第6話 解散の意味
後続の合格者が小屋に入ってくると、ディアはガイダンスを読むように薦めた。そして彼らはガイダンスを読み進めていくにつれて顔面蒼白になっていった。それも納得できる話だった。学校に入ったら授業以外の時間は強制サバイバルというのは予想外すぎる話だ。
試験終了までかなりの時間があったが、その間会話こそあるものの、なかなかに重苦しい空気が流れていた。これから先の学校生活がどんなものになるのか予想さえできなかったのだ。少なくとも彼らが一般的な青春とはかけ離れた生活を強いられることは間違いない。
試験が終わったことは建物に試験官の教師が入ってきたことで皆が理解した。試験官は屋内の重苦しい空気を感じ取った。試験官を務める教師は毎年のことなのでこの雰囲気は慣れっこだ。そして例年の如く説明を行う。
「諸君、合格おめでとう。この第三試験場では三十人の合格者が出ました。おそらくですが全ての試験場合わせて百人ぐらいが合格者でしょう。ガイダンスを読んでない者はいますか?」
読んでいるから重苦しい雰囲気なのである。強制サバイバルを知らぬものはこの場にいなかった。
「よろしい。制服を支給します」
試験官がそう言うと建物のドアがひとりでに開いた。まるで風で勝手に開いたかのようだった。そして空飛ぶ蛇のように巻尺が飛んでくる。そんな光景に生徒達はポカンと口を開けていた。
そんな生徒を尻目に巻尺は一人一人の胸や腰に巻きつき始めた。生徒には細身の者もいれば体格の良いものもいる。そんな彼らにオーダーメイドでピッタリの制服を支給するための措置である。
最後にディアの元に巻尺が向かってくる。彼女は少し身構えた。なぜならこれまでに体型を計られた者はくすぐったがったり、きつそうにしていたからだ。しかし抵抗してどうにかなるものではなかった。ディアも例に漏れず巻尺によって胸や腰に巻き付かれることになる。ぐえっ、と声が出てしまい、彼女は少し頬を赤らめた。
全員の採寸が終わると、巻尺はゆらゆらとその身を揺らして帰っていった。そして入れ替わるように畳まれた紺色の制服がフヨフヨと浮遊して入室してくる。
畳まれた洗濯物、あるいは服屋に並べられ畳まれた服がそのままの形で浮遊して生徒全員の元へやってくる。先の巻尺から浮遊する制服を見た生徒たちの口は開きっぱなしだ。しかしこれが魔法学校というものである。
ディアは受け取った制服を早速開いてみた。紺色のシャツのような見た目だ。しかし普通のシャツよりも若干厚手だ。そして白いズボンが一緒になっていた。
「わぁ、素敵!ねぇ、ベル、着よ!」
興奮して上着に手をかけたところでベルがディアの腕をガシリと掴んだ。
「人目のないところで、よ」
ディアとベルのやりとりを見て少し室内の空気が明るくなった。皆には彼女らが絶望の中の希望のように見えていた。
試験官はそんな彼女らを見て鼻を鳴らした。
「随分能天気ですね。第三試験場。制服のポケットにシラバスと履修届があります。明後日までに書き込みなさい。書き込んだら自動でこちらの魔法使いが探知できます」
「へぇ……」
ディアが感嘆を漏らす。ディアがこの学校に来るきっかけになったように、羊皮紙に魔法をかけることはかなりオーソドックスなものだ。
そして試験官は最後の言葉を告げる。
「諸君らの実りの多い学校生活を願っています。では…………解散」
「解散?」
妙な響きを含んでいた。解散。屋内で、しかもどこに行けば良いのかわからない状態で言われる言葉ではない。しかし試験官は言った。解散だと。どこへ?
ディアがその妙な含みを読み取るや否や、バシッという音が部屋の中に響いた。そして彼女はその音の前後で部屋にいた人数が変わっているのに気づいた。
彼女は知っていた。ワープの魔法があることを。バシッという音が二回目に聞こえた時、さらに人数が減った。彼女は何人かが強制的に部屋からワープさせられていることに気づいた。
これが解散の意味だったのだ。そして強制的にワープさせられるのだから都市一つ分もある校庭のどこにワープさせられるかわかったものではない。
「ディア!」
「ベル!」
ディアの手は空をかいた。彼女らが手を繋ぐ前にベルはワープさせられてしまった。
「そんな……」
そしていよいよディア自身にもワープの瞬間はやってきた。一瞬で彼女の視界が灰色に塗りつぶされた。そして自分が上を向いているのか下を向けているのかわからないような感覚に襲われた。平衡感覚がぶれる。吐き気を催しそうだった。
次にディアが見たものは先ほどの建物の中とはまるで違っていた。森だ。しかし試験で訪れた森とは違う。葉っぱの色が紫がかっており、岩も多い。そして何より獣の匂いがぷんぷんふる。
「こ、ここは……学校の校庭か……すぐにサバイバルが始まるとは思わなかったな……」
ディアはポリポリと頭をかいた。突飛すぎる出来事に自分の身の振り方がわからなかった。
しばらく落ち葉と砂利を踏み鳴らして歩く。しかし粘りつくように魔獣の匂いは消えなかった。そしてふと気づく。魔獣につけられているのではないか、と。魔獣の匂いが消えないのに考えられる要因はふたつ。魔獣が多い、もしくは魔獣につけられているか、だ。
ディアは近くにあった大樹に背中を預けた。そしてぎゅっと持っていた制服を握りしめた。薄暗い森の中、ひとりで魔獣の近くにいる。このことが彼女を恐怖させた。低い魔獣の唸り声が響く。グルル、と威嚇するような音だ。ディアの右から聞こえてくる。彼女は恐る恐るそちらを向く。
「っ……!」
言葉すら出なかった。目の前にスカーレッドウルフの三十センチはくだらない牙が剥かれていたのだ。その魔獣の大きな牙は今にもディアを貫かんとしていた。
「ひっ……」
足から完全に力が抜けてしまった。どさっと腰を他に付けてしまう。逃げられない。餌になるのを待つしかない。そう思った時だった。
「モフモフダヨ」
「えっ?」
今度はディアの右側に魔獣が現れた。その体躯は馬車のように大きい。そして雪のような柔らかそうなもふもふした体毛に全身が包まれた人型だ。
その魔獣は柔らかそうな外見に似合わない力強い眼光をスカーレッドウルフに向けた。そしてしばらくするとスカーレッドウルフは悔しそうな唸り声を上げて逃走。ディアには何がなんだか分からなかった。
「おいおい、モフモフ。いきなり飛び出してどうしたんだ」
「モフモフダヨ」
モフモフと呼ばれた魔獣はにんまりと笑みを浮かべてディアを指差す。ディアは意味のわからなさにただ怯えていた。彼女にとっては白いモフモフという魔獣も、後から現れたベリーショートの女性も同じく恐怖の対象だった。
「だ、誰?!」
「あー、新入生を見つけたのか。よくやったモフモフ」
恐怖するディアを尻目に、ベリーショートの女性はモフモフを撫で始めた。そしてディアは気づく。ベリーショート女性の服装は紺色のシャツに白いズボン。すなわちこの魔法学校の生徒だ。
「おい嬢ちゃん。ビビってるとこ悪いけど、そこにいたら魔獣の餌食だぞ」
「は……はぁ……」
ディアは少し落ち着きを取り戻していた。彼女は状況を理解し始めた。ベリーショートの女性とモフモフという魔獣によってディアは助けられたのだと。
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