隠し事、それは背徳的で

 救急車が到着し、警察の事情聴取を受けるかと思っていたが、何故か二人の生徒からは釘の傷跡が消えていた。それが幸いしたのか、俺たちは通報者として状況を説明するだけに留まり、すぐに解放してもらえたのだ。時刻はもう20時を過ぎており、日は暮れて学校は消灯の時間だ。

 「それじゃあ、また明日な。」

 俺はみんなに別れを告げて家に帰る。釘は俺が預かることにした。剣の反応から察するに危険なものであることが明白で、俺が預かるのが一番安全だと思ったからだ。今日のことは一応、ユーシーにも連絡しておこうと思い、探偵事務所に電話をかけようと思いスマホを取り出す。……電源を切っていた。軽井沢から電話があってからだ……。俺は電源を入れた。まったく軽井沢には困ったものだ。スマホは起動すると通知がどんどん来る。まず軽井沢が47件……。内容は「なんで切ったの」「出て」「通話通話通話」「出ろ」着信が計10件くらい、そしてスタンプ爆撃。とりあえず後回しにして……。

 「ん?」

 不在着信が一つあった。見知らぬ電話番号だ。誰からだろう……。気になるが、登録のない電話番号だ。きっとろくでもないものだろうし、これは無視してユーシーの電話番号を入力した。しばらくするとユーシーが電話に出たので、今日の出来事を説明する。

 「釘……?初めて聞くわね。亡霊とは関係なさそうだけど、もしものことがあるし、今から会えるかしら。」

 当然のことだと言わんばかりにユーシーはすぐにこちらに向かうらしい。自宅で待つのは抵抗があるので近くのコンビニを待ち合わせ場所にした。ここのコンビニは街から少し離れ、今の時間帯は閑静だが、日が昇ると学生や会社員で賑わう。コンビニ店員は暇そうにレジに立っていた。俺はコンビニに入り適当な雑誌を立ち読みして時間を潰すことにした。

 「"万有引力"というものはどういうものか知っているかな。」

 老齢の男が立っていた。男は一人、杖を持ち、本を片手に持っている。俺の隣に立ち呟く、どうやら俺に話しかけているようだ。たちの悪い酔っ払いだろうか。

 「万有引力とは文字通り、引かれ合う力、惹かれ合うのだ。その力は、力の源が大きいほど、より強く働く。そしてそれは万物が持つ力なのだ。」

 俺はいたたまれなくなりその場を離れた。気味が悪い。外に出ると大型バイクがエンジンを吹かせて停車していた。これはユーシーのバイクだ。

 「悪かったわね、こんな遅くに。早速例のものを見せてくれない?」

 俺は釘を取り出し、ユーシーに見せる。

 「!!!?」

 釘を見た瞬間、ユーシーは後ろに飛び跳ねた。そして手には件の武器。額に冷や汗を垂らし息を荒くして警戒していた。俺はそんなユーシーがひどく奇妙で、どうしたのかと尋ねた。

 「あなた……あぁ……いえ……仁が認めた男なら、そのくらいは当然なのかしら。早くそれを仕舞いなさい。」

 どうして───そう呟くと早く!!とユーシーは怒鳴る。俺は仕方なく釘を収めた。一体どうしたのだろうか。

 「その釘からは並々ならぬ禍々しさを感じるわ。まるで地獄の釜の蓋を開けたよう。そんなろくでもないものをどうするの?」

 それは正直分かっている。何よりこれが刺さった人たちをこの目で見ているからだ。彼らは明らかに異常だった。まるで……同じ人間だとは思えないような。剣が言っていた。世界の冒涜者だと。おぞましく不気味なもの。だが何よりも恐ろしいのが、そんな連中が俺ではなく、コトネや夢野を狙っていたことだ。必ず持ち主を見つけ出して、やめさせないと。

 俺の表情からユーシーは察したのか、バイクに跨った。

 「乗りなさい。私に出来ることは限られてるけど、そんな危険なものを持って一人夜道に帰るのを放ったら、仁に顔向けできないわ。」

 家についたとき、ユーシーは更に念押しに御札やらアムレットやらをくれた。こんなユーシーは初めてなので新鮮な気分だ。

 「ただいまー。」

 突然バットが目の前に振られた。サキだ。

 「野球でも始めるの?」

 間一髪のところで躱した俺はサキに挨拶をした。サキは不機嫌そうに俺を見つめる。

 「違うよ!こんな夜遅くに帰ってくる不審者を倒そうとしてたの!」

 「今、テスト期間なんだよ。母さんには伝えてたんだけど……勘弁してくれよ。」

 サキの愚痴を聞かされながら、食卓についた。やはり我が家は落ち着く。食事を終え、風呂に入り、歯磨きをして……さぁ寝ようかと思い自室に戻ると、そこにはパジャマ姿のサキがいた。

 「今度は何なんだよ……。」

 「久しぶりに一緒に寝たいなーと思って。」

 いや駄目に決まってるだろ、常識的に考えて。そもそも俺のベッドはシングルベッドで二人も寝たら狭い。俺は丁重に断るのだが、今日のサキはしつこかった。

 「だってー!怖い映画見たせいで一人でいたくないのー!傍にいるだけでいいから寝させてよー!!」

 「駄目だ駄目だ、ベッドは一つしかないし、俺の安眠は譲らんぞ。」

 それを聞いてサキは待っていましたと言わんばかりに奥から引っ張り出してきた。布団だ。

 「いやぁ、日本には素敵な文化がございますなぁ、これなら良いんでしょ?」

 サキは布団を俺の部屋に敷いて布団に潜り込んだ。そして掛け布団の中でもぞもぞと動く。しばらくすると、ぺっと吐き出すように掛け布団からサキの着ていたパジャマが出てきた。そういえばこいつ寝る時は下着派だったな……。無理やり引っ剥がすのも難しくなってしまった、倫理的に。そんな俺の心中を察しているのかドヤ顔でサキは俺を見つめていた。

 「分かったよ……いびきだけはかかないでくれよ?」

 俺は部屋の電気を消した。明日はあの釘を剣に見せなくては……。その夜はなぜだか分からないが、酷く落ち着く夜だった。悪意ある何者……亡霊とは違う勢力が出てきたというのに、異常事態が続くから、もう慣れてしまったのだろうか。まったく早く平穏な日常を過ごしたいものだ。俺はゆっくりと意識が闇に溶けていった。

 なんだろうか、何かもぞもぞと不快感がする。俺は目を覚ます。まだ朝ではない、暗い。布団の中で何かもぞもぞとしているので、俺は掛け布団をめくり中を見る。中にはサキがいて俺のズボンをまさぐっていた。

 「いやなにしてん、お前……。」

 俺が声をかけるまで気が付かなかったのか、サキは突然のことにビクリと跳ねるような反応をする。そしてゆっくりと布団から出ていった。

 「い、いやお兄ちゃんも下着で寝る派に目覚めてほしいなぁと思って……。」

 気づくとズボンが脱がされかけていた。酷く眠いので正直どうでもよかった。

 「アホなことやってないで早く寝ろよ……。」

 気怠げに俺はサキに注意して目を瞑る。夜中に突然目覚めた時の眠気は本当に逆らえない、俺は本能に従うのだ。

 「ねぇお兄ちゃん……何か私に隠し事をしてない?」

 またその話か……うんざりだ。そもそも人間というのは隠し事の一つや二つは持っているもので、例え血を分けた兄妹だろうと、その全てを公開する義務はないし、隠した方がいいこともあるものだ。俺は無視して眠る。

 ───またもぞもぞと音がする。いやそれだけではない、重い。そして暑い。俺はまた目を覚ます。身体にかかる確かな重み、これはもう分かる。サキが俺の身体に乗っかっているのだ。

 「おい、いい加減に」

 「見つけた。」

 眠い、本当に眠い。わけが分からなくて、もうどこからが夢なのかも分からず、俺はそのまま、今度こそ意識を失った。

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