は、五十嵐の教官だった。知っての通り、遠山は支援の任務で外国に向かい、飛行機を打ち落とされ戦死した。表向きは任務遂行中の事故死に寄る殉職だ。でも、私は『戦死』と理解する。他国とは言え、戦地に向かったのだ。戦争中の国にとっては、支援も報道も関係無い。だから撃ち落とされた。五十嵐は、自衛官の任務の重さや虚しさに悩んだ。その挙げ句自殺した。五十嵐も、犠牲者と言っていいかも知れない。世間にはアピール出来ないがね。

君が慕っていた五十嵐はもういない。遺族にお願いして、遺品を預かってきた。これだ。」

久保田管理官が小さな箱を陸将から預かり、なぎさに渡した。開けると指輪が出てきた。

「遺族は君が現れたら渡そうと用意していたが、君が一向に現れないので困っていたそうだ。詳細は省くが、遺書に君に渡してくれ、と書いていたようだ。だから、受け取りたまえ。戦後75年。誰も好き好んで戦地に向かっていない。兵役免除もだんだんきつくなった。最後は『女子でも子供でもいい』と言った軍幹部もいたようだ。先日、戦争に行った100歳を超える男性に『人を殺す自覚はあったのか』という失礼な質問をしたテレビ番組があった。あるはずはない。平和ぼけと言っても過言ではない。また。今戦争中の当事者である国民に『早く全面降伏すべきだ』と無責任なことを言った、元政治家のタレントがいたそうだ。我々自衛隊は、戦後『警察予備隊』として発足した。我々の大先輩達はまず『屈辱』に耐えなければいけなかった。『軍隊を持たない』と解釈出来る憲法があるために、色々な手枷足枷に縛られながら、お国の為に尽くす、という理不尽な環境の上での任務遂行が常だ。五十嵐一佐は君には、自分のように悩まず、まっすぐ自衛官の誇りを持って、任務を遂行して欲しい、という文言も遺書にあったらしい。君が最近、突飛な行動をしたり言動があったりを皆が見て見ぬ振りをしてきたのは、君の心情を汲んでのことだ。だが、独断の行動があまりに続くと、規律が保てない。降格は、罰ではなく再出発と受け止めて欲しい。副総監とも何度も話し合った。今後の行動は、警察と自衛隊が連携すべき事態のみ、出動を命ずる。」と、陸将は長い話にピリオドを打った。

「要は、筋を通せってことですか、陸将。」と伝子は言った。

「その通りだ。警察も自衛隊も、橘一佐、いや、橘二佐に所謂『架け橋』になって貰うことを願っている。これからは、テロリスト対策を協力してやっていく時代だ。幕僚長も同じ考えを持っておられる。」と、陸将は言った。

翌々日。伝子のマンション。

「奴さん、ぶったまげただろうなあ。なんで因縁つけられたかって分かってないだろうよ。」と物部が言った。

「先輩のキラーワードのチャージアップエナジーは特別ですからね。」と福本が言った。「それ、俺は身に染みてるからよく分かる。同情する、強盗に。」

愛宕が説明を加えた。「陸将が帰られてから『地下一階』のスタジオで、渡辺警視の発案で、コスプレ衣装のまま記念撮影したそうです。これがその写真。回して下さい。1枚は、グリーンバックで撮影した、飛んでいるスーパーガール姿の先輩。」

「先輩、何着ても似合うなあ。」と山城が感心した。

「先輩。質問!」と依田が手を挙げた。

「何だ、ヨーダ。」「先輩は『操』を奪われたんですかあ?」

「ヨーダ、よく夫の前で聞くなあ。あり得ないだろう。」と伝子が笑った。

「結局、錯乱状態、いや、躁鬱状態が続いていたんだろう、って池上先生が紹介してくれたカウンセラーが言っていたよ。まあ、失恋による暇つぶしかな。」と、高遠が応えた。

「じゃさ、高遠。橘一佐、いや、二佐は先輩のこと、LBGTで好きだった訳じゃないってことか?」と言う福本に「LBGTで好きだったのは、『五十嵐伝子一佐』だよ。我らの伝子さまじゃないのさ。」と高遠が説明した。

「えー。じゃ、先輩は身代わり?」とみちるが言った。

「終わり良ければ全てよし、ってことかな?」と物部が茶化した。

「橘さんのおじいちゃんも物わかりいい人なんだね。」と蘭が感心した。

「まだまだ日本も捨てたもんじゃないってことね、偉いさんが偉いさんだから。」と祥子が言ったので「駄洒落かよ。」と、福本が突っ込んだ。

「それで、橘さんの態度は変わったの?伝子。」と栞が尋ねたところに、当人がやって来た。

「おねえさま。これ、お詫び。わさび漬けって嫌い?」となぎさが言った。

「おねえさま?」全員が吹き出した。

―完―





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