横切り船
「船長!船長!起きてください!」
慎二は川口の声ではっと目を覚ました。
「ベテランだからって居眠りとは…随分と余裕じゃないですか。いつも緊張感を持てって自分で言ってるのに!」
「すまんすまん、随分と気持ちがよくてな。とゆうかいいじゃないか。今は休憩時間なんだから。」
慎二は大きく背伸びをした。すると川口はあることに気がついた。
「船長、どうしたんですか?涙なんか流して。」
慎二は目尻をなぞった。透明な涙が1滴流れていた。
「あぁ、随分と昔のことを思い出していた。」
慎二はそっと写真を手帳に挟み、ポケットに入れた。
「なぁ川口、クジラって見た事あるか?」
「…クジラ…ですか?今のところないですね。急にどうしたんですか?」
「…いや、なんでもない。」
慎二は立ち上がると帽子を深く被った。そして時計を確認した。自分の仕事時間まで後1時間ほどあった。
「部屋に戻る。何かあったらそっちに来てくれ。」
川口にそう告げると慎二は自室に向かった。
自室に戻ると慎二は本棚を漁った。そして1冊、やたらと古くて表紙に美しいシロナガスクジラが描かれた本を取りだした。あの時、渚に貰ったあの本だ。そして今にも破けてしまいそうな紙を丁寧に1枚1枚めくって言った。慎二はこの本を何百回、何千回と読み返した。しかしこの本に書かれたことを未だに理解できない部分が多々あった。それほどまでこの本の内容は難しく、深いものだった。
「今、どこにいるのだろうな·····。」
慎二は小さな声でつぶやいた。そしてそっと本を閉じると部屋にある椅子に勢いよく座り込んだ。
その時だった。
コンコン
「失礼します。船長、少しよろしいでしょうか?」
川口が部屋を尋ねてきた。
「おぉ、川口か。どうした?」
「はい、この先の海が少ししけてるらしいのですが進路の変更などはしますか?」
「そうか、わかった。今から操舵室に行く。少し待っていてくれ」
「わかりました。」
そう言って軽く会釈をすると、川口は外へ出ていった。
慎二は1口水を飲むと、早足で操舵室に向かった。操舵室には川口と他の乗組員が4人ほど集まっていた。
「お疲れ様、どんな海況だ?」
「はい、情報によるとそこまで荒れてはいないのですが、これから荒れると言うこともなくはありません。」
「そうか···。みなの現状での判断を聞きたい。どうした方がいいと思うかな。」
乗組員たちは腕を組んだ。一瞬沈黙が続いたが、川口が声を出した。
「そこまで荒れていないのなら、このままでもいいかと思います。」
「そうか···。他の人はどうだ?」
慎二が問いかけると、川口に影響されたのか、次々に全員たちがこのままでも良いと口を揃えて言った。ところが、慎二だけは少し嫌な予感がしていた。しかしそれを裏付ける証拠や根拠なんてなかった。それなのに進路を変えろと言い出すことは、さすがの慎二でもキツかった。
「わかった。このまま行こう。ただし、これまで以上に見張りをしっかりとおこない、何かあったら直ぐに連絡すること。わかったな。」
「はい!」
男たちの勇ましい返事が響き渡った。進鯨丸は波を叩き割るように大海原を進んで行った。
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