多元世界の旧き神、数多連なる無限星

 ───この世界の常識について。

 ある日、突然人類にアタッチメントと呼ばれる超能力が身についた。その歴史は古く、紀元前にまで遡るらしい。即ち、アタッチメントを巡る社会常識は最早覆しようのない事実となった。その代表的なものがレベル。アタッチメントの強さはレベルで決まる。レベルが高いほど強力な力を持つ。当然、人類は力あるものに魅力を感じるもの、こうして長い年月をかけて、人類はレベルの高い者こそが価値があるものだと決めつけた。


 本人の意思なんて、何一つ配慮しないでね。



 「あんた……確か蟲の取り巻きの……何?何がしたいの?」

 「さ、境野さんや剣さんに連絡しました!も、もうお終いですから……高橋様から離れてください!!」

 夢野は震えた声で叫んだ。一人だった。高橋を助けるために自分が一人で動くしか無かったからだ。亡霊と悪意のある何者か、この二つを相手取っている今、境野も剣も別に行動しなくてはならないことがある。これが全員を救う未来の選択。

 「それで?蟲が来るから何なの?それまでに先輩の脳に巣食う害虫を消し去ることなんて簡単だわ。あとは蟲が来たら一旦引いて、また時間をかけて先輩を調教したらいい。知ってるわよあんた、先輩と同じ6班だから。能力は未来予知という大層な能力だけど、予知の範囲は短時間で意味のないもの。私たちに近寄ったら、問答無用で倒すわよ?」

 夢野は戦闘能力が皆無である。それは分かりきったことで、体育の成績も悪いことも知っている。単独でここに来る度胸だけは称賛に値するが、頭は悪いようだ。返り討ちに遭うということを考えていない。

 「あ、あなたの能力が大したことないのは知っています……よ、弱い能力……だから私一人で来たんです……さ、境野さんが来るまで……いや来るまでもない相手だから。」

 「は?」

 予想外の言葉に苛ついた。ハッキリ言って6班が落ちこぼれ集団なのは学内で知れ渡った事実だ。見下している相手に"弱い"と言われる。それは煽りとしてとても効果的であった。

 「ふーん、低レベルの6班がそんなこと言うんだ、私が先輩を拉致したのは知ってるわよね?貴方よりも遥かにレベルの高くて凛々しい先輩を。分かる?あなたとは次元が」

 「あなたの能力は手で触れることで記憶を操作することも可能な催眠能力です。でもそれはアドベンターの力によるもので、アタッチメントはその目で見たものを波長情報として読み取るもの、それで高橋様をストーカーしてたんですよね?どちらも戦闘には向いていないです。だからあなたはそれを補うために普段から身体を鍛えていて、武術を会得しています。少林寺拳法ですよね?その上で……私には勝てないです。」

 閉口した。夢野が今話したこと、それが全て当たっているからだ。どういうことだ、この女の能力は未来予知ではないのか?私と同じようにストーカーをしていた……?いや、理由がない。それにストーカーしたところでアタッチメントの詳細は分かるはずないし、アドベンター……?あの人に頂いた力を使ったのは先輩が初めてだ。知りようがないことをこの女、夢野は知っていた。

 先輩から離れる。夢野から目を離すわけにはいかなかった。何をするか分からない。まさか私と同じように、あの人から力を得たように、夢野もまたアタッチメントとは別の能力を持っているかもしれないからだ。静かに構える。今、夢野が言ったとおり、私は少林寺拳法の道場に通っている。それは触れることで発動するこの能力とも相性が良かった。触れれば一撃必殺。精神を破壊する。戦闘能力向きではない?そこだけは大きな間違いだ。

 「すいません、少し待っててください先輩。この蟲を始末したらすぐに助けますから。」

 「夢野……!逃げろ!境野を待つんだ!あたしのことは良いから!!」

 高橋は叫ぶが夢野はそれを無視し部屋に入ってくる。先程の言葉どおり、本気で凜花を敵として見ていない。

 「ふっ!!」

 一瞬で間合いを詰めて夢野の身体をつかもうとする。それで終わりだ。だが、その手は届くどころか、凜花は突然転倒していた。詰めようとしたら、足元のゴミに引っかかり転んだのだ。その様子を夢野は一定の距離を保ちつつ眺めていた。まるで馬鹿にされているようだった。

 「はぁ!!」

 だが、それを気にせずまた踏み込む。次は地面もしっかり見て確実に狙う。だがその手は夢野に届かない。ぎりぎりのところで躱された。だが一発二発躱されたところで何だというのか。武術とはコンビネーションで詰めていくもの。逃げ続けるのならそうすれば良い。つかめば終わる戦い。いずれ追い詰められて終わる。その筈だった。

 「ハァハァ……ど、どうして……。」

 夢野には掠りもしなかった。夢野の体捌きがうまいわけではない。時々、小物を使って反撃してきたり、地面に落ちたゴミに引っかかって凜花自身がバランスを崩したり、そういういくつもの偶然が積み重なり、何故か夢野には一度も攻撃が当たらないのだ。

 霞を相手にしているようだった。目の前にあるのに、触ることすらできない。未来予知以外の能力を使った様子は一度もない。であるならば、三秒間という僅かな時間の未来予知で、私の攻撃を全て躱したというのか?こんな……運動神経が鈍そうなトロそうな女が……?


 三秒間の未来予知、それは言うだけならば大層な能力に見える。だが戦いにおいてそれは果たして有効かというと、難しい話だ。敵の次の行動が分かる。それは確かに有利な情報であるが、"今起きていること"と"これから起きること"と"その先に仕掛けること"この三つの情報を整理して行動に移せる戦闘センスがなくては、十分に活かすのは難しい。ましてや接近での格闘戦、三秒先の未来に囚われ今を見失うことだって普通にありうるだろう。夢野はこと戦闘センスに関して言えば凡夫……いやそれ未満だった。それは普段の行動から明白で、隠しきれるものでもない。だというのに……。

 「なんで一度も当たらないのよッッ!!」

 見下している相手に一度も当たらない不快感。まるで闘牛のマタドールのように。許せなかった。

 「だ、だから言ったじゃないですか。あなたは弱いって……。」

 とどめの一言だった。完全に舐められている。落ちこぼれの6班に。許せなかった。目を見開き怒りを露わにした。夢野を、この女を倒す。小細工はもうしない。アタッチメントも完全に解放する。波長情報、それは人の僅かな動きも察知する。次にどういう動きをするか簡易予測、夢野は正確に予知するのだろうが、アタッチメントと武術を組み合わせれば、私もそれはできる。今までそれをしなかったのは、6班という落ちこぼれに、そこまでするのかという、プライドが許せなかった。夢野に拳を振りかぶりつつ、夢野の次の動きを見る。分かる。ポケットに手を……手を?

 「しまっ……!」

 その意図に気づいたときには遅かった。痴漢撃退用催涙スプレー。見開いた目にそれは直接吹きかけられた。

 「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁあぁあああ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!」

 目、鼻に催涙ガスが入り込む。焼け付くような痛み、溢れ出る涙と鼻水。思わず無様に叫びだし、倒れ込んだ。

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