車椅子の君と僕

望月しろ

1.気付いてよ



「ちぃー?」

「あ、しょうくん。来てくれたんだ」


 俺が部屋に入ると、ちょうどベッドから起きあがろうとしてた千咲。


「……大丈夫? トイレ行く?」

「ごめんね、お願いしても良い……?」


 細い身体をひょいと抱き上げ、トイレへと連れて行く。


「……はい。終わったら呼んでね?」

「わかった」


 千咲が用を足してる間は部屋で待つ。トイレの音を聞かれるのが恥ずかしいからという千咲の希望で、昔からずっとそうしてる。


 彼女の家の廊下は狭くて、車椅子でトイレまで移動するのはなかなか時間が掛かる。だから、俺やヘルパーがいるときはこうして千咲をトイレまで運んであげることにしている。



「しょうくん? 終わったよー!」

「はいよー」

 

 自分で流し終えて、部屋着とパンツを腿までたくし上げて待ってる。



「ねぇ、一瞬あっち向いてて?」

「ふはっ、分かったよ」


 俺が抱き上げて腰を便座からひょいと浮かすと、サッと腿の衣服を持ち上げて自分で履く。



「おっけー」

「よし」


 俗に言うお姫様抱っこみたいな体勢で部屋のベッドへと運ぶ。


「……ありがとね、いつも」

「いーの。俺がやりたくてやってるんだから」



 小学校の同級生だった千咲は生まれつき脊椎に障害があり、脚が不自由で車椅子生活をしてる。親父さんは早くに亡くなっていて、お母さんは女手一つ障害のある千咲を育ててきた。


 俺はもう15年近く、仕事で忙しい彼女の母親に代わって、ときどき車椅子生活のサポートをしている。



 千咲は、今日は体調があまり良くない日のようだ。


 調子が良い日はデスクの前で仕事をしたり、少し家事をしたりもしてるけど、今日はずっとベッドに横になっていた形跡がある。



「しょうくん……あのさ……?」

「ん、どした?」

「もういいよ? 頑張って来てくれなくても」

「え……?」

「しょうくんもさ、女の子と遊んだりしたいでしょ?」


 家が近所の俺たち。小学校、中学校、高校まで一緒に通い、常に俺は千咲の側にいた。それは千咲の介助をお母さんに頼まれていたから。


……と、いうのもあるけど。


 本当はずっと好きだから。俺はもう15年も、千咲に想いを寄せている。


 けれども、当の本人はそんなことには全く気付きもせず、ときどきこうやって

俺の女性関係を心配してくる。



「だから、いつも言ってるでしょ? 別に女の子と遊びたいなんて思ってないもん、俺」

「えー……でもさぁ……」

「いーの。俺はちぃの側にいてあげたいの」


 いつだって俺は、こんな風にストレートに好意を伝えてるのに。


「もう……、私はほんとに平気だよ?ヘルパーさん増やして貰えば良いだけだしさ?」


……ほら。全く俺の気持ちになんか気付いてない。

 そうゆう意味じゃ……ないんだけどなぁ……。


「いーから。はい、じゃ気分転換に散歩でも行くか?」

「うん、行きたい!」






──車椅子を押して、いつもの散歩コースを歩く。まだ16:30だというのに外は薄っすら暗くなりかけて、かなり寒い。



「ちぃ……寒くない?」

「うん、大丈夫」


 大丈夫なんて言ってるけど、肩を縮こめる後ろ姿は……やっぱり少し寒そうで。


「……ん」

「え……? いいよ、しょうくんが寒いでしょ?」


 俺が着てた上着を、千咲の背中にそっと被せた。



「……しょうくん、ここで停めて?」

「はいよ」


 言われた通り、河川敷の小さなベンチで車椅子を停めると……


「こっち来て」

「ん、何?」


 視線を千咲の高さに合わせて、正面にしゃがむ俺。


「……手、貸して?」

「は?!」

「いいから早く」


 千咲は俺の手をキュッと掴む。


「……ね? あったかいでしょ?」


 俺の手を、座シートと千咲の太腿の間に挟んだ。


「…………」


 あったかい……よりも。千咲の腿の小さな温もりに、胸がドキドキ騒ぎ出す。



「ちぃ……?」

「ん……?」

「……いい加減……気付いてよ……」


 気持ちを隠すのも……もう限界。


 挟まれた手を引き抜いて、俺は千咲を力いっぱい抱き締めていた──



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