No.1コスプレイヤーを目指すブラコン妹の話
猫正宗
七星茉莉花
第1話
まだあどけなさを残すものの、非常に整った顔をしている。
同年代の男子がみれば、目が離せなくなるほどに。
事実、瑠璃は大層モテた。
中学時代には数ヶ月に一度は男子からの告白を受けてきたほどである。
そんな彼女はいま、両親に呼ばれ、夕食後のリビングでテーブルに座っていた。
向かい合った父親が口を開く。
「なぁ瑠璃、最近どうだ調子は?」
「……調子ってなに? わたし、明日の入学式の準備で忙しいんだけど? 用があるならさっさと言ってくれる?」
何ともぞんざいな態度である。
瑠璃は反抗期真っ只中だった。
機嫌悪そうにそっぽを向いた彼女を母親が嗜たしなめる。
「こら瑠璃ちゃん。お父さんに向かってそんな口の聞き方しないの! ちゃんとこっち向きなさい」
母はため息をつく。
「……まったくもう、この子ってば、ちょっと前まではあんなに素直で良い子だったのに、いつの間に反抗期になったのかしら」
「あー、いや、いいんだ母さん」
愚痴をこぼし始めた母を父親が遮った。
父はこほんとひとつ咳払いをし、改めて瑠璃に語りかける。
「すまないな。別に説教をしようってんじゃない。ただちょっと瑠璃に話があってな」
「……話?」
「実はな、瑠璃」
父が真剣な顔で真っ直ぐに瑠璃の目をみた。
母も同様だ。
なんとなく瑠璃は気圧される。
「お父さんもお母さんも、お前のことを心から愛している。そのことを念頭において、どうか驚かないで聞いて欲しい」
「ふ、ふぅん? なによ、そんな勿体つけて……。ど、どうせ大した話じゃないんでしょ?」
瑠璃はごくりと喉を鳴らした。
「あのな、母さんとも相談して、瑠璃が高校生になったら話そうと決めていたんだ。……実はな。お前は本当は血を分けたウチの子では――」
父親が重大な告白をしようとした。
そのとき――
◆
トゥルル、トゥルルルル。
電話の音が鳴り響いた。
無粋な着信音が会話を途切れさせる。
父はふぅと小さく嘆息して、懐からスマートフォンを取り出して耳に当てた。
「もしもし、天ヶ瀬です。……ああ、山田くんか。いまちょっと取り込んでるんだ。火急の用じゃないなら、後にしてくれるかな?」
それは仕事の部下からの電話だった。
肩透かしされた気持ちになった瑠璃は、緊張をほぐしてテーブルに頬杖をつく。
父が電話を切るを待つ。
しかし通話は思いの外長く続いた。
「いやだからね。いま取り込んでるんだよ。悪いけどその話はまた今度に――って、はぁ⁉︎ な、何だってぇ⁉︎」
突如父が声を張り上げた。
テーブルに手をつき、ガタンと椅子をならして立ち上がる。
「そりゃ本当かい⁉︎ ふ、福島くんが失踪した⁉︎ そ、それじゃあ彼のチームに任せていたプロジェクトはどうなる? いや、それよりも福島くんは見つかってないのかい⁉︎」
◆
通話は続く。
どうやら父の仕事関係で大変なトラブルが発生したらしい。
話の途中で置いてきぼりにされた瑠璃は所在なく座ったままだ。
しばらくしてようやく父が電話を切った。
慌てた様子で母と瑠璃に話しかける。
「す、済まないふたりとも! 父さん、急な仕事で今から
「た、台北⁉︎ あなた一体どうしたんですか?」
「社運を賭けたビッグプロジェクトを任されていた社員が失踪したんだ。その案件をすぐに引き継げるのはボクしかいない」
父は立ち上がり、その場で右往左往する。
「ああ、大変なことになったぞ。明日の正午から現地で重要な会議がある。こうしちゃいられない、直ぐにでも出発しなくちゃあ……!」
父がリビングを出ようとする。
その背中を母が呼び止めた。
「待ってください、あなた。今すぐ発つんですか? 海外って準備は?」
「そ、そうだな。手ぶらって訳にはいかないよね。どうしようか……」
「もうっ、仕方のないひと。荷物の準備は私がしますから」
「助かるよ、母さん。そうしてくれるか」
揃って部屋から立ち去ろうとする両親を、今度は瑠璃が呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
テーブルを叩いて腰を浮かせる。
「どこ行くの! 大事な話があるって……!」
「そ、そうだったな。……いや、でもやっぱりその話は父さんたちが日本に帰国してからにしよう。とても大切なことなんだ。だからちゃんと落ち着いて、改めて話をした方がいい」
「なによ……それ……」
瑠璃は腰が砕けたようにへなへなと椅子に座り直した。
ムスッと不貞腐れながら呟く。
「……それで台北に行くって、いつ帰ってくるの。わたしの入学式はどうなるのよ。もう明日なんだよ?」
「そうだな、とにかく急場を凌げば帰ってこれると思うから、きっと二、三週間くらいだと思う」
「二、三週間ですって⁉︎」
母が素っ頓狂な声をあげる。
「だったら私も行きます! あなたってば仕事以外、身の回りのことは何ひとつ出来やしないんだから、そんな長い間外国でひとりにさせたら野垂れ死んでしまいます!」
「はぁ⁉︎ ちょっと待ってよ⁉︎」
瑠璃が叫んだ。
「お、お母さんまで海外について行く訳ぇ⁉︎ じゃあわたしは⁉︎ ねえ、わたしはどうなるの⁉︎」
母は少し考えてから答える。
父と瑠璃を交互に見比べ、判断を下す。
「……瑠璃ちゃん、貴女も明日から高校生なんだし、もう大人よね?」
どうやら母は瑠璃の世話よりも父の世話を優先したようだ。
瑠璃があんぐりと口を開く。
「これを機に、しばらくお母さん抜きでがんばって生活してみなさいな。大丈夫よ、お兄ちゃんもいるじゃない。お兄ちゃんと力を合わせて――」
「お兄ちゃん? あの
瑠璃の叫びはスルーされた。
母は勝手に話を進める。
「とにかく明日から少しの間、一人暮らし……いえ、
「そ、そんな! ちょっと待ってってばぁ!」
瑠璃の叫びは届かない。
両親はもう話は終わったとばかりに会話を切り上げ、バタバタと部屋を出て行く。
瑠璃はそれを唖然としたまま見送った。
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