第7話授業選び
ディアはベリーショートの女性に「ついて来い」と言われるがままについていった。ディアは正直ついていくべきか悩んだ。しかし何もわからない状況である以上、先輩であろうベリーショートの女性についていくのが賢明に思われた。
「あ、あの……先輩?ですよね」
「ん?あぁ、今年から先輩だな。二年生だから」
「先輩、それにモフモフ?助けてくれてありがとうございます」
ディアは彼女についていきながら礼を述べた。いくら相手の素性がわからないからと言って礼を欠く気はない。礼を欠けば風の魔人の沽券に関わるのだ。
「助けたのはモフモフだ。アタシはミル。魔人の嬢ちゃんは?」
ミルは大きな岩を跨いで歩きながら訪ねた。ディアも逸れないように必死に着いていく。
「私はディアです」
「そうか、ディア。じゃあここら辺で止まろうか」
ミルとモフモフは森の少し開けた場所で止まった。そこには木々や大きな岩もなく、土の地面が平らに広がっていた。
ミルはそこにドカっと腰を下ろした。モフモフもそれに続いて正座をした。ディアは少し遠慮していたが、「森に上座も下座もねぇだろ」という冗談を聞いて座った。
「ディア、お前何も知らずに放り出されたろ?」
「え、は、はい」
「だろうな。アタシも去年そうだった。ったく、この学校は自由を履き違えてるだろ」
「自由……」
「そ、自由。この学校はめちゃくちゃ自由。だから寮がない。だからって校庭でサバイバルやるかね、普通」
ミルは一年分のグチを後輩に吐いていた。ディアはそのグチを少しも不快に思わなかった。むしろ楽しんでいた。自分と同じ境遇だったことに少し安堵していたのだ。
「この魔法学校はまず生活面はサバイバル。そこから授業のある日は校舎に登校するんだ」
「なるほど……」
「まず一年生がぶち当たる壁が登校、そして杖と魔法道具、それと履修登録だ」
「登校はなんとかなりそうです。ここがどこでも校庭の中なら多分……」
ディアは髪をかき分けてチラリと額のツノを見せた。ミルはそれを見ると目を吊り上げた。
「風の魔人か。なら飛べるし登校は平気か」
それよりもディアは聞きたいことがたくさんあった。それが杖や魔法道具についてだった。
「あの、魔法学校なのに私は杖も魔法道具も持ってないんです」
「それが一年生の壁だ。まず杖は支給されない。でも授業じゃ必要だ」
「そ、そんな!めちゃくちゃじゃないですか」
「この学校にマトモを求めるな。だが杖に関しちゃ良心的だ。この学校の校庭の木の枝は魔法の杖として機能する。なぜか知らんけど」
ディアは胸を撫で下ろした。杖には困らなそうだ。なぜなら落ちていた枝を山のように見てきたからだ。ほっとするディアを尻目にミルは人差し指を立てた。
「問題は魔法道具の方だ。魔法の使用に魔法道具は必要で、授業に使うのに……」
「支給されない」
「わかってきたな」
ミルはニヤリと笑った。その笑みに同調したかったが、ディアはため息をついた。マトモという言葉はこの学校の辞書にはないらしいのだ。
「魔法道具は魔力がこもってりゃなんでも良いんだ。魔獣の一部とか魔法宝石とかな」
「魔獣の一部?狩りですか?」
「狩る生徒もいる。しかし初心者にゃ危険だ。だから基本授業までに魔法宝石を見つける」
「なるほど……」
「まぁディアにはサービスでコレをやるからそんな手間は要らないけどな」
ミルはディアに何が白い玉を複数個差し出した。所々毛が飛び出ており、ふわふわした玉だ。ディアはそれを恐る恐る受け取った。
「コレは何ですか?」
「モフモフの毛玉。魔獣の一部だから。魔法を発動する道具になる」
「モフモフダヨ?」
モフモフは口角をあげてニカリと笑う。ディアは微笑み返した。
「ありがとう、モフモフ」
「さーて!最後の問題だ。履修の話だ」
「好きな授業を履修すれば良いんじゃないんですか?」
「基本はな。だがディアにはここまでの情報料を払ってもらわなきゃなぁ?」
ディアはどきりとした。気前が良すぎるような気がしていたのだ。ディアはどんな対価を要求されるのか内心戦々恐々としていた。
「魔獣学をとってもらおう」
「え?」
「アタシは魔獣大好き人間だ。魔獣大好き人間を増やすことを目標のひとつとしている」
ミルは悪戯っぽく笑った。彼女なりの冗談のつもりだったのだ。魔獣大好き人間であることは間違いないのだが、後輩に授業を無理強いするような人間ではないのだ。しかしディアにはその冗談は通じなかった。
「わかりました。魔獣学とります!」
「ほぇ?ま、ま、マジで?」
「先輩には恩がありますし、私の地元の周り魔獣が多いんです。魔獣を知れば対策を立てられるかも」
ディアの故郷である風の魔人の里は森の中にある。人の営みが少ない分魔獣の活動が活発なのだ。そのため族長の仕事として魔獣対策案を出すことが一つあるのだ。そのため次期族長候補のディアは魔獣を勉強する意味があるのだ。
「ほほぅ。なるほど。しかし、いいのか?アタシ達への恩とやらは無視していいぞ?」
「まぁ、人より履修枠一つ多いんです」
そもそも彼女は推薦生徒である。つまりミルへの恩を返してもまだ一般生徒と同じように選択肢が残っているのだ。
「推薦か。ならあと二つは何を履修するんだ?」
ディアは制服に入っていたシラバスと履修届を取り出した。制服をぎゅっと抱きしめていたせいで少し紙がよれていたが、まだしっかりと読める。
一通りシラバスに目を通してみると、目を引くものがちょうど二つあった。
「魔法基礎と……魔法道具学がいいです!」
「魔獣学、魔法基礎、魔法道具学……オールラウンダーになれそうじゃん?」
「はい!私次期族長候補なので!」
族長の仕事には総合的な能力が求められる。西に魔獣が出たとなれば戦士達をかき集めて対処しなくてはならない。東の家が壊れたとなれば道具と職人を集めて修理しなくてはならない。
「なるほど。お前気に入ったぞ」
ミルは歯を見せて笑い、ディアの髪をかき乱すように撫で付けた。ディアは久しぶりに人に頭を撫でられたので少し固まったが、ミルの硬くも優しい手に身を委ねた。
「そ、そうだ。制服を着てみなくちゃ……」
撫でられるのが少し恥ずかしくなったディアはそう切り出した。
「おっ、見せてくれ」
ディアは制服のシャツに腕を通し、ボタンを閉め、ズボンを履いたところで驚いた。全てのサイズがぴったりなのだ。キツくもなく、ゆるくもない。まるで彼女のために存在しているかのようなフィット感がそこにあった。
「似合ってるよ。あと……残りも色々教えてやりたいことはあるが……」
ミルはゴシゴシと目を擦った。そしてチラリと頭上を見上げる。同調してディアもそうすると、空には宝石のような星々が暗い空に輝いていた。
「今日はもう寝るか。初授業は明後日。履修届けに授業書き込んだら寝た方がいい。ここらはモフモフの縄張りだから魔獣は来ないしな」
「何から何までありがとうございます!」
「気にすんな」
ディアは目の前に頭突きをする様に頭を下げた。泣きたくなるほど心細かったディアに手を差し伸べてくれたミルには感謝の念が尽きなかった。
ミルは手を振るとモフモフの巨体に近づいた。彼女が近づくと、モフモフはあーん、と口を開けた。人一人入れるほど大きな口である。そして本当にミルはその中に体を折り曲げ、入った。
「な、な、何を?!」
「んあ?アタシいつもこうやって寝てるから。お前はモフモフに寄りかかったりして寝ればいい。あったかいぞ。おやすみ」
魔獣大好き人間にも程がある、そうディアは思った。しかしモフモフもミルも健やかな顔をして寝息を立て始めたので何もいえなかった。
この学校にマトモを求めてはいけないのだ。
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